「きぃいいっ! あの女、絶対に許しません! 三日月先生の胃袋をつかもうとするなんて」
この1週間、私は毎日、三日月先生にお弁当を届け続けた。
その背後には、実は壮絶な戦いがあった。
「それだけでは飽き足らず、破廉恥にも先生のお宅に上がり込もうだなんて!」
三日月先生を狙う女子は多い。
学校全体の約半数、学年の約8割、クラスのほぼ全員である。
当然、先生を独り占めしている私に対するやっかみはすごい。
「わたくしどものネットワークを駆使して、四季神伍をイジメてイジメてイジメたおして差し上げますわ!」
「そうですわ■■さん、盛大にイジメてやりましょう!」
「死んだ方がマシってくらい、追い詰めてやりましょう!」
中でも最も過激なグループが、校舎の陰で私に対する宣戦布告を行っている。
その様子を、【千里眼】で覗き見ている私は、
「【スギ花粉の術】」
得意の巫術を詠唱。とたん、
「ふっ、ふぇっ、ぶわぁ~~~~っくしょい!」
「へっくち! へっくち!」
「あひゅん! っ、あひゅん!」
くしゃみが止まらなくなり、鼻水まみれになる過激派たち。
ふふん、私の覇道を邪魔できると思わないことね。
「ったく、ひでぇ女だなぁてめぇは」
スーパーマーケットへの道すがら、半透明の境様が引きつり笑いをしながら話しかけてきた。
「退魔業から距離を置いた平和な日常と願うクセに、目的のために巫術を駆使するたぁひでぇ皮肉だ」
「燃やすより、よほど良心的だと思うけど」
「さっきのガキどもの話じゃねぇよ。あの教師に【魅了】の巫術使ってるだろ。精神汚染なんて、平安時代ですら禁じ手だったんだぜ?」
「ありゃ、バレてた?」
「バレバレだっつの。可哀そうにあの男、おめぇの霊力ですっかり骨抜きにされちまって」
「毒性はないわよ」
ほんのちょっぴり依存性はあるけれど。
でもじょじょに抜いていけば元どおりになれる。
飲んだことないから分からないけど、たぶんアルコールよりよっぽど健康的だ。
「てめぇの存在自体が猛毒なんだがなぁ」
「あはははは!」
「あはは、じゃねぇよ。ったく」
人通りが多くなってきたので、境様が姿を隠す。
霊視可能な退魔師がスーパーマーケットにいるとも思えないが、念には念を、だ。
さて、愛しの三日月先生のリクエストに応えるべく、材料を買い揃えるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇
買い出しを終えて、先生に教えてもらった住所――先生宅へ向かう。
「生娘が男の家に上がり込むなんて、平安の頃じゃぁ考えられなかったぜ」
「古臭いのね。でも今日は、ただ上がり込むだけじゃ済まさないわ。行くところまで行って、既成事実を作ってやるの。先生のほうから私に手を出させて、付き合う――ううん、結婚するところまで話を進めちゃうのよ!」
「既成事実? ってまさか……あのな、お前の体だしお前の人生だから、そりゃ好きにすりゃいいとは思うがよ。既成事実ってのはつまり」
「キッスよ!」
「はい?」
「口づけ。口吸い。知らないの?」
「いや、知ってるが……ぷっくくくっ。そうかよ。当代一の巫術師サマは、ずいぶんとマセていらっしゃるんだなぁ」
「もう16なんだから、当然でしょ」
「くくくっ、そうだな」
先生のお宅は、タワマンだった。
思わず検索すると、目玉が飛び出るかと思うほど高い部屋だった。
一人暮らしなのに、タワマン13階の4LDK。
どんだけ金持ちなんだ、この人!?
