この世では、不慮の事故や原因不明の病に見舞われ、最悪の場合命を落とすことも少なくはない。
それらは避けようのない運命であると捉えられてきたが、実はそれらは“あやかし”による仕業。
あやかしは、人間を含む生き物の怨念や邪念が形になったもの。
一見すると動物や虫と同じ姿をしており、体の大きさによってため込んでいる負の力の量も異なる。
虫程度の大きさであれば触れてもちょっとしたケガや軽い病気で済むが、大型動物の大きさにもなると、取り憑かれれば最悪死に至ることもめずらしくはない。
あやかしの正体は未だ解明されていないことが多く、突如として現れ、人々に災いをもたらす恐ろしい存在だ。
そのあやかしを滅することができるのが、特別な力“異能”を宿した異能者たちだ。
この國において、彼らは『あやかし祓い』と呼ばれ、その力であやかしの驚異から民を守ることが使命とされている。
3年に一度おこなわれる『才格の儀』では、異能家系は上から最上位家系、上位家系、中位家系、下位家系と力によって選定される。
ほんのひと握りの最上位家系に選ばれれば、國から多額の支援金が与えられ、名誉と地位を手にすることができる。
一度でも最上位家系にもなれば末代にまで語り継がれるほどの栄誉であり、異能者たちはだれもがその座を狙っている。
そして、帝都から少し離れた田舎町に屋敷を構える西門家も代々最上位家系になることに理想を燃やしていた。
しかし、西門家はこの50年中位家系に留まっている。
昔は上位家系であったものの、西門の姓を継ぐ者から突出した異能の才を持つ者がなかなか現れず、年々一族の異能は低下の一途をたどっていた。
なんとか中位家系を維持してきたが、今のままではいつ降格してもおかしくはない。
西門家の焦りは年々増していった。
そんな西門家に双子の女の子が誕生する。
姉の楓と妹の椛。
このふたりが西門家に光をもたらす存在となる。
なんと楓は1歳のときに異能の才が芽生え、5歳にもなれば中型のあやかしさえも滅する力を発揮した。
通常、中型のあやかしを倒すには10年近くの修業を必要とする。
ところが楓は、生まれながらにあやかし祓いの才能を見出したのだ。
これは、修行を積めばさらに優秀なあやかし祓いになるに違いない。
楓は、一族から大きな期待を寄せられた。
一方、双子の妹の椛は違った。
遅くとも6歳までには異能力が開花するといわれているが、椛は一向にその兆しが現れることはなかった。
その間、楓は期待に応えるため、多種多様な異能を使いこなせるようにと厳しい修行にもたえてきた。
椛はそんな楓を尊敬し、憧れを抱いていた。
「楓、すごいね!わたしもいつか楓みたいになりたいけど、まだ異能が…」
「焦ることないよ、椛。きっとそのうち、椛も異能が使えるようになるから」
「ありがとう、楓」
ふたりは仲のいい姉妹だった。
異能力がない椛は家では空気のような存在で、両親は才能ある楓のことしか見ていなかった。
それをわかっていた楓は椛を励まし、両親がこれ以上椛に落胆しないようにと、代わりに自分が立派なあやかし祓いになることを幼いながらに心に誓った。
そして、わずか9歳の楓が西門家代表として才格の儀に出席し、西門家は再び上位家系の座を取り戻したのだった。
西門家の救世主となった楓は一族からもてはやされ、両親も鼻高々だった。
また、異能者界隈でも楓は100年にひとりの逸材と言われ、将来的には最上位家系になることも夢じゃないとまで噂された。
ますます世間から脚光を浴びる楓とは反対に、椛の存在は陰る一方だった。
ところが、その1年後。
楓と椛が10歳の誕生日を迎えて三月ほどがたったときだ。
突如、椛の異能力が開花した。
しかも驚いたことに、そのときの楓とまったく同じ異能が使えるのだ。
楓が厳しい修行でようやく得た異能でさえも、椛は初めから扱えた。
さらに驚くのは、それだけではなかった。
通常なら、異能は発動する際に手や指を動かし印を結ぶ必要がある。
印の形や結ぶ順序で、様々な異能をくり出すことができるのだ。
しかし、椛は印を結ぶことなく、頭の中にイメージするだけで異能を発動できることが判明した。
そんな異能者、歴史をたどってもこれまでひとりたりとも存在しなかった。
初めこそ、両親は椛の人並み外れた異能の力を信じられなかった。
10歳まで異能が使えない西門家の落ちこぼれだったというのに、突如として楓をも凌ぐ超人の力を発揮したのだから。
だが、高難度の異能も一度見せるだけですぐに習得できる椛の才能に両親は歓喜した。
空気だった椛の存在に色がついた。
楓は100年にひとりといわれたが、椛は千年にひとりの逸材としていわれ、またたく間に注目を浴びた。
「楓、やったよ!これでわたしもあやかし祓いになれるかな!?」
