数日後。
「なんで私が、アンタの退魔家業を手伝わなきゃなんないのよ!?」
私は阿ノ九多羅ミカに対して、ぷりぷりと怒ってみせた。
「すまんな。俺だけでは、霊力を持たない素人のなんちゃって儀式の残滓なんて追跡できないものだから」
所は■■高校の校庭裏、時は放課後。
何をしているのかと言うと、『コックリさん』を繰り返しているという犯人探しだ。
ミカから聞いたのだが、ここ最近の動物霊騒ぎは、『コックリさん』の儀式を度々実施しているヤツが原因らしいのだ。
奇しくも境様が言っていたとおりといったところか。
いったいぜんたい誰よ、そんなはた迷惑なことをしているのは?
「って、アンタじゃ探し出せないの? 日本退魔師の王なのに」
私は、多少イジワルな気持ちを込めて、阿ノ九多羅ミカに質問した。
「一人前の術師が行った正式な儀式ならともかく、術師ですらない素人が行ったオママゴトの残滓なんて、辿れるわけがないだろう」
「ふぅん。鼻の利かない駄犬なのね」
「だ、駄犬!? 阿ノ九多羅家当主の、この俺に向かって!?」
「だって、私と境様なら簡単にできるわよ。ほら」手を掲げ、簡略詠唱する。「【文殊慧眼】!」
とたん、学内全域をまばゆい光が包みこんだ。
なお、この光は霊感がない人間には視えない。
「は、ははは……なんて霊力だ。規格外、バケモノ」
ミカが大変失礼なことを言っている。
「見つけた」
「え、もう!?」
私はスタスタと歩きはじめる。
ミカが私の後ろをついて来る。
さながら、親鳥にぴったりついて歩く雛鳥だ。
いや、そんなに可愛いものじゃないか。
はぁ。
「でも」気に入らないので、私はミカにチクリとやる。「退魔師でもないのに働かされるのは、納得いかないわ」
「謝礼なら出すぞ。少なくとも100万円は」
「ひゃくっ!?」私は金欲をぐっとこらえ、「な、なら、借りた1,000万円から差し引いておいてもらえる?」
「うーん。俺としては、1,000万円のほうは借りっぱなしにしておいてもらえたほうが嬉しいんだが。お前には常に貸しを作っておきたいんだよ」
「私が、アンタに借りを作りたくないって言ってんの! 三日月エルと違って、アンタの本性って本当にあけすけよね。何と言うかこう、もっと他人を思いやることとかできないわけ?」
「お前にだけは言われたくないぞ」ミカが白目を剥いている。「【魅了】の呪術で他人を操ろうとしていたお前にだけは」
……………………え?
「き、気づいてたの!?」
「気づいてないわけがないだろう。俺は日本退魔界の王だぞ」
「駄犬なのに?」
「駄犬言うな」
「あ、そのう……」私は下手に出る。「【魅了】のことは、水に流していただけると……」
「なるほど。やっちゃいけないこと、っていう認識はちゃんとあったんだな」
「当たり前でしょ」
「なお悪いわ!」
「ひぃっ」
「あんな高濃度の洗脳呪術、一般人だったら脳が焼き切れるぞ!? 俺だからギリギリ耐えられたんだ」
「そんなっ。濃度を1/1,000にまで薄めたのに」
「あれで!? バケモノかよ」
「だから、人のことをバケモノ呼ばわりしないで」
「あ、あぁ。悪かったよ。だが、これだけは言っておくぞ。金輪際、他人に洗脳系の術は使うな。次に使うようなことがあれば、今度こそ霊害庁に突き出すからな」
「わ、分かったわよ……」
「というわけで、謝礼の100万円はちゃんと受け取ること」
「何が、というわけよ!?」
「それにな、この事件に協力するのは、お前の精神衛生上にも好ましいことなんだぞ」
「どういうことよ?」
「考えてもみろよ。自分が通っている学校で、悪意ある儀式が行われているんだぞ。気持ち悪いだろう?」
「それはまぁ、そうね」
「お前は『境様』という神の加護で守られているから、平気だろう。だが、ここに通う他の生徒たちは?」
そう。
今、この学校に集まっている動物霊の数は尋常ではない。
悪霊が撒き散らす残穢は、結界で心身を守ることができない一般人にとっては猛毒だ。
