水族館デートの投稿は、案の定、過去最高の“いいね”とコメント数を叩き出した。僕のスマホは、フォロワーからの熱狂的なメッセージで、まるで真夏のアスファルトみたいに熱くなっていた。
『お揃いコーデ、尊すぎます!』
『私も彼氏と行きたくなりました!』
『次のデートも楽しみにしてます!』
その反響はすごくて、僕たちの“偽物”の恋は、まるで本物みたいに世間に認められていく。その事実に、僕の心はちぐはぐな音を立てていた。
最初の数日は、その勢いのまま、僕たちは順調に投稿を重ねていった。
フォロワーのリクエストに応える形で企画された「#放課後図書室デート」では、翔琉の指示で、僕が本棚の高いところにある本に手を伸ばし、それを翔琉が後ろから支える、なんていう少女漫画みたいな写真を撮った。もちろんバズったけど、水族館の時ほどの爆発力はなかった。
次に投稿した「#おうちで勉強会」では、翔琉の部屋で二人並んでノートを広げた。翔琉が僕に勉強を教えている、という設定で何枚も撮った。翔琉が僕の頭をポンポンと撫める写真には、たくさんの「尊い」というコメントがついたけど、フォロワーの増加数は、明らかに緩やかになっていた。
翔琉のプロデュース能力は天才的で、ありふれた日常が、彼のスマホを通すと全部キラキラした青春の一コマに変わっていく。
でも、そんな魔法も、永遠には続かなかった。
「……なんか、最近伸び悪くね?」
放課後の部室。翔琉はスマホの画面を睨みつけながら、苛立ったように言った。その指が、アナリティクスの画面を何度も何度も神経質にスワイプしている。
「先週は一日で五千人増えたのに、昨日は千人もいってねえ……。コメントも、なんか定型文みたいのばっかだし」
水族館デートをピークに、僕たちのアカウントの勢いは、明らかに鈍化し始めていた。フォロワーからの期待という名のプレッシャーが、ずしり、と僕たちの肩にのしかかる。翔琉は先輩たちのアカウントを開くと、その画面を僕に突きつけた。
「見ろよ、たいが先輩たちなんて、ただベンチに座ってるだけの写真だぞ? なのにコメント欄、『本物の愛すぎて、泣く』とか『見てるだけでいい』とか……なんで俺らにはこういうのがつかねえんだよ」
「やっぱ、インパクトが足りねえんだよな……。もっとこう、ドカンとでかい花火打ち上げねえと」
翔琉はそう言うと、うーん、と唸りながら部室を歩き回り始めた。獲物を探す獣みたいに、その目はギラギラしている。その視線が、僕を捉えた。
「トモ、なんかねえの? “ネタ”」
「……ネタ、って言われても」
僕たちの関係は、全部が“ネタ”でできている。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、もう僕自身にも分からなくなりそうだった。
「あーもう! こうなったらもっと過激なやつだ! ちょっとこっち来い、トモ!」
翔琉はそう叫ぶと、僕の腕を掴んで窓際にぐいっと押し付けた。
ドンッ、と僕の顔のすぐ横の壁を、翔琉の大きな手が叩く。いわゆる、壁ドンってやつだ。
「こ、こう……壁ドンからの、キスする5秒前、みたいな? それでキャプションは『もう、我慢できない』……完璧じゃん!」
翔琉は天才的なひらめきに打ち震えるように、目を輝かせている。でも、僕の心は、氷水を浴びせられたみたいに、一気に冷えていった。
逃げ場のない至近距離。翔琉の匂い、体温、その全部が僕を包み込む。それは、僕が心の奥底で、密かに夢見ていたこと。でも、こんなの、“ネタ”なんかじゃない。
「……やだ」
「はあ? なんでだよ!」
「それは、できない……。嘘でも、そういうのは、できない」
僕の、か細いけど、はっきりとした拒絶の言葉に、翔琉は一瞬、きょとんとした顔をした。そして、次の瞬間、その顔がみるみるうちに苛立ちに染まっていく。
「なんでだよ! ちょっとそれっぽくするだけだろ!ホントにするわけじゃねえって!」
翔琉の顔が、ぐっと近づく。
その瞳に、怯えて歪む僕の顔が映っている。
「……ちげーよ! なんでそんな泣きそうな顔してんだよ! トモは俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
翔琉の苛立った声が、僕の心を突き刺す。
もう、限界だった。
僕は、翔琉の胸を力いっぱい突き飛ばした。
「うおっ!?」
不意を突かれた翔琉が、よろめいた。その隙に、僕は鞄を掴んで部室を飛び出した。
「おい、トモ!」
背後から翔琉の声が聞こえたけど、僕は振り返らなかった。
途中で先輩たちにすれ違ったけど、構っている余裕もない。
泣きたいわけじゃない。でも、これ以上、翔琉の隣にいたら、僕の心は壊れてしまう。