「そ、そうだね。これからいっしょにがんばろう」
「うん!前に楓が『焦ることないよ』って言ってくれたから、わたしもいつか異能が使えるんだって信じることができたんだ」
椛は、あの日の楓にかけられた言葉にずっと励まされてきた。
「楓、本当にありがとう!」
屈託ない笑顔を見せる椛だったが、楓はなぜか同じように微笑むことができなかった。
双子の妹が念願の異能を使えるようになって、本来であれば喜ぶべきはずなのに…。
この日を境に、楓と椛の関係が少しずつ狂いはじめるのだった。
憧れの楓と肩を並べるようなあやかし祓いになることを夢見る椛だったが、なにをやらせても楓以上の力を見せた。
「椛、すごいじゃないか!」
「お父さま、大げさだよ。たまたまできただけだから」
「そんなことないわよ、椛。その歳であんな異能を使えるだなんて、あなたは天才よ」
両親は椛を褒め称えた。
椛は両親に認めてもらえて、ただ純粋にうれしかった。
しかし、以前であればそれらは楓にかけられていた言葉だった。
「楓。今の異能、同じようにやってみせなさい」
「はい…、お父さま」
楓は震える声で返事をする。
先ほど椛がしたのは、水を自由自在に操ることができる高難度の異能だ。
椛は、庭にある池の水で龍を形作り意のままに動かした。
しかし楓はというと、水を柱のような形に留めるので精一杯だった。
「やはり、今の楓の力ではこの程度か」
「…ごめんなさい、お父さま。次はもっとうまく――」
「かまわん。楓に教えるには少し早かったのかもしれんな」
その言葉に、楓は屈辱を味わった。
これまでなんとか椛についていこうと必死にがんばっていた。
寝る間も惜しんで、夜中にひとりで修行もしていた。
椛が自分と同じ力――。
いや。
それ以上の力を持っているのは、いつもいっしょにいた双子の楓であるからこそ嫌でも感じていた。
「ちょっと休憩しようよ。楓なら、さっきの異能もすぐにできるようになるよ」
楓のことを気にかけた椛が声をかける。
しかし、今の楓には耳障りでしかなかった。
「簡単に言わないでよ!あんたと違って、こっちはひとつひとつの印を覚えるのも大変なんだから!」
ただただ椛に対する嫉妬だった。
天才と一族からもてはやされていたのは、少し前までは自分だったはずなのに。
それが今では、手のひら返して周りは椛、椛と騒ぎ立てる。
『焦ることないよ、椛。きっとそのうち、椛も異能が使えるようになるから』
あの言葉に嘘はなかった。
椛も早く異能の才が開花すればいいのにと思っていた。
だが、それはあのときは心に余裕があったから。
もし椛に異能が使えても、天才と呼ばれた自分には勝てるはずがないと。
西門家の中心にいるのは、これからもずっと自分に決まっていると。
まさか、こんなことになるなんて聞いてない…!
それなら、ずっと椛が異能を扱えなかったらよかったのに。
楓の中で、黒い嫉妬の炎がさらに燃え上がった。
楓には椛が励ます言葉でさえも嫌味に聞こえ、いつしか椛の存在が疎ましいものになっていた。
ふたりが12歳のときにおこなわれた才格の儀では、椛が他の異能家系を圧倒し、なんと最上位家系に昇格した。
周囲が度肝を抜かれる異能を印を結ばずに次々とくり出す椛を、楓は会場の端から見ていることしかできなかった。
しかし、楓も十分すぎるほどの異能の才を持っているのはたしか。
ただ、椛が異常なくらいの才を持っていただけのこと。
力あるふたりは13歳という最年少であやかし祓いとして認められ、日々あやかしから人々を救う働きを見せている。
だが、同じ現場に出ても、注目を浴びるのはいつも椛。
大型のあやかしでさえも華麗に瞬殺する椛は、いつしか“最強のあやかし祓い”と呼ばれるようになり、異能家系であれば知らぬ者はいないほどに有名となった。
それから4年後――。
楓と椛は17歳になる年を迎えた。
西門家に生まれた女児は17歳になるとひとりの大人として認められ、結婚も許される。
その節目の歳が近づくふたりには、最上位家系の西門家との繋がりを欲するため、数多くの婚約を申し出る文が届いていた。
しかし、そのほとんどは椛宛てだった。
優秀な異能の才を持つ楓でも、最強のあやかし祓いと呼ばれる椛の前ではその存在は霞んでいた。
「椛、見てみろ。お前との結婚を望む相手がこんなにもいるんだぞ」
「は、はぁ…。でもお父さま、わたし…本当に結婚しないとだめ?」
「なにを言ってる。西門家の女児は皆17で嫁入りするか、婿をもらうのが決まりだからな」
だれかを好きになったこともない椛にとって、結婚と言われてもいまいちピンとこなかった。
まだ先のことだと向き合ってこなかったが、いよいよそのときが近づいてきたのだった。
相手は最上位家系の異能者が理想だったが、そもそも最上位家系は数が少なく、年頃の男もいるとは限らず縁談の申し出はなかった。