三日月先生争奪戦で多数の女子たちと対立関係にある私だが、そんな私にだって休み時間におしゃべりするような間柄の友人はいるのだ。
彼女たちが悪霊に取り憑かれて衰弱したり、ましてや亡くなってしまうなど、とても見過ごせるものではない。
「くくくっ。やはりお前は、根は善人のようだな……【魅了】を平気で使うあたり、倫理観にはやや問題があるようだが」
「ちょっと、エルはそんな嫌らしい笑い方はしないのだけれど。自分のことも、『俺』だなんて下品な呼び方はしないわ」
「今の俺は、阿ノ九多羅ミカだからな」
「でも、仮面は被っていないじゃない。服装だって、三日月先生のものよ」
「分かったよ」ミカが柔和な笑みを浮かべる。「これでいいかい、伍?」
私は、胸がときめくのを感じてしまった。
相変わらず、コイツは顔がバツグンに良い。
この美形顔が私だけを見つめているのだと思うと、顔が熱くなってくる。
私は必死にそっぽを向いた。
「っ。気安く名前を呼ばないで」
「どうしろって言うのさ」ミカが苦笑する。
私たちは今現在、とてもいびつなカンケイだ。
依然として交際は続けているものの、私はもう料理を作りに彼の部屋へは行っていない。
彼と別れる道も考えたのだが、デート写真を見せた時の巫由の悔しがる様子があまりにも面白くて、写真――アリバイ作りのために交際を続けている。
問題を先送りにしている、とも言えるが。
「なぁ、時計は身につけてくれないのか?」
ミカがミカっぽい口調で尋ねてきた。
私が『名前で呼ぶな』と言ってしまったからなのか、エルモードはやめてしまったようだ。
「俺はこのとおり、身につけているのにさ」
「デートの時は付けてるでしょ」
「事務的というか、義務っぽいんだよなぁ」
「当然でしょ。アンタとのデートは、巫由にマウントを取るためのアリバイ作りのためでしかないもの。本心では、アンタのことなんて好きじゃない」
と言いつつ、ミカの顔を直視できない私だ。
騙されていたことは、許せない。許せるはずもない。
だが、だからと言って、彼のイケメン顔やお金持ちなところ、そしてエルとして振る舞っていた時の紳士的な行いの数々までもを嫌いになるのは、残念ながらできなかった。
騙されていたと気づいた直後は、腸が煮えくり返るほどの苛立ちを覚えていた。
だが一晩経ってみると、怒りはほとんど収まってしまっていたのだ。
デートの時、彼が私を楽しませようとしてくれていたのは、間違いなく本当のことだったからだ。
「そ、そんなぁ」
ミカが泣き真似をする。
腹立たしいことに、これがまた、胸がぎゅっとなるほど可愛らしい仕草なのだ。
「そんな、ですって? 人のことを騙しておいて、よくもまぁそんなことが言えるわね」
「うぅ……俺はお前が好きだ。これは、俺の本心なんだ」
「残念。私はアナタのことなんて嫌いよ」
「どうしてだ? 俺が阿ノ九多羅家の生まれだからか?」
「そうね。退魔家業は3Kだもの」
「もし俺がアヤカシの存在も知らないような一般人だったとしたら、付き合ってくれたか?」
「乙女の純情を利用するような、結婚詐欺野郎はごめんよね」
「うっ」
「っていうかさ」私はくるりと振り向く。「逆に聞くけど、私なんかのどこがそんなに好きなわけ? 意中の相手を【魅了】で落とそうとするような、外道な女よ」
「ああ。お前が外道だということについては、疑いの余地がないな」
「ちょっとは疑いなさいよ!」
「痛いっ。叩くなっ。お前が自分で言ったんだろうが!? でも、好きなのは本当だ」
「なぜ? 私の、どこがそんなに好きなの?」
「え、ええ……言わなきゃダメなのか?」
「言わないのなら、今すぐ帰るわ」
「わ、分かったよ……何なんだ、この羞恥プレイは。ええと、まずは」
え、『まずは』?
「細くて白い、脚」
「へぇ」
ふぅん。
やっぱりこの男、脚好きだったのね。
視線からして知ってたけど。
「細すぎず、かといって太くもない、真っ白な太もも」
って、脚と太ももを別でカウントするんじゃないわよ!
「目が離せなくなるほどキレイなくるぶし」
あ、脚だけで3つ目!?
とんだ変態ね!?