偽物の恋人ごっこは、思った以上に僕の心を蝕んでいた。
僕たちの“偽りの関係”は、早くも壁にぶつかっていた。
『お揃いコーデ、尊すぎます!』
『私も彼氏と行きたくなりました!』
『次のデートも楽しみにしてます!』
その反響はすごくて、僕たちの“偽物”の恋は、まるで本物みたいに世間に認められていく。その事実に、僕の心はちぐはぐな音を立てていた。
最初の数日は、その勢いのまま、僕たちは順調に投稿を重ねていった。
フォロワーのリクエストに応える形で企画された「#放課後図書室デート」では、翔琉の指示で、僕が本棚の高いところにある本に手を伸ばし、それを翔琉が後ろから支える、なんていう少女漫画みたいな写真を撮った。もちろんバズったけど、水族館の時ほどの爆発力はなかった。
次に投稿した「#おうちで勉強会」では、翔琉の部屋で二人並んでノートを広げた。翔琉が僕に勉強を教えている、という設定で何枚も撮った。翔琉が僕の頭をポンポンと撫める写真には、たくさんの「尊い」というコメントがついたけど、フォロワーの増加数は、明らかに緩やかになっていた。
翔琉のプロデュース能力は天才的で、ありふれた日常が、彼のスマホを通すと全部キラキラした青春の一コマに変わっていく。
でも、そんな魔法も、永遠には続かなかった。
「……なんか、最近伸び悪くね?」
放課後の部室。翔琉はスマホの画面を睨みつけながら、苛立ったように言った。その指が、アナリティクスの画面を何度も何度も神経質にスワイプしている。
「先週は一日で五千人増えたのに、昨日は千人もいってねえ……。コメントも、なんか定型文みたいのばっかだし」
水族館デートをピークに、僕たちのアカウントの勢いは、明らかに鈍化し始めていた。フォロワーからの期待という名のプレッシャーが、ずしり、と僕たちの肩にのしかかる。翔琉は先輩たちのアカウントを開くと、その画面を僕に突きつけた。
「見ろよ、たいが先輩たちなんて、ただベンチに座ってるだけの写真だぞ? なのにコメント欄、『本物の愛すぎて、泣く』とか『見てるだけでいい』とか……なんで俺らにはこういうのがつかねえんだよ」
「やっぱ、インパクトが足りねえんだよな……。もっとこう、ドカンとでかい花火打ち上げねえと」
翔琉はそう言うと、うーん、と唸りながら部室を歩き回り始めた。獲物を探す獣みたいに、その目はギラギラしている。その視線が、僕を捉えた。
「トモ、なんかねえの? “ネタ”」
「……ネタ、って言われても」
僕たちの関係は、全部が“ネタ”でできている。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、もう僕自身にも分からなくなりそうだった。
「あーもう! こうなったらもっと過激なやつだ! ちょっとこっち来い、トモ!」
翔琉はそう叫ぶと、僕の腕を掴んで窓際にぐいっと押し付けた。
ドンッ、と僕の顔のすぐ横の壁を、翔琉の大きな手が叩く。いわゆる、壁ドンってやつだ。
「こ、こう……壁ドンからの、キスする5秒前、みたいな? それでキャプションは『もう、我慢できない』……完璧じゃん!」
翔琉は天才的なひらめきに打ち震えるように、目を輝かせている。でも、僕の心は、氷水を浴びせられたみたいに、一気に冷えていった。
逃げ場のない至近距離。翔琉の匂い、体温、その全部が僕を包み込む。それは、僕が心の奥底で、密かに夢見ていたこと。でも、こんなの、“ネタ”なんかじゃない。
「……やだ」
「はあ? なんでだよ!」
「それは、できない……。嘘でも、そういうのは、できない」
僕の、か細いけど、はっきりとした拒絶の言葉に、翔琉は一瞬、きょとんとした顔をした。そして、次の瞬間、その顔がみるみるうちに苛立ちに染まっていく。
「なんでだよ! ちょっとそれっぽくするだけだろ!ホントにするわけじゃねえって!」
翔琉の顔が、ぐっと近づく。
その瞳に、怯えて歪む僕の顔が映っている。
「……ちげーよ! なんでそんな泣きそうな顔してんだよ! トモは俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
翔琉の苛立った声が、僕の心を突き刺す。
もう、限界だった。
僕は、翔琉の胸を力いっぱい突き飛ばした。
「うおっ!?」
不意を突かれた翔琉が、よろめいた。その隙に、僕は鞄を掴んで部室を飛び出した。
「おい、トモ!」
背後から翔琉の声が聞こえたけど、僕は振り返らなかった。
途中で先輩たちにすれ違ったけど、構っている余裕もない。
泣きたいわけじゃない。でも、これ以上、翔琉の隣にいたら、僕の心は壊れてしまう。
偽物の恋人ごっこは、思った以上に僕の心を蝕んでいた。
僕たちの“偽りの関係”は、早くも壁にぶつかっていた。