「本音としては最上位家系から婿を取りたかったが…。まあ、これも想定のうち。椛、お前には我々がよく知る人物を結婚相手に選ぶつもりだ」
「えっ、よく知る人物…?」
「ああ、圭吾くんだよ。彼とは、幼いころからの付き合いだろう」
「け…圭吾!?」
目を丸くして驚く椛。
圭吾というのは、上位家系石井家の三男だ。
石井家は西門家から家も近く、とくに圭吾は同い年ということもありよく遊ぶ仲だった。
つまり、楓や椛の幼なじみだ。
椛にとっては圭吾は仲のいい男友達、または兄弟のようにしか思っていなかったが、その圭吾を結婚相手に考えているというのだ。
「…どうして、わたしが圭吾と!?じゃあ、楓は?」
「楓は、他で縁談を進める。好条件を出してきたところへ嫁がせる予定だ」
父義雄の言葉に、楓が唇を噛みしめたのを椛は気づいていた。
「…待ってよ、お父さま。いきなり圭吾を結婚相手にって言われても、気持ちの整理が…」
「お前の気持ちなど聞いていない。西門家のために優秀な婿を取り、優秀な子を生む。一族とは、そうして繁栄していくものだ」
「圭吾を婿に…!?それなら、わたしじゃなくて姉の楓が後を継ぐものなんじゃないの?」
「そんなもの、西門家のためならば力ある椛が後継ぎに決まっているだろう。生まれた順番など関係ない。それに圭吾くんほどの力なら、椛の婿にもふさわしいからな」
跡継ぎが楓か椛しかいない以上、力あるほうが婿を取り西門家を継ぐことは当然のこと。
それが、楓よりも才能ある椛というだけだった。
「楓だって、十分立派なあやかし祓いだよ!?楓はわたしと違って冷静に物事を判断できるし、そういった意味でも西門家の後継ぎなら、絶対楓のほうが――」
「もう決めたことだ。お前が口を挟むな」
そう言って、義雄は部屋から出ていった。
そのすぐあとに、逃げるようにして楓も去っていった。
去り際に、大粒の涙が楓の頬を流れるのを椛は見た。
椛は、父が考えている自分の結婚に断固反対だった。
兄弟のように思っていた圭吾と夫婦になるということにはもちろん抵抗があるが、理由はそれだけではない。
というのも、楓は圭吾のことが好きだった。
さらには、圭吾も楓のことが好きなのを知っていた。
椛は一度たりとも圭吾を男として意識したことはなかったが、ふたりは相思相愛なのだ。
優秀な異能者の楓なら、それに釣り合うくらいの力を持つ圭吾といずれいっしょになる可能性も大いにある。
そうなったらいいな、と椛はずっと思っていた。
それが、自分が特別な力を得てしまったがゆえに、本来西門家を継ぐはずだった楓がどこぞの結婚相手のところへ嫁入りさせられてしまう。
そして、椛が楓から圭吾を奪う結果に。
こんな未来、椛は望んでなどいなかった。
「…待って、楓!」
椛は楓のあとを追った。
椛の声に、楓は廊下の途中で背を向けたまま立ち止まる。
「…なに、椛」
「聞いて。わたし、圭吾と結婚するつもりなんてこれっぽっちもないよ」
「そんなこと言ったって、もう無理じゃない…」
「まだわからないよ!楓と圭吾が結婚できるように、わたしがお父さまを説得するから!」
義雄が考えを改めるまで、椛は何度も訴えるつもりでいた。
楓のためなら、義雄にしつこいと怒鳴られる覚悟もできていた。
――しかし。
「…ふふっ。もしかして、私に情けをかけてるつもり?」
ゆっくりと振り返った楓は、椛を恨みのこもった瞳で睨みつけていた。
「とかなんとか言って、本当はなにもしないつもりでしょ?私に対していい子ぶらなくたっていいわよ」
「いい子ぶるだなんて…。わたしはちゃんと――」
「だったら、なに?今の西門家で一番力ある自分なら、お父さまも言うこと聞くとでも思ってるの?」
「…そんなこと思ってないよ!楓だって優秀なあやかし祓いだし、わたしは西門家の後継ぎは楓のほうがいいと思ってる!」
椛は、なにもケンカがしたいわけではなかった。
それなのに、楓が話を聞こうともしてくれない。
「へ〜、余裕ね。さすがは“最強のあやかし祓いサマ”」
「楓、なんでそんな言い方…。ちょっとおかしいよ。昔の楓は、いつもわたしにやさしい言葉をかけてくれたじゃない…」
すると、楓は嘲るようにニヤリと口角を上げた。
「…昔?ええ、そうよ。そりゃ、やさしくもなるわよ。椛がかわいそうなくらい私より格下だったんだから!」
悔し涙なのか悲し涙なのか、楓の頬には止めどなく涙が伝う。
「でも…、楓はわたしの異能力が開花するのを待っていてくれたんじゃ…」
椛は、喉がキュッと締めつけられて言葉に詰まる。
『焦ることないよ、椛。きっとそのうち、椛も異能が使えるようになるから』
椛が今こうしてあやかし祓いとして活躍できるのは、あの言葉があったからだ。
