その日は、朝から上や下やの大騒ぎだった。

「でかしたぞ、巫由(ふゆ)!」

「さすがは私たちの娘だわ! 成績優秀なお前のことを、見出してくださったのね」

 大騒ぎしている両親と、ドヤ顔の巫由。

「どうかしたんですか、お母様?」

 私が尋ねると、

「アナタには関係のない話よ」

 と、母がギロリとひと睨み。
 私は居間から追い出される。
 おお、冷たい冷たい。

 けれど私には、境様の【千里眼】がある。
『眼』と言いつつ音も聞こえるチート巫術だ。

「これは本当に素晴らしい縁談だ!」

 と大喜びの父。
 なるほど、縁談か。

 眉目秀麗、成績優秀、家柄最良の巫由には昔から縁談が絶えなかった。
 まぁ、気持ちは分かるよ。
 地味女子の私と違って、巫由は昔っからキラキラ輝いていたし、文武両道、霊力も申し分ない。
 その上、男を立てて気持ち良くさせる立ち居振る舞い、トーク力まで持ち合わせている。
 世の男どもが夢中になるのは良く分かる。
 もっとも、実の妹(私)に向ける眼差しは冷酷そのものだが。

 縁談の絶えない巫由と、たった1つも縁談の来なかった私。
 幼いころは悔しい思いもしたものだったけれど、今は逆に、縁談が来なくて本当に良かったと思っている。
 なぜって、四季神(しきじん)家に舞い込む縁談は、決まって退魔家界隈からのものだからだ。
 私は一般家庭のイケメン金持ちと結婚するのだ。

 閑話休題。

 そんな巫由の縁談なので、両親はそれはそれは慎重だった。
 舞い込んでくる縁談を断って断って、厳選に厳選を重ねていた。
 巫由の縁談で、没落寸前の四季神家を建て直そうと考えていたわけだ。
 そんな両親が手放しで喜ぶなんて、相手はどこの家だろう?

「改めて、本当に信じられない」

 父の興奮した声。

「あの、阿ノ九多羅(あのくたら)家ご当主様からの婚約申し込みだなんて!」

「ほぅ」

 自室のベッドの上で、思わず声を上げてしまう。
 今さらうらやましくはない。
 が、『阿ノ九多羅』か。
 平安時代からずーーーーっと日本退魔界のトップを走り続けてきた、名家中の名家だ。
 そりゃ、あの両親も目の色を変えるでしょうね。

「本当に良くやったわ、巫由!」

「まったく、それに比べて(いつつ)とくれば……」

 ほーら始まった、私ディスり。
 あーあー、巫由もドヤ顔しちゃって。
 まったく、比較対象がいなきゃドヤ顔もできないなんて、浅ましいものね。




   ◆   ◇   ◆   ◇




 その週末。
 さっそく阿ノ九多羅ミカがやって来た。
 テンポ早いわね!?

「「「「「ようこそおいでくださいました!」」」」」

 居並ぶ女中たち。四季神家は総出でお出迎えだ。
 もちろん私はハブられているけれど。なので私は自室から、【千里眼】で様子を伺っている。
 果たして黒塗りのメルセデスから出てきた阿ノ九多羅家ご当主様というのが、

「げっ、この前の変質者!?」

 キツネのお面を被った、着物姿の男――以前、路地裏で声をかけてきたヤツだった。
 アイツ、退魔師だったの!?

 キツネのお面の変質者――もとい、阿ノ九多羅ミカが屋敷に入り、応接間に通される。
 頭を下げていた巫由が、自信満々の笑顔で顔を上げた。

「こちらが我が四季神家の四女にして最高傑作、巫由でございます」

「…………」

 父の紹介に、阿ノ九多羅ミカは無言だ。
 席を進められても、座りもしない。

「あのぅ、ご当主様?」

「誰だ、コイツは?」

 阿ノ九多羅ミカの、底冷えするような声。
 父と巫由の顔が強張る。

「で、ですから、阿ノ九多羅様がご所望くださった我が家の四女で――」

「俺が見初めたのは、こんなカスみたいな霊力の娘ではない!」

 阿ノ九多羅ミカの怒気が霊圧となって応接間を打つ。

「この俺を謀るつもりか? 今さら惜しくなって替え玉を立てたのか? さっさと本物を出せ!」

 阿ノ九多羅ミカの霊圧が暴風となって、調度品を倒し、障子を切り刻む。
 巫術を介さず、素の霊力だけでこれだけのことをやってのけるんだから、阿ノ九多羅家ご当主様の実力は本物だ。
 もっとも今の私なら、アレ以上のこともやってのけることができるけど。

「な、何を仰っておいでで!?」

 腰を抜かした父が、阿ノ九多羅ミカにすがりつく。

「アレこそは冬神様の巫女・巫由でございます。あのとおり類まれな霊力に恵まれており――」

「まだ言うか!」

 突風が父を打つ。
 引っくり返る父。
 卒倒する母。
 頭を抱えて泣きわめいている巫由。
 何というか、いい気味だわ。

 私がニヤニヤしながら状況を盗み見ていると、

「この気配――もしや!?」

 阿ノ九多羅ミカが、ばっと顔を上げた。
 目が合った(・・・・・)
 そんなまさか、【千里眼】を見破られた!?

