ディ○ニーランドやユニ○ーサル・ジャパンにも憧れはあったが、最初は近場でのデートということになった。
 四季神(しきじん)家は神戸の山の手にある。
 三日月先生のマンションは、神戸の海手側、JR線沿いにある再開発地の中央、超高級マンション群のど真ん中にある。
 というわけで、自然と、初デートは神戸近縁で行われることとなった。

 午前中は王子動物園。
 北野異人館通りでランチ。
 午後は三宮でお買い物など、街歩き。
 丸1日遊び倒す。
 かなり体力を使うスケジュールだが、私は平気だし、先生も平気らしい。
 なにせ、先生は現役高校部活生相手に剣道やバスケで勝てるほどのスーパースポーツマンだもの。

「じゃあ、まずはバスに乗って王子動物園へ行こう。けれど、少しだけ寄り道をしてもいいかな」

 私は地図アプリを開き、

「あ、東急ハンズ!」

 行ってみたいけど行ったことのない店を見つけた。

「悪いけど、それはまた別日にしよう。ハンズは、沼だからね」

「沼?」

「そう、沼。ハンズだけで1日潰せる。いや、1日じゃ済まないまである」

「え、そんなにですか?」

「だから、次のデートの時に来ようね。こっちだよ」

 先生に手を引かれ、朝の三宮を歩く。
 空はどこまでも青々としていて、空気が澄んでいる。
 絶好のデート日和だ。
 私は3Kな退魔家業や実家からおさらばして、三日月先生と一緒に生きていくのだ。

生田(いくた)神社ですか」

 着いたのは、東急ハンズの隣にある神社――生田神社だ。
『おさらば』と言って早々に何だが、ここには退魔業界の人間で知らぬ者のいない大悪魔が祀られている。
 七大魔王にして神戸の裏主神でもある、阿栖魔(あすも)大明神が。

 本殿(本来の生田の神を祀る社)の隣にひっそりと建つ、小さな社。
 小さいけれど、凄まじい霊圧を放っている社。
 そこに、阿栖魔大明神は祀られている。

「は、はは……震えがくるぜ」

 あの、『人類最強』を公言している(さかい)様が、青い顔をしている。
 なるほど、『境様が守護する四季神(しきじん)(いつつ)』は『人類』の中では最強だが、それは人類限定の話ってわけか。
『俺様を倒したくば七大魔王かソロモン72柱を連れてこい』と言い放ったこともある境様だが、ここに祀られているヤツはその中でも一等一位でヤバい、七大魔王の中でも最強と言われる『色欲』の大魔王アスモデウスだ。
 つまり実質、世界最強の存在なのだ。

 そんな最強最悪の大悪魔は、百数十年前に明治日本に顕現し、現地の男性と恋に堕ちた。
 以来、こうして神戸を裏から守ってくれている。
 なんとも都合の良い話だが、おかげで今もこうして、神戸は、日本は現存しているのだとか。

「今は不在みたいだが、残滓だけでもこの巫力濃度とは。いやはやまったく、恐れ入るね」

 へぇ。
 大魔王様、出張中なんだ?
 っていうか境様、デート中に出てこないでよ。

「あぁ、悪かったな」

 私は先生を見上げる。

「ふふっ。もうお付き合いしてるのに、何をお願いするんですか、先生?」

 色欲の大魔王こと阿栖魔大明神のご利益は、何と言っても『縁結び』なのだ。

「縁結びだけじゃないんだよ、ここ。無病息災とか交通安全とか商売繁盛とか開運とか」

「すごっ。そんなにいろいろ?」

「本当によく効くらしいんだよ。私も受験の時にはお世話になったし。けど、そんなご利益の中でも一番効くと言われているのが、子授け――子宝に恵まれる、というやつだね」

「子っ!?」私は飛び上がる。

「あっっっ、ごめんっ、今の無し! さすがに飛躍しすぎだったよね」

「い、いえ」

「ごめん。重すぎっていうか、気持ち悪かったよね」

「いえ、そんなことはないです! そういう、私との将来を考えてくださっているのは、とても嬉しいから。私もその、先生とのこっ、こっ、子供、欲しいですし!」

 精一杯返事をしてから、言わなくてもいいことまでベラベラ喋ってしまったことに気づいた。
 重いって思われなかっただろうか?

 恐る恐る見上げると、先生はとても良い笑顔をしていた。
 良かった、喜んでくれている。

「ありがとう。ほら、もうすぐバスが来るよ」

 先生が手を差し出してくれた。

「はいっ」

 私はその手を取る。




   ◆   ◇   ◆   ◇




 バスで、王子公園へ向かう。
 早い時間に来た甲斐があって、ほとんど貸切状態だった。

「ふわぁ~~っ、マヌルネコ可愛い!」

「ネコ、好きなのかい?」

「大好きです! 家の方針で飼えないんですけど……」

 方針、という言葉でボカしたが、つまりは両親に私の要望・ワガママを聞くつもりが一切ないということだ。
 両親からすれば、私こそがネコくらいの感覚なのだろう。
 それも、勝手に家に棲み着いている野良ネコだ。

「飼いたいのかい?」

「できれば」

「それなら将来、一緒に暮らす時に――って、今の無し! 何度もごめん。重いよね」

「重くなんてありません! 私も早く、先生と一緒のお家に住みたいです」

「そう言ってもらえると、嬉しいな」

 などと甘々な会話を繰り広げながら、動物園を回っていく。

「あ、キツネだ。可愛い」

「キツネかぁ……」

 なんだか微妙な表情の三日月先生。

「キツネ、ニガテなんですか?」

「なんだか化けて出てきそうじゃない?」

「あはは、九尾のキツネじゃあるまいし」

「そうだね……うおっ、キリンでっか!」

 目をキラキラさせる三日月先生。
 先生はときどき、童心に帰る。
 そんな時の先生は、学校で見せるよそ行き用の仮面を脱ぎ捨てていて、何と言うか胸が痛くなるほど可愛らしいのだ。

「ふふっ。あの太くて長い首をぶつけ合って、ケンカするらしいですよ」

「あんなぶっといので叩かれたら、ひとたまりもないね」

「ですねぇ」

 そんなこんなで動物園を堪能した私たちは、再びバスに乗り、今度は北野異人館通りに向かった。
 有名な『風見鶏の館』を見学したりしているうちに、12時になる。

「ここの近所に、フレンチがとても美味しいお店があるんだ」