その日から、数日に1度のペースで先生宅にお邪魔するようになった。
 手料理を振る舞い、お茶をして、暗くなる前に帰る。
 その繰り返しだ。

 そんなふうに日々を過ごしながらも、私は押した。
 押して押して押しまくった。
 会いに行くたびに『好きです』と告げて、『お付き合いしていただけませんか』と迫った。
 恥なんか偲んでいる場合ではなかった。
 学校には『女子』と書いて『猛獣』と読む凶暴な連中がたくさんいて、三日月先生のことを虎視眈々と狙っているのだから。

 1週間を掛けて、先生に、私に対する敬語をやめさせることに成功した。
 次の1週間を掛けて、『(いつつ)さん』と呼ばせることに成功した。
 そして3週間目の終わりに、ついに『分かったよ、僕の負けだ。付き合おう』という言葉を引き出すことに成功した。
 しかも、ウインクして『学校の皆さんには内緒だよ』ですって!
 きゃ~~~~っ。
 そうしてついに、初デートの日曜日が迫ってきた。

「らんらんらん、るるる~♪」

 初デートの前日、私は浮かれ気分で明日の服を選んでいた。

 私は生まれてこの方、お小遣いなんてものをもらったことがない。
 服もランドセルも教科書もスマホもぜーーーーんぶ、姉たちからのお下がりで済まされてきた。

 一方、双子の姉・巫由(ふゆ)は何でも買ってもらっていた。
 それも、最高級のものばかりを、これでもかというくらい大量に。
 お洋服なんて、専用の衣装部屋があるくらいだ。
 スマホは常に最新機種のiPhoneだし、月のギガ容量は無制限ときている。

 片や私は、服は姉たちに着古されてボロ切れみたいになっているやつだけだし、スマホも巫由のお下がり。
 しかも、あの子どんだけ乱暴に扱っているのか、スマホの画面はバキバキで、バッテリーは満タンまで充電しても数時間しか保たず、スワイプするたびに画面がガックガクにカクつく。
 そのうえ、親が私用に契約したプランの月のギガ数は、驚きの最低プラン、1GB。
 これで、どう過ごせというのだろう?
 もう本当に、『育児放棄なんてしてませんよ』という建前を必要最低限守る以上のことは一切してくれないのが、ウチの両親なのだった。
 そんな境遇なので、デートの服を選ぶなんてできるわけがなかったのだ……数週間前までは。

 1ヶ月ほど前、三日月先生宅にお料理を作りに行ってから、状況は一変した。
『食材費として』と、かなりの金額を三日月先生から貰ってしまったのだ。
 まぁ実際、先生の分のお弁当を作っている頃から、自分の食費や日用品費を切り詰めるレベルで苦心していたので、そのお金は大変助かった。
 とはいえ、いかんせん金額が多い。
 その旨を尋ねてみると、『今までのお弁当の分もあるから』とのことだった。

 けれども2回目、3回目の訪問時の謝礼金も、依然として金額が多いまま。
 尋ねてみると、『気持ち』だとか『身の回りに使って』とか言ってくるばかり。
 いやまぁ実際、私の制服は至る所がほつれ放題、靴はベコベコ、カバンはしおしおだったので、身だしなみを整えるのに非常に助かったわけだが。
 姉たちと違う高校に進学したのに、あの両親はわざわざ、私に中古の制服を買い与えたのだ。
 陰湿と言うほかない。
 そういう両親からのイジメの空気を払拭するうえでも、先生から頂いたお金が大層助けになったのは事実だった。

 付き合いはじめてからは、もっと露骨に金額が上がった。
 私は自分のことを、先生の玉の輿に乗る気満々のえげつない女であると自覚している。
 が、だからといって結婚もしていない時点からポロポロと空から降ってくるかのような勢いでお金を貰ってしまうのは、何か違うと思う。
 恐る恐る、その旨を切り出してみたところ、先生に謝罪されてしまった。

『キミの尊厳を傷つけるようなことをしてしまって、申し訳ない』

 とのこと。
 その点についてはまぁ、私はそこまで深刻には考えていなかったので、何も問題ない。
 そして、次に先生が頬を赤らめながら口にしたセリフに、私の胸は貫かれた。

『けれど、その……初デートの時に、着飾ってくれたキミの姿が見たいな、って』

 上等だ、やってやろうじゃねぇか!
 私は頑張った。
 初デートまで1週間もなかったが、なけなしの1GBで流行りの服やコスメについて勉強し、街中の服飾店を練り歩き(と言いつつ長距離移動には(さかい)様直伝の【飛翔】巫術で空を飛んだ)、『これは』と思う服を買い集めた。
 古着屋も使ったので、全部合わせても5万円以内に収まった。
 とはいえ、万レベルで自由に使えるカネがあるということ自体が生まれてこの方初めての経験だったので、万札を取り出すたびに震えが止まらなかったのだが。
 そこからさらに、基礎化粧品と高校生でも違和感がない程度のナチュラルメイクキットに奮発すること1万円。
 自室のベッドの上、私の目の前には今、先生から貰った6万円で買い集めた戦闘服&戦闘バフキット(化粧品)がズラリと並んでいる。

「ふふ……うふふふふっ」

 笑いが止まらない。
 私にだって、人並みの物欲はあるのだ。

「そんなに物欲を満たしたいンなら、実力を明かせばいいじゃねぇか」境様が茶々を入れてくる。「お前さんなら、上級アヤカシだって瞬殺だぜ。引く手あまただ。あっという間に日本一の退魔師になって、霊害庁から直にご指名が入るようになる。他の四季神たちに聞いた話だが、中級アヤカシを討伐しただけでも、1体につきウン百万円入るらしいぜ。上級アヤカシっつったら数千万とか、場合によっちゃ1億円超えだ」

「いっ、いちおく……!?」

 あまりの金額に、決意が揺るぎそうになる。
 が、私はなんとか自分を律した。

「い、嫌よ。だって退魔家業は3Kだもの」

「キツい臭い殺される、だったか。けど俺様がいる以上、お前が殺されることはあり得ねぇぞ。俺様の自動発動型対物理・対術式結界が、どんな攻撃だって必ず防ぐ。今の俺たちは、まぁ間違いなく地上最強だ。俺らに勝とうと思うなら、西洋産アヤカシの『七大魔王』とか『ソロモン72柱の大悪魔』とかでも連れてこねぇとな」

「それ、1柱でも顕現したら世界が滅ぶやつじゃない!」

「そうそう。そういうのは数百年とか数千年に1回あるかないかだから、気にせず生きりゃいい」

「うーん……でも実力を明かしちゃったら、絶対に忙しくなるじゃない。キツいのは変わらないわよ。それに、私が実力を明かしたら、まず間違いなくあのキツネ男が出張ってくるわよ」

「あー……阿ノ九多羅(あのくたら)のガキからの、(めと)らせろ娶らせろ攻勢かぁ。ありゃ確かに、ちょっと気持ち悪いよな」

「ちょっとどころじゃないわよ! 人の学校にまで押しかけてきて。ストーカーよストーカー。だいたい、顔も見せない相手と結婚なんてできるわけが――」

 ――スパァーーーーンッ

 その時、私の部屋のふすまが勢いよく開かれた。
 開いたのは――