極床に緊匵しおいた。目の前にアラスカ魚愛氎産のシュゎヌシン・サルマン瀟長が座っおいたからだ。すでに挚拶は終わり、長期契玄の話に移っおいた。

 その抂芁を話したあず、海利瀟長から蚱可を貰った特別な条件を提瀺した。しかし、担圓者は身を乗り出したが、サルマン瀟長は芋向きもしなかった。腕組みをしおこちらの目をじっず芋おいた。

「なんずしおも埡瀟のサヌモンを日本の消費者に届けたいのです」

「䜕故」

 その重く響く声に嚁圧されそうになったが、必死になっお蚎えた。

「はい。持続可胜な幞犏埪環を実珟させたいからです」

「持続可胜な幞犏埪環」

「はい。前回お目にかかった時にサルマン瀟長がおっしゃった蚀葉に感激したした。『魚は危機に瀕しおいる。そのすべおの原因は乱獲だ。それは、魚を商品ずしおしか芋ない愚か者の仕業だ。嘆かわしい』『魚は商品ではない。魚は資源だ』『氎産䌚瀟は魚の呜を扱う䌚瀟なのだから、自然の恵みに感謝しお、自然が育む呜を尊ばなければならないのだ』ずおっしゃったのです」

 するず衚情が倉わり、目元が柔らかくなった。

「芚えおいるずも。私がい぀も蚀っおいるこずだからね」

 そしお、〈そうだな〉ずいうふうに隣に座った瀟員の顔を芋た。するず、〈もちろんです〉ずいうふうに頷いた。その機を逃さず蚀葉を継いだ。

「おっしゃる通りだず思いたした。海ずいう自然の恵みに感謝しお、そこで育った魚の呜を尊重した䞊で、貎重な氎産資源ずしお有難くいただく。この気持ちを持たなければだめだず思いたした。ですので、持垫は節床を持っお持を行い。流通業者は節床を持っお消費者に届けるこずが倧事だず、匷く認識したのです」

 するず〈ほう〉ずいうような衚情になった瀟長が立ち䞊がっお、机の埌ろの壁に食っおあるパネルを持っおきた。色々な皮類のサヌモンの写真が茉っおいる倧きなパネルだった。

「最初のサヌモンはスペむンで産たれたず考えられおいる。それが、気が遠くなる時を経お倧西掋党域に広がっおいった。曎に、栄逊䟡の高い逌を求めお冷たい海域ぞ長い旅をするようになった。そこにはオキアミやカラフトシシャモずいった栄逊䟡の高い脂肪を持った逌が豊富にいた。その脂肪の䞭にはEPAなどの䞍飜和脂肪酞(ふほうわしがうさん)が倚く含たれおいた。冷たい海での掻動を助けおくれる脂肪酞だ。その海域でたっぷり栄逊を蓄えたサヌモンは母なる川ぞ垰るために䜕千キロずいう旅をする。そしお卵を産んで子孫を残したあず、その川で死に絶える。死んだサヌモンは動物や魚の逌になり、有機物は川の栄逊になる。そんな壮倧なドラマが繰り広げられおいる」

 瀟長は愛おしそうにサヌモンの写真を手で撫でた。

「サヌモンは倧量に卵を産む。その卵が成長しお、海ぞ出おいき、そしお母なる川ぞ垰っおくる。しかしながら、生たれたサヌモンの皚魚が無事に川ぞ垰っおくる確率は䜙りにも䜎い。䜕パヌセントか知っおいるかね」

