「最っっっっ低! 最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低ッ!」
動物霊の残党を蹴散らしながら、私は叫んだ。
何が最低なのかって?
私の恋人・三日月エルの正体が、阿ノ九多羅ミカだったことが、だ。
阿ノ九多羅ミカが私を騙し、私の恋心をもてあそんでいたことが、だ!
「違うっ、違うんだ伍! これにはワケがあって――」
「名前で呼ばないでよ、この変態ストーカー!」
「呼べって言ったのはお前だろう!?」
「私はエルに言ったの。アンタなんかに名前呼びを許したんじゃない! ――破ッ!」
私は怒りに任せて動物霊どもを殴りつける。
動物霊たちがみるみるうちに数を減らしていき、ついに私は最後の一体を祓った。
「あぁ、もうっ。他の退魔師たちがすぐそこにまで来てる」私は空に舞い上がる。「いい? ここのアヤカシどもを祓ったのは、アンタってことにしなさい。私のこと言いふらしたら、コレだからね?」
私は超巨大な【火球】を出現させてみせる。
「もったいない。もったいなすぎる」阿ノ九多羅ミカが頭を振る。「さっきのアレは、上級のさらに上、特級アヤカシだった。それを瞬殺したお前は、今すぐにでも特級退魔師免許を取得できる。年俸は、数十億は下らない。日本中の、いや、世界中の退魔師がお前を称賛するだろう。お前は歴史的な大英雄になれるんだぞ?」
「だ・か・ら、興味ないって言ってるでしょ! じゃあね!」
「待ってくれ! 最後にひとつだけ」
「何よ!?」
「明日のデート、来てくれるよな? お前がリクエストしてくれた映画とレストラン、予約してあるんだ」
「……………………ふんっ。じゃあね!」
● ○ ● ○
『とっておきの作戦があるわ。お姉ちゃんに任せなさい!』
姉が立てた、四季神伍を落とすための作戦。
それは、『一般人のフリをして伍に近づき、交際し、伍がこちらに夢中になったところで正体を明かす』という鬼畜なものだった。
奇しくも動物霊事件の調査のために■■高校への潜入を考えていたため、計画はスムーズに進んだ。
阿ノ九多羅ミカは『若き教育実習生・三日月エル』という仮面を引っ提げて、■■高校に潜入した。
姉のプロファイリングによると、伍はイケメンと金持ちが大好物。
そしてミカは超が付くほどお金持ちだし、自分で言うのも何だがかなりのイケメンハーフ顔だ。
姉はよく、『お面で隠すなんて、もったいない』と嘆いていた。
ミカにすれば『顔より霊力をくれ!』と叫びたかったが、無い物ねだりをしても仕方がない。
まぁ、この顔のおかげで四季神伍を釣ることができるわけだから、両親には感謝してもよいのかもしれない。
『作りすぎてしまって。先生、いつも菓子パンばかりでしたから』
伍は釣れた。
あっさり釣れた。
ミカのほうからアクションを起こすまでもなく、伍は『三日月エル』に猛アタックを仕掛けてきた。
伍はエルの顔面がものすごく好みであるようだった。
それは非常に都合が良かったのだが……。
『はぁっ、はぁっ、はぁっ……あの女、一般人に洗脳巫術を使うなんて、頭オカシイんじゃないのか!? 相手が天才術師である俺でなければ、廃人コースだぞ。だがしかし、間近でみた四季神伍、マジで可愛かったなぁ。いい匂いしたし。って、俺が惚れてどうするんだ!? アイツを、俺に惚れさせないといけないのに』
伍の外道なやり方には度肝を抜かれたミカだったが、伍を騙していることに対する罪悪感が薄まったので、ある意味、良かったのかもしれない。
『あーーーーっ、危なかった! あそこでキスしてたら、絶っっっ対に最後までヤってた。高校生が出していい色気じゃないぞ、アレ。いや、【魅了】術式の効果なのか?』
『三日月エル』用に新たに借りたマンションで伍を押し倒してしまった時には、寿命が縮まるかと思った。
ミカは伍を騙している。
だからこそ、一線だけは超えてはならないと考えていた。
伍に正体をバラした時、一線を超えていなければ半殺しで済ませてもらえるかもしれない。
だがファーストキスや初体験を奪った後でバラした場合、間違いなく全殺しにされるだろう。
比喩ではなく、あの極大【火球】によって骨も残らず消し炭にされる。
