私の部屋のふすまが、勢いよく開かれた。
 開いたのは、

「ちょっと、クソデカ鼻歌の次は独り言!? 外まで聴こえててキモいんですけど」

 不機嫌丸出しの、双子の姉・巫由(ふゆ)だった。
 クソザコ霊力(私と比較しての話)しか持たない巫由には、(さかい)様の姿は視えないし、声も聴こえない。
 他の姉たちなら、境様の気配を察知することくらいはできるかもしれないが。

「あーはいはい、ごめんなさい」

「はい、は1回!」

「はー……私は巫由の家来じゃないんだけど。なんで私が巫由の下みたいな扱いを受けなきゃいけないわけ?」

「アンタがまぎれもなく、私の下だからよ。出来損ないの出涸らし巫女サン」

 こういう時、巫由はすごく楽しそうな顔をする。
 他人を下げることでしか喜びを感じられないなんて、浅ましいことこの上ないわね。

 巫由のこういう言動からも分かるとおり、先日の阿ノ九多羅(あのくたら)ミカの訪問(私を『娶らせろ、娶らせろ』と連呼してきた気持ち悪い言動の数々)は、両親や巫由の中では『何かの間違い』として処理されている。
 あの、『退魔師の王』とすら称される阿ノ九多羅ミカが私に愛を囁いていたところを、さんざん見ていたくせにね。
 四季神(しきじん)家の連中はみんな、都合の悪いことは忘れてしまうし、何でもかんでも自分に都合が良いように曲解してしまえるという、実におめでたい脳みそを持っているのだ。
 おかげで私は、家族に対して実力を隠し続けることができているというわけだ。

「ん? 何、その服」

 巫由がようやく、ベッドの上に並べられている洋服の数々に気づいた。

「アンタ、服なんて買うお金、持ってないはずでしょう。――はっ!? まさか盗んできたの!?」

「人聞きの悪い。買ってもらったのよ」

 厳密には違うが、三日月先生から『ご飯の謝礼金』として受け取ったお金から出したので、『三日月先生に買ってもらった』と言えなくもない。
 多分、きっと、メイビー、恐らく。

「だ、誰に!? パパとママが出涸らし巫女なんかに服なんて買うはずが――」

 私はニンマリと笑い、

「カ・レ・シ・に」

「ぬぁんですって!?」

 巫由が頭を抱えてしゃがみ込み、

『そんな馬鹿な』
『この私が(いつつ)なんかに先を越されるはずが』
『ふ、ふふふ……きっととんでもないブサイク男に違いないわ』

 などと大変失礼なことを呟いている。
 なので私は、トドメを刺してやることにした。

「これ、彼の写真」

「何、この壮絶なイケメン!?」

 巫由が、目玉がこぼれ落ちそうになるほど目を見開いた。

「……は、はんっ。どうせ加工でしょ」

「残念。本物の、未加工です」

 私はスマホをスワイプさせ、三日月先生のピン写真や私とのツーショットを次々に見せていく。

「そ、そんな、あぁ、あぁぁ……ッ!」

 巫由はもはや、顔面蒼白。
 自分より劣っているはずの妹(私)がこんな超スーパーイケメン彼氏をゲットしたことが、許せないらしい。

 巫由が、絶望の表情でうなだれる。
 お、おぉぉ……うおおおおっ!
 これが、『マウントを取る』というやつなのか!
 マウント取るって、こんなにも気持ちが良いことなのか!
 巫由には十数年来に渡って虐げられてきただけに、感動もひとしおだ。
 そうか、これが『ざまぁ』というやつか。

「そ、それで……」ブルブル震えながら、巫由が聞いてきた。「アンタは今、何してるわけ?」

「デ・エ・トの準備」

「なぁっ!?」

 ちなみに、巫由に交際相手はいない。
 両親が、傾きかけの四季神家を立て直すための起爆剤として使うべく、婚姻相手について厳選に厳選を重ねているからだ。
 もっと言えば、巫由はつい先日フラれたばかりだ。
 そう、あのキツネ男――阿ノ九多羅ミカに。

「きぃぃ~~~~ッ!」

 下品な金切り声を上げる巫由を尻目に、私は鼻歌交じりに衣装選びを続けるのだった。