主人公との激闘の中、魔王の体が急に変化し始めた。
筋肉はさらに膨れ上がり、全身に黒い鱗が浮かび上がる。
鋭く伸びた爪、獣のように歪んだ牙が口から覗く。
背中からは黒い影の翼が生え、目は深紅に光った。
「……変身か……!」
ギンが息を飲む。
次の瞬間、魔王の動きが信じられない速さで変わった。
まるで音速の衝撃波のように、閃光のごとくフィールドを駆け抜ける。
拳一撃で大地がえぐれ、空気が裂ける。
「おおおおお!!」
レオが叫びながら、思わず身をかわす。
ザックも剣を構えて必死に対抗する。
だがその時。
奥から、呼ぶ声が聞こえた。
「おーい!!こっちだ!!!」
アイが驚いて顔を上げる。
そこに現れたのは……魔王の仔。
まだ幼さの残る姿で、だがその瞳は鋭く光っている。
「お前……なんで脱出できて……」
獣と化した魔王が、その仔に向かって低く唸った。
「まさか、あの檻から……」
仔は息を切らしながらも、こちらへ手を伸ばす。
「早く来てくれ!こいつらが押し寄せてくる!もう時間がない!」
魔王の獣の目が鋭く光り、口元がわずかにほころぶ。
「なら、行くか……」
魔王の獣の姿は仔に向かって唸り声をあげた。
「お前は……何をしている!」
その声には、激しい怒りと困惑が混ざっていた。
仔は怯まず、必死に声を張る。
「逃げろって言ったのに……戻ってくるなんて!」
だが、魔王はそのまま仔に襲いかかった。
獣の爪が空気を切り裂き、怒りのまま一撃を放つ。
「止めろ!」
その瞬間、背後から閃光が走った。
音速で動く主人公が、一瞬の隙をついて割って入り、魔王の攻撃を阻止する。
「動くな、あいつは俺が相手する。」
獣の魔王と主人公の睨み合いが始まる。
だが戦いは門の前だけで終わらなかった。
【魔界全体を駆け巡る死闘】
2人はそのまま音速で駆け抜けていく。
足元では数百の仲間と敵がぶつかり合い、魔界中で激しい戦闘が繰り広げられている。
敵の雑魚や強敵の集団、混沌とした戦場は次々と彼らの戦いの舞台となる。
主人公は敵の間を縫うように跳び、攻撃をかわしながら魔王に向かう。
「逃がさない……!」
魔王も負けじと爪や翼で反撃し、2人の攻防は魔界のあらゆる場所へ飛び火する。
戦いの合間、壁が崩れ、地面が割れ、火花が散り、悲鳴が響く。
仲間たちは主人公の影に勇気づけられ、敵に立ち向かう。
だが、魔界の闇は深く、敵の無限湧きが続く限り、戦いは終わらなかった。
山の奥深く、吹きすさぶ風が遠くに響く。
魔族はひとり、無言のまま洞窟の入口をくぐり抜けていった。
彼の動きは静かで、まるで敵を警戒するでもなく、ただ奥へと歩を進めていた。
その姿に、不思議と敵も動かなかった。
闇の中、彼は無数の触手を静かに体の周りに纏い、警戒を怠らない。
歩みを止め、薄暗い洞窟の奥を見据えたその時、男の心にかつての人間としての記憶が鮮明に蘇る。
暖かかった家族の笑顔、守りたかった約束、そして失ったもの。
その思いが彼の体を貫き、決意を固めた。
「もう……あいつを放置できない。」
男は触手を一斉に伸ばし、魔王の獣態が暴れ回る山の戦場へと繋がる時空の裂け目へと跳ぶ。
【魔王の拘束】
激闘の只中、魔王が暴れ狂い、周囲の空間が歪む。
そこへ、触手が空から降り注ぎ、まるで生き物のように魔王の体を捕らえていく。
「なに……!?」
魔王が暴れ、翼を広げて抵抗するが、触手は鋼のように硬く、自在に形を変えて締め上げる。
動きを封じられ、魔王の凶暴な咆哮が山中に響き渡る。
優秀な男は静かに言った。
「ここで動きを止めなければ、すべてが終わる。」
魔王の暴走を食い止めるため、彼は自らの触手で強力な拘束を形成し、魔王をその場に固定する。
その姿はまるで、かつての仲間を守ろうとする戦士のようだった。
魔王は触手に縛られたまま、静かに背中を見せた。
その背中から、細く黒いトゲが数十本、まるで魔法陣の一部のように並び始める。
「終わらせる」
魔王の静かな声が戦場に響くと同時に、トゲはゆっくりと固定していた魔族へと向かって伸びていった。
男は抵抗しようとしたが、トゲは柔らかく絡みつくように体を包み込んだ。
動きを封じられたそのまま、男は動けなくなり、じわりと力を失っていく。
魔王は何も言わず、ゆっくりとトゲを引き上げた。
男の体は静かに地面に崩れ落ち、戦場には一瞬の静寂が訪れた。
魔王の目が鋭く光る。
その身体が一瞬にして動き、まるで風のような速さで襲いかかる。
主人公は必死に目で追い続けた。
だが、あまりにも速すぎて、その動きは一瞬の幻のようだった。
そして……ほんのわずかな隙。
ドスッ!!