『な、なんだこれは!? こんな歯が浮くようなセリフを言わないといけないのか?』
姉が書き上げたデートプランは少女漫画家も裸足で逃げ出すようなベタで甘々なもので、伍が不良男に絡まれてミカが助けるシーンまで描かれていた。
不良役には阿ノ九多羅家に務める若手精鋭の術師たちを起用したのだが、彼らは本気で怯えていた。
無理もない。
上級アヤカシを蹴り殺すような相手に絡みに行け、と言われて怖くならない退魔師などいるはずがない。
なお、ミカ、姉ヴェロニカ、そして家の精鋭術師たちなど阿ノ九多羅家の一部メンバー内では、四季神伍が実力を隠していることは周知の事実となっている。
だが彼ら彼女らは全員プロであり口が固く、守秘義務契約も結んでいるので、この話が漏れる心配はない。
漏れたらミカが【火球】で消し炭にされるので、絶対に誰も漏らさないのだ。
『ミカ、婚約指輪はちゃんと用意してるわよね?』
『大丈夫だよ、姉さん。さすがに5カラットはやり過ぎな気もするけど……』
『金に糸目をつけちゃダメよ。あの子への贈り物の数々は、あの子の心を縛るための鎖なんだから』
1,500万円の指輪に、200万円の腕時計、1着・1足何万円もする服飾の数々。
ミカは伍にものすごい勢いで買い与えた。
まぁ、数千万円くらいの出費で傾くような阿ノ九多羅家ではないので、その点は心配していない。
心配なのは、伍の心のほうだった。
彼女は生来の貧乏性のようで、高価な物をミカから贈られるたびに青い顔をしていた。
可愛そうだが、これも阿ノ九多羅家の未来のためなんだ。
すまん、伍……そう心のなかで謝るミカだった。
『うおおおおおおっ! 成ッ仏ッ!』
特級アヤカシにやられ、死を覚悟したミカの前に颯爽と現れた四季神伍は、天使のように美しく、神々しかった。
『ほら、さっさと立ちな……さ……い……』
嫌っているはずのミカにまで手を差し伸べてくれる、伍。
意中の相手を【魅了】呪術で籠絡しようとする、かなり道徳的に問題のある女ではあるが、根は善人なのだ。
そんな四季神伍の表情が、凍りついた。
ミカは、キツネの面が外れてしまっていることにようやく気づいた。
● ○ ● ○
怪我は、阿ノ九多羅家が擁する治癒神術師によって癒えた。
だが、ミカは一睡もできなかった。
騙されていたことに気づいた伍の、絶望の表情が頭から離れなかったからだ。
眠れないまま朝が来て、デートの時間になってしまった。
果たして、伍は来てくれるのか……。
「なんて顔してるのよ、阿ノ九多羅ミカ」
土曜日の朝9時半。
ミカがJR三宮の改札口でそわそわしていると、話しかけてくる人物がいた。
他ならぬ、伍だ。
「伍! 来てくれたのか!」
ミカはぱっと微笑む。
作り笑顔ではない。
心からの笑顔だ。
「っ!?」伍が頬を染めながら後ずさった。「その顔はやめて」
「どんな顔だ?」
「その顔よ。三日月エルの顔で、無邪気に微笑まないで」
「そんなこと言われても、これが俺の顔なんだから」
「燃やすわよ!?」
「わ、悪かった! 俺が悪かったよ。すまんっ。ごめんっ。このとおりだ」
ミカが深々と頭を下げると、伍が『はーっ』とため息をついた。
「さっさと行くわよ」
「許してくれたのか?」
「許すわけがないでしょ。乙女の純情を踏みにじっておいて、よくもまぁぬけぬけと」
「でも、こうして来てくれたじゃないか」
「映画とレストランのためよ! 映画とレストランに罪はないもの。あと……」伍が言いにくそうな顔をして、「デートしたっていう証拠写真を撮るためよ。姉にマウント取るのに必要なの」
「……ぷっ。あはっ、あははっ! なるほど、お前らしいな」
「燃やすわよ!? あと、『お前』って言わないで。お面を取っている間は三日月エルの口調になりなさい」
「分かったよ、伍。キミの言うとおりにする」
「っ。だから、その顔はやめて」
「どんな顔だい? 教えてよ、伍。自分じゃ自分の顔は見えないから」
などと言いつつ、エルは自分の口元がどうしようもなく緩んでいるのを感じていた。
「くっ。調子に乗んな!」
動物霊の残党を蹴散らしながら、私は叫んだ。
何が最低なのかって?
