「これって、瞬間移動の術!?」
目の前には、超巨大アヤカシ。
私たちは、つい数秒前まで阿ノ九多羅邸にいたはずなのに。
「境様ですら使えなかったのに!?」
「そんなザコと比較しないでもらいたいね、お嬢さん」九尾狐様が言う。「【鬼火】」
またも、詠唱。
とたん、超巨大アヤカシの全身が真っ赤な炎に包まれた。
――グォォオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
超巨大アヤカシが暴れる。
眼下では、結界を張っていた第ゼロ師団員たちが退いたり守ったりと忙しい。
九尾狐様の攻撃の余波で、四季神家の庭の木々が燃え、母屋が燃え、離れが燃え、地面が燃え、何もかもが燃え尽きだ。
それほどの火力だ。
「うーん」九尾狐様が首を傾げた。「いまいち力が出ない。気分がノらないなぁ」
これほどの奇跡を現出させておきながら、とんでもないことを言い放つお狐様。
「ねぇ、キミたち、本当に夫婦?」
「「えっ!?」」
私とミカは驚愕した。
「なーんか、キミたちに『使役』されてる感が薄すぎるんだよね。僕を縛っている契約の手綱を、そこの小僧単体で握っているような。お嬢ちゃんからの霊力が感じられないんだ。そんな弱っちい霊力だと、僕、従う気なくしちゃうなぁ」
「あわわ」
私は慌てる。
ミカも慌てる。
ここに来て、ここまで来て、偽装結婚がバレそうになっている。
「しょ、証拠をお見せしますっ」とミカが叫んだ。「ほら、伍」
ミカが私の肩をつかむ。
神戸の空の上でふわふわと飛びながら、私たちは向かい合う。
「キスするぞ。唇に」
「ええっ!?」私は真っ赤だ。
「いよいよ怪しいなぁ。口吸いくらいでそんなになる?」
「新婚なのでっ。ほら、伍」
「え、ちょっと待っ――」
キス、された。
唇に。
ついばむようなキスだ。
「はぁっ――」
一瞬のことだったが、私は息も絶え絶えだ。
だって、初めてだった!
ファーストキスだったのだ!
「ほら、どうでしょう九尾狐様」とミカ。
「そんなおままごとみたいなヤツじゃあ、とても信じられないね」
「い、行くぞ伍!」
「ひゃ、ひゃいっ」
再び、キスされた。
しかも、今度は舌が入ってきた。
「んっ、んぅぅ……ぁ、ミカぁ」
呼吸を求めて唇を離す。
けれど、再び口を塞がれた。
頭がぼーっとなってくる。
世界がぐるぐる回る。
周囲には境様と九尾狐様。
背景には燃え盛る超巨大アヤカシ。
シュールな状況のはずなのに、大変な状況のはずなのに、私はミカのことしか考えられなくなる。
「はぁ……」
ミカが唇を離した。
私はゼロ距離でミカを見上げる。
ミカが真っ赤になっていた。
「GOOOOOOOOD!」九尾狐様がサムズアップした。「キミたちを夫婦と認めよう。そして、夫婦揃った場合の霊力総量は、ざっと数百億単位。まぁ、ギリギリ、僕を使役するに足ると認定してあげよう。――そらっ、【九尾狐燐火】!」
超巨大アヤカシが、さらに一回り大きな炎に包まれた。
それだけでは終わらなかった。
炎は黄色くなり、白くなり、ついには青くなった。
1万℃以上の灼熱。
――グォォオオオォオオオオオオオオ……
ついに、超巨大アヤカシが膝をついた。
その巨体を構成していたどす黒い霊力が焼け滅んでいき、アヤカシの姿がみるみるうちに小さくなっていく。
やがて、昨日見た人型――やや小柄な人間サイズになった。
「やった!」
私たちは地上に降り立つ。
「奇跡だ」
「あれはまさか、九尾狐様?」
「神の再臨だ!」
第ゼロ師団や阿ノ九多羅家のプロ退魔師たちが歓声を上げる。
「油断するな!」ミカが叫んだ。「まだ、あのアヤカシは祓いきれていない」
そのとおりで、四季神家の庭の中央では依然として人型の大アヤカシが立っており、凄まじい濃度の瘴気をばらまいている。
胸が悪くなりそうだ。
「九尾狐様?」
「うーん」私の問いかけに、九尾狐様が渋面を作った。「マズいねぇ。実にマズい。アレは今、冬神と定着してしまっている。このまま祓っちゃったら、日本から冬がなくなっちゃうよ」
「冬がなくなる!? それって非常にマズいですよね!?」
「だからマズいって言ってるじゃない」
「すみません。でも、どうすれば?」
「あの呪いの元と冬神を分離させることができればいいんだけど。でも、何かが分離を邪魔してるんだよね」
「何かが? それっていったい――」
――恨メシイ……憎タラシイ……腹立タシイィ……
その時、大アヤカシが言葉を発した。
――ドウシテ、オ前ナンカガ、伍ゥゥ……
大アヤカシが顔を上げた。
黒いモヤが晴れていく。
その顔は――
「アンタ、まさか巫由!?」
――阿ノ九多羅家ノ嫁ニナルノハ、ミカエル様ノ手ヲ取ルノハ、コノ私ノハズナノニィ!
