「僕が此処に予告してやる! 君は今までの妻たちと同じように、一週間ともたずに泣いて実家に帰るとな!」

そう告げたのは、このフォンテンスマリー王国の由緒正しき公爵位である、クラン・ディ・ハイオザード様。
長身で髪を長く伸ばし、瞳は蜜色で切れ長、更に雪色の肌……そして険しい表情で私を見ている。
どう見ても嫁いできたばかりの新妻♥を見る目ではない。

でも私からすると『フォォォォォォォ! 美しい!』『珠玉の美男子!』なクラン様の眼差し!

だけど、兄や家族からすると『社交界一の変わり者じゃないか……』『しかも子持ち……』『どうしてハイオザード公爵がいいの……どうして……』と、いまいちな反応だったのである。
おい、ふざけんな(ドス声)人様の推しをボロクソ言うやん?(ドス声2)

そう、クラン様は私の『推し』なのだ。

自他共に認める『陰キャ男子好き』な私ことアリエン・プリマテスがクラン様に惚れたのは、とある舞踏会が切っ掛けだった。

当時のクラン様は五番目の奥様(逃げたけど)とご子息を連れて参加していた。遠目から見ても奥様はイヤそうだったし、クラン様も陰の極みの如く壁の花になろうとしていた。

その姿に見惚れ、何とか話しかけたい! でも相手は人妻……じゃなくて人旦那!! 幸せを願うしか許されないのよアリエン! とウロチョロしていた時だった。

『……君、ブローチを落としたよ……』

私はクラン様に落としたブローチを拾ってもらったのだ!
その素敵な陰オーラに私が見惚れている間にクラン様は、さっさと会場の隅っこで暮らし始めた。

で、

話しかけられても目も合わさず、声ちっさ!! という陰キャあるあるな姿に更に私が惚れこんでしまったのだ。
そうしてクラン様が元嫁ズと離縁と再婚を繰り返し、遂には『身分違いでもいいから嫁募集!』とハイオザード家が根を上げた時、男爵家の私が飛び込んでいったというわけ★


しかしこれまで12人の妻が逃げてるクラン様は結婚に最早、夢も希望も未来も見い出していないらしい。
ご子息のギニョール様はお祖母様の元に預けっぱなしみたいだし……。

そんなクラン様は、死んだ魚のような目で苛立たし気に執務机を指でコツコツ叩いている。

「……男爵家の小娘か。どうせ金目当てだろう」

ぼそりと呟かれた言葉に私の耳が反応する。
自慢じゃないが、うちの家は裕福とは程遠い。
でもだからって推しの金目当てなわけないです!! 推しのカラダ目当てです!!!!

と考えるなり、私は叫んでいた。

「わかりました! クラン様! 全財産を失ってください!」
「は?」
「そうすれば私のクラン様への深愛は証明できると思うんです!」
「……!?!?!?」
「極貧のクラン様でも私は好きっていうか、苦労を共に乗り越えた先に熱い愛の交流が……」
「なっ、何を言っているんだ君は!?」

クラン様が信じられないものを見るような目で見てきた。
おっと! いけないいけない! あまりに好き好きオーラを初回から出すと気味悪がられるかもしれないわフヒュゥウ~。(深呼吸)

しかしこの推しという神を前にした私の暴走もクラン様にとっては『ククク……こんな男に嫁がされて、正気でいられるわけもないかククク』に変換されたらしい。
立ち上がると背後のカーテンを開け、窓を背に語りだす。うぉっまぶしっ(推しが)

「早速だが夫婦の寝室は絶対共同だ。どれだけ嫌がろうとも別室には……」

いきなり初夜について語りだすクラン様に私は鼻血をゴフゥ! と噴いた。

「なっ!? 血を吐くほど嫌だと言うのか!」

鼻を押さえる私にクラン様がダメージを受けていたけど、違うんだ聞いてくれ!!
推しとのベッドシーンとか寝る前にベッドの中でゴロゴロ妄想してたものが現実として成立するのを目の当たりにして興奮で鼻血を噴いただけなんだ!!

……って言いたいのに私は「フゴフフハァ~!!」と泣いて首を振りながら鼻を押さえるという失態! クラン様はショック受けてる実態! どうするこの醜態!!

そして

『と、吐血するほど嫌みたいなので別室で……』とクラン様から目を逸らされて宣言された。
まさかの事態に私は泣き叫ぶ。床に這いつくばって、それはもう泣きまくった。

「嫌です! 同室が良いんです! そして熱い夜を過ごすんですぅぅぅぅぅううう!!」

部屋の隅に控えていた使用人達が、私を憐憫の目で見ながら首を振っている。
ヒソヒソと聞こえてきた内容は……

「奥様……あんなに錯乱する程に狂気に蝕まれて……」
「まだお若いのに、お可哀相……」
「旦那様への恐怖であんなに発狂された方、初めてだわ……」

違うから! 私は正気だから!! あなた達、クラン様の顔を曇らせるのやめて!!
とにかく絶対、同室で同じベッドで寝るのだと主張する。
最悪、床でいいから寝かせてくれ、同じ室内の空気を吸わせてくれと懇願すると、今度はクラン様から警戒された。

「そうか! 僕は、恨みを買う側の人間だ! まさか君、僕の命を狙って……」
「命は狙ってませんが、ハートを射抜きたいと狙っています!」
「……! やはりそうなのか! 心臓を狙って……」
「ノン! そうじゃありません! クラン様に恋の矢を撃ちこみたいだけなんです! つまり好きなんです! 愛してます!」

キャーー!! 言っちゃった♥ とテレテレしたけど、クラン様は冷徹な眼差しで私を見て告げた。

「フン! 三番目の妻もそう言って近づいてきては散財していた! どうせ金目当てだろう!」

しかし推しの心は頑なだ。
私も負けじと言い返す。

「推しに貢ぎたいくらいなのに、何で推しのお金を使いたいとか言われるんですか!?」
「は!? い、いや、それなら望み通り同室で寝てやるが、僕の命を狙っているとわかり次第、斬り捨てるからな!」
「フッ、愛する人に殺されるなら本望です!!」
「本望なのか!?」

調子が狂わされっぱなしみたいなクラン様だけど、私は何とか同衾権(ハァハァ)をGETした。
別室にされかけるなんて、危ないところだったわ……!

部屋が別だったら、クラン様のエロい寝顔とか寝姿とか見れないし、寝言も聞けないじゃない!
かぁ~っ! たまんねぇ! 今から期待で(たかぶ)るわぁ~!!(ハァハァ!!)←ヒロイン

こうして私の初夜への期待値は上がってゆくのだった。