彗星が落ちる夜に、世界から消えた君と

「……え?」


「笑った顔もちょっと怒ってる時の顔も可愛いと思う。それに、俺以上に星の話を知っていて、いつも明るく振る舞ってくれる。一緒にいてすごく楽しいし、もっといろんな話をしたいと思う」

「す、スバル?」

「正直、お前が何を抱えているのかは分からないし、俺なんかじゃ役に立たないかもしれない。だけど――」

「スバル、ちょっと待ってよ」

 昴は手の中で少しずつ頬を赤く染めていく心愛の目を見つめながら真剣に自分の気持ちを伝える。突然の告白に慌てる心愛に止められるよりも前に昴は自分の気持ちを全てぶつけるように言葉を紡ぐ。

「だけど、俺はそれでも九ノ瀬が好きだから、この先もずっと一緒にいたい」

 昴の心臓はバクバクと音を立てており、下手したら心愛の頬を覆う手から伝わるのではないかと思うくらいだった。昴は誰かに告白したことがなければ、告白されたこともなかった。だからこそ、自分の気持ちを伝えるのがこんなにも勇気のいることだとは知らなかったし、心愛の次の言葉が怖くてたまらなかった。

 昴が言葉を紡ぎ終わると、心愛は戸惑ったように視線を彷徨わせる。何かを言おうとして口を開くが、その何かが声になることはなかった。

 しばらく静寂が二人を包み込む。

 本当ならこの気持ちを伝えるつもりがなかった昴も、長く続く沈黙にそろそろ心が耐えられそうになかった。

 その時、心愛はそっと昴の手に触れ、そっと下ろさせる。

 そして指先をぎゅっと握ると、泣きそうな顔で昴に笑いかけた。その表情を見た瞬間、昴は自分の想いが心愛の負担になってしまったことに気がついた。

 心愛と一緒に過ごす時間が楽しくて、心愛と一緒に天体観測にこれたことが嬉しくて。知らず知らずのうちに舞い上がっていた自分が急に恥ずかしくなる。

 昴は思わず訂正の言葉を繋げようとしたがそれよりも先に心愛が口を開いた。

「ありがとう、スバル。その気持ち、私、本当に嬉しい」

 一粒の涙を流しながら心愛は心の底から嬉しそうに昴に笑いかけた。嬉しそうに笑っているのに、すごく辛そうだった。

 ――そんな顔をさせたかったわけじゃない。

 昴の心に後悔の波が押し寄せてくる。

「ねぇ、スバル。もしも、もしもね――スバルが私のことを忘れないって約束してくれるなら、付き合ってもいいよ」

 心愛の言っていることの意味が昴にはよく分からなかった。こんなに強烈な印象を昴の中に残した心愛のことを、この先も昴が忘れることはおそらくないだろう。

「俺は九ノ瀬を忘れたりしない。絶対に」

 だから心愛のことをしっかりと見つめながら心愛に約束の言葉を贈る。この決意が、気持ちが伝わるように。

 心愛は少しだけ驚いたように目を見開いた後、そっと視線を逸らす。ぎゅっと目を瞑って何かに耐えるように数秒そうすると、心愛はもう一度昴の方を見て笑う。

「ありがとう、スバル」

 傷ついたように笑う彼女を見て、昴はまた間違えたのだと悟った。

 それなら何が正解なのか。どう答えてあげれば彼女は納得するのか。

 人付き合いも下手で、口だって達者じゃない昴には答えを見つけられそうになかった。

「スバル、覚えてる? 私が聞いたこと。もしも明日が来ないってわかってたら、どうするってやつ」

 その質問はいつかの帰り道に心愛が昴に尋ねたものだった。結局その答えを昴は心愛に伝えられていなかった。

「もしも私たちに明日がなかったとして、それでもスバルは私が好きになる? 一緒に未来を歩いていけないとわかっていても、君は私のことを好きになってくれる?」

 試すように心愛に顔を覗き込まれる。昴はあの日からずっと用意していた答えを心愛に伝えようと口を開く。

「好きになるよ、きっと。明日がなくても、将来どこかで別れる日が来ても。俺が九ノ瀬のそばに居たいのは、今のお前と一緒にいたいからだ。先の未来よりも、今の九ノ瀬とのことを考えたい」
「……そっか。うん。ありがとう、スバル。ちょっとだけ安心した」

 昴の言葉を噛み締めるように心愛は小さく笑った。ようやく浮かんだ自然な笑顔に昴は心の中で安心した。

 人と付き合うのが上手で、クラスの輪の中心にいるような心愛が何にそこまで怯えているのかは分からなかった。だけど、それはこれから知っていけばいいのだと、昴は考え直す。

「あ、流れ星だ」

 不意に聞こえた心愛の声に釣られるように昴は開いた天井から空を眺める。キラキラと宝石のように輝く星たちの間を一筋の光が走ったのが見えた。

「たしか、日本には流れ星が流れている間に三回願い事を唱えられたら、願いが叶うって話があったんだっけ」

 昴と同じように空を眺めながら心愛が呟く。そしてぐいっと昴に顔を近づける。昴は急に近くまで来た心愛の顔に驚いて思わず体をのけぞらせる。すると心愛は悪戯が成功したことが嬉しかったのか、昴の引き攣った顔を見てケラケラと笑い始める。先ほどまでのしんみりとした空気が心愛の笑顔一つで簡単に吹き飛んでしまう。そういう彼女の力も昴が引かれた要因の一つなのだろう、と昴は頭の片隅で考える。

 ――振り回されるのは嫌いなはずなのに、今はそんなに苦だとは思わない。これが惚れた弱みってやつなんだろうか。

 そんなことを考えていると心愛が昴の腕を引っ張り無理やり地面に転がされた。心愛は昴の横に寝転がり、楽しそうに笑い続けた。

「スバルは何をお願いした? 私はね、明日がちゃんと来ますようにってお願いしたんだよ」
「なんだよ、そのお願いは。これから天変地異でも起きるわけじゃあるまいし」

「わっかんないじゃん。もしかしたら、私たちは明日を迎えられないかもしれないよ? 明日の確約なんて誰もしてくれないんだから、神様に祈るしかないじゃん」

「それってもう流れ星関係なくないか?」
「うーん、そうかも? たしかに流れ星に祈るっていうより、神頼みしてるみたいだね」

 静かに含み笑いを浮かべながら心愛は少しだけ昴の方に体を寄せた。そして、自分の小指をそっと昴の小指に絡める。

 心愛の手が触れた時、昴の体と心臓はわかりやすく跳ね上がった。そして緊張からか体が硬直してしまい、何もできなくなった。

「ずっと、明日なんて来なければいいのになぁ」

 小さくつぶやかれたその言葉に昴はハッとする。きゅっと力が込められた小指から心愛の体温が伝わってくる。その指先から彼女の不安や心配の気持ちも伝わってくるようだった。

 昴は気の利いた返事をすることができず、ただ繋がった小指を握り返すことしかできなかった。

 それでも心愛は安心したのか少しだけ肩の力を抜いたのがわかった。

 そんな彼女の様子を伺いながら、昴も心の中で心愛と同じことを願った。

 願わくは、この時間がずっと続きますように、と――。