私の恋人・三日月エルの正体が、阿ノ九多羅ミカだったことが、だ。
阿ノ九多羅ミカが私を騙し、私の恋心をもてあそんでいたことが、だ!
「違うっ、違うんだ伍! これにはワケがあって――」
「名前で呼ばないでよ、この変態ストーカー!」
「呼べって言ったのはお前だろう!?」
「私はエルに言ったの。アンタなんかに名前呼びを許したんじゃない! ――破ッ!」
私は怒りに任せて動物霊どもを殴りつける。
動物霊たちがみるみるうちに数を減らしていき、ついに私は最後の一体を祓った。
「あぁ、もうっ。他の退魔師たちがすぐそこにまで来てる」私は空に舞い上がる。「いい? ここのアヤカシどもを祓ったのは、アンタってことにしなさい。私のこと言いふらしたら、コレだからね?」
私は超巨大な【火球】を出現させてみせる。
「もったいない。もったいなすぎる」阿ノ九多羅ミカが頭を振る。「さっきのアレは、上級のさらに上、特級アヤカシだった。それを瞬殺したお前は、今すぐにでも特級退魔師免許を取得できる。年俸は、数十億は下らない。日本中の、いや、世界中の退魔師がお前を称賛するだろう。お前は歴史的な大英雄になれるんだぞ?」
「だ・か・ら、興味ないって言ってるでしょ! じゃあね!」
「待ってくれ! 最後にひとつだけ」
「何よ!?」
「明日のデート、来てくれるよな? お前がリクエストしてくれた映画とレストラン、予約してあるんだ」
「……………………ふんっ。じゃあね!」
● ○ ● ○
『とっておきの作戦があるわ。お姉ちゃんに任せなさい!』
姉が立てた、四季神伍を落とすための作戦。
それは、『一般人のフリをして伍に近づき、交際し、伍がこちらに夢中になったところで正体を明かす』という鬼畜なものだった。
奇しくも動物霊事件の調査のために■■高校への潜入を考えていたため、計画はスムーズに進んだ。
阿ノ九多羅ミカは『若き教育実習生・三日月エル』という仮面を引っ提げて、■■高校に潜入した。
姉のプロファイリングによると、伍はイケメンと金持ちが大好物。
そしてミカは超が付くほどお金持ちだし、自分で言うのも何だがかなりのイケメンハーフ顔だ。
姉はよく、『お面で隠すなんて、もったいない』と嘆いていた。
ミカにすれば『顔より霊力をくれ!』と叫びたかったが、無い物ねだりをしても仕方がない。
まぁ、この顔のおかげで四季神伍を釣ることができるわけだから、両親には感謝してもよいのかもしれない。
『作りすぎてしまって。先生、いつも菓子パンばかりでしたから』
伍は釣れた。
あっさり釣れた。
ミカのほうからアクションを起こすまでもなく、伍は『三日月エル』に猛アタックを仕掛けてきた。
伍はエルの顔面がものすごく好みであるようだった。
それは非常に都合が良かったのだが……。
『はぁっ、はぁっ、はぁっ……あの女、一般人に洗脳巫術を使うなんて、頭オカシイんじゃないのか!? 相手が天才術師である俺でなければ、廃人コースだぞ。だがしかし、間近でみた四季神伍、マジで可愛かったなぁ。いい匂いしたし。って、俺が惚れてどうするんだ!? アイツを、俺に惚れさせないといけないのに』
伍の外道なやり方には度肝を抜かれたミカだったが、伍を騙していることに対する罪悪感が薄まったので、ある意味、良かったのかもしれない。
『あーーーーっ、危なかった! あそこでキスしてたら、絶っっっ対に最後までヤってた。高校生が出していい色気じゃないぞ、アレ。いや、【魅了】術式の効果なのか?』
『三日月エル』用に新たに借りたマンションで伍を押し倒してしまった時には、寿命が縮まるかと思った。
ミカは伍を騙している。
だからこそ、一線だけは超えてはならないと考えていた。
伍に正体をバラした時、一線を超えていなければ半殺しで済ませてもらえるかもしれない。
だがファーストキスや初体験を奪った後でバラした場合、間違いなく全殺しにされるだろう。
比喩ではなく、あの極大【火球】によって骨も残らず消し炭にされる。