 阿ノ九多羅ミカがドタバタとやってくる。
 私は慌てて窓から逃げようとするが、

「おお……おおお! ついに見つけたぞ、『蹴り殺しの君』!」

 スパーン、とふすまを開いて、キツネの面の男が転がり込んできた!
 私の脚に絡みついてくる。

「この脚! この脚だ! 上級悪霊を瞬殺したこの脚!」

「ひぃぃっ、ヘンタイ! エロジジイ! 脚フェチ男!」

 もう片方の足で顎を蹴るが、阿ノ九多羅ミカは離れない。
 くそっ、この男、霊力で身体能力を強化してる!
 (さかい)様の専売特許だと思ってたけど……さすがは日本最強の退魔家当主といったところかしら?

「お前なのだろう!? 先日、あの路地裏で俺を助けてくれたのは!」

「た、助けた?」

『よぉ、嬢ちゃん』

 姿を隠した境様が、私にだけ聴こえる声で話しかけてきた。

『言い忘れてたが、おめぇさんがコイツと出会ったあのとき、お前さんは現代の退魔師が束になっても敵わないような強敵・上級アヤカシを瞬殺しちまったンだ』

「え? あああああ! あのときの、何かが足に当たった感覚!」

「ほら、やはりあのときの女子高生じゃないか! 暗がりだったが、見間違えるものか!」

「人違いです!」

「この長く美しい黒髪も、勝気そうな目元も、あの日見たとおりだ」

「私はただの使用人です! 四季神家の四女はさっき会ってた巫由様です!」

「あんなザコなど話にならない。俺が求めているのはお前だ! さぁ、お前の名前を教えてくれ」

 っていうか、退魔師学校成績トップの巫由をザコ呼ばわり!?

「とにかく、落ち着いてください!」

「あ、ああ」

 居住まいを正す阿ノ九多羅ミカ。

「落ち着いた。そのうえで、改めて俺との婚姻を提案する。自分で言うのも何だが、俺は『あの』阿ノ九多羅家の当主だぞ? 退魔家の女にとって、これほど名誉なことはないはずだ」

 巫由や姉たちみたいに上昇志向の強い人にとってはそうだろう。
 だが私にとっては、阿ノ九多羅家の妻の地位なんて、『キツい』『臭い』『殺される』の3Kでしかない。

「そういうの、興味ないんです」

「阿ノ九多羅家は政財界に顔が利く。総理大臣ですら俺に頭を下げる。望むものは何だって手に入るんだぞ?」

「ですからそういう、地位とか名誉とかいうのには私、興味ありません」

「えっ、最近の子ってそうなのか?」

「最近の子、って」

「う~~~~ん、あぁそうだ。ずっと売り切れ続きの某ゲーム機だって、電話一本で手に入るぞ」

「私、ゲームはしません」

「某五つ星ホテルの十年待ちのスペシャルスイーツだってすぐに食べられる」

「うっ」

 ちょっと揺らいだ。

「売り切れ続出の大人気コスメだって使い切れないほど揃えてやれる。何ならお前専属のメーカー研究開発者を付けてもらって、お前の肌に最適な専用コスメを開発してもらうことすら可能だ」

「ううっ」

 そ、それは欲しい。
 喉から手が出るほど。

「ディ○ニーランドで好きな乗り物乗り放題だぞ? どれだけ行列が長くとも、阿ノ九多羅特権で待ち時間ゼロだ」

「うううっ」

「芸能人、推しのアイドル、誰だって呼びつけられる。握手し放題、ハグし放題だ」

「ううううっ」

「そもそも、シンプルに超大金持ちだぞ。どれほど贅沢してくれたって構わない」

「うううううっ、それは……いいえ。私は大学でイケメン金持ちを捕まえると決めているので!」

 危ない危ない、危うくうなずいてしまうところだった。
 地位と名誉には興味ないけど、お金には興味津々なのよね。
 だが、すんでのところで断ることができた。
 さぁ、反撃だ。

「だいたい、顔も見せない相手と結婚できるわけないじゃないですか」

「うっ、コレは暗殺対策で」

「暗殺!? やっぱり危険な仕事じゃないですか!」

「大丈夫だ! お前のことは俺が命に代えても守る!」

「それでアナタが殺されたら、次は誰が私を守ってくれるというのですか?」

「うっ。そ、そうだ、見返したくはないのか!? お前の両親や姉を」

「ですから、そういう地位とか名誉には興味がないのです」

「そう、か……」

 力なくうなだれる阿ノ九多羅ミカ。
 よし、勝った!

「というわけで、私はこれで失礼します」

 私は窓から飛び出す。

「あ、そうだ。コレだけは言っておかないと」

 ふと思い出し、阿ノ九多羅ミカの方へ振り向いて、

「お察しのとおり、私は力のことを隠しています。もしもこのことを周囲にバラすようなことがあれば――」

 私は空を指差す。
 阿ノ九多羅ミカが見上げたそこには、

「は、ははは……第二の太陽、か。初級巫術【火球】で、この威力。それも、無詠唱ときた。アレで俺を丸焼きにするとでも言うのか?」

「事と次第によっては」

 阿ノ九多羅ミカの体が薄っすらと輝きだす。
 光は阿ノ九多羅ミカを守るように、鋭さを増す。
 数秒して、光は消えた。

「無理だな。俺の結界術では、アレほどの巨大な火の玉は防ぎきれない」

「お分かりいただけたようで何よりです」

 私は【火球】を消す。

「は、ははは……惜しい、惜しすぎる。俺とお前が一緒になれば、世界すら手にできるというのに」

「要りませんよ、そんなもの」

 私は阿ノ九多羅ミカに背を向けた。
 ……ふぅ、疲れた。
 これで諦めてくれればよいのだけれど。