巫由の逆恨みが、霊圧となって私を打つ。
空気が震える。
周囲のプロ退魔師たちが吹き飛ばされていく。
私?
私は平気だ。
境様の結界があるからね。
それよりも。
そんなことよりも。
私は、とても、腹を立てていた。
――ミカエル様ヲ私ニ寄越セェェエエエエエッ!
「うるさい!」私は叫んだ。「うるさいうるさいうるさい!」
今度は私の霊圧が、巫由を打つ。
「ちょっとマジでムカついた。境様、力を貸してくれる?」
「ぎゃははははっ! あわや神戸崩壊かってぇ戦いが、まさかの姉妹喧嘩になるたぁな。いいぜ。存分にやりやがれ!」
――死ネェッ! 伍ゥゥゥウウウウウウウウウウウッ!
「それはこっちのセリフよ!」
私の拳に、とんでもない量の霊力が集まる。
境様が惜しみなく提供してくれた、光り輝く霊力。
私は冬に向かって助走し、
「ミカはっ、私のっ、ものっ、だぁあああああああっ!!」
巫由の顔面に、拳を叩きつけた。
――ギャァアアアアアアアアアアアアアアッ! 伍ゥゥゥウウウッ!
「誰にも渡さない!」
――ドパンッ!
――ドパンッ!
――ドパンッ!
巫由に拳を打ちつけるたびに、その余波で周囲のプロ退魔師たちが吹き飛ばされていく。
まぁ、彼ら彼女らはプロなのだ。
受け身くらいは取れるだろう。
それよりも、私は巫由を殴ることに集中する。
「もちろん、巫由、アンタにも!」
拳を打ちつけるたびに巫由を覆っていた黒いモヤが吹き飛んでいく。
ん? そう言えば私、巫由を殴りつけているのに、ダメージが反射してきてないな。
冬神 VS 境様ではなく、あくまで人間の巫由 VS 私だから?