「この際だから言ってあげる。私、本当は椛が無能のままでいればいいと思ってた。『焦ることないよ』と言ったのも、焦って異能を使えるようになったら困るから」
楓の衝撃的な発言に、椛は理解が追いつかない。
ずっと励みにしていたお守りのような楓の言葉には、まさかそのような意味があったとは知らず。
「椛が異能さえ使えなければ…、私より才能がなければ…!お父さまやお母さまから褒められるのは、ずっと私だったのに!圭吾と結婚するのも私だったのに!」
唇を噛んだ楓がずんずんと歩み寄ってきて、椛の着物の襟を荒々しくつかんだ。
「椛のせいで、私はなにもかも奪われた!…あんたなんかっ、一生無能でよかったのにっ!!」
楓は大声で怒鳴りつけると、その場に力なく泣き崩れた。
ただただ泣き続ける楓に、椛はかける言葉が見つからなかった。
『ごめん』
このひと言さえも、今の楓を傷つけるだろう。
『本当は椛が無能のままでいればいいと思ってた』
あの言葉もきっと楓の本心ではないとはわかっていた。
そうでなければ、無能な椛にあんなやさしい笑みをかけられるはずないから。
妹思いな楓は、椛と同様に異能の開花を今か今かと待っていてくれていた。
それが、椛が思いもよらぬ力だったのが予想外というだけで。
その夜、椛は布団の中で眠れずにいた。
目をつむると、まぶたの裏に涙を流す楓の顔が浮かんだ。
すべての歯車が狂いだしたのは、椛の異能が開花したのがはじまりだ。
できればこの力を放棄したいところだが、異能力を開花した以上、あやかし祓いとして勤めを果たすことが國から義務とされている。
力があるのに隠したり、正当な理由もなくあやかし祓いになることを拒んだ場合は罪に問われる。
つまり、椛の力が周囲に知られている以上は逃れようのない運命で、これから先も楓は椛の後ろ姿を追うこととなる。
「この力さえなければ…」
椛は唇を噛んで、布団の中に潜り込むのだった。
それから数週間後。
西門家は、とある村に派遣で訪れていた。
最近、村周辺であやかしの目撃情報が多く、複数の異能家系と協力して退治するようにと國から要請されたのだ。
最上位家系の西門家の存在に、周囲の異能者たちは圧倒されていた。
「おお。これは西門家の皆さんではありませんか」
そんな声が聞こえて顔を向けると、石井家の当主だった。
「奇遇ですな。石井殿も要請を受けて?」
「ええ。近ごろ、現場はせがれたちに任せることが多かったので、久々に肩慣らしにちょうどいいと思いましてな」
「出ても、中型くらいだそうですからな。おお、圭吾くんもいっしょかね」
石井家当主の後ろには圭吾の姿もあった。
「ご無沙汰しております、西門さま。足を引っ張らぬよう、本日は何卒――」
「なにをかしこまっているんだ。もうすぐ家族になる仲じゃないか」
そう言って、義雄はのんきに笑っている。
椛、楓、圭吾は顔を合わすも、気まずい空気が流れていた。
あれから、椛は何度も義雄に掛け合った。
怒鳴られてもなんとか楓と圭吾の結婚を勧めたが、義雄は最終的に聞く耳も持たなくなった。
来月にはふたりは17歳の誕生日を迎え、椛は圭吾と結婚させられようとしていた。
そのとき、周囲がざわついた。
「お…おい、あれって…」
「…間違いない。天道家だ」
現れたのは、紫黒色の短髪に黒い丸レンズの眼鏡をかけた、一風変わった風貌の男。
「どうも、みなさん。本日はよろしくお願いします」
鼻筋の通った整った男前の顔ではあるが、どこか飄々としたうそくさい微笑みのその男を椛は目を細めて見ていた。
男の名前は、天道蒼紫。
最上位家系に君臨し続け、いつしか“神”と呼ばれるようになった一族のひとりだ。
「…天道家か。あそこから縁談の文がくれば、迷うことなくどちらかふたりを嫁に行かせたが」
義雄は小さくつぶやく。
理想としては天道家との繋がりがほしく、その思惑はまだ拭いきれていないようだった。
「とりあえず、手分けして村周辺の森へ入りましょうか。虫程度のあやかしも見逃さないように片っ端から退治してください。くれぐれも、みなさんケガのないように」
集められた異能家系の中ではトップの天道家の蒼紫が仕切ることになったが、どこか気の抜けた挨拶に椛は拍子抜けした。
こうして7つの異能家系が揃い、森に潜むあやかしを一掃することとなった。
「楓!わたしはこっちに行くけど、楓は――」
「…………」
楓はあからさまに椛を無視すると、ひとり森の中へと入っていった。
あの日から、楓とは口を利けていなかった。
明らかに、楓が椛を拒絶していた。
椛は肩を落とし、楓とは反対方向へと進んだ。
さっそく椛はあやかしを滅していく。
印を結ぶ必要のない椛は、その分他よりも速く異能を発動させることができるため、目に入ったあやかしを片っ端から消していった。
