(いつつ)、何なんだ、その力は!?」

 父が、怒鳴り散らしながらやって来た。

 私は無視する。
 山田先生率いる自衛隊への事情説明で忙しいからだ。
 ミカと阿ノ九多羅(あのくたら)家の人たちも、父を無視する。
 怪我人の救護で、それどころではないからだ。

 そんな状況だというのに、父が空気も読まずに騒ぎ立てている。
 母も母で、そんな父の後ろでふんぞり返っている。
 ふたりとも、救護や片付けを手伝おうなどという殊勝な性根など持ち合わせていない。

「伍、聞いているのか! あの大アヤカシはお前が倒したのか?」

「はぁ……そうよ、それが何か?」

「貴様っ、それほどの力がありながら、どうして今まで隠していた!」

「私が『いつつ』だからよ」

「どういうことだ?」

「名前ですらないナンバリングの、『いつつ』だからよ! ろくに育児もしてもらえず、16年間ずーーーーっと無視され続けてきたからよ。ご飯はすべてアンタたちの残飯で、ランドセルも教科書もスマホも何もかもがお下がりで、休日は女中たちと一緒に無給で働かされて。それほどの仕打ちを受け続けてきた私が、アンタに本当のことを話すと思う? 逆に聞きたいんだけど、そこまで徹底的に虐げてきた相手が、自分のことを好いたり尊敬したりすると、アンタ、本気で思ってるわけ? もしそうだとしたら、真正のサイコパスね」

 私の言葉に、場が凍りついた。
 ミカも山田先生も他の人たちも、愕然とした表情で父と母を見ている。

「貴様、親に向かってなんて口の聞き方だっ」

 父が逆上する。

「アンタのことを親だと思ったことなんて、一度もないわ」

 ミカ、先生、他の人たちが、うんうんとうなずいた。
 父と母が辺りをキョロキョロと見回す。
 事ここに至ってようやく、このふたりは自分たちが針のむしろに立たされていることに気づいたようだった。

「いや、そんなことはどうでもいいっ」父が無理やり話題を変えた。「阿ノ九多羅ミカエル殿の怪我を治したのもお前なんだな? なんということだ。(はるか)の治癒巫術をも上回る奇跡の力だ。この力さえあれば、何でもできる。お前は金のなる木だ!」

 金のなる木って……思ってても普通、それを本人の前で言うか?
 母も母で、嬉しそうにうなずいているし。

 ミカを見ると、彼は顔を真っ青にさせていた。
 私が受けていた扱いのひどさを改めて知り、驚いている様子だ。
 私は肩をすくめながら、ミカに「こういう人たちなのよ」と言った。

「さあ伍、早くこっちに来なさい」父が、大アヤカシの攻撃で崩壊した母屋を指差した。「お前の術で、この家を元通りにするのだ」

 父の顔は自信満々で、私が服従すると信じて疑わない様子だ。

「なんで私がアンタの言うこと聞かなきゃならないのよ」

 だからなのか、私の言葉を聞いて、父は心底驚いた顔をした。

「お前は四季神(しきじん)家の者。家のために尽くすのは当然のことだろう」

「家の者扱いしたことなんて、一度もなかったくせに」

「貴様、育ててやった恩を――」

「だから、育てられたことなんてないんだって。ペットみたいに部屋の隅に転がされてただけ」

「お前の養育には1,000万円を――」

「1,000万円ならこの前返したでしょ。どう考えても、そんなに掛かってないけどね。むしろ、タダ働きさせられてきた時間を最低時給換算したら、私がお金を受け取ってもおかしくないくらいよ」

「ああ言えばこう言うヤツだな。かくなる上はっ」

 父が詠唱しはじめる。
 私はあえて、父の詠唱を妨害せずに傍観する。

「【洗脳】!」

 父が結びの句を唱えた。
 が、父の【洗脳】呪術は私に効かなかった。
 境様の自動発動型対物対霊結界がはねのけたからだ。
 幼少から掛けられ続けてきた【洗脳】のほうは、先日1,000万円を叩きつけることで克服済みだ。

「な、なぜだ……」へなへなと座り込む父。

「ところで自衛隊の山田さん、今の父の行為、犯罪ですよね?」

「え、ええ」あまりの展開に、混乱気味なご様子の山田先生。「たとえ親族が相手だろうが、【洗脳】呪術は霊害法134条違反です」

「というわけで、逮捕してください」

 ミカが信じられないものでも見るかのような目で私を見てくるが、今は無視。

「待て!」手錠を掛けられながらも、父がいやいやをするように暴れた。「待て待て待て、伍! 助けろっ、私を助けろっ」

 父がすがりついてきた。
 私はそんな父を蹴り飛ばす。

「汚らしい手で触らないで。――【火球】」

 人々がざわめいた。
 家を丸ごと焼き滅ぼすほどの巨大な炎が、上空に出現したからだ。

「二度とそのツラを見せないで。今度会ったら、この【火球】がアンタたちを焼き殺すわ。骨すら残さず、ね」

 父がうなだれた。
 母も、呆然とした様子で座り込んだ。

 こうして私は、クソみたいな両親と決別したのだった。