ま、まぁ、四季神家の女は貧の乳の星に生まれてしまった悲しき民だから、コイツが脚好きなのは好都合なのだけれど。
「ふ、ふぅん。そんなに言うほど好きなんだ?」
思わず良い気分になってしまった私は、制服の膝丈スカートをつまみ、すすすっと裾を上げてみせた。
ほんの、数センチ程度のことだ。
ちょっとしたイタズラ心。
だというのに。
「…………………………………………」
無言のミカ。
真っ赤になりながらも、私の太ももを凝視している。
「ってぇ!! 見すぎよバカ!!」
私まで真っ赤になってしまった。
「なんで私が、アンタの退魔家業を手伝わなきゃなんないのよ!?」
私は阿ノ九多羅ミカに対して、ぷりぷりと怒ってみせた。
「すまんな。俺だけでは、霊力を持たない素人のなんちゃって儀式の残滓なんて追跡できないものだから」
所は■■高校の校庭裏、時は放課後。
何をしているのかと言うと、『コックリさん』を繰り返しているという犯人探しだ。
ミカから聞いたのだが、ここ最近の動物霊騒ぎは、『コックリさん』の儀式を度々実施しているヤツが原因らしいのだ。
奇しくも境様が言っていたとおりといったところか。
いったいぜんたい誰よ、そんなはた迷惑なことをしているのは?
「って、アンタじゃ探し出せないの? 日本退魔師の王なのに」
私は、多少イジワルな気持ちを込めて、阿ノ九多羅ミカに質問した。
「一人前の術師が行った正式な儀式ならともかく、術師ですらない素人が行ったオママゴトの残滓なんて、辿れるわけがないだろう」
「ふぅん。鼻の利かない駄犬なのね」
「だ、駄犬!? 阿ノ九多羅家当主の、この俺に向かって!?」
「だって、私と境様なら簡単にできるわよ。ほら」手を掲げ、簡略詠唱する。「【文殊慧眼】!」
とたん、学内全域をまばゆい光が包みこんだ。
なお、この光は霊感がない人間には視えない。
「は、ははは……なんて霊力だ。規格外、バケモノ」
ミカが大変失礼なことを言っている。
「見つけた」
「え、もう!?」
私はスタスタと歩きはじめる。
ミカが私の後ろをついて来る。
さながら、親鳥にぴったりついて歩く雛鳥だ。
いや、そんなに可愛いものじゃないか。
はぁ。
「でも」気に入らないので、私はミカにチクリとやる。「退魔師でもないのに働かされるのは、納得いかないわ」
「謝礼なら出すぞ。少なくとも100万円は」
「ひゃくっ!?」私は金欲をぐっとこらえ、「な、なら、借りた1,000万円から差し引いておいてもらえる?」
「うーん。俺としては、1,000万円のほうは借りっぱなしにしておいてもらえたほうが嬉しいんだが。お前には常に貸しを作っておきたいんだよ」
「私が、アンタに借りを作りたくないって言ってんの! 三日月エルと違って、アンタの本性って本当にあけすけよね。何と言うかこう、もっと他人を思いやることとかできないわけ?」
「お前にだけは言われたくないぞ」ミカが白目を剥いている。「【魅了】の呪術で他人を操ろうとしていたお前にだけは」
……………………え?
「き、気づいてたの!?」
「気づいてないわけがないだろう。俺は日本退魔界の王だぞ」
「駄犬なのに?」
「駄犬言うな」
「あ、そのう……」私は下手に出る。「【魅了】のことは、水に流していただけると……」
「なるほど。やっちゃいけないこと、っていう認識はちゃんとあったんだな」
「当たり前でしょ」
「なお悪いわ!」
「ひぃっ」
「あんな高濃度の洗脳呪術、一般人だったら脳が焼き切れるぞ!? 俺だからギリギリ耐えられたんだ」
「そんなっ。濃度を1/1,000にまで薄めたのに」
「あれで!? バケモノかよ」
「だから、人のことをバケモノ呼ばわりしないで」
「あ、あぁ。悪かったよ。だが、これだけは言っておくぞ。金輪際、他人に洗脳系の術は使うな。次に使うようなことがあれば、今度こそ霊害庁に突き出すからな」
「わ、分かったわよ……」
「というわけで、謝礼の100万円はちゃんと受け取ること」
「何が、というわけよ!?」
「それにな、この事件に協力するのは、お前の精神衛生上にも好ましいことなんだぞ」
「どういうことよ?」
「考えてもみろよ。自分が通っている学校で、悪意ある儀式が行われているんだぞ。気持ち悪いだろう?」
「それはまぁ、そうね」
「お前は『境様』という神の加護で守られているから、平気だろう。だが、ここに通う他の生徒たちは?」
そう。
今、この学校に集まっている動物霊の数は尋常ではない。
悪霊が撒き散らす残穢は、結界で心身を守ることができない一般人にとっては猛毒だ。