「境様、透明&テレパシーモードね」
「あいよ」
境様の姿が消える。
――ピンポーン
エントランスで先生の部屋を呼び出すと、すぐに先生が出てくれた。
私は名乗り、お行儀良くお辞儀をひとつ。
『やぁ、四季神さん。入ってください』
ロックが解除され、エントランスと住居エリアを隔てていた自動ドアが開いた。
エレベータに乗って、13階へ。
エレベータを降りると、先生がすでにドアを開いていた。
「やぁ、いらっしゃい」
いつもの爽やかな笑顔だが、少しだけぎこちなさがある。
やはり、女子生徒を部屋に連れ込むことに対して思うところがあるのか。
けれど、ドアを開いて待ち構えている時点で、職業倫理が食欲に負けている証拠である。
「そりゃぁ」境様が私にだけ聴こえる声で、「あんだけ精神汚染されればなぁ」
境様は黙ってて。
「あいよ」
部屋に通された。
散らかっておらず、清掃がよく行き届いている清潔な部屋だ。
趣味も良く、シックで落ち着いた感じの部屋。
「早速準備しますね」
「お茶くらい入れますよ」
「ですが、お腹が空いているんじゃありませんか?」
「うっ、実はそうなんです」
先生が頬を染める。
うふふ。
めちゃくちゃ可愛らしいお顔、頂きました。
台所も綺麗で……いや、綺麗すぎるな。
先生は自炊しない人らしい。
「お恥ずかしい」
先生がポリポリと頬を掻く。
今日は先生の可愛い一面をたくさん見ることができて、ラッキーね。
「ですが、必要な道具は揃っているはずですよ」
シンク下の棚を開くと、先生の言葉どおり調理器具が一式揃っていた。
さっそく、ボウルを取り出す。
買ってきた食材の中から10個入りの卵を取り出し、3つをボウルへ割り入れた。
「卵、使わない分は冷蔵庫に入れておきますね」
「ですが私、料理はできないので……」
「なら、賞味期限が切れる前に、また作りに伺います。よろしいですか?」
先生が、ぱぁっと微笑んだ。
「もちろんっ」
おおっ。
今、間違いなく語尾に『っ』が付いていた。
な、ななな何なんだ、この可愛い生き物は!?
っていうか私、さらりと次の約束を取り付けることに成功したな。
わざわざ10個入りの卵を買ってきた甲斐があった。
今日のメニューはふわふわオムライス。
サラダと味噌汁も付ける。
「先生、お部屋で休んでいてください」
「ここで見ていてはダメですか?」
「だ、ダメじゃないですけど」
なんだか気恥ずかしい。
先生の視線を意識しながらも、手のほうはテキパキと動いていく。
「すごいすごいっ。手際が良いんですね。いつもやってらっしゃるんですか?」
「え、えへへ……それなりには」
思わず頬が緩む。
犬猫のように育てられた私に料理ができるのかと言われれば、できる。
憎き母に『家の役に立てないのなら、せめて下働きでもしろ』と言われ、幼い頃から女中たちに交じって炊事・洗濯・掃除をこなしてきたからだ。
今日ばかりはあのモラル崩壊クソ母に感謝だな。
って私、今、『えへへ』って言った!?
16歳にもなって『えへへ』はキツいだろう。
先生に引かれていないだろうか……?
恐る恐る先生のほうを見てみると、果たして先生は、少年のようなキラキラとした眼差して私の手元を見ていた。
せ、セーフ?