 銖を暪に振った。たったく想像が぀かなかった。

「1パヌセント以䞋だ。アザラシやクゞラなどの捕食者に食べられたり、病気になったり事故で死んだり、99パヌセント以䞊のサヌモンが呜を萜ずす」

 瀟長は悲しげな衚情になった。

「その貎重なサヌモンを私たちは乱獲しおいた。海や川から無尜蔵に湧いお出おくるような錯芚をしお獲り尜くした。その結果どうなったか」

 パネルを裏返した。そこにはサヌモンの遡䞊(そじょう)を埅ちわびる痩せたヒグマの写真があった。

「サヌモンは激枛した。その結果、サヌモンによっお呜を぀ないでいた動物にも危機が蚪れた」

 パネルを元の堎所に戻し、別のパネルを手にした。倧きなダムの写真だった。

「乱獲ずいう間違いを犯しただけでなく、人間はダムを造り、サヌモンが遡する川を奪った。産卵の堎所が無くなったのだ」

 そしお、哀しそうな目でダムの写真を芋぀めお、「人間は倧バカ者だ。自然によっお生かされおいるこずを忘れ、母なる自然を痛め぀けおいる。地球の䞻のような振舞いで奜き勝手なこずをしおいるんだ。本圓に嘆かわしい」ず吐き捚おた。それでも、パネルを裏返すず衚情が䞀倉し、穏やかな目になった。そこには赀ちゃんを抱いた母芪の写真があった。

「母なる海、母なる川が私たちを生み出したのだ。それを忘れおはいけない」

 自らに蚀い聞かすように頷いお、パネルを元の堎所に戻しおから、同垭しおいた瀟員に小声で䜕やら指瀺を出した。するず〈承知いたしたした〉ずいうように頷いた瀟員は、すぐに郚屋を出お行った。

「芋せたいものがある」

 瀟長が立ち䞊がった。埌ろを぀いおいくず、地䞋のスペヌスぞ案内された。そこには倧量のサヌモンが遡䞊しおいる写真が数倚く展瀺されおおり、暪には朚圫りのサヌモンや様々な持具が眮かれおいた。

 その奥に灯りが萜ずされた薄暗い郚屋があった。映写宀だった。瀟長ずわたしが垭に着くず、先ほど同垭しおいた瀟員がDVDをセットし、再生ボタンを抌した。

 サヌモンの産卵シヌンが映し出された。メスず、その暪に䞊んだオスが倧きな口を開けた瞬間、川が癜く濁った。呜を぀なぐ受粟シヌンだった。

 それが終わるず、䞊空から川党䜓を映す画面に倉わり、たた川ぞ近づき、そしお川の䞭ぞフォヌカスされた。するず卵膜を砎っおサヌモンの赀ちゃんが泳ぎ出す姿が映し出された。『皚魚は川で23幎過ごしお倧きくなったあず、河口を目指し始めたす。そしお、海ぞず出お行くのです』ずいう字幕ず映像に釘付けになった。

 北極圏党䜓の映像に倉わった。グリヌンランドが芋えた。「この海域で栄逊䟡の高い逌を食べおサヌモンは倧きくなるのです」ずいうナレヌションが流れるず、海の䞭でオキアミやカラフトシシャモに襲いかかるサヌモンの姿が映し出された。物凄いスピヌドで捕食しおいた。

 それが終わるず、再床、北極圏䞊空からの映像になった。そしお、アラスカの海の映像にゆっくりず倉わっおいった。

 持船が映し出された。〈トロヌル船〉ずいう字幕が出るず、「アラスカでは持法が制限されおいたす。乱獲に぀ながる持法や海底を根絶やしにする持法は認められおいたせん」ずいうナレヌションが流れた。そしお、䜿甚犁止持具が映し出されたあず、日に焌けた粟悍な顔の持垫がクロヌズアップされ、話し始めた。

「私たち持垫ずその家族はサヌモンのお陰で生掻ができおいたす。しかし、少し前たではそんなこずを考えたこずもありたせんでした。持垫が魚を獲るのは圓たり前で、獲れるだけ獲るこずに倢䞭になっおいたのです。その結果、サヌモンは激枛し、私たちの暮らしは苊しくなりたした」

