(さかい)様には『キッスよ!』などと言っていた私だが、あれは境様をからかっていただけだ。
 私にだって、最低限の性知識くらいはある。
 初夜を迎えた男女がナニをするのか、知っている。
 知っているが、いやいや、何だこの状況!?

「ミカ!?」

 私は隣のミカを抗議の眼差しで見上げた。

「俺じゃないっ」ミカが弁明する。「同室はするが、同衾(どうきん)はしないように手配していたんだっ。しっかり布団を離して、衝立まで用意するように、と」

 ……そこまで言われてしまうと、何だか逆に悔しくなってきたな。

「何よソレ、私に魅力がないって言いたいの?」

「はぁっ!? お前、10秒前と言ってることが真逆だぞ。俺は、お前が怖がらないようにと思ってだな」

「別に怖くなんてないし」

 売り言葉に買い言葉、だ。
 我ながら、天邪鬼な性格してるなぁ。

「おーおー、言ったな? だったら同じ布団で寝れるのか?」

 と言って、ミカが自分の布団に入り、隣をぽんぽんと叩いてみせた。

「当たり前よ!」

 私はミカの布団に勢いよく飛び込んだ。
 ……ってぇ、何してんの私!?
 状況がさっきよりも悪化してるじゃないのっ。

「や、ややややっぱり自分の布団に行こうかな。暑苦しいもの。――ひゃあっ!?」

 抱きしめられた。

「ケダモノ! ヘンタイ! レイプ魔! 阿ノ玖多羅(あのくたら)ミカ! ……え?」

 ミカの体は、びっくりするほど冷たかった。
 それに――

「震えてるの?」

「は、はは……情けないところを見せてしまったな」

 明日になれば、あの超巨大アヤカシとの戦いが始まる。
 もし、私たちの芝居が失敗していて、九尾狐(きゅうびこ)が力を貸してくれなかったとしたら。
 その時は、どうするのか。
 ミカはきっと、死ぬまで戦い続けるのだろう。
 時間を稼ぐために。
 少しでも人的被害を押さえるために。
 そして、多分、死ぬ。

「いいわよ。私だって怖いもの」

 私は恐る恐る、ミカを抱きしめ返した。
 おでこをミカの胸板にくっつけてみると、彼の心音が感じられた。




 とくん、とくん、とくん。
   とくん、とくん、とくん。




 音を聞いている間に、私は眠ってしまった。