彗星が落ちる夜に、世界から消えた君と

「……は?」


「いやぁ、お前にもついに俺以外の友達ができたんだな。なぁなぁ、どんな子なんだ? 女子か? それとも男子か?」
「いやいや、ちょっと待てよ。なんの冗談だよ」

 冗談にしては本気で質問してくる瑞稀の口を止めたくて昴は慌てる。だけど、そんな昴の気持ちに気づかない瑞稀は言葉を続ける。

「冗談? そんなことで茶化すわけないだろ。俺は九ノ瀬なんてやつ知らないよ」

 瑞稀の言葉に昴の足が止まる。後ろを歩いていた他の生徒が煩わしそうに顔を顰めながら昴を避けていく。瑞稀は何かいけないことを言ってしまったのかと昴の方を振り返って様子を伺う。しかし、昴の頭の中は動揺し、瑞稀の視線も気が付かなかった。

 ――どういうことだ。なんで瑞稀が九ノ瀬のこと知らないんだよ。クラスメイトとして一緒に過ごしてたはずなのに。

 まるで、昴だけが彼女を知らなかった時と反対のことが起きているようだった。


 ――反対……いや、そもそも九ノ瀬はいつから俺たちと一緒にいたんだ?


 そこまで考えて昴は自分が九ノ瀬心愛がいつからクラスメイトとして一緒にいたのか知らないことに気がついた。

 心愛のことを初めて見た時、すでに瑞稀を含めてクラスメイトは彼女のことを知っていた。知らないのは昴だけで、それがおかしいのだとすら言われたことがある。

 なのに、今度は心愛を覚えている昴がおかしいことになっている。

「九ノ瀬……聞いたことあるような気がするけど、少なくとも同じクラス……じゃないよな?」

 瑞稀も昴の反応を見て戸惑っているようで頬を軽く掻きながら首を傾けている。遠慮がちに言われたその言葉に昴はさらにどん底に突き落とされような気持ちになった。

 知らないわけないのに、瑞稀は何故か覚えていなかった。瑞稀がおかしくなってしまったのか、それとも全員同じく忘れてしまったのか。

 わかるのは今もまた、昴だけが現実において行かれてしまったということだけだ。

「……同じクラスだよ。同じクラスの九ノ瀬心愛――天真爛漫で、艶のある黒い長髪が特徴的な……いつもクラスの中心にいた九ノ瀬のこと、なんで覚えてないんだよ」
「昴……悪い――そんな生徒、俺たちのクラスにはいないだろ?」

 申し訳なさそうにしながらも瑞稀は決定的な言葉を昴に送る。昴は小さく息を呑むと唇を噛み締めて俯いた。初めて心愛を知った時とは真反対のことが目の前で起きていて、どうしたらいいのか分からない。

 あの日も、今日も、世界に置いて行かれているのはいつだって昴の方だった。

 瑞稀は黙り込んでしまった昴を見て心配そうに様子を伺っている。だけど、そんな優しい瑞稀にかける言葉が昴にはなかった。瑞稀がこんなことで嘘をつくとも思えない。だからこそ、瑞稀は本気で昴に心愛を知らないと言っているのだ。

 次の言葉が紡げないでいると、前に立つ瑞稀の向こうからさらりと揺れる黒髪が目に入る。

 その髪を視界の端で捉えた昴はゆっくりと顔をあげる。昴の視線を追いかけるように瑞稀も後ろを振り返る。

「…………九ノ瀬」
「スバル……君は、わかっちゃった?」

 心愛はゆっくりと二人に近づいてくると、瑞稀の方を見て笑顔を浮かべる。

「こんにちは。ちょっと彼を借りて行ってもいいかな?」
「えと、あー……うん。別に俺は構わないけど、昴は大丈夫か?」

 二人の視線を浴びて昴は詰めていた息を吐き出した。嫌な汗が背中を伝い気持ちが悪かった。どういうことなのかは分からないが、瑞稀は心愛を見ても思い出さないようだった。それが余計に昴の心を重くさせた。

 どうして自分だけが心愛を知らなくて、どうして自分だけが心愛を覚えているのか――。

 その答えはおそらく心愛しか持っていないのだろう。

 昴は覚悟を決めて心愛についていくことにした。

 小さく頷いてついていく意思表示をした昴に心愛は満足そうに笑って頷き返す。そして昴の手を取ると瑞稀に「じゃあね、ミズキくん」と言ってその場を離れていく。一人残された瑞稀は呆然と二人の背中を見送りながら、ふと一つの疑問が頭の中によぎった。

「どうして、あの女の子は俺の名前を知ってるんだ――?」

 しかし、その疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。瑞稀は不思議に思いながらも学校に向かって歩き出す。