心愛から聞いた真実を昴はどう受け止めていいのか分からなかった。彼女が出て行った屋上で座り込むながら、青く澄んだ空を見上げる。あの空の向こうに浮かぶハレー彗星こそ心愛の正体だと知っても、実感がうまく湧かなかった。常識はなくても、温もりや仕草は人間そのものだった。人間にしか見えないからこそ、昴は心愛の言葉を心から信じたくなかった。
だけど、同時に彼女がハレー彗星だとすれば、納得することもたくさんあった。
彼女は昴以上に天文の知識に富んでいた。そして、まるで近所の話をするように星の話をするのだ。
謎かけのような言葉にも彼女なりの意味があったのだ。明日への渇望も、誰かを照らす光になりたかったのも、彼女がどれだけ望んでも手に入れられないことだった。だからこそ、夢を語り、昴に問いかけていたのだろう。誰かの言葉で心愛自身の気持ちを整理したかったのかもしれない。
――でも、どうして俺なんだ。俺だけが、心愛を知らなくて、今も覚えているのはどうしてなんだろう。
半月前に突然現れた心愛のことを、昴だけが知らなかった。瑞稀も他のクラスメイトも、担任のオオクマ先生も知っていた。そして、今では昴以外はおそらく誰も覚えていないのだろう。
昴だけが彼女の特別になれたのは、一体どんな理由があるのだろうか。
どれだけ考えを巡らせても、昴のちっぽけな頭では答えは見つけられそうになかった。
昴はようやく立ち上がると校内に戻ろうと立ち上がる。暑さからか汗が首筋を伝っていく。その感触が気持ち悪くて思わず眉を顰める。
屋上から続く階段んを降りていくと、階下からオオグマ先生が上がってくるところに遭遇した。オオグマ先生は昴が降りてくるのを見つけると、ムッとした顔を見せた。怒っていると言うよりも、また無断で遅刻してきた昴に呆れているのだろう。
「何してるんだ、星宮。もう午前の授業は終わったぞ」
オオグマ先生の言葉に昴はもうそんな時間なのか、と頭の片隅で思った。どうりで暑いし、お腹が空いた感覚がするわけだ。ずっと炎天下の中で考えていたからか、時間の感覚がおかしくなっていた。
「お前な、もう少し真面目に出席しろよな。将来、何になりたいのかは知らんけど、今のままだと出席日数足らなくて留年だってあり得るんだからな」
「はぁ……まぁ、考えておきます」
「星宮はそればっかりだな。それで、この後の授業はちゃんと出ていくんだろうな」
気の抜けた返事を返す昴にオオグマ先生はわかりやすくため息を吐いた。昴はこの後どうしようかと頭を悩ませる。
オオグマ先生の言うとおり、授業には出たほうがいいんだろう。だけど、今の昴には落ち着いて授業を受けることは難しかった。それに、心愛のことをちゃんと考えたかった。
「何に悩んでいるかは知らんが、一人で抱え込むなよ」
これからのことを考えて、ぼうっとしていた昴はオオクマ先生のその言葉を理解するのに数秒かかった。
「……え、は。な、なんでオオグマ先生が……」
ついあだ名でオオグマ先生のことを呼んでしまうが慣れているのか彼は何も言わなかった。
「なんでも何もないだろう。星宮の顔を見れば、何かに悩んでることくらいわかるさ。担任舐めんなよ」
「……そんなに、俺…………わかりやすいですか」
「さぁな。だけど、悩みがあるなら口に出していけ。大人になるといろんなことに遠慮して何も言えなくなっていく。それに、その悩みを抱えるのは今、この瞬間だけなんだからな」
昴はオオグマ先生の言葉に口をきゅっと引き結ぶ。
相談、できるものならしたかった。
正確には、この気持ちの答えを教えて欲しかった。
昴が心愛のことをどう想って、今後どうしたいのか。その答えを、代わりに言語化して欲しいと思っていた。
だけど、こんな荒唐無稽な話をしたところで、誰も信じてなんてくれないだろう。それがわかっていたからこそ、昴は何も言えなかった。
「まぁ、俺にじゃなくてもいいけどな。話せる時に話せる相手に話していけ。じゃないと後悔するぞ」
真剣な眼差しで昴を見上げるオオグマ先生の瞳をじっと見つめ返す。芯の通った、ブレない瞳に昴は正直にかっこいいと思ってしまった。
「明日が誰にでも平等にくるように、俺らには平等に明日はないと思え。今日、この瞬間は今しかないんだ。一秒一秒、後悔のないように生きろよ」
言いたいことだけ言うとオオグマ先生は大きな口を開けてあくびをする。そして、何も言えない昴を置いて歩き出す。
昴はそんなオオグマ先生の後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。
途中でオオグマ先生は昴の方を振り返ってこう言った。
「どんな道でも人は後悔する生き物だ。なら、やって後悔した方がやらずに後悔するよりも断然いいだろ?」
ニカっと不敵に笑ったオオグマ先生は、ある意味で『ステラ・マリス』だと言えた。いつも小言ばかり言う、少しだけ鬱陶しい熱血先生だと思っていたが、その実、芯がしっかりと通った昴の先生だった。
オオグマ先生は言いたいことだけ言うと満足したのか、そのままどこかへと行ってしまう。昴に授業に出ろと言う割に、教室までは見送ってくれないよだった。
昴はオオグマ先生の言葉を頭の中で咀嚼しながら、小さく「はは」と笑う。オオグマ先生と話して少しだけ霧が晴れるような気分だった。
――平等な毎日だからこそ、やらずに後悔よりも、やって後悔を……か。