理屈は分からないが、都合は良い。
私は怒りのままに、巫由を殴り続ける。
やがて完全に、モヤがなくなった。
巫由の胸に半ば埋まっていたウィジャ盤を、私は引きちぎった。
ウィジャ盤がひとりでに動き出し、空へと逃れようとする。
が、
「HAHAHAHAHAHA!」九尾狐様が回り込んだ。「逃がすわけないよね。【鬼火】!」
超巨大アヤカシの元凶だったウィジャ盤は、完全に消滅した。
そして、
「うっ、がふっ、伍……?」
ウィジャ盤に取り憑かれて我を失っていた巫由が、我に返ったようだ。
巫由が血を吐いた。
胸が破け、心臓が露出しているのだ。
「はーっ、面倒くさい。境様、力、貸してもらえる?」
「あいよ」
「【治癒】」
みるみるうちに、巫由の怪我が治ってしまった。
「なんで助けちゃうんでしょうね、私。大嫌いな相手のはずなのに」
「それがお前の魅力だよ、伍」ミカが微笑んだ。
プロ退魔師たちが戻ってきて、私たちを大歓声で称えてくれた。
かくして、神戸は崩壊の危機を免れたのだった。
目の前には、超巨大アヤカシ。
私たちは、つい数秒前まで阿ノ九多羅邸にいたはずなのに。
「境様ですら使えなかったのに!?」
「そんなザコと比較しないでもらいたいね、お嬢さん」九尾狐様が言う。「【鬼火】」
またも、詠唱。
とたん、超巨大アヤカシの全身が真っ赤な炎に包まれた。
――グォォオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
超巨大アヤカシが暴れる。
眼下では、結界を張っていた第ゼロ師団員たちが退いたり守ったりと忙しい。
九尾狐様の攻撃の余波で、四季神家の庭の木々が燃え、母屋が燃え、離れが燃え、地面が燃え、何もかもが燃え尽きだ。
それほどの火力だ。
「うーん」九尾狐様が首を傾げた。「いまいち力が出ない。気分がノらないなぁ」
これほどの奇跡を現出させておきながら、とんでもないことを言い放つお狐様。
「ねぇ、キミたち、本当に夫婦?」
「「えっ!?」」
私とミカは驚愕した。
「なーんか、キミたちに『使役』されてる感が薄すぎるんだよね。僕を縛っている契約の手綱を、そこの小僧単体で握っているような。お嬢ちゃんからの霊力が感じられないんだ。そんな弱っちい霊力だと、僕、従う気なくしちゃうなぁ」
「あわわ」
私は慌てる。
ミカも慌てる。
ここに来て、ここまで来て、偽装結婚がバレそうになっている。
「しょ、証拠をお見せしますっ」とミカが叫んだ。「ほら、伍」
ミカが私の肩をつかむ。
神戸の空の上でふわふわと飛びながら、私たちは向かい合う。
「キスするぞ。唇に」
「ええっ!?」私は真っ赤だ。
「いよいよ怪しいなぁ。口吸いくらいでそんなになる?」
「新婚なのでっ。ほら、伍」
「え、ちょっと待っ――」
キス、された。
唇に。
ついばむようなキスだ。
「はぁっ――」
一瞬のことだったが、私は息も絶え絶えだ。
だって、初めてだった!
ファーストキスだったのだ!
「ほら、どうでしょう九尾狐様」とミカ。
「そんなおままごとみたいなヤツじゃあ、とても信じられないね」
「い、行くぞ伍!」
「ひゃ、ひゃいっ」
再び、キスされた。
しかも、今度は舌が入ってきた。
「んっ、んぅぅ……ぁ、ミカぁ」
呼吸を求めて唇を離す。
けれど、再び口を塞がれた。
頭がぼーっとなってくる。
世界がぐるぐる回る。
周囲には境様と九尾狐様。
背景には燃え盛る超巨大アヤカシ。
シュールな状況のはずなのに、大変な状況のはずなのに、私はミカのことしか考えられなくなる。
「はぁ……」
ミカが唇を離した。
私はゼロ距離でミカを見上げる。
ミカが真っ赤になっていた。
「GOOOOOOOOD!」九尾狐様がサムズアップした。「キミたちを夫婦と認めよう。そして、夫婦揃った場合の霊力総量は、ざっと数百億単位。まぁ、ギリギリ、僕を使役するに足ると認定してあげよう。――そらっ、【九尾狐燐火】!」
超巨大アヤカシが、さらに一回り大きな炎に包まれた。
それだけでは終わらなかった。
炎は黄色くなり、白くなり、ついには青くなった。
1万℃以上の灼熱。
――グォォオオオォオオオオオオオオ……
ついに、超巨大アヤカシが膝をついた。
その巨体を構成していたどす黒い霊力が焼け滅んでいき、アヤカシの姿がみるみるうちに小さくなっていく。
やがて、昨日見た人型――やや小柄な人間サイズになった。
「やった!」
私たちは地上に降り立つ。
「奇跡だ」
「あれはまさか、九尾狐様?」
「神の再臨だ!」
第ゼロ師団や阿ノ九多羅家のプロ退魔師たちが歓声を上げる。
「油断するな!」ミカが叫んだ。「まだ、あのアヤカシは祓いきれていない」
そのとおりで、四季神家の庭の中央では依然として人型の大アヤカシが立っており、凄まじい濃度の瘴気をばらまいている。
胸が悪くなりそうだ。
「九尾狐様?」
「うーん」私の問いかけに、九尾狐様が渋面を作った。「マズいねぇ。実にマズい。アレは今、冬神と定着してしまっている。このまま祓っちゃったら、日本から冬がなくなっちゃうよ」
「冬がなくなる!? それって非常にマズいですよね!?」
「だからマズいって言ってるじゃない」
「すみません。でも、どうすれば?」
「あの呪いの元と冬神を分離させることができればいいんだけど。でも、何かが分離を邪魔してるんだよね」
「何かが? それっていったい――」
――恨メシイ……憎タラシイ……腹立タシイィ……
その時、大アヤカシが言葉を発した。
――ドウシテ、オ前ナンカガ、伍ゥゥ……
大アヤカシが顔を上げた。
黒いモヤが晴れていく。
その顔は――
「アンタ、まさか巫由!?」
――阿ノ九多羅家ノ嫁ニナルノハ、ミカエル様ノ手ヲ取ルノハ、コノ私ノハズナノニィ!
