桜田から連絡がないまま年末がやってきた。休みに入る前に進捗を聞こうかと思ったが、急かしたところでどうなるものでもないので、ぐっと我慢した。そして、気持ちを切り替えた。
 スケジュール帳を開くと、書き込んだ文字が浮き上がってきたように思えた。待ちに待った日が近づいているのだ。心が弾むのを抑えることなどできるはずはなかった。

 あと2日……、

 零れた呟きが手帳に吸い込まれて秒針を動かした。

        *

 その日がやってきた。
 待ち望んでいた日がやってきた。
 特別な人たちと会う日がやってきた。
 それは、三文字悪ガキ隊。
 建十字と横河原が久々に帰ってくるのだ。

        *

「久しぶり」

 空港で4人の笑顔が弾けた。建十字と横河原を成田空港で出迎えたわたしと奈々芽は、建十字が手配してくれていた特別仕様のリムジンに乗って、都内の会員制海鮮居酒屋に向かった。建十字と横河原が一般の客と顔を合わせなくて済むように、奈々芽が予約してくれた店だ。

 車が裏口に横付けすると、着物姿の仲居さんが迎えてくれた。そして、他の客に顔を合わせないで済むようになっている専用の通路を通って部屋へ案内された。有名な芸能人がお忍びで利用するだけあって、プライバシーへの配慮がなされているようだった。

「球人と秀人が見つかったら大変な騒ぎになるからな」

 奈々芽が、したり顔で2人に目配せをした。

「助かったよ。でも、よくこんなところを知っていたな」

 サングラスを外した建十字が、情報通の奈々芽に驚いたような目を向けた。

「まっ、色々あるからね」

 意味深な笑みを浮かべて奈々芽がはぐらかした。

「ところで、綺麗になったな。それに、女っぽくなったし」

 横河原がいきなりわたしをからかった。

「いや~、俺も久しぶりに会ったけど、本当にいい女になったよな」

 奈々芽が追随した。

「バカ!」

 わたしは2人の頭を殴る仕草をした。

「お~怖っ」

 2人は両手で頭を守るふりをした。

「もう~」

 わたしの声に3人が笑った。わたしも笑った。気の置けない仲間との心地良い時間が始まった。

 スポーツ選手だけあって3人はよく食べ、よく飲んだ。刺身の盛り合わせ、海鮮サラダ、たこワサビ、アサリとハマグリの酒蒸し、ブリ大根、カキフライ、ホタテのジュージュー焼き、大海老とアナゴの天ぷら、なめろう、さんが焼き、鮭のホイル焼き、縞ホッケの焼き物、海鮮丼の大盛りなどが次々に運ばれてきて、あっという間に平らげてしまった。それに、生ビールのジョッキとチューハイのグラスが何十杯も空になった。わたしは彼らの食欲に圧倒されながらも、食べっぷり、飲みっぷりの素晴らしさに何度も感嘆の声を上げた。

 彼らは食べながらも面白おかしく近況を語った。時には大きな声で、時にはヒソヒソ声で。その声の大きさに応じて、時には大声で、時にはくすくすと笑い合った。

 彼らが満腹になり、お酒がお茶に変わった時、わたしは桜田市長と進めている計画について打ち明けた。すると、異口同音に賛意の声が返ってきた

「スポーツ専門中学校って凄いじゃん」
「いいね。それ、いいね」
「やろうよ。実現させようよ」

 3人が身を乗り出してエールを送ってくれた。それはとても嬉しいことだったが、ネックになっていること、夢開市の厳しい税収のことを説明すると、表情が曇り、「ん~」と腕組みをして唸った。
 それはそうだ、10万円や20万円の話ではない。はるかに多額な資金が必要なのだ。簡単に妙案が浮かぶはずがなかった。

「宝くじでも買うか?」

 奈々芽が重くなった空気を和らげようとしたが、却ってもっと重くなってしまった。

「ところで、」

 横河原が話題を変えようとしたが、そのあとが続かなかった。

「ごめんね。せっかく久しぶりにみんなが集まったのに」

 わたしはこの話を打ち切ろうとしたが、建十字の声がそれを止めた。

「なんかいい方法があるはずだよ。絶対ある」

 明日一日考えて、アイディアを絞り出して、それを持って桜田市長のところへ行こうとわたしたちを促した。

「そうだね、三人寄れば文殊の知恵と言うからね。4人だともっといいことを思いつくと思うよ」

 横河原が、なっ、という感じで横に座る奈々芽の肩を掴んだ。

「ああ。為せば成る、為さねばならぬ、何事も」

 そこまで言って、わたしに振った。

「成らぬは人の為さぬなりけり」

 きちっと締めると、3人が声を出しながら手を叩いてくれた。わたしの心は一気に晴れた。