心愛の言葉が本当なら、心愛と過ごせるのはもう半月しかない。心愛と過ごす明日が来ないかもしれないと怯えるくらいなら、彼女のことを永遠に忘れないくらい記憶に焼き付けていたい。その方がずっと素敵だと昴は思った。
だけど、同時に彼女がハレー彗星だとすれば、納得することもたくさんあった。
彼女は昴以上に天文の知識に富んでいた。そして、まるで近所の話をするように星の話をするのだ。
謎かけのような言葉にも彼女なりの意味があったのだ。明日への渇望も、誰かを照らす光になりたかったのも、彼女がどれだけ望んでも手に入れられないことだった。だからこそ、夢を語り、昴に問いかけていたのだろう。誰かの言葉で心愛自身の気持ちを整理したかったのかもしれない。
――でも、どうして俺なんだ。俺だけが、心愛を知らなくて、今も覚えているのはどうしてなんだろう。
半月前に突然現れた心愛のことを、昴だけが知らなかった。瑞稀も他のクラスメイトも、担任のオオクマ先生も知っていた。そして、今では昴以外はおそらく誰も覚えていないのだろう。
昴だけが彼女の特別になれたのは、一体どんな理由があるのだろうか。
どれだけ考えを巡らせても、昴のちっぽけな頭では答えは見つけられそうになかった。
昴はようやく立ち上がると校内に戻ろうと立ち上がる。暑さからか汗が首筋を伝っていく。その感触が気持ち悪くて思わず眉を顰める。
屋上から続く階段んを降りていくと、階下からオオグマ先生が上がってくるところに遭遇した。オオグマ先生は昴が降りてくるのを見つけると、ムッとした顔を見せた。怒っていると言うよりも、また無断で遅刻してきた昴に呆れているのだろう。
「何してるんだ、星宮。もう午前の授業は終わったぞ」
オオグマ先生の言葉に昴はもうそんな時間なのか、と頭の片隅で思った。どうりで暑いし、お腹が空いた感覚がするわけだ。ずっと炎天下の中で考えていたからか、時間の感覚がおかしくなっていた。
「お前な、もう少し真面目に出席しろよな。将来、何になりたいのかは知らんけど、今のままだと出席日数足らなくて留年だってあり得るんだからな」
「はぁ……まぁ、考えておきます」
「星宮はそればっかりだな。それで、この後の授業はちゃんと出ていくんだろうな」
気の抜けた返事を返す昴にオオグマ先生はわかりやすくため息を吐いた。昴はこの後どうしようかと頭を悩ませる。
オオグマ先生の言うとおり、授業には出たほうがいいんだろう。だけど、今の昴には落ち着いて授業を受けることは難しかった。それに、心愛のことをちゃんと考えたかった。
「何に悩んでいるかは知らんが、一人で抱え込むなよ」
これからのことを考えて、ぼうっとしていた昴はオオクマ先生のその言葉を理解するのに数秒かかった。
「……え、は。な、なんでオオグマ先生が……」
ついあだ名でオオグマ先生のことを呼んでしまうが慣れているのか彼は何も言わなかった。
「なんでも何もないだろう。星宮の顔を見れば、何かに悩んでることくらいわかるさ。担任舐めんなよ」
「……そんなに、俺…………わかりやすいですか」
「さぁな。だけど、悩みがあるなら口に出していけ。大人になるといろんなことに遠慮して何も言えなくなっていく。それに、その悩みを抱えるのは今、この瞬間だけなんだからな」
昴はオオグマ先生の言葉に口をきゅっと引き結ぶ。
相談、できるものならしたかった。
正確には、この気持ちの答えを教えて欲しかった。
昴が心愛のことをどう想って、今後どうしたいのか。その答えを、代わりに言語化して欲しいと思っていた。
だけど、こんな荒唐無稽な話をしたところで、誰も信じてなんてくれないだろう。それがわかっていたからこそ、昴は何も言えなかった。
「まぁ、俺にじゃなくてもいいけどな。話せる時に話せる相手に話していけ。じゃないと後悔するぞ」
真剣な眼差しで昴を見上げるオオグマ先生の瞳をじっと見つめ返す。芯の通った、ブレない瞳に昴は正直にかっこいいと思ってしまった。
「明日が誰にでも平等にくるように、俺らには平等に明日はないと思え。今日、この瞬間は今しかないんだ。一秒一秒、後悔のないように生きろよ」
言いたいことだけ言うとオオグマ先生は大きな口を開けてあくびをする。そして、何も言えない昴を置いて歩き出す。
昴はそんなオオグマ先生の後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。
途中でオオグマ先生は昴の方を振り返ってこう言った。
「どんな道でも人は後悔する生き物だ。なら、やって後悔した方がやらずに後悔するよりも断然いいだろ?」
ニカっと不敵に笑ったオオグマ先生は、ある意味で『ステラ・マリス』だと言えた。いつも小言ばかり言う、少しだけ鬱陶しい熱血先生だと思っていたが、その実、芯がしっかりと通った昴の先生だった。
オオグマ先生は言いたいことだけ言うと満足したのか、そのままどこかへと行ってしまう。昴に授業に出ろと言う割に、教室までは見送ってくれないよだった。
昴はオオグマ先生の言葉を頭の中で咀嚼しながら、小さく「はは」と笑う。オオグマ先生と話して少しだけ霧が晴れるような気分だった。
――平等な毎日だからこそ、やらずに後悔よりも、やって後悔を……か。
心愛の言葉が本当なら、心愛と過ごせるのはもう半月しかない。心愛と過ごす明日が来ないかもしれないと怯えるくらいなら、彼女のことを永遠に忘れないくらい記憶に焼き付けていたい。その方がずっと素敵だと昴は思った。



