「和式? 洋式?」

「よ、洋式で」

「ドレスはAライン? プリンセスライン? マーメイドライン?」

「プリンセスラインで」

 私は阿ノ九多羅(あのくたら)邸の一室で、ヴェロニカさんからの矢継ぎ早な質問に答えている。
 何の話かと言うと、私とミカの結婚式の話だ。
 もう一度言うわよ。
 私と、ミカの、結婚式の、話だ!
 なんと、本当に結婚式を挙げることになってしまったのだ。

 ま、まぁ式は挙げるものの、本当にミカと結婚するわけではない。
 式は、言わば九尾狐(きゅうびこ)様を騙すための演技、ダミーだ。
 本当に騙されてくれるのか、騙したことがバレたら大変なことになるのではないか、などと心配は尽きないが……。

『神戸が丸ごと滅んでしまうかどうかの瀬戸際なんだから、多少の荒業も仕方がないよ』

 とはヴェロニカさんの言。
 聞けば、ミカに一般人の振りして私に接近させたのは、ヴェロニカさんのアイデアであるらしい。
 やべーなあの人。

「人のこと言えねぇだろうが」

 うーん。
 今日も(さかい)様が手厳しい。

「厳しかねぇよ。フツーだフツー」

 そんなわけで、ヴェロニカさんの驚くべき段取り力により、その日の夜には結婚式のすべての準備が整えられてしまった。

 式場は阿ノ九多羅邸の中庭――『殺生石(せっしょうせき)』の前だ。
 殺生石とは、玉藻の前(九尾狐)伝説に出てくる、九尾狐が封印されている石のことだ。

 ってぇ、殺生石ってこんな庭の片隅にカジュアルに置いてあるものなの!?
 ま、まぁ境様を封じていた岩も四季神邸の庭に無造作に置かれていたし、そういうこともあるのだろう、うん。

 なお、世間で一般的に『これが殺生石だよ』と言われている那須野温泉郷の石はダミーなのだそうだ。

 いやぁそれにしても、紀元前から生きる狐だとか、平安時代から存在しているとされる石だとか。
 そんな伝説級の存在がそこらへんにゴロゴロ転がっているなんて、退魔界隈ってホントおかしいよね。
 境様も平安人だし。

「平安人言うんじゃねぇよ令和人」

 へいへい。

 そうして、今。
 ドレス姿の私は、控室で待機している。
 それにしても、そっかぁ。
 振りとはいえ、私、ミカと結婚するのかぁ、でへへ。

 ……ん?
 でへへって何だ。
 もしかして私、ミカのこと、本当に――?

「とっても綺麗よ、(いつつ)

 私に話しかけてきたのは、四季神家の長女にして春神の巫女・(はるか)姉さんだ。
 何しろ両親が『アレ』なので、両親の代わりに参列してくれることになったのだ。
 ヴェロニカさんが連絡をつけてくれて、阿ノ九多羅家のヘリで拉致同然の勢いで連れてきた。

「えーと、久しぶり」

「本当に。こうして話すのなんて何年ぶりかしら。3年? 5年? いや、もしかすると10年ぶりかも」

 遥姉さんは、私が物心ついた頃にはもう、十代半ばにしてプロ退魔師として働いていた。
 遥姉さんが私を助けてくれるようなことはなかった。
 が、それも仕方のないことだったんだと今なら分かる。
 何しろ遥姉さんは不在がちで、ずっと外泊しながら仕事に掛かりっきりだったからだ。
 家で私が家族や女中たちからイジメを受けていることなんて、知らなかったのだろう。
 そういうことなので、私から遥姉さんに対する隔意はなかった。

「ごめんね、急に」

「もう、何が何だかよ」努めて明るい声で、遥姉さんが言った。「父さんは逮捕されてるし、伍は結婚するし」

 そう言って笑ってくれたものの、遥姉さんの目の下にはどぎついクマが浮いていた。
 苦労人なのだ。
 聞くところによると、四季神家に舞い込む退魔案件の大半を遥姉さんひとりで捌いているらしい。

