僕たちの“偽カップル垢”、バズっちゃって終われません!

 歩くんと二人、待ち合わせ場所の神社の鳥居に着くと、そこには既に三人が揃っていた。

 翔琉は、例の黒地に銀のラインが入った浴衣姿。その隣に立つ大海先輩は、落ち着いた紺色の甚平を着ていて、大人っぽい雰囲気が漂っている。ちぃ先輩は、生成り色に大きな椿が描かれた、レトロモダンな柄の浴衣だ。少し緩めに着こなしていて、彼らしい芸術家のような空気を纏っていた。

 「お、来たな! って、うお、マジか……」

 僕の姿を認めた翔琉が、一瞬、素で驚いたような顔をして、それからすぐにニヤリと口角を上げた。

 「トモ、お前、浴衣とか着れんのな! やべえ、めっちゃいいじゃん! これはバズるわ!」

 やっぱり、彼の感想はいつもSNSに直結している。分かっていたことなのに、胸の奥がちくりと痛んだ。

 「でしょ? 僕がプロデュースしたんですから!」
 歩くんが自分のことのように胸を張る。

 「はいはい、じゃあ早速、エモの宝石箱に乗り込みますよー! まずは定番のりんご飴! 翔琉先輩は赤、トモ先輩は緑で、補色の対比を狙います!」

 歩くんの号令一下、僕たちの「撮影」が始まった。
 りんご飴を買い、射的で遊ぶふりをして、ヨーヨー釣りを覗き込む。その一つ一つで、翔琉はスマホを取り出し、僕たちは“カップルらしい”ポーズを取った。

 「トモ、もうちょいこっち寄って」
 「ああ、違う、顔は笑って!」

 翔琉の声に従って、僕は口角を上げる。でも、その笑顔はうまく作れているだろうか。周りの喧騒や、甘い綿菓子の匂い、鳴り響くお囃子の音、そのすべてが、まるで分厚いガラス一枚を隔てた向こう側の出来事のように感じられた。

 ふと、少し前を歩く大海先輩とちぃ先輩の姿が目に入った。
 二人は、写真を撮るでもなく、ただゆっくりと並んで歩いている。人混みではぐれないように、大海先輩がごく自然にちぃ先輩の手を引いていた。ちぃ先輩が金魚すくいの屋台を面白そうに指差すと、大海先輩が「やるか?」と笑いかける。ちぃ先輩は「いや、見るだけでいい」と首を振って、二人でくすくす笑い合っていた。大海先輩が買ったベビーカステラを、ちぃ先輩が「一個ちょうだい」と言って、自然な仕草で口に運ぶ。その何気ないやり取りの一つ一つに、穏やかで、幸せな空気が満ちていた。

 ――あれが、本物のカップルなんだ。

 SNSのためじゃない。誰かに見せるためでもない。ただ、二人が一緒にいること、同じものを見て、同じように笑い合っていること。その瞬間を楽しんでいる。
 それに比べて、僕たちはどうだろう。

 「よし、OK! 次はあっち!」

 撮れた写真を確認して満足げに笑う翔琉の横顔を見上げる。僕の心なんて少しも知らないで、彼は「#カケルとトモの恋ぐらむ」のことしか見ていない。

 祭りの提灯の赤い光が、楽しげに行き交う人々を照らす。
 その光の中で、僕はたった一人、偽物の笑顔を顔に貼り付けたまま、立ち尽くしているような気分だった。

 歩くんの次なる指令は「スーパーボールすくい」だった。

 「はい、トモ先輩! ポイが破れちゃって、しょんぼりしてる顔ください! 翔琉先輩はそれを慰める感じで!」

 僕は言われるがままに眉を下げて、唇をきゅっと結ぶ。カシャ、とスマホのシャッター音が鳴る。また一枚、僕たちの「偽物の思い出」が増えていく。

 その時、視線の先に、また大海先輩とちぃ先輩の姿があった。二人は、型抜きに挑戦しているようだった。
 真剣な顔で型を抜く大海先輩の横顔を、ちぃ先輩が愛おしそうに見つめている。大海先輩がわずかに型を割り、悔しそうに天を仰ぐと、ちぃ先輩が声を立てて笑った。先輩は少しむくれた顔でちぃ先輩の頭を軽く小突いて、でもその手つきは驚くほど優しかった。

 ――ああ、ダメだ。もう、見ていられない。

 あれが本物で、僕たちは偽物だ。
 その事実が、鋭い刃物のように胸に突き刺さる。

 ずきり、と心臓が痛んで、息が詰まる。祭りの熱気と、甘い匂いと、人々の楽しげな声が、急に僕を責め立てるように感じた。ここに、僕の居場所はない。

 「翔琉、ごめん。ちょっと、トイレ」

 声をかけると、翔琉は撮った写真の加工に夢中で、こちらを見もしないで軽く手を振った。

 「おー、行ってこいよ」

 その無関心さが、何よりも僕たちの関係の真実を物語っていた。
 僕は踵を返し、人混みの中へ、一人逃げるように歩き出した。

 なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
 いつから、僕たちはこんな風に「偽物」を演じるようになったんだっけ。

 ううん、違う。僕はずっと前から翔琉が好きだった。

 誰にも見せない不器用な優しさも、時々見せる寂しそうな横顔も、全部知っていた。その一つ一つを、僕はファインダー越しにずっと見てきた。僕だけの宝物だった。

 それなのに。「カップル垢、やんねえ?」と無邪気に笑う翔琉に、どうして頷いてしまったんだろう。もしかしたら、偽物でもいいから、ほんの少しでも翔琉の「特別」になれるんじゃないかって、馬鹿な期待をしてしまったからだ。

 人波をかき分けるように、神社の境内を奥へ奥へと進む。賑やかな屋台の光が届かない、薄暗い木々の下まで来て、ようやく足を止めた。遠くから聞こえるお囃子の音と人々の笑い声が、やけにうるさい。

 ぎゅっと唇を噛み締める。視界が滲んで、提灯の赤い光がぐにゃりと歪んだ。

 「……っ、う……」

 堪えきれなくなった嗚咽が、喉から漏れる。次から次へと溢れてくる涙が、頬を伝って浴衣の襟元にぽたぽたと落ちた。

 翔琉にとって、僕はただの「ネタ」を一緒に作ってくれる幼馴染でしかない。
 僕がどんなに好きでも、この気持ちは、いいねの数に埋もれて、決して彼に届くことはない。

 その残酷な事実が、夏の夜の熱気の中で、痛いほどはっきりと分かってしまった。