それとも、男の人って案外、女のあざといくらいの言動のほうが好きなんだろうか。
年齢イコール彼氏いない歴だから何も分からん。
相談できる相手なんていなかったし。
「俺様がいるじゃねぇか」
だって境様は価値観が平安人だし。
「誰が平安人だ、この令和娘」
誰が令和娘だ、この平安人。
「ここで愛情をひとつまみ~」
よくかき混ぜた卵に、私は塩を振る。
ついでに『アレ』もひとつまみ。
「【魅了】の巫術をたっぷり染み込ませた霊力を、『愛情』と呼ぶのかよ。さすがの俺様もドン引きだぜ」
この1週間、私は毎日、三日月先生にお弁当を届け続けた。
その背後には、実は壮絶な戦いがあった。
「それだけでは飽き足らず、破廉恥にも先生のお宅に上がり込もうだなんて!」
三日月先生を狙う女子は多い。
学校全体の約半数、学年の約8割、クラスのほぼ全員である。
当然、先生を独り占めしている私に対するやっかみはすごい。
「わたくしどものネットワークを駆使して、四季神伍をイジメてイジメてイジメたおして差し上げますわ!」
「そうですわ■■さん、盛大にイジメてやりましょう!」
「死んだ方がマシってくらい、追い詰めてやりましょう!」
中でも最も過激なグループが、校舎の陰で私に対する宣戦布告を行っている。
その様子を、【千里眼】で覗き見ている私は、
「【スギ花粉の術】」
得意の巫術を詠唱。とたん、
「ふっ、ふぇっ、ぶわぁ~~~~っくしょい!」
「へっくち! へっくち!」
「あひゅん! っ、あひゅん!」
くしゃみが止まらなくなり、鼻水まみれになる過激派たち。
ふふん、私の覇道を邪魔できると思わないことね。
「ったく、ひでぇ女だなぁてめぇは」
スーパーマーケットへの道すがら、半透明の境様が引きつり笑いをしながら話しかけてきた。
「退魔業から距離を置いた平和な日常と願うクセに、目的のために巫術を駆使するたぁひでぇ皮肉だ」
「燃やすより、よほど良心的だと思うけど」
「さっきのガキどもの話じゃねぇよ。あの教師に【魅了】の巫術使ってるだろ。精神汚染なんて、平安時代ですら禁じ手だったんだぜ?」
「ありゃ、バレてた?」
「バレバレだっつの。可哀そうにあの男、おめぇの霊力ですっかり骨抜きにされちまって」
「毒性はないわよ」
ほんのちょっぴり依存性はあるけれど。
でもじょじょに抜いていけば元どおりになれる。
飲んだことないから分からないけど、たぶんアルコールよりよっぽど健康的だ。
「てめぇの存在自体が猛毒なんだがなぁ」
「あはははは!」
「あはは、じゃねぇよ。ったく」
人通りが多くなってきたので、境様が姿を隠す。
霊視可能な退魔師がスーパーマーケットにいるとも思えないが、念には念を、だ。
さて、愛しの三日月先生のリクエストに応えるべく、材料を買い揃えるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇
買い出しを終えて、先生に教えてもらった住所――先生宅へ向かう。
「生娘が男の家に上がり込むなんて、平安の頃じゃぁ考えられなかったぜ」
「古臭いのね。でも今日は、ただ上がり込むだけじゃ済まさないわ。行くところまで行って、既成事実を作ってやるの。先生のほうから私に手を出させて、付き合う――ううん、結婚するところまで話を進めちゃうのよ!」
「既成事実? ってまさか……あのな、お前の体だしお前の人生だから、そりゃ好きにすりゃいいとは思うがよ。既成事実ってのはつまり」
「キッスよ!」
「はい?」
「口づけ。口吸い。知らないの?」
「いや、知ってるが……ぷっくくくっ。そうかよ。当代一の巫術師サマは、ずいぶんとマセていらっしゃるんだなぁ」
「もう16なんだから、当然でしょ」
「くくくっ、そうだな」
先生のお宅は、タワマンだった。
思わず検索すると、目玉が飛び出るかと思うほど高い部屋だった。
一人暮らしなのに、タワマン13階の4LDK。
どんだけ金持ちなんだ、この人!?