「でも、安心したわ」

「え?」

 この状況の、いったいどこに安心要素があるのだろうか。

「だって伍、幸せそうなんだもの」

「…………」

 気がつけば、私は泣いていた。
 涙が後から後から溢れ出てくる。

「本当にごめんなさい」遥姉さんが抱きしめてくれた。「本当なら、私がアナタを守ってあげなきゃいけなかったのに」

「そんな、気にしないで。私も気にしてないから」

 本心だった。
 そりゃ、助けてほしいと思う時もあったけど、悪いのはあの両親であって遥姉さんではないのだから。

「お化粧、崩れちゃったわね」

「え、そこまでぎゃん泣きしてた? やだぁ」

「ふふ。直してあげる」

 遥姉さんに優しくしてもらった。
 ろくでもない家族ばかりだと思っていたけれど、少なくともここにひとり、私の幸せを願ってくれている人がいる。




   ◆   ◇   ◆   ◇




 さて、挙式だ。
 殺生石の前で挙式とか、シュールにもほどがあるけど。
 式は粛々と進んでいった。

 神父役は第ゼロ師団の第七旅団(山田先生も所属している、対西欧産アヤカシ専門部隊)の男性がやってくれた。
 二丁拳銃の名手でもあるこの男性は、退魔師であり、悪魔祓い師(エクソシスト)であり、同時に本物の神父でもあるのだ。

 参列者は、ミカ側はたくさん。
 特にお爺さんお婆さんが多かった。
 あのご年配たちが全員ひとかどの退魔師だっていうんだから、すごいよね。
 ミカのご両親は、いなかった。
 きっと複雑な家庭なのだろう。

 私側は遥姉さんのみだったので、山田先生以下第ゼロ師団の方々とか霊害庁の人とか政府高官のようなお偉方が並んでくださった。
 おかしいよね、いろいろと。
 なんでも、阿ノ九多羅家当主と日本最強術師(私)の結婚は、世界を揺るがすほどの一大事であるらしい。

 入場する際のエスコートは、遥姉さんがやってくれた。

「健やかなる時も、病める時も――」

 ミカが私のヴェールを上げた。
 ベージュのタキシードを着こなした彼は、びっくりするほど格好良かった。

 彼はうっとりとした表情で、

「綺麗だ、伍」

 と言った。

「誓いの口づけを」と神父様。

「いいか、伍?」

「え、本当にするの?」

 彼の顔が近づいてくる。
 私は怯えるネコみたいに、みっともなく目をつぶってしまった。

 ――チュッ

 キスされた……………………頬に。
 はぁ、また子供扱いされたな、私。

 ――パチパチパチパチパチパチパチパチッ!

 私とミカは、盛大な拍手で祝福された。

 式が終われば、披露宴だ。
 参加者が口々に祝いの言葉を投げかけてくれる。
 というか、霊害庁とか政府関係者の皆様は、私たちが本当に結婚したと思っているらしい。

「君たちは英雄だ」
「国防の要だ」
「あの超巨大アヤカシから神戸を守ってくれ」

 と、悲痛な願いを託されてしまった。

 一方の私は披露宴の料理が気になっていたのだが、あいさつ回りでほとんど口にできなかった。
 ケーキ入刀した後のケーキは、とても美味しかったけど。

 ……瞬く間に時は過ぎ、お開きとなった。
 私は普段着に着替えて、軽食を摂り、お風呂に入って、寝間着を着、歯を磨いて、気がつけば――




   ◆   ◇   ◆   ◇




「ねぇミカ、これってまさか」

 夜。
 ヴェロニカさんの手によって放り込まれた寝室で、私は呆然となっていた。

 畳の上には、布団がふたつ。
 ぴったりとくっつけられている。




 もしかして:初夜?