鎌倉でのダブルデートから数日。僕と翔琉の間には、薄くて、でも確実な壁ができていた。学校で顔を合わせても、部室で一緒になっても、交わす言葉はぎこちなく、すぐに途切れてしまう。翔琉は、僕が何を考えているかなんて気にも留めず、スマホの画面に表示されるフォロワー数やコメントに一喜一憂しているようだった。

 そんな気まずい雰囲気の中、僕たちは写真部のみんなで、近所の神社で開かれる夏祭りに行くことになった。もちろん、発案者は歩くんだ。

「夏祭りといえば、カップルアカウント最大の見せ場ですよ! 浴衣デート! 花火! りんご飴! エモの宝石箱です!」

 キラキラした瞳でそう言われてしまえば、断れるはずもなかった。

 そして、夏祭り当日。
 僕は、自分の部屋で途方に暮れていた。ベッドの上に広げられているのは、タンスの奥から引っ張り出してきた、少し古びた紺色の浴衣。小学生の時に一度だけ着たきりのそれは、どうやって体に纏えばいいのか、見当もつかない。待ち合わせの時間は、刻一刻と迫っている。

 ピンポーン、と軽快なインターホンの音が鳴った。
 ドアを開けると、そこに立っていたのは、待ち合わせには少し早い時間のはずの、歩くんだった。白地に涼しげな柄が入った浴衣を、少し着崩して完璧に着こなしている。

「トモ先輩、準備できてますかー? って、あれ?」

 僕の姿と、部屋のベッドに広げられた浴衣を見て、歩くんはすぐに状況を察したらしい。にぱっと悪戯っぽく笑うと、「もー、しょうがないですねえ!」と言いながら、ずかずかと部屋に上がってきた。

「僕に任せてください! 絶対こっちの方がエモいんで!」

 そう言うと、歩くんは慣れた手つきで浴衣を手に取り、僕の体に当てがい始めた。

「男の子の浴衣は、きっちり着るより、少しラフに着崩すのがポイントなんです。ほら、うなじとか、ちらっと見えちゃったりして」

 手際良く帯を締めながら、歩くんがプロデューサーの顔で解説する。僕はされるがままだ。まるで、撮影のために用意された衣装を着せられているみたいだ。

 その時、テーブルの上に置いていた僕のスマホが、ぶ、と震えた。翔琉からのメッセージだ。
『お前まだ? 俺もう着いたぜ!』
 メッセージと一緒に、インカメラで撮ったらしいキメ顔の翔琉の写真が送られてきた。黒地に銀のラインが入った、少し派手な浴衣姿。どうすれば一番「いいね」が貰えるか、計算され尽くした角度だ。

 僕は何も返信できないまま、そっとスマホの画面を伏せた。

 きゅ、と歩くんが帯を締める最後の感覚が、やけにリアルに体に伝わった。

「はい、完成です! どうです? めっちゃ良くないですか!?」

 姿見の前に立たされた僕の姿は、自分じゃないみたいに、少しだけ大人びて見えた。
 でも、その心は、祭りの賑わいからも、友達の笑顔からも、一番遠い場所にいる。

 ただ、SNS映えのためだけに飾られた、空っぽの僕は、これから偽りの笑顔で、偽りの思い出を作りに行くのだ。