しばらくして、奥さんがトレイに料理を乗せて戻ってきた。ローストダックだという。チェコでよく食べられている料理で、レタスの上に一口サイズに切り分けた鴨肉が並んでいた。余りにおいしそうだったのでフォークで一つ取って口に入れると、外がカリカリッとして中はジューシーで、思わず頬が緩んでしまった。
それからしばらくの間、『ドナウの調べ』を見ていたが、終わるとすぐに先見さんが『プラハの四季』に入れ替えた。すると、夏の風景が画面いっぱいに映し出され、旧市街広場に面して建つ教会の2本の尖塔が真っ青な空に映えていた。その周りを360度映してから800年の歴史を持つ青空マーケットに移って、果物や野菜や肉や土産物などを売っている小さな露店に人が群がる様子が映し出された。買い物客と店主がなにやらやり取りをしていて、どちらも真剣な表情で口と手を動かしていた。もしかしたら値引き交渉かもしれないと思うと、どちらも頑張れ、と思わず心の中で応援してしまったが、その途端、映像が変わって川と橋が映し出された。モルダウ川とカレル橋だ。プラハ最古の橋で、1357年から建造が始まって60年の歳月をかけて完成させたものだと説明するテロップが表示された。そこを渡ってプラハ城まで続く道は『王の道』と呼ばれていて、歴代の王の戴冠パレードが行われたためにそう呼ばれているらしい。橋の上は多くの人で賑わっていた。
それを見ながら席を立った奥さんは「そのまま見てて」と言い残して台所へ向かったが、すぐに戻ってきて、「チェコ風オープンサンドはいかがかしら」と笑みを浮かべて料理をテーブルの上に置いた。皿には切ったフランスパンの上にハムやレタスやトマト、マヨネーズ風ソースなどを乗せたものがあった。具の上にパンが乗っていないのでオープンサンドというらしい。
鮮やかな見た目に口の中で唾液が湧き出し、勧められるままに頬張ると、ハムと野菜とソースがパンに絡んで極上の旨味が口の中に広がった。更に、コクと風味のあるチェコのビールはこのサンドと相性抜群で、思わず頬が緩んでしまった。
素晴らしいマリアージュに感心していると、映像がプラハ城の敷地内に変わった。城壁に囲まれた広大な敷地の中に旧王宮や宮殿、教会、修道院などが建っている。その中でも特にゴシック建築の大聖堂の威容には目を見張ってしまう。
わたしはため息をつきながらその映像を見続けたが、映像の季節が秋に変わったところで先見さんが一時停止ボタンを押した。すると、さっきとは違って奥さんは「ありがとう」と言って台所に向かったので、今度の料理は時間がかかるのかもしれないと思いながら後姿を見送ると、予想した通り、ちょっと間が空いて奥さんが戻ってきた。
「ビーフシチューをどうぞ」
肉の煮込み料理がテーブルに置かれた。現地では『グラーシュ』と呼ばれているのだという。スプーンで肉をすくって食べると口の中でホロッと壊れたので、その柔らかさに思わず唸りそうになった。更に、濃厚なスープが絡むとうまみが増した。奥さんは本当に料理が上手だ。目をクリクリっという感じにさせてリスペクトの視線を投げた。



