「とーもくんっ♡」
その一言で、僕の周りの空気が凍りついた。
え、僕? 僕が、好きぴ? とーもくん?
あまりのことに、口をぱくぱくさせることしかできない。助けを求めるようにあたりを見渡しても、通行人たちは「あらあら」なんて生温かい視線を向けてくるだけで、誰も助けてはくれない。
「はあ? 彼氏ぃ? こんなナヨっちいのが?」
「マジウケる。ねーちゃん、もっといい男いるって!」
男たちは、僕を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見ると、下品な笑い声を上げた。その視線が、ねっとりと肌に絡みついてくるみたいで、気持ち悪い。
「そ、そんなことないですぅ! あゆの好きぴは、世界で一番かっこいいんですから!」
歩くんは、僕の腕に自分の腕をぎゅっと絡ませて、ぷくっと頬を膨らませた。甘い香水の匂いが、僕の鼻腔をくすぐる。近い。柔らかい。というか、状況がカオスすぎる。
「もー、行こっ? ダーリン♡」
歩くんが僕の耳元で囁く。その声は、完全に“女の子”の声だ。僕の知らない後輩の姿に、頭がぐらぐらする。
「……う、うん」
僕がどうにかそう返事をして、この場を去ろうとした、その時だった。
「ちっ、うぜえな」
男の一人が、吐き捨てるように言った。そして、歩くんの肩を乱暴に掴む。
「てかさあ、よく見たらお前、男じゃね? 女装かよ、きも」
その言葉が放たれた瞬間、空気が、ぴしり、と音を立てて凍った。
さっきまでの、ふざけた雰囲気じゃない。もっと冷たくて、鋭い何かが、僕の肌を刺した。
「……あ?」
僕の腕に絡みついていた歩くんの体から、ふっと力が抜ける。
そして、ゆっくりと顔を上げた彼の表情から、さっきまでの「ぶりっ子スマイル」が、綺麗さっぱり消え失せていた。
「……今、なんつった?」
声が、低い。
さっきまでの、猫なで声じゃない。地を這うような、冷たい声。
その変化に、男たちも一瞬、怯んだように見えた。
「は、はあ? 女装がきもいって言ったんだよ!」
「へえ。テメェ、人の趣味に口出すほど偉ぇのかよ」
歩くんは、僕の腕からするりと手を離すと、男たちの前に一歩踏み出した。その小さな背中が、なぜか今はすごく大きく見える。
「つーか、さっきからベタベタ触ってきて、うぜえのはテメェらだろうが。これ以上、俺の“彼氏”に迷惑かけんなら……どうなるか分かってんだろうな?」
その瞳は、笑っていなかった。
光のない、冷たい瞳が、まっすぐに男たちを射抜く。その眼光の鋭さに、僕の背筋がぞくりとした。
「な、なんだよ、お前……」
「さっきまでの可愛げはどこいったんだよ……」
男たちは、完全に気圧されていた。さっきまでの威勢はどこへやら、じりじりと後ずさっている。
「忠告はしたからな? 次はねえぞ」
歩くんが、ふい、と興味を失ったように視線を外した。その隙に、男たちは「覚えてろよ!」なんていう、使い古された捨て台詞を残して、人混みの中に逃げるように消えていった。
嵐が、過ぎ去った。
僕は、目の前で起こったことが信じられなくて、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
さっきまでの、男らしい歩くんの姿。あれは、一体……?
僕の混乱をよそに、歩くんはくるりとこちらを振り返ると、何事もなかったかのように、またいつもの完璧な「ぶりっ子スマイル」を浮かべた。さっきまでの地を這うような低い声が嘘みたいに、甘ったるい猫なで声で、彼は小首を傾げた。
「……さて、と。トモ先輩? ちょっと、ツラ貸してもらえます?」
その一言で、僕の周りの空気が凍りついた。
え、僕? 僕が、好きぴ? とーもくん?
あまりのことに、口をぱくぱくさせることしかできない。助けを求めるようにあたりを見渡しても、通行人たちは「あらあら」なんて生温かい視線を向けてくるだけで、誰も助けてはくれない。
「はあ? 彼氏ぃ? こんなナヨっちいのが?」
「マジウケる。ねーちゃん、もっといい男いるって!」
男たちは、僕を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見ると、下品な笑い声を上げた。その視線が、ねっとりと肌に絡みついてくるみたいで、気持ち悪い。
「そ、そんなことないですぅ! あゆの好きぴは、世界で一番かっこいいんですから!」
歩くんは、僕の腕に自分の腕をぎゅっと絡ませて、ぷくっと頬を膨らませた。甘い香水の匂いが、僕の鼻腔をくすぐる。近い。柔らかい。というか、状況がカオスすぎる。
「もー、行こっ? ダーリン♡」
歩くんが僕の耳元で囁く。その声は、完全に“女の子”の声だ。僕の知らない後輩の姿に、頭がぐらぐらする。
「……う、うん」
僕がどうにかそう返事をして、この場を去ろうとした、その時だった。
「ちっ、うぜえな」
男の一人が、吐き捨てるように言った。そして、歩くんの肩を乱暴に掴む。
「てかさあ、よく見たらお前、男じゃね? 女装かよ、きも」
その言葉が放たれた瞬間、空気が、ぴしり、と音を立てて凍った。
さっきまでの、ふざけた雰囲気じゃない。もっと冷たくて、鋭い何かが、僕の肌を刺した。
「……あ?」
僕の腕に絡みついていた歩くんの体から、ふっと力が抜ける。
そして、ゆっくりと顔を上げた彼の表情から、さっきまでの「ぶりっ子スマイル」が、綺麗さっぱり消え失せていた。
「……今、なんつった?」
声が、低い。
さっきまでの、猫なで声じゃない。地を這うような、冷たい声。
その変化に、男たちも一瞬、怯んだように見えた。
「は、はあ? 女装がきもいって言ったんだよ!」
「へえ。テメェ、人の趣味に口出すほど偉ぇのかよ」
歩くんは、僕の腕からするりと手を離すと、男たちの前に一歩踏み出した。その小さな背中が、なぜか今はすごく大きく見える。
「つーか、さっきからベタベタ触ってきて、うぜえのはテメェらだろうが。これ以上、俺の“彼氏”に迷惑かけんなら……どうなるか分かってんだろうな?」
その瞳は、笑っていなかった。
光のない、冷たい瞳が、まっすぐに男たちを射抜く。その眼光の鋭さに、僕の背筋がぞくりとした。
「な、なんだよ、お前……」
「さっきまでの可愛げはどこいったんだよ……」
男たちは、完全に気圧されていた。さっきまでの威勢はどこへやら、じりじりと後ずさっている。
「忠告はしたからな? 次はねえぞ」
歩くんが、ふい、と興味を失ったように視線を外した。その隙に、男たちは「覚えてろよ!」なんていう、使い古された捨て台詞を残して、人混みの中に逃げるように消えていった。
嵐が、過ぎ去った。
僕は、目の前で起こったことが信じられなくて、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
さっきまでの、男らしい歩くんの姿。あれは、一体……?
僕の混乱をよそに、歩くんはくるりとこちらを振り返ると、何事もなかったかのように、またいつもの完璧な「ぶりっ子スマイル」を浮かべた。さっきまでの地を這うような低い声が嘘みたいに、甘ったるい猫なで声で、彼は小首を傾げた。
「……さて、と。トモ先輩? ちょっと、ツラ貸してもらえます?」
