『あんたが生まれなければ、あの人はずっとわたくしの(そば)にいたのに』

 四季の美しさが堪能できる東の大陸、(しん)(みょう)国の名門、(ラン)家に生まれた藍(シュエ)(メイ)は実母――(リン)(シン)の恨み言を毎日聞いていた。

 雪梅が生まれてから、父親――(シャオ)(ミン)は藍家を留守にすることが多くなり、林杏はそれが耐えられなかった。雪梅に何度も呪いの言葉を浴びせる彼女を、止められる者は藍家にはいない。

 自分が生まれなければ、両親は今も仲睦まじく暮らしていたのだろうか。ズキズキと痛む心を抱えながら、雪梅は十六歳の頃、顔も見たくないという林杏の意向で後宮に入れられた。

 名家の娘であることから、九嬪の(しょう)()という(くらい)(ゆき)(しろ)(きゅう)を与えられた。藍家で雪梅によくしてくれた侍女、(ルオ)(ユー)(リン)がついてきてくれたので、ふたりでひっそりと暮らすことになった。

 真夜中、雪梅は毎晩の悪夢にうなされ、「ごめんなさい」と涙を流す。

 ハッと目を開け、暗闇の中をぼんやりと眺めてから、身体を起こし、目尻を擦りつつ息を整えた。

(あれからもう四年も経っているのに、まだこんな夢を見るのね……)

 雪梅の腰までまっすぐに伸びている青みのある黒髪が、さらりと流れる。紫紺の瞳を伏せて、水でも飲んで気分を変えようと寝台から抜け出す。

 ふと、宮の外からガサガサという音が聞こえ、雪梅は首をかしげた。

(こんな時間に、なにかが来ている?)

 夜半に物音がして、()(げん)そうに周囲を警戒する雪梅。そろりそろりと、部屋から抜け出して音がしたほうに近づいていく。

 ガサガサとした音は、どんどんと大きくなっていき、辺りを見回して音の正体を探していると、とても綺麗な鳥が地面に這いつくばりながらもバサバサと翼を動かしている姿が目に入った。

 翼は動かしているだけで、空へは()けられない。その様子がなぜか自分と重なり、雪梅は鳥に手を差し伸べる。

「怪我をしているのね。私の宮で手当てをするわ。だから、大人しくしていてね」

 傷ついている鳥をそっと拾い上げ、自身の部屋に連れていき、寝台の上に鳥を座らせた。

「誰も、見ていないものね……」

 蝋燭(ろうそく)に火を(とも)し、雪梅はじっくりと鳥の具合を確認する。

 どうやら、翼が傷ついていたため、飛べなかったようだ。

「今、治すからね」

 雪梅は怪我をしている部分に手をかざし、目を閉じた。ぽわり、と彼女の手のひらが淡く光り、次の瞬間には鳥の傷が()えていた。

 ゆっくりと目を開け、傷が治っていることに胸を撫で下ろす雪梅。鳥はびっくりしたように何度もその場で羽ばたいた。そして――雪梅の額に、くちばしを当てる。

(わたくしは、あなたを選びました)

 突然、そんな声が頭の中に響き、雪梅は目を(またた)かせた。

 傷が癒えると、鳥は姿を変えた。五色に輝く翼で雪梅の部屋から飛んでいき、彼女は思わず追いかける。

 だが、途中で姿を見失い、肩で息をしていると、今度は足音が耳に届いた。