僕たちの“偽カップル垢”、バズっちゃって終われません!

 甘味処を出た僕たちは、歩くんの提案で近くの神社に移動していた。夏の緑が目に鮮やかな、静かな場所だった。蝉の声だけが、じりじりと太陽に焼かれた空気に響いている。

 「ここは縁結びで有名らしいですよ! カップルアカウントとしては、お参りしておかないとでしょ!」

 .歩くんは相変わらず元気だ。僕と翔琉は、言われるがままに本殿に向かって手を合わせる。もちろん、その姿もしっかりと写真に収められた。

 撮影を終えると、翔琉と歩くんは「お守りもネタになるっしょ!」と授与所の方へ駆けて行った。僕はとてもそんな気分になれなくて、「ここで待ってる」と力なく笑う。

 一人になった僕は、喧騒から逃れるように本殿の脇にある細い石畳の小道を歩いた。緑のトンネルのようになっているその奥へと、僕は吸い込まれるように足を踏み入れる。

 小道を抜けた先は、古い石灯籠がひとつだけある、小さな開けた場所になっていた。本殿の賑わいが嘘のように静かで、隅にはさらに小さなお社がひっそりと佇んでいる。

 そこで、僕は見てしまった。

 大海先輩と、ちぃ先輩が、その小さなお社に向かって静かに手を合わせた後、誰にも見られていないと思って、ひっそりと唇を重ねているところを。

 それは、ほんの一瞬の、触れるだけの優しいキス。でも、そこには言葉なんていらないくらいの、確かな愛情が満ちていた。風が笹の葉を揺らす音だけが、二人の秘密の時間をそっと包んでいる。

 僕は、息をするのも忘れて、その光景から目が離せなかった。
 あれが、“本物”なんだ。

 胸の奥が、ぎゅっと痛む。慌てて踵を返し、翔琉たちのいる場所へ戻った。
 翔琉はどこだろう。無性に、彼の顔が見たかった。

 彼は、歩くんと一緒に、少し離れた木陰にいた。さっき撮った写真を確認しているらしい。僕に気づく様子もなく、スマホの画面に夢中だ。

 「うわ、マジか! アップして数分でもう通知やべえ!」

 翔琉の弾んだ声が聞こえる。その横顔は、僕が今まで見た中で一番、と言っていいくらいキラキラと輝いていた。でも、その輝きは、僕に向けられたものじゃない。スマホの画面に表示される、数字とコメントに向けられたものだ。

 「翔琉先輩、さすがっすね! トレンド入りも夢じゃないんじゃ?」
 「だろ? やっぱ俺たちのコンビ、最強だわ!」

 満足げに笑う翔琉の横顔を見ながら、僕は、悟ってしまった。

 ああ、そうか。
 翔琉にとって、僕との時間は、全部このための“ネタ”なんだ。

 一緒に海に行って、鎌倉で食べ歩きをして、お揃いのものを身につけて。僕が少しだけ「本物だったらいいのに」なんて夢を見てしまった時間も、彼にとってはフォロワーの「いいね」を稼ぐための、ただの材料でしかなかったんだ。

 僕たちの間に流れる時間は、カメラのレンズを通して、スマホの画面にアップロードされた瞬間に、初めて価値を持つ。

 隣にいるのに。こんなに近くにいるのに。
 僕たちの心の距離は、今、きっと一番、遠い。

 遠くで聞こえる先輩たちの楽しそうな笑い声も、歩くんのはしゃぐ声も、何もかもが自分のことではないみたいに、現実感を失っていく。

 夏の空は、どこまでも青くて、高い。
 その青さが、偽物の恋を演じる僕には、あまりにも眩しすぎた。