魔王の手が伸び、主人公の腹部、真ん中あたりを貫いた。
冷たい衝撃が体中に走り、主人公の息が少しずつ消えていく。
「ははっ……」
激しい戦いの中、魔王が主人公に止めを刺そうとした瞬間、遠くから風を切る音が急速に近づいてきた。
その速さはまるで音速を超えるかのようで、1人の男が現れた。
かつて切実な言葉を残したあの男だった。
「お前たちを見捨てるわけにはいかなかった。」
そう言うと、男は素早く魔王の周囲を動き回り、的確に魔王の首、胸、腹、手足を封じるように攻撃を仕掛けた。
魔王の動きが徐々に鈍り、最後には完全に動きを止めてしまった。
戦場に静けさが訪れ、仲間たちに希望の光が差し込んだ。
男は迷いなく一気に魔王に襲いかかった。
激しい攻防の中、魔王の圧倒的な力に押され、男は倒れてしまう。
だがその代償は大きく、魔王も深い傷を負い、動きは鈍くなっていた。
それでも魔王は、倒れた男に向かって手を伸ばす。
しかし、体のあちこちが言うことを聞かず、首や腕、腹、胸、足と、まるでバラバラになるように崩れてしまう。
魔王はそのまま力尽き、ゆっくりと静かな場所へと歩みを進めた。
そこに座り込み、静かに膝をつくと、まるで塵が風に飛ばされるように、姿は徐々に小さくなり、やがて完全に消えてしまった。
戦いの余韻と共に、周囲には静寂が戻った。
魔王が消えたその瞬間、世界は一瞬だけ止まったように感じられた。
空気が凍りつくように静まり返り、辺りにいた魔族たちの姿が次々と消え去っていく。
呻き声も、咆哮も、怒号も、何もかもが消え失せ、まるで霧が晴れるように無音の静寂だけが広がった。
「……終わったのか?」
ギンが呟く。筋肉の鎧のような体が小さく震えていた。
「これで……やっと……」
レオはまだ信じられないように、目を見開いたまま言葉を詰まらせる。
ザックは黙ったまま、剣を握り締めていたが、瞳の奥にはわずかな涙が光っていた。
「もう……こんな地獄みたいな場所に付き合ってられねぇ……」
と、ぽつり。
そしてアイは、その光景を見つめながら、心の中で呟いた。
「みんな……生きてる。戻れる……私たち、まだここにいるんだ」
だが、彼女の胸には複雑な感情も渦巻いていた。
「あの男の言葉が重い……『普通の人間が行っていい場所じゃない』。本当にその通りだった。だけど、私たちはここに踏み込んだ。仲間を守るために……」
倒れて動かぬ五本指の死体。
その冷たい瞳は、もう何も映さず、ただ静かに世界の終わりを告げていた。
「……これで終わりじゃない。何かが、まだ動き出すかもしれない」
ザックはそう呟き、剣の刃を地面に突き立てた。
ギンは拳を強く握りしめ、遠くに見える魔界の闇を睨みつけた。
「俺たちは……ここで戦った。誰も裏切らなかった。最後まで……」
レオはふと空を見上げ、震える声で言った。
「みんな……みんながいたから、ここまで来れた。ありがとう……」
静寂の中、ひときわ大きく、風が吹き抜けた。
その風はまるで、消えた魔王や魔族たちの魂を運ぶかのように、優しく、そして切なく響いた。
主人公は深く息を吐き、今ここにある平和が奇跡のように感じられた。
「終わったんだ……」
だがその言葉には、まだ消えぬ決意も込められていた。
「これからが本当の始まりだ……」
彼らは静かに立ち上がり、互いに視線を交わした。
大きなあの門を開けた先には、静寂が広がっていた。
しかしその静けさは、決して安堵のものではなかった。
「この門を二度と開けないように封じるには、生贄が必要だ。」
仲間の誰かが静かに告げる。
「生贄……?」
皆の視線が一斉に、かつての魔王の首を探すが、それはもうこの世界には存在しなかった。
「ならば……」
その時、アイが静かに声を上げた。
だが咄嗟に気づく。
「主人公はどこ……?」
その問いに応えるように、奥の闇の中で、かすかに横たわる影が見えた。
それは倒れている主人公の姿だった。
その体は今にも崩れそうで、腕はなく、足もなく、顔は血で汚れ、腹部には大きな穴があった。
けれども、そこに横たわる姿には、かつての強さの残り香がまだ感じられた。
「俺が……生贄でいい」
その声はかすれ、弱々しかったが、揺るぎない決意が込められていた。
「俺に任せろ……みんなのために、最後まで」
アイやザックたちは言葉を失い、涙があふれた。
そこに静かに近づいたのは、魔王の仔だった。
彼は主人公の肩にそっと手を置き、その冷たくなった体を優しく撫でた。
「助けてくれてありがとう」
その声は穏やかで、暖かく、どこか懐かしい響きを持っていた。
「今までのこと、少しずつ思い出してきた。君が倒れていた日のことも、君が何を背負ってきたのかも」
主人公の瞳に、かすかな光が戻り始める。
「助けられてばかりだった俺が、今度はみんなを守る側になった。……それでも、迷いは消えなかった」
魔王の仔は静かに頷いた。
「僕も同じだよ。君が諦めなかったから、僕もここにいる。君は決して1人じゃなかった」
その言葉に主人公の胸が熱くなる。
「楽しかった……本当に、楽しかったぞ、アイ。最高の冒険だった」
涙がこぼれ落ちる。
「みんなに出会えて、戦えて、笑えて」
その言葉に、仲間たちの涙は止まらなかった。
「じゃあな、みんな……」
主人公は静かにうつむき、もう言葉は出なかった。
魔王の仔がそっと主人公の肩に寄り添い、仲間たちはその光景を見守る。
胸の奥に残る痛みも、別れの寂しさも、すべてを抱えながら。
その場に立ち尽くし、皆が涙を流しながら、主人公の強さと優しさを忘れないと誓った。
それは、終わりではなく、新たな未来への始まりの瞬間だった。



