僕たちの“偽カップル垢”、バズっちゃって終われません!

 帰り道、夕日が僕たちの影を長く長く伸ばしていた。翔琉はまだ少し不機嫌そうで、さっきから黙ってスマホの画面をスワイプしては溜息をついている。僕も、なんて声をかけたらいいか分からなくて、ただ隣を歩くことしかできない。重たい沈黙が、僕たちの間にずしりとのしかかる。

 僕たちが、江の島が見える海沿いの道に出た、その時だった。

 「うわ、やべ……!」

 不意に、翔琉が立ち止まって空を見上げた。つられて僕も視線を上げると、空一面が、熟れた果実を絞ったみたいなオレンジと、切ないくらい綺麗な紫のグラデーションに染まっていた。海面が夕日を反射して、きらきらと宝石みたいに輝いている。
 潮の匂いを乗せた風が、僕たちの制服を優しく揺らした。

 「なあトモ、今日の夕日さ、エモさ限界突破してんじゃん! あの夕陽の一番近くまで、競争な!」

 さっきまでの不機嫌はどこへやら。翔琉は僕の返事も待たずに、にっと笑って砂浜へ向かって駆け出した。

 「ちょ、翔琉!」
 「よーい、ドン!」

 子供みたいに笑う翔琉を、僕も夢中で追いかける。心臓がうるさいのは、走っているせいなのか、それとも――。

 砂浜にたどり着くと、翔琉は仁王立ちで僕を待っていた。

 「はー……トモ、おっせえの! 俺の勝ち!」
 「……翔琉が、勝手に始めたんじゃん」
 「うっせ! 勝ちは勝ちなんだよ!」
 「もう、なんでも勝負したがるんだから…」
 「あとで、ジュースおごれなー」

 くだらない言い合いをしながら笑い合う。さっきまでの気まずい空気が、嘘みたいに晴れていった。

 「うわー、やっぱ今日の夕日、神がかってるわー」

 波打ち際でしゃがみこみ、翔琉がスマホを構える。その横で、僕はごくりと息を呑んだ。

 あまりの美しさに、胸が締め付けられる。僕も、撮りたい。衝動的に、首から下げていたじいちゃんの形見の一眼レフを構えた。ファインダーを覗くと、オレンジと紫の光の粒が、僕の中に流れ込んでくる。

 「お、トモも撮んの? いいじゃん、勝負な!」
 「……うん。負けない」

 僕は夢中になってシャッターを切り続けた。オレンジと紫が混じり合う空、波に反射する光、その一瞬一瞬を逃したくなくて、ファインダーの中の世界に没頭する。翔琉のことなんて、一瞬だけ頭から消えていた。

 「なあ、トモ」

 不意に、すぐ隣で名前を呼ばれて、僕ははっと我に返った。ファインダーから顔を上げると、翔琉がスマホをこちらに向けて、悪戯っぽく笑っている。

 「……なに?」

 僕がそう口を開いた瞬間だった。

 カシャッ。

 「……あっ」
 「今の顔、めっちゃ油断してたな。いいじゃん!」

 翔琉はそう言うと、いきなり立ち上がって僕の背中に飛び乗ってきた。

 「うわっ!?」
 「おんぶ! カップルっぽくね!?」
 「ちょ、重い、翔琉!」

 砂浜の上でバランスを崩して、僕たちはもつれ合うようにして砂の上に倒れ込んだ。

 「いてて……」
 「あー、最悪! 制服砂だらけじゃん!」

 起き上がろうとして、でもお互いの顔を見て、僕たちは同時に吹き出した。髪も、顔も、制服も、細かい砂粒だらけだったからだ。

 「ぶはっ! トモ、ひでえ顔!」
 「……翔琉だって」

 笑いが止まらない。翔琉は涙を浮かべながら、倒れ込んだままの体勢で、ぐいっとスマホを僕たちの前に突き出した。

 カシャッ。

 たった一度のシャッター音。
 翔琉は撮ったばかりの写真を確認すると、一瞬、何か考えるように黙って、それから、ふっと笑った。

 「んー、カップルっぽくはねえけど……まあ、俺らっぽくていいかも」

 俺ら、っぽい。

 その言葉が、僕の心臓のど真ん中に、すとん、と落ちてきた。翔琉が僕と自分のことを「俺ら」って言うのは当たり前なのに、その響きが、今日だけはなんだかとても特別に聞こえた。

 画面に映っていたのは、夕日をバックに、砂だらけの制服で、二人で顔を見合わせて、心の底から笑い転げている写真だった。僕の知らない、僕の笑顔がそこにあった。

 「うん、やっぱこれ最高だわ。超絶“エモい”って感じ!」

 翔琉は、僕の本当の気持ちなんてちっとも知らないで、最高の一枚が撮れたと無邪気に笑った。
 その一枚が、僕たちの運命を変えることになるなんて、思いもしなかった。