三日月先生争奪戦で多数の女子たちと対立関係にある私だが、そんな私にだって休み時間におしゃべりするような間柄の友人はいるのだ。
彼女たちが悪霊に取り憑かれて衰弱したり、ましてや亡くなってしまうなど、とても見過ごせるものではない。
「くくくっ。やはりお前は、根は善人のようだな……【魅了】を平気で使うあたり、倫理観にはやや問題があるようだが」
「ちょっと、エルはそんな嫌らしい笑い方はしないのだけれど。自分のことも、『俺』だなんて下品な呼び方はしないわ」
「今の俺は、阿ノ九多羅ミカだからな」
「でも、仮面は被っていないじゃない。服装だって、三日月先生のものよ」
「分かったよ」ミカが柔和な笑みを浮かべる。「これでいいかい、伍?」
私は、胸がときめくのを感じてしまった。
相変わらず、コイツは顔がバツグンに良い。
この美形顔が私だけを見つめているのだと思うと、顔が熱くなってくる。
私は必死にそっぽを向いた。
「っ。気安く名前を呼ばないで」
「どうしろって言うのさ」ミカが苦笑する。
私たちは今現在、とてもいびつなカンケイだ。
依然として交際は続けているものの、私はもう料理を作りに彼の部屋へは行っていない。
彼と別れる道も考えたのだが、デート写真を見せた時の巫由の悔しがる様子があまりにも面白くて、写真――アリバイ作りのために交際を続けている。
問題を先送りにしている、とも言えるが。
「なぁ、時計は身につけてくれないのか?」
ミカがミカっぽい口調で尋ねてきた。
私が『名前で呼ぶな』と言ってしまったからなのか、エルモードはやめてしまったようだ。
「俺はこのとおり、身につけているのにさ」
「デートの時は付けてるでしょ」
「事務的というか、義務っぽいんだよなぁ」
「当然でしょ。アンタとのデートは、巫由にマウントを取るためのアリバイ作りのためでしかないもの。本心では、アンタのことなんて好きじゃない」
と言いつつ、ミカの顔を直視できない私だ。
騙されていたことは、許せない。許せるはずもない。
だが、だからと言って、彼のイケメン顔やお金持ちなところ、そしてエルとして振る舞っていた時の紳士的な行いの数々までもを嫌いになるのは、残念ながらできなかった。
騙されていたと気づいた直後は、腸が煮えくり返るほどの苛立ちを覚えていた。
だが一晩経ってみると、怒りはほとんど収まってしまっていたのだ。
デートの時、彼が私を楽しませようとしてくれていたのは、間違いなく本当のことだったからだ。
「そ、そんなぁ」
ミカが泣き真似をする。
腹立たしいことに、これがまた、胸がぎゅっとなるほど可愛らしい仕草なのだ。
「そんな、ですって? 人のことを騙しておいて、よくもまぁそんなことが言えるわね」
「うぅ……俺はお前が好きだ。これは、俺の本心なんだ」
「残念。私はアナタのことなんて嫌いよ」
「どうしてだ? 俺が阿ノ九多羅家の生まれだからか?」
「そうね。退魔家業は3Kだもの」
「もし俺がアヤカシの存在も知らないような一般人だったとしたら、付き合ってくれたか?」
「乙女の純情を利用するような、結婚詐欺野郎はごめんよね」
「うっ」
「っていうかさ」私はくるりと振り向く。「逆に聞くけど、私なんかのどこがそんなに好きなわけ? 意中の相手を【魅了】で落とそうとするような、外道な女よ」
「ああ。お前が外道だということについては、疑いの余地がないな」
「ちょっとは疑いなさいよ!」
「痛いっ。叩くなっ。お前が自分で言ったんだろうが!? でも、好きなのは本当だ」
「なぜ? 私の、どこがそんなに好きなの?」
「え、ええ……言わなきゃダメなのか?」
「言わないのなら、今すぐ帰るわ」
「わ、分かったよ……何なんだ、この羞恥プレイは。ええと、まずは」
え、『まずは』?
「細くて白い、脚」
「へぇ」
ふぅん。
やっぱりこの男、脚好きだったのね。
視線からして知ってたけど。
「細すぎず、かといって太くもない、真っ白な太もも」
って、脚と太ももを別でカウントするんじゃないわよ!
「目が離せなくなるほどキレイなくるぶし」
あ、脚だけで3つ目!?
とんだ変態ね!?
ま、まぁ、四季神家の女は貧の乳の星に生まれてしまった悲しき民だから、コイツが脚好きなのは好都合なのだけれど。
「ふ、ふぅん。そんなに言うほど好きなんだ?」
思わず良い気分になってしまった私は、制服の膝丈スカートをつまみ、すすすっと裾を上げてみせた。
ほんの、数センチ程度のことだ。
ちょっとしたイタズラ心。
だというのに。
「…………………………………………」
無言のミカ。
真っ赤になりながらも、私の太ももを凝視している。
「ってぇ!! 見すぎよバカ!!」
私まで真っ赤になってしまった。



