「見すぎよバカ!!」

「っは!?」潜水から顔を上げた直後のような、息も絶え絶えなミカである。「す、すまない。その、あんまりにも魅力的だったものだから」

「日本退魔師界の王・阿ノ九多羅(あのくたら)ミカは太もも好き――」

 私が退魔師業界御用達の裏SNSにアップしようとしていると、

「やめてくれ! 俺が社会的に死ぬ」

 ミカが懇願してきた。
 楽しい。

「あははっ」

 私も鬼ではないので、アップはやめにしてやる。

「ええと」とミカ。「何の話だったか。そう、お前の好きな所についてだ」

 まだあるの!?

「顔も可愛いと思うぞ。はにかむように笑うところなんて最高だ」

「っ!?」

「普段は澄まし顔をしているくせに、時折見せるいたずらっ子のような表情もたまらない。出会った頃のすっぴん顔も可愛かったが、最近のナチュラルメイクを施した顔も素敵だ。その化粧品が、俺の金から出ているのかと思うと気分が良いしな」

「だから、なんでちょいちょい歪んだところを出してくるのよっ」

「お前にだけは言われたくないんだが……。それはそうと、髪もメイクも服も、俺の――というか三日月エルのために研究してくれているというのが、たまらなく嬉しい」

 そこはまぁ、実際頑張っているので、褒めてもらえて嬉しい。
 なけなしの1GB/月で必死に調べた甲斐があったというものだ。
 ……って、なんで私、ミカなんかに喜ばれて喜んでるの!?

「もちろん、外見だけが(いつつ)の魅力じゃない。内面も素晴らしい。伍の強い所、強かな所も大好きだ。虐げられていてもめげない強さは、尊敬に値する。見習いたいと思っているし、実際見習っている。まぁ、人を【魅了】するような外道な所は見習わないようにしているが」

「っ、それはもういいからっ」

「ぎゃははっ」と境様。「お前さん、愛されてるな」

 境様は黙ってて!

「へいへい」

「もちろん、とんでもなく強い霊力や、巫術の数々も魅力的だ。阿ノ九多羅家当主という立場から逃れられない以上、お前の力は喉から手が出るほど欲しい」

「……でしょうね」

 私の心が、少し寒くなる。
 結局のところ、コイツは私の力が目当てなのだ。
 って、あれ?
 どうして私、気分が暗くなった?
 コイツと私は利用し、利用される間柄でしかないはずなのに。

「もういいわ。さっさと行くわよ」

「好きな所を挙げろって言い出したのは、お前のほうなのに? まだ1割も語れていないんだぞ」

「まだ9割残ってるの!?」

 どんだけ挙げるつもりなのよ!?
 私は、顔が熱い。
 赤面していることを気づかれまいと、ミカの前を歩く。

「つ、付き合ってらんないわよ。ほら、行くわよ」

「くくくっ、相変わらずワガママな女だ。この俺をここまで振り回せる女なんて、世界中を探してもお前だけだぞ」

「その、ナチュラルナルシストな性格やめろ」

「ナルシストなもんか。まごうことなき事実なんだぞ。お前、退魔界隈のパーティーに俺が出席した時の、女どもの反応が想像できるか? 肉食獣そのものだぞ。四方八方から飛びかかってきて、俺はまるでハイエナに腸を食い散らかされる哀れな羊だ」

「羊の生息地にハイエナっているのかしら?」

「比喩だよ、比喩。そこは流してくれ」

「ふぅん。そりゃ、アンタほどのイケメンだったらねぇ」

「おっ?」ニンマリと笑うミカ。「お前、今、俺様のことをイケメンって認めたな?」

「しまっ!? い、一般論を言っただけですーっ。私は別に、アンタの顔なんて全然好みじゃないし」

「よく言う。【魅了】を使うほど夢中になっていたくせに」

「ムキーーーーッ」

「ムキーって何だムキーって。感情表現小学生か」

 ひとしきり笑った後、ミカの表情が暗くなり、

「顔は仮面で隠しているよ。いつもの、キツネの面だ。それでも、女どもがすり寄ってくるんだ」

「それって……」

 少し、ミカの苦しみが理解できた気がする。
 ミカは『阿ノ九多羅家の跡取り』という、ただその1点において、阿ノ九多羅家に嫁ぎたくてたまらない女たちから『100点満点』を押し付けられてきたのだろう。
 ミカの外見も内面も関係無しに。
 ミカがどれほど努力しようが、逆にどれほどサボろうが、女たちからの評価は一切変わらないのだ。

 自分の努力に、行動に関係なく、常に100点満点。
 自分の努力を、誰も正当に評価してくれない。
 誰も、本当の自分を見てくれていない。
 そりゃ、腐るでしょうね。
 そりゃ、歪んで育つのも当然よね。