飽きがこないように、火、水、土、風、雷、氷、光など、あらゆる異能を順番に使って、力の威力を試していた。
そのとき、近くの茂みで物音がした。
あやかしかと思い、椛はとっさに身構える。
しかし、茂みから顔を出したのは幼い少年だった。
「へ?子ども?」
椛は拍子抜けして、身構えていた腕を下ろした。
「ぼく、こんなところでなにしてるの。今日は森に入っちゃだめだって、村の人から言われなかった?」
「…ご、ごめんなさい。だけど、妹が熱を出して…。どうしても薬草を取りに行きたくて、それで…」
もごもごと話す少年の手には、薬草が握られていた。
「そっか、それなら仕方ないね」
怒られるかもしれないと怯える少年の頭を椛はやさしくなでた。
「でも、この森にはあやかしがいっぱいいるって知ってるでしょ?お姉ちゃんたちは、今そのあやかしを退治してるところなの。心配だから、森の入り口までいっしょについて行くね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
少年が帰り道にあやかしに遭遇するかもしれないし、はたまた他の異能者に会って同じように問い詰められる可能性もあるため、椛が誘導することにした。
森の中を進んでいると、知った顔を見つけた。
それは、圭吾だった。
「…あ、圭吾」
「おお…、椛か」
来月には夫婦になっているかもしれないと思ったら、気まずさで顔を合わせられない。
「も…椛、その子どもは?」
「…ああ、さっきあっちで見かけて。薬草を取りにきてたみたいなの。だから、森を出るまで付き添っていようと思って」
「そうだな。そのほうが安心だな」
圭吾は少年に歩み寄ると、ニッと笑ってみせた。
「心配しなくても大丈夫だぞ。このねーちゃん、バカみたいにつえーから」
「…ちょっ。バカって余計…!」
「なんでだよ?事実だろ?」
椛は圭吾の肩を軽く叩いてみるが、思わずプッと笑ってしまった。
それにつられて、圭吾からも笑い声が漏れる。
久しぶりに、椛は圭吾の顔を見て笑えたような気がした。
それと同時に、やはり圭吾とはこのままの関係でいたいとも思った。
そのとき、また茂みから物音がした。
他にもまだ子どもがいたのかと思いきや――。
「…なんだ、サル?」
目を細める圭吾。
三人の前に現れたのは、尻尾をくねらせるサルだった。
…しかし、なにかがおかしい。
サルにしては異様に体が大きく、近くまでやってくるとクマくらいの大きさがあった。
大型のあやかしともなれば、野放しにしていたら最悪の場合取り憑かれただれかが死ぬことだってある。
「ここって、大型のあやかしもいるの…!?」
「…そんな話は聞いてない!だが、こんなに深い森なら一体や二体いてもおかしくねぇよな」
椛と圭吾は瞬時に身構える。
椛はすぐに風の異能であやかしを竜巻の中に閉じ込めた。
通常であれば、あやかしはその中で粉々になるはずが、この大型サルのあやかしはまったく効いていなかった。
「…えっ!どういうこと!?」
術が効かないという事態に椛は戸惑う。
「椛、知らないのか!?中には弱点属性の術しか効かないあやかしもいるんだぞ」
「そうなの…!?」
「…お前、本当に実戦派で座学の知識がないんだな」
圭吾はため息をつきながら印を結ぶ。
今度は圭吾が雷の異能であやかしの体を貫くが、それも効果はなかった。
「これもだめかっ…」
舌打ちをする圭吾。
反撃に、あやかしは耳をつんざくほどの声量で雄叫びを上げた。
そのあまりのやかましさに、三人はその場で耳を塞いでうずくまった。
それに驚き混乱したのか、少年が椛のそばから慌てて走り出した。
「うわぁぁぁあ〜…!!」
「…あっ、待って!」
椛が追うが、あやかしのほうが反応が速かった。
あやかしは逃げる少年のあとを追い、その背中目がけて鋭い爪を伸ばす。
しかも運悪く、少年が石につまづいて転んでしまった。
少年を救うには、今すぐにでも異能を発動しなければならない。
だが、弱点属性は不明で、違っていたら効果はなく少年に被害が及ぶ。
しかし、迷っている暇などなかった。
椛は一か八かで火の異能を繰り出した。
「ギャァァァァアアア!!!!」
弱点を突いたのか、あやかしは断末魔の叫びを上げてのたうち回る。
その隙に、椛は少年に駆け寄ると腕の中へと抱きしめた。
「こわかったね。もう大丈夫だよ」
そう言って、椛が安心したのも束の間――。
「危ない、椛!!」
圭吾の声が聞こえて振り返ると、あやかしがもがきながら長くした尾を振り回していた。
ゴムのように伸びた尾はムチのようにしなり、椛と少年を弾き飛ばした。
とっさに椛が庇ったことにより、少年の被害は最小限に留まった。
しかし、椛は体を大木に叩きつけられ、あまりの衝撃にその場で意識を失った。
――椛はゆっくりと目を覚ます。
気がついたら、畳に敷かれた布団の上に横になっていた。
