「#カケトモ仲直りの夏休みデート大作戦」第二弾の舞台は、古都・鎌倉。夏の強い日差しに照らされた小町通りは、観光客や、僕たちと同じように夏休みを楽しむ学生たちで賑わっていた。
「うわー、鎌倉とか久しぶりに来たわ! テンション上がるな!」
「近場って案外来ないよねえ」
僕の隣で、翔琉が子供みたいに声を上げる。ちぃ先輩も、物珍しそうに辺りを見回している。仲直りしてから、翔琉は前みたいに、いや、前よりももっと、僕に話しかけてくれるようになった。そのことが、くすぐったくて、まだ少し慣れない。
「はいはい、先輩たち、浮かれてないでさっさと進みますよ! 本日のメインイベント、食べ歩きです! あ、大海先輩とちぃ先輩もこっちです、こっち!」
人混みをかき分けながら、歩くんが完璧なプロデューサーの顔で僕たちを先導する。いつの間にか合流していた先輩たちは、二人でのんびりと店先に並べられた紫陽花の和小物を眺めていた。
「まずは、あそこのお団子屋さんから行きましょうか! 翔琉先輩はみたらし、トモ先輩はずんだで! 写真映えも完璧です♡」
歩くんの指示で、僕たちは早速“ネタ”のための食べ歩きを開始する。
「トモ、これうめえ! 一口やるよ」
「え、あ、うん」
差し出されたみたらし団子を一口かじる。甘じょっぱいタレが口の中に広がった。歩くんは、そんな僕たちの姿を、少し離れた場所からスマホで撮り続けている。「#カケトモしか勝たん」というハッシュタグが目に浮かぶようだ。
その後も、クレープ、おせんべい、コロッケと、歩くんのプロデュースは続く。僕たちはお腹を空かせて、路地裏にある小さな甘味処で休憩することになった。
「はい、翔琉先輩はあんみつ、トモ先輩は抹茶パフェですね! もちろん、お互いに“あーん”して食べさせ合う写真を撮りますからね♡」
「マジか! やるやる!」
「……うん」
歩くんの完璧な仕切りで、僕たちはまた“カップルらしい”写真を撮ることになる。
でも、その前に僕は見てしまった。
僕たちの隣の席で、大海先輩とちぃ先輩がごく自然に一つのクリームあんみつを分け合っているのを。
「たいが、口の端にクリームついてる」
「ん、どこ?」
「んー、こっち」
ちぃ先輩が、自分の指で大海先輩の口の端をくい、と拭う。大海先輩は「さんきゅ」なんて言いながら、少し照れくさそうに笑った。その指についたクリームを、ちぃ先輩はぺろり、と自分の舌で舐めとる。
カメラは、どこにもない。誰に見せるためでもない、二人だけの世界。当たり前で、どうしようもなく甘い空気。
それに比べて、僕たちは。
「トモ、いくぞ! はい、あーん♡ もっと幸せそうな顔しろって!」
歩くんのスマホのレンズの前で、翔琉が僕にパフェのスプーンを突き出す。僕は言われるがままに口を開け、ぎこちなく笑った。カシャッ、と軽いシャッター音が鳴る。
「うん、超エモい! いいね5000は固いっしょ!」
翔琉は満足そうに頷き、すぐに次の構図を考え始めている。僕の口の中に残った抹茶アイスの味は、なんだかよく分からなかった。
フォロワーたちが喜ぶ、完璧な“アオハル”。
でも、それは全部、作られたもの。
いいねの数が増えるたびに、コメント欄が「尊い」で埋め尽くされるたびに、僕の心は逆にどんどん冷えていく。まるで、風鈴みたいに、風が吹くたびにからん、と虚しい音を立てるだけのような気がした。
大海先輩とちぃ先輩が、二人で一つの甘さを分かち合っているのに対して、僕たちは、何万人ものフォロワーに向けて、偽物の幸せを切り売りしている。
その差が、鉛みたいに重く、僕の胸にのしかかった。
翔琉の隣にいられるだけで、嬉しいはずなのに。彼の笑顔を独り占めできるだけで、幸せなはずなのに。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
風鈴の涼やかな音が、楽しそうなみんなの笑い声が、やけに遠くに聞こえる。
