僕たちの“偽カップル垢”、バズっちゃって終われません!

 連れてこられたのは、駅前の喧騒から少し離れた、レトロな雰囲気のカフェだった。僕一人じゃ絶対に入れないような、お洒落な場所だ。

 「ここ、あゆのお気に入りなんですぅ♡」

 そう言って、歩くんは僕を窓際の席に座らせると、自分はいちごパフェ、僕には有無を言わさずクリームソーダを注文した。運ばれてきた、さくらんぼが乗った緑色のソーダを見つめながら、僕はどう切り出せばいいのか分からずに黙り込んでしまう。

 目の前の歩くんは、長いスプーンでパフェのクリームをすくうと、ぱくり、と上品に口に運んだ。その仕草は、完璧に“可愛い女の子”だ。でも、僕の頭の中では、さっきの男らしい姿がぐるぐると渦巻いている。

 「……で」

 沈黙を破ったのは、歩くんだった。
 スプーンを置いた彼の瞳から、さっきまでの「ぶりっ子」が消えている。クールで、全てを見透かすような、知的な瞳。

 「さっきの、見ましたよね? 先輩」
 「……うん」
 「誰にも言わないでくださいよ。俺の趣味が女装だってこと、学校の奴らには秘密なんで」
 「……分かった。誰にも言わないよ」

 僕は、まっすぐに歩くんの目を見て頷いた。
 その瞳の奥に、ほんの少しだけ、警戒心みたいなものが揺れているのが見えたから。

 「それに……別に、変だって思わない。……むしろ、すごく似合ってたよ。可愛いって、思った」

 それは、僕の正直な気持ちだった。
 打算も、お世辞も何もない、ただの、本当の言葉。

 僕の言葉に、歩くんは一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに、目をぱちくりさせた。そして、次の瞬間、ふっと口元を緩めた。それは、今まで見せてくれた「ぶりっ子スマイル」でも、男らしい不敵な笑みでもない、年応の、少しだけ照れくさそうな、本物の笑顔だった。

 「……へえ。先輩、変わってますね」
 「え、なんで?」
 「いや……だいたい、ドン引きされるか、面白がられるかの二択なんで。普通に『可愛い』とか言われたの、初めてかも」

 歩くんはそう言うと、観念したように、はぁー、と大きな溜息をついた。

 「まあ、見ての通り、俺、こういうのが趣味で。可愛い服着て、メイクして、完璧な“あゆ”になるのが好きなんです。で、せっかくならクオリティ高い写真残したいじゃないですか? だから腕のいいカメラマン探しに写真部入ったんですよ」
 「そうだったんだ……」
 「先輩のカメラ、渋くていいですね」
 「え? ああ、うん。じいちゃんの形見なんだ」
 「へえ、大事にしてるんですね。だから先輩の写真、なんかあったかい感じするんだ」

 歩くんは、初めて本音を漏らすみたいに、少しだけ早口になった。その横顔は、僕の知らない、ただの一年生の男の子の顔をしていた。

 「そういえば最近、カケル先輩とのSNS、更新止まってますね」

 その言葉に、どきん、と心臓が跳ねる。
 不意に投げ込まれた核心に、僕は息を呑んだ。やっぱり、この後輩はただ者じゃない。