夢開市が開始したクラウドファンディングは順調にその額を増やしていたが、それと比較できないほどふるさと納税に対する反響は凄まじかった。一気に10億円が集まったのだ。それは、全国1,800弱の都道府県市町村の中で50位に相当する金額だった。大リーグで活躍する建十字とヨーロッパの名門サッカークラブで活躍する横河原の人気は想像を超えたもので、サイン入り色紙とサイン入りボールの在庫が底をつき、募集の一時中止を余儀なくされる事態となるほど凄かった。
 桜田は慌てて追加の依頼をしなければならなかったが、一気に集まった資金を基に、校舎や運動場の整備、トレーニング設備の導入を始めることができた。それによって開校に向けた作業が猛スピードで進みだした。

 次に桜田が決めたのは、学校の名前だった。スポーツ少年少女の夢が開く学びの園にしたいという思いを込めて『夢開スポーツ学園』と名付けた。当初は夢開スポーツ専門中学校という名前も考えたが、将来中高一貫校にしたいという想いがあり、この名前に決めたのだ。

 設立準備委員会の初会合で挨拶に立った桜田は、「プロの選手を輩出させるということだけを目標とはしません。日本の公立中学校で大きな問題となっている虐めや不登校がない学校にしたいのです。そのためには、生徒同士が、そして、生徒と教師が、更に、保護者と教師が労り合い支え合う学校にしなければなりません」と持論を述べた。その上で、「生徒と保護者と教師、関係するすべての人の夢が開く学びの園にしなければなりません!」と思いの丈をぶつけた。

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「志を決めよう」

 正式に校長に就任した夏島は教頭に就任した秋村と共に夢開スポーツ学園の開校に備えて、その核となるスクールコンセプト創りに着手し、キーワードを探った。

 口火を切ったのは秋村だった。

「私たちが口説かれた言葉を覚えていますか?」

「覚えているとも。強烈な口説き文句だった。これにやられたと言っても過言ではない」

 夏島は当時のことを思い出して、笑いながら首を振った。すると、秋村は頷き、「私も同じです。では、これでいいですね」と念を押した。夏島に異論はなかった。キーワードの一つを〈未知の領域への挑戦〉とした。

「未知の領域への挑戦をさせるためには、」

 夏島が言いかけると、その先を秋村が引き取った。

「生徒に強い個性を発揮させなければなりません。彼らは自らの力で世界と戦っていかなければならないのですから。しかし、一方ではチームワークの重要性を学ばせなくてはいけません。個性とチームワークを両立させることをしっかりと身につけさせるのです」

 夏島が頷いた。

「ラグビーには、『ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン』という言葉がある。『一人はみんなのために、みんなは一人のために』という意味だ」

「オーケストラも同じです。演奏者は、ある時はリード楽器の役になり、ある時は伴奏の役になります。リード楽器の役になった時は主役として堂々と演奏しなければなりません。と同時に、伴奏をしてくれる人たちへの感謝がなければ浮いてしまいます。一方、伴奏の役になった時は主役を引き立てるために脇役に徹しなければなりません。つまり、個性の発揮と調和力が必要なのです」

 キーワードの一つを〈個性発揮とチームワークの両立〉とした。

「スポーツ選手は強い倫理観を持たなければならない」

 スポーツ界に蔓延(まんえん)するドーピングやギャンブルへの関与、その他多くの不祥事に対して憂いている夏島が〈倫理観〉という言葉を強調した。それは秋村も同じようで、「してはいけないことを教えるだけでなく、率先して正しいことをする姿勢を持ってもらいたいですね」と応えた。

「その通りだ。正々堂々と生きていく姿勢が必要なんだ」

 キーワードの一つを〈正々堂々〉とした。

「それから、スポーツを通じて社会に貢献する人になってもらいたいですね」

「そうだね。単に有名になる、大金を稼ぐというのが目標では寂しいからね。そうではなく、有名になり大金を稼げるようになったのは支援していただいた多くの人たちのお陰と、感謝する気持ちを持ってもらいたいね」

「そうなんです。自分は恵まれている、そう思って欲しいのです。そして、そのことに感謝して欲しいのです。感謝の気持ちがあれば、自分を育ててくれた社会へ恩返しをしたいと思うようになります」

 キーワードの一つを〈社会貢献〉とした。

 それですべてのキーワードが出揃った。夢開スポーツ学園の志が完成したのだ。

『夢開スポーツ学園・4つの誓い』

 1、夢開スポーツ学園は、未知の領域への挑戦に熱く燃える生徒を育てます。
 1、夢開スポーツ学園は、スポーツ精神を養い正々堂々と活動する生徒を育てます。
 1、夢開スポーツ学園は、個性発揮とチームワークのどちらも大切に考える生徒を育てます。
 1、夢開スポーツ学園は、在校時においても卒業後においても感謝の気持ちを持って社会貢献に取り組む生徒を育てます。