「わたしは…」
むくっと起き上がると、頭にズキンと痛みが走った。
触れると、頭には包帯が巻かれていた。
ぼうっと部屋の中を見回していると、そばに足音が聞こえた。
椛が目を向けると、そこには驚いたように目を丸くする楓が立っていた。
楓はとっさに手にしていた一輪挿しの花瓶を廊下に落としてしまい、生けられて花といっしょに破片が飛び散った。
「お父さま!お母さま!椛が…!」
楓の姿が障子の向こう側に消えてしまい、そのすぐあとに血相を変えた両親がやってきた。
「…も、椛!目を覚ましたのか!」
「ああ、よかった…。本当によかった…」
義雄は鼻をすすり、母の美代子は泣き崩れている。
楓は少し離れたところから眺めていたが、その表情はどこか安堵しているように見えた。
「えっと…、わたし……」
「あやかしの最後の一撃を食らったそうだ。それで、木に頭を強く打ちつけて」
「そう…なんだ」
「運よく圭吾くんがそばにいてくれたからすぐに助けられたが、ずっと意識が戻らないままだったんだ」
椛は病院を退院し、自宅の西門家に戻ってきてもこの10日間眠り続けていた。
「お医者さまからは、このまま目を覚まさないかもしれないと言われて…。生きた心地がしなかったんだから…」
美代子は涙を拭いながら椛の手を取る。
「でも、圭吾さんが助けてくださるなんて、やっぱりふたりは運命の相手なのね。よかったわね、椛」
「そうだな。今回のことで式の日取りが延びたが、椛が心身ともに回復したらすぐにでも式を挙げよう」
椛の白無垢姿を頭に思い浮かべ、義雄と美代子は勝手に盛り上がる。
その後ろで、楓は暗い表情を浮かべていた。
「あ…、あの〜」
そのとき、椛が声を漏らす。
「ん?どうした、椛?」
「お腹でも空いた?それなら、椛の好きなカステラでも切ってこようかしら」
「いや…、そうじゃなくて……」
どこか歯切れの悪い椛の様子に両親は首をかしげる。
そして次の瞬間、この場にいた者たちは全員耳を疑うこととなる。
「…えっと。さっきから言ってる“椛”って、もしかして…わたしのこと?」
それらは避けようのない運命であると捉えられてきたが、実はそれらは“あやかし”による仕業。
あやかしは、人間を含む生き物の怨念や邪念が形になったもの。
一見すると動物や虫と同じ姿をしており、体の大きさによってため込んでいる負の力の量も異なる。
虫程度の大きさであれば触れてもちょっとしたケガや軽い病気で済むが、大型動物の大きさにもなると、取り憑かれれば最悪死に至ることもめずらしくはない。
あやかしの正体は未だ解明されていないことが多く、突如として現れ、人々に災いをもたらす恐ろしい存在だ。
そのあやかしを滅することができるのが、特別な力“異能”を宿した異能者たちだ。
この國において、彼らは『あやかし祓い』と呼ばれ、その力であやかしの驚異から民を守ることが使命とされている。
3年に一度おこなわれる『才格の儀』では、異能家系は上から最上位家系、上位家系、中位家系、下位家系と力によって選定される。
ほんのひと握りの最上位家系に選ばれれば、國から多額の支援金が与えられ、名誉と地位を手にすることができる。
一度でも最上位家系にもなれば末代にまで語り継がれるほどの栄誉であり、異能者たちはだれもがその座を狙っている。
そして、帝都から少し離れた田舎町に屋敷を構える西門家も代々最上位家系になることに理想を燃やしていた。
しかし、西門家はこの50年中位家系に留まっている。
昔は上位家系であったものの、西門の姓を継ぐ者から突出した異能の才を持つ者がなかなか現れず、年々一族の異能は低下の一途をたどっていた。
なんとか中位家系を維持してきたが、今のままではいつ降格してもおかしくはない。
西門家の焦りは年々増していった。
そんな西門家に双子の女の子が誕生する。
姉の楓と妹の椛。
このふたりが西門家に光をもたらす存在となる。
なんと楓は1歳のときに異能の才が芽生え、5歳にもなれば中型のあやかしさえも滅する力を発揮した。
通常、中型のあやかしを倒すには10年近くの修業を必要とする。
ところが楓は、生まれながらにあやかし祓いの才能を見出したのだ。
これは、修行を積めばさらに優秀なあやかし祓いになるに違いない。
楓は、一族から大きな期待を寄せられた。
一方、双子の妹の椛は違った。
遅くとも6歳までには異能力が開花するといわれているが、椛は一向にその兆しが現れることはなかった。
その間、楓は期待に応えるため、多種多様な異能を使いこなせるようにと厳しい修行にもたえてきた。
椛はそんな楓を尊敬し、憧れを抱いていた。
「楓、すごいね!わたしもいつか楓みたいになりたいけど、まだ異能が…」
「焦ることないよ、椛。きっとそのうち、椛も異能が使えるようになるから」
