翌日のミカは、ひどかった。
 私の買い物に勝手について来て、
 これでもかってくらい優しく私をエスコートしてくれやがって、
 あれやこれや買ってくれやがって、
 事あるごとに私に優しく微笑んでくれやがった。

 そう、彼はもう、仮面を付けるのをやめたのだ。
 いわく『もし殺されそうになっても、お前が助けてくれるだろう?』とのこと。
 私が一度命を救ったからといって、調子に乗りやがって。
 それに、こうも言った。

『お前はこの顔が好きなようだから、たくさん見てもらいたくてな』

 ううううっ、変なこと言うな!
 私は彼のイケメンに心が持っていかれそうになり、抵抗するだけでへとへとだ。

「疲れてないか? 少し休憩しよう」

 ほら、今も。
 私が買い物に飽きて、若干の疲れを感じた絶妙のタイミングで、ミカが言った。
 しかも、私が前々から『いいな』って思っていたオシャレなカフェに案内してくれるのだ。

「ねぇ、気持ち悪いんだけど」

「なぜ?」

「アンタ、どうして私の考えていることが分かるの?」

「お前のことなら何でも分かるさ、(いつつ)

「テキトー言っちゃってまぁ」

「あははっ。本当は、鑑定・索敵術式【文殊慧眼】で、お前の発汗や表情筋を見ているんだよ。お前も似たようなことをしているんだろう?」

 うぐっ、バレてたか。

「まぁ、優秀な術師ならみんなやってることさ。とはいえ、お前は表情が分かりやすいから、術式無しでも分かるけどな」

「失礼なっ」

「そういうところがまた、たまらなく可愛いんだがな」

「いいーーーーっ」私はミカを威嚇する。

「いーって何だよ、いーって」

 あははと笑うミカは、年相応にも見えた。
 ハタチと言えば、成人しているとはいってもまだまだ学生の年齢だ。
 4歳差なんて、実はそんなに大きなものじゃないのかもしれない。

 ……あれ?
 そもそも私って、なんでコイツのこと避けようとしてるんだっけ。
 最初は、3Kな退魔家業から逃れるためだった。
 が、それはもう無理だ。
 今はミカの婚約者という名目で阿ノ九多羅(あのくたら)家にガードしてもらっているが、そのガードがなくなったとたん、私はハイエナの群れにむさぼり食われる羊のごとく、日本中の退魔家・退魔機関から猛烈なリクルート攻撃を受けることになるのだろう。

 自衛隊・第ゼロ師団に入隊してプロ軍人として厳しい訓練や実戦に挑むのか、
 霊害庁職員として朝も夜もない超ブラックな職場に放り込まれるのか、
 有象無象の退魔家に雇われてアヤカシ退治に明け暮れるのか。

 それらと比較した場合、阿ノ九多羅家お抱えの退魔師として働くほうがずっとずっとマシなのではないだろうか?
 上司がミカなら、配慮もしてもらえるだろうし。
 (めと)る娶ると露骨に迫ってきていたキツネ面のミカは気持ち悪かったけど、今の誠実なミカは嫌いじゃないし。

 ……あれ?
 もしかして、ミカって結婚相手としても申し分ないのでは?
 金持ちで、
 顔が良くて、
 優しくて。
 私の人生プランを命懸けで守ろうとしてくれたっていう、格好良いところもあるし。

『伍、お前は自由に生きろ』

 彼のあの時の言葉は、
 精一杯の彼の笑顔は、
 きっと一生、忘れることはないだろう。

 唯一の問題は、彼が退魔家の者だというところだけど……。
 私が退魔師バレしてしまった今、どうせ結婚相手は退魔師の中から選ばざるを得ない。
 アヤカシや術の存在を知らない一般男性と結婚して、相手に霊的世界のことをヒミツにし続けたまま退魔家業を続けるというのは、どう考えても不可能なのだから。
 それなら、ミカを選ぶのが賢い選択なんじゃないだろうか。

 カフェから出て、ふたり街を歩く道すがら、私はミカの指に触れてみた。

「えっ!?」ミカが仰天した。「まさか、伍がデレた!?」

「ちっ、違うわよ。仮面とはいえ婚約者なんだから、それらしいところを周りに見せておかなくちゃって思っただけよ」

「ふぅん? ま、それでも俺は嬉しいよ」

 ミカが私の手を握り返してくれた。
 その手はとても温かで、心地良かった。
 私の心が絆されていく。