巫由の逆恨みが、霊圧となって私を打つ。
空気が震える。
周囲のプロ退魔師たちが吹き飛ばされていく。
私?
私は平気だ。
境様の結界があるからね。
それよりも。
そんなことよりも。
私は、とても、腹を立てていた。
――ミカエル様ヲ私ニ寄越セェェエエエエエッ!
「うるさい!」私は叫んだ。「うるさいうるさいうるさい!」
今度は私の霊圧が、巫由を打つ。
「ちょっとマジでムカついた。境様、力を貸してくれる?」
「ぎゃははははっ! あわや神戸崩壊かってぇ戦いが、まさかの姉妹喧嘩になるたぁな。いいぜ。存分にやりやがれ!」
――死ネェッ! 伍ゥゥゥウウウウウウウウウウウッ!
「それはこっちのセリフよ!」
私の拳に、とんでもない量の霊力が集まる。
境様が惜しみなく提供してくれた、光り輝く霊力。
私は冬に向かって助走し、
「ミカはっ、私のっ、ものっ、だぁあああああああっ!!」
巫由の顔面に、拳を叩きつけた。
――ギャァアアアアアアアアアアアアアアッ! 伍ゥゥゥウウウッ!
「誰にも渡さない!」
――ドパンッ!
――ドパンッ!
――ドパンッ!
巫由に拳を打ちつけるたびに、その余波で周囲のプロ退魔師たちが吹き飛ばされていく。
まぁ、彼ら彼女らはプロなのだ。
受け身くらいは取れるだろう。
それよりも、私は巫由を殴ることに集中する。
「もちろん、巫由、アンタにも!」
拳を打ちつけるたびに巫由を覆っていた黒いモヤが吹き飛んでいく。
ん? そう言えば私、巫由を殴りつけているのに、ダメージが反射してきてないな。
冬神 VS 境様ではなく、あくまで人間の巫由 VS 私だから?
理屈は分からないが、都合は良い。
私は怒りのままに、巫由を殴り続ける。
やがて完全に、モヤがなくなった。
巫由の胸に半ば埋まっていたウィジャ盤を、私は引きちぎった。
ウィジャ盤がひとりでに動き出し、空へと逃れようとする。
が、
「HAHAHAHAHAHA!」九尾狐様が回り込んだ。「逃がすわけないよね。【鬼火】!」
超巨大アヤカシの元凶だったウィジャ盤は、完全に消滅した。
そして、
「うっ、がふっ、伍……?」
ウィジャ盤に取り憑かれて我を失っていた巫由が、我に返ったようだ。
巫由が血を吐いた。
胸が破け、心臓が露出しているのだ。
「はーっ、面倒くさい。境様、力、貸してもらえる?」
「あいよ」
「【治癒】」
みるみるうちに、巫由の怪我が治ってしまった。
「なんで助けちゃうんでしょうね、私。大嫌いな相手のはずなのに」
「それがお前の魅力だよ、伍」ミカが微笑んだ。
プロ退魔師たちが戻ってきて、私たちを大歓声で称えてくれた。
かくして、神戸は崩壊の危機を免れたのだった。