「ありがとう、楓」
ふたりは仲のいい姉妹だった。
異能力がない椛は家では空気のような存在で、両親は才能ある楓のことしか見ていなかった。
それをわかっていた楓は椛を励まし、両親がこれ以上椛に落胆しないようにと、代わりに自分が立派なあやかし祓いになることを幼いながらに心に誓った。
そして、わずか9歳の楓が西門家代表として才格の儀に出席し、西門家は再び上位家系の座を取り戻したのだった。
西門家の救世主となった楓は一族からもてはやされ、両親も鼻高々だった。
また、異能者界隈でも楓は100年にひとりの逸材と言われ、将来的には最上位家系になることも夢じゃないとまで噂された。
ますます世間から脚光を浴びる楓とは反対に、椛の存在は陰る一方だった。
ところが、その1年後。
楓と椛が10歳の誕生日を迎えて三月ほどがたったときだ。
突如、椛の異能力が開花した。
しかも驚いたことに、そのときの楓とまったく同じ異能が使えるのだ。
楓が厳しい修行でようやく得た異能でさえも、椛は初めから扱えた。
さらに驚くのは、それだけではなかった。
通常なら、異能は発動する際に手や指を動かし印を結ぶ必要がある。
印の形や結ぶ順序で、様々な異能をくり出すことができるのだ。
しかし、椛は印を結ぶことなく、頭の中にイメージするだけで異能を発動できることが判明した。
そんな異能者、歴史をたどってもこれまでひとりたりとも存在しなかった。
初めこそ、両親は椛の人並み外れた異能の力を信じられなかった。
10歳まで異能が使えない西門家の落ちこぼれだったというのに、突如として楓をも凌ぐ超人の力を発揮したのだから。
だが、高難度の異能も一度見せるだけですぐに習得できる椛の才能に両親は歓喜した。
空気だった椛の存在に色がついた。
楓は100年にひとりといわれたが、椛は千年にひとりの逸材としていわれ、またたく間に注目を浴びた。
「楓、やったよ!これでわたしもあやかし祓いになれるかな!?」
「そ、そうだね。これからいっしょにがんばろう」
「うん!前に楓が『焦ることないよ』って言ってくれたから、わたしもいつか異能が使えるんだって信じることができたんだ」
椛は、あの日の楓にかけられた言葉にずっと励まされてきた。
「楓、本当にありがとう!」
屈託ない笑顔を見せる椛だったが、楓はなぜか同じように微笑むことができなかった。
双子の妹が念願の異能を使えるようになって、本来であれば喜ぶべきはずなのに…。
この日を境に、楓と椛の関係が少しずつ狂いはじめるのだった。
憧れの楓と肩を並べるようなあやかし祓いになることを夢見る椛だったが、なにをやらせても楓以上の力を見せた。
「椛、すごいじゃないか!」
「お父さま、大げさだよ。たまたまできただけだから」
「そんなことないわよ、椛。その歳であんな異能を使えるだなんて、あなたは天才よ」
両親は椛を褒め称えた。
椛は両親に認めてもらえて、ただ純粋にうれしかった。
しかし、以前であればそれらは楓にかけられていた言葉だった。
「楓。今の異能、同じようにやってみせなさい」
「はい…、お父さま」
楓は震える声で返事をする。
先ほど椛がしたのは、水を自由自在に操ることができる高難度の異能だ。
椛は、庭にある池の水で龍を形作り意のままに動かした。
しかし楓はというと、水を柱のような形に留めるので精一杯だった。
「やはり、今の楓の力ではこの程度か」
「…ごめんなさい、お父さま。次はもっとうまく――」
「かまわん。楓に教えるには少し早かったのかもしれんな」
その言葉に、楓は屈辱を味わった。
これまでなんとか椛についていこうと必死にがんばっていた。
寝る間も惜しんで、夜中にひとりで修行もしていた。
椛が自分と同じ力――。
いや。
それ以上の力を持っているのは、いつもいっしょにいた双子の楓であるからこそ嫌でも感じていた。
「ちょっと休憩しようよ。楓なら、さっきの異能もすぐにできるようになるよ」
楓のことを気にかけた椛が声をかける。
しかし、今の楓には耳障りでしかなかった。
「簡単に言わないでよ!あんたと違って、こっちはひとつひとつの印を覚えるのも大変なんだから!」
ただただ椛に対する嫉妬だった。
天才と一族からもてはやされていたのは、少し前までは自分だったはずなのに。
それが今では、手のひら返して周りは椛、椛と騒ぎ立てる。
『焦ることないよ、椛。きっとそのうち、椛も異能が使えるようになるから』
あの言葉に嘘はなかった。
椛も早く異能の才が開花すればいいのにと思っていた。
だが、それはあのときは心に余裕があったから。
もし椛に異能が使えても、天才と呼ばれた自分には勝てるはずがないと。
西門家の中心にいるのは、これからもずっと自分に決まっていると。
まさか、こんなことになるなんて聞いてない…!