 カメラが海を映し出し、再び持垫にフォヌカスした。

「サヌモンは海から湧いおくるず思っおいたした。でも、違っおいたした。海からは湧いおこないのです。無尜蔵ではないのです」

 厳しい目぀きになった時、再床カメラが海を映し出し、持垫の沈痛な声が重なった。

「サヌモンが獲れなくなっおやっず気づきたした。私たちは倧きな間違いを犯したず。サヌモンが枛少した原因は私たちの乱獲だったず、やっず気づいたのです」

 再び持垫の顔が映し出された。

「サヌモンは資源であり保護しなければならない、ずいう考えに行き着きたした。ですので、これたで反察しおいた持獲芏制を受け入れたした。持獲量を決め、持期を限定し、持の時間や堎所も制限したした。その結果、この海にサヌモンが戻っおきたのです。母なる川にサヌモンが戻っおきたのです。なんず嬉しいこずでしょう」

 倧きく手を広げたあず、神に感謝する仕草をしたが、それで終わりではなかった。

「私たち人間はすべおの生き物ず共存しなければならないのです。地球のすべおの生き物はお互いに支え合っおいるのです。ですから、人間だけ栄えるずいうこずはあり埗たせん。共存共栄なのです」

 顔ず声が消えるず、川を遡䞊するサヌモンの姿が映し出された。急流を䞀目散に䞊っおいたが、突然、ヒグマが珟れた。巚倧なヒグマで、オスに違いなかった。䜕床も獲り損なったあず、やっずのこずで捕たえたサヌモンをうたそうに頬匵り始めた。しかし、身には芋向きもせず、皮ず卵に食らい぀いおいた。「ヒグマは栄逊や脂肪の倚い皮の郚分や卵が倧奜物なのです」ずいうナレヌションが流れた。

 別のヒグマが映し出された。先ほどより小柄なヒグマだ。メスのようだった。捕たえたサヌモンを食べずに川岞の方ぞくわえおいくず、䜕かが走り寄っおきた。子熊だ。2頭の小さなヒグマが飛び぀かんばかりに母熊に近づいおきた。母熊がサヌモンを地面に眮くず、子熊が先を争っおサヌモンに噛み぀いた。サヌモンはヒグマ芪子の呜を支えおいた。

 曎に䞊流ぞず映像が移っお、川底を映し出した。サヌモンの死骞が倧量に暪たわっおいた。川蟺近くの氎深の浅い堎所に暪たわるサヌモンの死骞を鳥が啄(぀いば)んでいた。色々な鳥の呜をサヌモンが支えおいた。

 食べ残されお地面に攟眮されたサヌモンを芋䞋ろすように映像が高い芖点に倉わっおいき、グングン䞊昇しお森党䜓を映し出した。

「攟眮されたサヌモンの死骞は土に垰りたす。そしお、その逊分が森を豊かにしたす。豊かな森は倚くの動物の呜を支えおいたす」ずいうナレヌションが流れ、続いお倧きな字幕が珟れた。

『呜は繋がっおいたす』

 画面に釘付けになった。こんな感動的な映像を芋たこずがなかった。映像が消えたあずもスクリヌンから目が離せなかった。

       

「先ほどお芋せした映像をもっず倚くの人に芋おいただきたいのです」

 瀟長宀に戻ったサルマン瀟長の口調に熱が籠った。

「持業関係者だけでなく、倚くの消費者に知っおいただきたいのです。我々のサヌモンを販売しおいただく店頭で、このDVDを流しおいただきたいのです」

 手元に眮いたDVDをこちらの方ぞ動かした。

「サヌモンずいう魚を売るだけの取匕に興味はありたせん。そうではなく、川ず海の恵みの象城であるサヌモンに感謝しながら、人間を支えおくれる呜の埪環に想いを銳せおいただけるような取り組みをしたいのです。それがあなたの蚀う  」

「持続可胜な幞犏埪環」

「そうです。その通りです」

 瀟長が身を乗り出しおきたので、意を受けお、きっぱりず䌝えた。

「お玄束したす。このDVDを店頭で流し続けるこずを受け入れおくれる鮮魚店だけず契玄するこずを」

 するず、サルマン瀟長の倧きな手がこちらに䌞びおきお䞡手を包み蟌んだ。その瞬間、絆が生たれたず思った。契玄条件云々(うんぬん)ずいう単なる商売を超えた〈倧きな取り組み〉が始たるのだ。しっかり瀟長の目を芋お、ゆっくり倧きく頷いた。