僕たちの夏休みは、始まったばかりなのに。僕はもう、この“偽物の恋”に、溺れてしまいそうだった。
「うわー、鎌倉とか久しぶりに来たわ! テンション上がるな!」
「近場って案外来ないよねえ」
僕の隣で、翔琉が子供みたいに声を上げる。ちぃ先輩も、物珍しそうに辺りを見回している。仲直りしてから、翔琉は前みたいに、いや、前よりももっと、僕に話しかけてくれるようになった。そのことが、くすぐったくて、まだ少し慣れない。
「はいはい、先輩たち、浮かれてないでさっさと進みますよ! 本日のメインイベント、食べ歩きです! あ、大海先輩とちぃ先輩もこっちです、こっち!」
人混みをかき分けながら、歩くんが完璧なプロデューサーの顔で僕たちを先導する。いつの間にか合流していた先輩たちは、二人でのんびりと店先に並べられた紫陽花の和小物を眺めていた。
「まずは、あそこのお団子屋さんから行きましょうか! 翔琉先輩はみたらし、トモ先輩はずんだで! 写真映えも完璧です♡」
歩くんの指示で、僕たちは早速“ネタ”のための食べ歩きを開始する。
「トモ、これうめえ! 一口やるよ」
「え、あ、うん」
差し出されたみたらし団子を一口かじる。甘じょっぱいタレが口の中に広がった。歩くんは、そんな僕たちの姿を、少し離れた場所からスマホで撮り続けている。「#カケトモしか勝たん」というハッシュタグが目に浮かぶようだ。
その後も、クレープ、おせんべい、コロッケと、歩くんのプロデュースは続く。僕たちはお腹を空かせて、路地裏にある小さな甘味処で休憩することになった。
「はい、翔琉先輩はあんみつ、トモ先輩は抹茶パフェですね! もちろん、お互いに“あーん”して食べさせ合う写真を撮りますからね♡」
「マジか! やるやる!」
「……うん」
歩くんの完璧な仕切りで、僕たちはまた“カップルらしい”写真を撮ることになる。
でも、その前に僕は見てしまった。
僕たちの隣の席で、大海先輩とちぃ先輩がごく自然に一つのクリームあんみつを分け合っているのを。
「たいが、口の端にクリームついてる」
「ん、どこ?」
「んー、こっち」
ちぃ先輩が、自分の指で大海先輩の口の端をくい、と拭う。大海先輩は「さんきゅ」なんて言いながら、少し照れくさそうに笑った。その指についたクリームを、ちぃ先輩はぺろり、と自分の舌で舐めとる。
カメラは、どこにもない。誰に見せるためでもない、二人だけの世界。当たり前で、どうしようもなく甘い空気。
それに比べて、僕たちは。
「トモ、いくぞ! はい、あーん♡ もっと幸せそうな顔しろって!」
歩くんのスマホのレンズの前で、翔琉が僕にパフェのスプーンを突き出す。僕は言われるがままに口を開け、ぎこちなく笑った。カシャッ、と軽いシャッター音が鳴る。
「うん、超エモい! いいね5000は固いっしょ!」
翔琉は満足そうに頷き、すぐに次の構図を考え始めている。僕の口の中に残った抹茶アイスの味は、なんだかよく分からなかった。
フォロワーたちが喜ぶ、完璧な“アオハル”。
でも、それは全部、作られたもの。
いいねの数が増えるたびに、コメント欄が「尊い」で埋め尽くされるたびに、僕の心は逆にどんどん冷えていく。まるで、風鈴みたいに、風が吹くたびにからん、と虚しい音を立てるだけのような気がした。
大海先輩とちぃ先輩が、二人で一つの甘さを分かち合っているのに対して、僕たちは、何万人ものフォロワーに向けて、偽物の幸せを切り売りしている。
その差が、鉛みたいに重く、僕の胸にのしかかった。
翔琉の隣にいられるだけで、嬉しいはずなのに。彼の笑顔を独り占めできるだけで、幸せなはずなのに。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
風鈴の涼やかな音が、楽しそうなみんなの笑い声が、やけに遠くに聞こえる。
僕たちの夏休みは、始まったばかりなのに。僕はもう、この“偽物の恋”に、溺れてしまいそうだった。