「境様、透明&テレパシーモードね」
「あいよ」
境様の姿が消える。
――ピンポーン
エントランスで先生の部屋を呼び出すと、すぐに先生が出てくれた。
私は名乗り、お行儀良くお辞儀をひとつ。
『やぁ、四季神さん。入ってください』
ロックが解除され、エントランスと住居エリアを隔てていた自動ドアが開いた。
エレベータに乗って、13階へ。
エレベータを降りると、先生がすでにドアを開いていた。
「やぁ、いらっしゃい」
いつもの爽やかな笑顔だが、少しだけぎこちなさがある。
やはり、女子生徒を部屋に連れ込むことに対して思うところがあるのか。
けれど、ドアを開いて待ち構えている時点で、職業倫理が食欲に負けている証拠である。
「そりゃぁ」境様が私にだけ聴こえる声で、「あんだけ精神汚染されればなぁ」
境様は黙ってて。
「あいよ」
部屋に通された。
散らかっておらず、清掃がよく行き届いている清潔な部屋だ。
趣味も良く、シックで落ち着いた感じの部屋。
「早速準備しますね」
「お茶くらい入れますよ」
「ですが、お腹が空いているんじゃありませんか?」
「うっ、実はそうなんです」
先生が頬を染める。
うふふ。
めちゃくちゃ可愛らしいお顔、頂きました。
台所も綺麗で……いや、綺麗すぎるな。
先生は自炊しない人らしい。
「お恥ずかしい」
先生がポリポリと頬を掻く。
今日は先生の可愛い一面をたくさん見ることができて、ラッキーね。
「ですが、必要な道具は揃っているはずですよ」
シンク下の棚を開くと、先生の言葉どおり調理器具が一式揃っていた。
さっそく、ボウルを取り出す。
買ってきた食材の中から10個入りの卵を取り出し、3つをボウルへ割り入れた。
「卵、使わない分は冷蔵庫に入れておきますね」
「ですが私、料理はできないので……」
「なら、賞味期限が切れる前に、また作りに伺います。よろしいですか?」
先生が、ぱぁっと微笑んだ。
「もちろんっ」
おおっ。
今、間違いなく語尾に『っ』が付いていた。
な、ななな何なんだ、この可愛い生き物は!?
っていうか私、さらりと次の約束を取り付けることに成功したな。
わざわざ10個入りの卵を買ってきた甲斐があった。
今日のメニューはふわふわオムライス。
サラダと味噌汁も付ける。
「先生、お部屋で休んでいてください」
「ここで見ていてはダメですか?」
「だ、ダメじゃないですけど」
なんだか気恥ずかしい。
先生の視線を意識しながらも、手のほうはテキパキと動いていく。
「すごいすごいっ。手際が良いんですね。いつもやってらっしゃるんですか?」
「え、えへへ……それなりには」
思わず頬が緩む。
犬猫のように育てられた私に料理ができるのかと言われれば、できる。
憎き母に『家の役に立てないのなら、せめて下働きでもしろ』と言われ、幼い頃から女中たちに交じって炊事・洗濯・掃除をこなしてきたからだ。
今日ばかりはあのモラル崩壊クソ母に感謝だな。
って私、今、『えへへ』って言った!?
16歳にもなって『えへへ』はキツいだろう。
先生に引かれていないだろうか……?
恐る恐る先生のほうを見てみると、果たして先生は、少年のようなキラキラとした眼差して私の手元を見ていた。
せ、セーフ?
それとも、男の人って案外、女のあざといくらいの言動のほうが好きなんだろうか。
年齢イコール彼氏いない歴だから何も分からん。
相談できる相手なんていなかったし。
「俺様がいるじゃねぇか」
だって境様は価値観が平安人だし。
「誰が平安人だ、この令和娘」
誰が令和娘だ、この平安人。
「ここで愛情をひとつまみ~」
よくかき混ぜた卵に、私は塩を振る。
ついでに『アレ』もひとつまみ。
「【魅了】の巫術をたっぷり染み込ませた霊力を、『愛情』と呼ぶのかよ。さすがの俺様もドン引きだぜ」



