彗星が落ちる夜に、世界から消えた君と

 昴はオオグマ先生を見送った後、教室に向けて歩き出す。

 屋上から離れるほど、生徒で廊下や教室は賑わっていた。自分の教室に着くと昴はいつも通り何食わぬ顔で中に入る。一部の生徒が昴の方を一瞬見たが、すぐに自分の世界に戻って行った。その中でも昴に近づいてきた瑞稀は笑いながら「さっきぶりだな」と肩を痛いくらいに叩いてきた。

「何してたんだよ。さっきの女の子のことはもういいのか? ていうか、お前、女の子の友達できたなら俺に教えろよな」

 何がおかしいのか嬉しそうに笑いながら瑞稀は昴と一緒に席に着く。そしてぐいっと顔を近づけると内緒話をするように声量を下げる。

「それで、昴はどこであんな美人さんと知り合ったんだよ」

 何気ない瑞稀の言葉に昴の心は重しをぶら下げた風船のようにどんどん沈んでいく。瑞稀には悪気はないし、心愛の言葉通りならきっと彼女がいたという記憶そのものがもうないのだろう。

 頭で理解できても、心は理解したくないと大声をあげそうだった。

「本当に、お前も知らないのか?」

 祈るように昴が確認すると瑞稀はキョトンとした顔をする。何も知らないとその顔が物語っていた。

 昴は落胆する気持ちを感じながらも、瑞稀に「悪い、なんでもない」と誤魔化すように言う。

「あー、なんだろうな。お前にそうやって聞かれたからなのかもしれないけど、俺、あの子とどこかであったことがある気はするんだよな」
「……!」
「あ、でも! どこで、とか、いつとかは全くわかんないからな! どっちかというと既視感? 夢で見たことあるような感じに近い、かな」

 瑞稀は自分の中の記憶をひっくり返しながら、矢継ぎ早に話す。その既視感を覚えたのは心愛と朝、会った時からで、なのに何も覚えていない自分とのギャップを感じて気持ちが悪かった。

「俺さ、あの子に何か大切なことを頼んだ気がするんだよな。なんだったかは思い出せないけどさ」

 瑞稀が心愛に託したものは昴のことだった。その場面を実際に目の前で見ていた昴だからこそ、そのことを忘れてしまった瑞稀のことが悔しくて仕方がなかった。

 自分だけが心愛のことを覚えている。

 きっと、心愛はこの気持ちをずっと一人で抱えていたのだろう。

 周りの人から置いて行かれて、自分だけがどこにもいけない。そんな孤独を心愛はずっと抱えていたのだろう。

「なぁ、もしも、明日俺が瑞稀にとって知らない人になったらどうする?」
「どういう意味だ? 昴が別人になるってことか?」
「そうじゃない。俺たちは俺たちのままで、記憶だけがごそっと変わるんだ。俺はお前のことを覚えているけど、お前は俺のことを覚えていないんだ」

 真剣な眼差しで話し始めた昴に釣られるように瑞稀も一緒に真剣に考えてくれた。

「明日、いや、今この瞬間にもお前は俺のことを忘れて、時が経てば完全に忘れるんだ。それでも、俺たちは友達と呼べるのか?」
「難しい話だな。だけど、それでも友達と言っていいんじゃないか?」
「どうしてそうやって言い切れるんだ。お前は俺のこと忘れちゃうのに……」

「どうしてって……そりゃあ、昴が俺のことを覚えていてくれるからだろう。俺が昴との記憶を忘れても、昴が俺とのことを覚えていてくれる。俺は昴が実は諦めが悪いってことを知ってる。だから、きっとそんなことになったら昴は俺ともう一度友達になろうとしてくれるはずだ」

 そこまで話すと瑞稀は太陽のように眩しく笑った。

「たとえ俺が忘れても、昴が手を差し伸べてくれれば俺は何度だってお前の友達になるよ。記憶がなくても、絶対に。逆に、昴はどうなんだよ」
「俺は…………」

 昴は頭の中でいろんな表情を見せる心愛の顔を思い浮かべる。笑う彼女に、ちょっと怒って頬を膨らませる彼女。楽しそうに星の話をする彼女も、一緒に天体を見つめて輝く瞳も、どんな状況になってもきっと心愛を何度も好きになると言えるだろう。

 瑞稀の言う通り、昴は諦めが悪いのだ。

「俺も瑞稀と同じかな――俺も諦めたくない」
「はは、そっちの顔の方が昴らしいよ」

 迷っていた心の行先が決まった昴の顔を見て瑞稀は満足そうに笑った。そして、昴の背中を押すように、思いっきり叩いた。

 バシンっと大きな音が鳴り、昴は突然の衝撃に思わず前のめりになる。瑞稀は一瞬やりすぎた、と思ったがすぐに笑顔を浮かべて誤魔化す。

「ほら、行ってこいよ! さっきの女の子のこと、考えてるんだろ? なら、後悔しないようにしっかりやれよ」
 瑞稀に喝を入れてもらいながら昴は立ち上がる。
「ありがとうな、瑞稀。いつも」

 昴の珍しい言葉に瑞稀は少しだけ目を見開いて固まる。その隙をついて昴は瑞稀の脳天に手を振り下ろしてやり返した。

 ゴンっと鈍い音が聞こえた時には昴はもう教室の外へ向けて走り出していた。瑞稀は痛そうにに頭を押さえながらも口元には笑みを浮かべていた。

 そして心の中で、彼に向かってこう呟く。

 ――頑張れよ、昴。