 生まれながらに評価が決まっている……。
 物心ついた頃から出涸らし巫女として扱われてきた私と、ある意味では同じ境遇にいるんだ。

「けど、お前は違った。お前だけは違ったんだよ、伍。お前は俺の仮面を指摘して、『顔も見せないような相手とは結婚できない』と言ったんだ」

 あー、言ったっけか、そんなこと。
 私からすれば、

『顔も見たことのない相手と結婚するなんて、あり得ない』

 という感覚だったのだけれど。
 阿ノ九多羅家に嫁ぐことこそが最高のステータスだと考える退魔界隈の女からすれば、

『顔なんて関係ないから(めと)ってください阿ノ九多羅家ご当主様!』

 という感覚なのだろう。
『浅ましい』と断じるべきか、『上昇志向があって大変よろしい』と評価すべきか。

「俺はとてつもない衝撃を受けた。その時たぶん、俺は恋に落ちたんだ」

 小っ恥ずかしいことを言わないでほしい。
 こっちまで恥ずかしくなるから。
 けれどもまぁ、分かったよ。
 いろいろと納得した。

 つまり私は、少女漫画における『おもしれー女』枠だったというわけだ。
 誰も彼もが『きゃー阿ノ九多羅ミカ様ぁーっ』ってすり寄ってくるはずなのに、なぜか自分に興味を持たない女。
 へぇ、おもしれー女。
 みたいな。

 まぁ多少――いや、かなり?――歪んではいるものの、コイツはちゃんと私に――四季神伍という人間に興味を抱いてくれたんだ。
 霊力だけが目当てというわけではなかった。
 ちゃんと私の外見と内面を見てくれて、そのうえで好きになってくれたんだ。




 ――嬉しい。




 …………………………………………ん? えっ!?
 私、今、『嬉しい』って感じた!?
 待って待って待て待てちょっと待てこの感情はマズい。
 非っっっっ常にマズい!

「さ、さっさと行くわよ!」

「待てよ。今のでようやく6割だ。まだ全然語り足りない」

 というか、私の『顔見せない相手とは結婚できない』発言が5割を占めていたのか。
 まぁ、首を真綿で締めるように彼を幼少期からじわじわと苦しめていたトラウマを吹き飛ばしたのだと考えると、妥当なのか?
 知らんけど。

「もう十分よっ。それに、あんまり話し込んでると遅くなるでしょ」

「おや?」ナルシスト男が私の顔を覗き込んできた。「顔が赤くないか、伍? もしかして照れているのかな?」

「うっさい! 顔を覗き込んでくんなっ。あと、伍って呼ぶな。燃やすわよ!?」

「おお、怖い怖い」

「まったく」

 怒りに任せて、私はずんずん歩く。
 部活棟に入って廊下を突き進む。

「なぁ、こっちの方向ってまさか」

「ええ。更衣室よ」

 女子校の更衣室なので、つまり女子更衣室である。

「それはマズいだろ」

「でしょうね。だから、認識阻害系の巫術で姿を消すわ。――【陽炎】!」

 とたん、私たちの姿が消えた。
 厳密に言うと、いわゆる『光学迷彩』と同じ原理で、私たちの姿が周囲の風景に溶け込んだわけだが。
 境様の巫術によって光の屈折を操り、リアルタイムで私たちの体の上に背景となる廊下の光景を投影しているのだ。

「な、な、な、なんて器用な……」

 窓ガラスに映らなくなった自身を見て、ミカが驚いている。

「光の屈折を操るだけよ」

「『だけ』って何だよ。無茶を言うな。こんな神業、どれほどの霊力と霊力操作技術が必要になるのか、お前、分かってるのか?」

「知らないわ。境様がいい感じにやってくれるもの」

「お前、いっぺん全世界の術師から怒られたほうがいいぞ」

 知るもんですか、と私は更衣室に入る。
 ミカも素早く後に続いた。
 私たちの姿は消えているものの、ドア自体は開閉しているのが見えてしまう。
 つまり、傍目にはひとりでにドアが開閉しているように見えてしまう。
 なので、目撃されないように素早くやる必要があるわけだ。

「暗いな」

「【千里眼】」

 私が簡略詠唱した瞬間、私とミカの瞳に【千里眼】の巫術が宿った。
【千里眼】に付随するナイトビジョン機能により、照明のない屋内も昼間のようによく見える。

「便利すぎる!」

「しーっ、静かに。誰か来たらどうするの」

「あ、あぁ、悪い」

「ここね」

 私は、索敵・鑑定系の万能術式【文殊慧眼】で『コックリさん』の残穢を鑑定した結果、最も濃度が高かった場所――目の前にあるロッカーに、触れる。
 とたん、ガチャリとカギが開いた。
 これもまた、境様の巫術だ。
 まぁ、風系の術によるごくごく簡単なものだ。

「をいをい、犯罪行為だぞ」

「より凶悪な犯罪の、捜査のためよ。――うわっ、くっさ!?」

 ロッカーを開けた瞬間、鼻が曲がる――というか鼻が消滅しそうなほどの臭気に襲われた。

「しーっ、静かに」とミカ。「誰か来たらどうする」

「ご、ごめんっ」と、数十秒前と立場が逆転してしまった私。

 それにしても、と、と、と、とんでもねーーーーっ瘴気臭さだ。
 腐ったウンコを煮詰めたみたいな。
 臭いの元凶は、

「これは……何? この、何?」

「『ウィジャ盤』だな」

「ジャコウネコのウンコ?」

「ウィジャ盤だ。海外版の『コックリさん』のような遊びをする時に使う道具」

「へぇ。とにかくコイツが原因だ。これを壊せば――」

「おいっ、不用意に触るな!」

「大丈夫よ。私には、(さかい)様の自動結界があるんだから」

 私は、その『ウィジャ盤』とやらをつかんだ。
 次の瞬間、雷に打たれたみたいな衝撃を受けて、頭が真っ白になった。