『な、なんだこれは!? こんな歯が浮くようなセリフを言わないといけないのか?』
姉が書き上げたデートプランは少女漫画家も裸足で逃げ出すようなベタで甘々なもので、伍が不良男に絡まれてミカが助けるシーンまで描かれていた。
不良役には阿ノ九多羅家に務める若手精鋭の術師たちを起用したのだが、彼らは本気で怯えていた。
無理もない。
上級アヤカシを蹴り殺すような相手に絡みに行け、と言われて怖くならない退魔師などいるはずがない。
なお、ミカ、姉ヴェロニカ、そして家の精鋭術師たちなど阿ノ九多羅家の一部メンバー内では、四季神伍が実力を隠していることは周知の事実となっている。
だが彼ら彼女らは全員プロであり口が固く、守秘義務契約も結んでいるので、この話が漏れる心配はない。
漏れたらミカが【火球】で消し炭にされるので、絶対に誰も漏らさないのだ。
『ミカ、婚約指輪はちゃんと用意してるわよね?』
『大丈夫だよ、姉さん。さすがに5カラットはやり過ぎな気もするけど……』
『金に糸目をつけちゃダメよ。あの子への贈り物の数々は、あの子の心を縛るための鎖なんだから』
1,500万円の指輪に、200万円の腕時計、1着・1足何万円もする服飾の数々。
ミカは伍にものすごい勢いで買い与えた。
まぁ、数千万円くらいの出費で傾くような阿ノ九多羅家ではないので、その点は心配していない。
心配なのは、伍の心のほうだった。
彼女は生来の貧乏性のようで、高価な物をミカから贈られるたびに青い顔をしていた。
可愛そうだが、これも阿ノ九多羅家の未来のためなんだ。
すまん、伍……そう心のなかで謝るミカだった。
『うおおおおおおっ! 成ッ仏ッ!』
特級アヤカシにやられ、死を覚悟したミカの前に颯爽と現れた四季神伍は、天使のように美しく、神々しかった。
『ほら、さっさと立ちな……さ……い……』
嫌っているはずのミカにまで手を差し伸べてくれる、伍。
意中の相手を【魅了】呪術で籠絡しようとする、かなり道徳的に問題のある女ではあるが、根は善人なのだ。
そんな四季神伍の表情が、凍りついた。
ミカは、キツネの面が外れてしまっていることにようやく気づいた。
● ○ ● ○
怪我は、阿ノ九多羅家が擁する治癒神術師によって癒えた。
だが、ミカは一睡もできなかった。
騙されていたことに気づいた伍の、絶望の表情が頭から離れなかったからだ。
眠れないまま朝が来て、デートの時間になってしまった。
果たして、伍は来てくれるのか……。
「なんて顔してるのよ、阿ノ九多羅ミカ」
土曜日の朝9時半。
ミカがJR三宮の改札口でそわそわしていると、話しかけてくる人物がいた。
他ならぬ、伍だ。
「伍! 来てくれたのか!」
ミカはぱっと微笑む。
作り笑顔ではない。
心からの笑顔だ。
「っ!?」伍が頬を染めながら後ずさった。「その顔はやめて」
「どんな顔だ?」
「その顔よ。三日月エルの顔で、無邪気に微笑まないで」
「そんなこと言われても、これが俺の顔なんだから」
「燃やすわよ!?」
「わ、悪かった! 俺が悪かったよ。すまんっ。ごめんっ。このとおりだ」
ミカが深々と頭を下げると、伍が『はーっ』とため息をついた。
「さっさと行くわよ」
「許してくれたのか?」
「許すわけがないでしょ。乙女の純情を踏みにじっておいて、よくもまぁぬけぬけと」
「でも、こうして来てくれたじゃないか」
「映画とレストランのためよ! 映画とレストランに罪はないもの。あと……」伍が言いにくそうな顔をして、「デートしたっていう証拠写真を撮るためよ。姉にマウント取るのに必要なの」
「……ぷっ。あはっ、あははっ! なるほど、お前らしいな」
「燃やすわよ!? あと、『お前』って言わないで。お面を取っている間は三日月エルの口調になりなさい」
「分かったよ、伍。キミの言うとおりにする」
「っ。だから、その顔はやめて」
「どんな顔だい? 教えてよ、伍。自分じゃ自分の顔は見えないから」
などと言いつつ、エルは自分の口元がどうしようもなく緩んでいるのを感じていた。
「くっ。調子に乗んな!」



