魔界。罪を犯した者が落とされる、深く暗い世界。
その底に、1人の男が縛られていた。

魔王の仔。名もなく、ただそう呼ばれる存在。
かつて、主人公がまだ人間だった頃。
魔王は玉座に君臨し、この仔はその跡継ぎとして生まれた。
だが。

「お前は……人間に近すぎる」
魔族たちはそう囁いた。
確かに彼は魔族の力を持っていたが、心は人間に近かった。
人を傷つけることを嫌い、争いを避けようとした。
その罪が、彼をこの魔界の深淵へと追いやった。

「裏切り者が……!」

「血を拒むなど、魔族の恥!」
かつての仲間に槍を向けられ、
王の手によって、息子は粛清された。
死にはせず、生かされたまま、
魔界の深い闇の中に閉じ込められたのだ。

今。
燃え盛る業火と、冷たい瘴気が入り混じる、
矛盾した空間。業火の深淵。
彼は膝を抱え、ただ静かに座っている。
鎖に縛られ、動けず。
言葉を発せば、鋭い刃が喉元に現れる。
目を閉じれば、過去が焼き付く。

それでも、彼は思う。
(……これでよかったのか?)
彼の目の前には、燃え盛る玉座があった。
かつて自分が座るはずだった場所。

今は空っぽのまま、揺らめいている。
その時。
彼の瞳がわずかに揺れた。
遥か上空。魔界の狭間に、
黒と赤の混ざった気配が垂れてきていた。

その気配はどこか懐かしく、禍々しい。
(あれは……誰だ?)
その一方で。
魔界のさらに深い場所に、ひとりの影が立っていた。
半分は人間。
半分は闇そのもの。
主人公。
すでに人間の姿は曖昧で、魔王にも似ているが違う雰囲気をまとっていた。
右半身から黒い瘴気が立ち上り、
背中には短い角が生えている。
目の前には、閉ざされた魔界の門。
扉に手をかけようとしたその時。

「……また、お前か」
懐かしい声が後ろから聞こえた。

振り返ると、鎖に縛られた血まみれの男の子。魔王の仔が炎の中に立っていた。
2人の視線が交わった瞬間。
世界がほんの一瞬止まったように感じられた。