その翌日の夜、CM撮影を終えた建十字と横河原と合流して、アイディアを交換した。口火を切ったのは奈々芽だった。各競技のスポーツ連盟に寄付を募るというものだった。将来日本を背負って立つスポーツ選手を育成するのだから前向きに検討してくれるのではないかと期待を寄せた。
次は横河原だった。彼はクラウドファンディングをやるべきだと言った。賛同してくれる人から広く資金を集める方法なので、国内はもとより外国からも可能になると自信を見せた。
なるほどと思っていると、建十字が別のアイディアを披露した。ふるさと納税はどうかという。しかし、それには疑問があった。
「返礼品は? 夢開には何もないわよ」
特産品と呼べるものは何もないのだ。しかし、そんなことはわかっているというように、「なかったら作ればいいんだよ」と平気な顔で返された。
「作るって何を?」
「オートグラフ!」
「オートグラフ?」
訝っていると、建十字はダークブラウンのブリーフケースからそれを取り出し、机に置いた。色紙だった。建十字のサイン入り色紙。
「俺と秀人のサイン入り色紙を返礼品にすればいいんじゃないかと思うんだ。もちろん、球団名やクラブ名を入れたサイン入り色紙を無断で使うことはできない。許可を得なければならない。でも、日本初のスポーツ専門中学校の設立資金にするという意義と球団名やクラブ名を多くの日本人に知ってもらう効果を訴えれば、必ずOKが出ると思うんだ。秀人、どうかな?」
「いいね。大賛成。サイン入りの色紙だけでなく、サイン入りのボールも有りだと思うよ。1万円以上の寄付にはサイン入り色紙を、10万円以上の寄付にはFIFAと大リーグのサイン入り公認ボールを、というのはどうかな」
「いいね、いいね。そうしようよ」
一気に話がまとまりそうになった。それでも、他のアイディアを捨てるのはもったいなかった。
「ふるさと納税をメインにクラウドファンディングとスポーツ連盟からの寄付を組み合わせるのってどう?」
その瞬間、3人の視線が集まり、「さすが」と同時に声を出した。わたしは自慢げに鼻を上に向けた。
*
翌日、年始の挨拶を兼ねて桜田の自宅を訪ねた。突然の訪問にも拘わらず笑顔で迎えてくれたが、わたしの後ろに建十字と横河原がいるのを見つけて、思い切りのけ反った。幼馴染だと告げると、これ以上は無理というほど目を大きく開けた。それでも、その顔はすぐに柔らかくなり、一人ぼっちの寂しい正月だから大歓迎だと温かく迎え入れてくれた。
リビングでコーヒーをご馳走になりながら、しばらく大リーグやヨーロッパのクラブチームの話に花を咲かせたが、それが一段落した時、建十字が話を切り出した。
「ふるさと納税にサイン入りの色紙……」
予想外の提案だったようで、桜田は目を丸くしたまま右手を口に当てた。
「まさかそんなこと……」
また言葉が切れた。かなりのインパクトを受けているようだった。
「いけると思うんですけど」
横河原が覗き込むように桜田の顔を見ると、やっと冷静さを取り戻したのか、「ありがたい」と神妙そうな面持ちになって、頭を下げた。
彼はクラウドファンディングとスポーツ連盟への寄付依頼は検討していたが、それだけでは十分な資金を集められないという試算結果が出て、頭を抱えていたのだと打ち明けた。知名度のない夢開市に関心を示してくれる人は多くないというのが根拠だった。
しかし、国内外に多くのファンを持つ建十字と横河原が協力してくれれば話は別で、一気に希望が湧いてきたと白い歯を見せた。
「自分たちの故郷に恩返しができれば僕らも嬉しいですから。なっ、」
建十字が横河原に顔を向けると大きな頷きが返ってきた。その横で奈々芽も頷いていた。
「ありがとう」
桜田が感極まったような声を出した。
*
これで教育特区本申請案の本格的な検討を始められると喜んだ桜田だったが、意外なところで壁にぶち当たった。スポーツ専門中学校というコンセプト、廃校になった中学校と小学校の活用、ふるさと納税をメインとした資金確保、ここまでは問題なかった。しかし、校長や教頭を誰に任せればいいのか、数多くのスポーツ専任教師をどう確保すればいいのか、スポーツと無縁の桜田に解はなかった。幹部職員の中にスポーツ関係者と繋がりを持つ者もいなかった。桜田は再び頭を抱えた。