それなら、ずっと椛が異能を扱えなかったらよかったのに。
楓の中で、黒い嫉妬の炎がさらに燃え上がった。
楓には椛が励ます言葉でさえも嫌味に聞こえ、いつしか椛の存在が疎ましいものになっていた。
ふたりが12歳のときにおこなわれた才格の儀では、椛が他の異能家系を圧倒し、なんと最上位家系に昇格した。
周囲が度肝を抜かれる異能を印を結ばずに次々とくり出す椛を、楓は会場の端から見ていることしかできなかった。
しかし、楓も十分すぎるほどの異能の才を持っているのはたしか。
ただ、椛が異常なくらいの才を持っていただけのこと。
力あるふたりは13歳という最年少であやかし祓いとして認められ、日々あやかしから人々を救う働きを見せている。
だが、同じ現場に出ても、注目を浴びるのはいつも椛。
大型のあやかしでさえも華麗に瞬殺する椛は、いつしか“最強のあやかし祓い”と呼ばれるようになり、異能家系であれば知らぬ者はいないほどに有名となった。
それから4年後――。
楓と椛は17歳になる年を迎えた。
西門家に生まれた女児は17歳になるとひとりの大人として認められ、結婚も許される。
その節目の歳が近づくふたりには、最上位家系の西門家との繋がりを欲するため、数多くの婚約を申し出る文が届いていた。
しかし、そのほとんどは椛宛てだった。
優秀な異能の才を持つ楓でも、最強のあやかし祓いと呼ばれる椛の前ではその存在は霞んでいた。
「椛、見てみろ。お前との結婚を望む相手がこんなにもいるんだぞ」
「は、はぁ…。でもお父さま、わたし…本当に結婚しないとだめ?」
「なにを言ってる。西門家の女児は皆17で嫁入りするか、婿をもらうのが決まりだからな」
だれかを好きになったこともない椛にとって、結婚と言われてもいまいちピンとこなかった。
まだ先のことだと向き合ってこなかったが、いよいよそのときが近づいてきたのだった。
相手は最上位家系の異能者が理想だったが、そもそも最上位家系は数が少なく、年頃の男もいるとは限らず縁談の申し出はなかった。
「本音としては最上位家系から婿を取りたかったが…。まあ、これも想定のうち。椛、お前には我々がよく知る人物を結婚相手に選ぶつもりだ」
「えっ、よく知る人物…?」
「ああ、圭吾くんだよ。彼とは、幼いころからの付き合いだろう」
「け…圭吾!?」
目を丸くして驚く椛。
圭吾というのは、上位家系石井家の三男だ。
石井家は西門家から家も近く、とくに圭吾は同い年ということもありよく遊ぶ仲だった。
つまり、楓や椛の幼なじみだ。
椛にとっては圭吾は仲のいい男友達、または兄弟のようにしか思っていなかったが、その圭吾を結婚相手に考えているというのだ。
「…どうして、わたしが圭吾と!?じゃあ、楓は?」
「楓は、他で縁談を進める。好条件を出してきたところへ嫁がせる予定だ」
父義雄の言葉に、楓が唇を噛みしめたのを椛は気づいていた。
「…待ってよ、お父さま。いきなり圭吾を結婚相手にって言われても、気持ちの整理が…」
「お前の気持ちなど聞いていない。西門家のために優秀な婿を取り、優秀な子を生む。一族とは、そうして繁栄していくものだ」
「圭吾を婿に…!?それなら、わたしじゃなくて姉の楓が後を継ぐものなんじゃないの?」
「そんなもの、西門家のためならば力ある椛が後継ぎに決まっているだろう。生まれた順番など関係ない。それに圭吾くんほどの力なら、椛の婿にもふさわしいからな」
跡継ぎが楓か椛しかいない以上、力あるほうが婿を取り西門家を継ぐことは当然のこと。
それが、楓よりも才能ある椛というだけだった。
「楓だって、十分立派なあやかし祓いだよ!?楓はわたしと違って冷静に物事を判断できるし、そういった意味でも西門家の後継ぎなら、絶対楓のほうが――」
「もう決めたことだ。お前が口を挟むな」
そう言って、義雄は部屋から出ていった。
そのすぐあとに、逃げるようにして楓も去っていった。
去り際に、大粒の涙が楓の頬を流れるのを椛は見た。
椛は、父が考えている自分の結婚に断固反対だった。
兄弟のように思っていた圭吾と夫婦になるということにはもちろん抵抗があるが、理由はそれだけではない。
というのも、楓は圭吾のことが好きだった。
さらには、圭吾も楓のことが好きなのを知っていた。
椛は一度たりとも圭吾を男として意識したことはなかったが、ふたりは相思相愛なのだ。
優秀な異能者の楓なら、それに釣り合うくらいの力を持つ圭吾といずれいっしょになる可能性も大いにある。
そうなったらいいな、と椛はずっと思っていた。
それが、自分が特別な力を得てしまったがゆえに、本来西門家を継ぐはずだった楓がどこぞの結婚相手のところへ嫁入りさせられてしまう。
そして、椛が楓から圭吾を奪う結果に。
こんな未来、椛は望んでなどいなかった。
「…待って、楓!」
椛は楓のあとを追った。
椛の声に、楓は廊下の途中で背を向けたまま立ち止まる。
「…なに、椛」
「聞いて。わたし、圭吾と結婚するつもりなんてこれっぽっちもないよ」
「そんなこと言ったって、もう無理じゃない…」
「まだわからないよ!楓と圭吾が結婚できるように、わたしがお父さまを説得するから!」
義雄が考えを改めるまで、椛は何度も訴えるつもりでいた。
楓のためなら、義雄にしつこいと怒鳴られる覚悟もできていた。
――しかし。
「…ふふっ。もしかして、私に情けをかけてるつもり?」
ゆっくりと振り返った楓は、椛を恨みのこもった瞳で睨みつけていた。
「とかなんとか言って、本当はなにもしないつもりでしょ?私に対していい子ぶらなくたっていいわよ」
「いい子ぶるだなんて…。わたしはちゃんと――」
「だったら、なに?今の西門家で一番力ある自分なら、お父さまも言うこと聞くとでも思ってるの?」
「…そんなこと思ってないよ!楓だって優秀なあやかし祓いだし、わたしは西門家の後継ぎは楓のほうがいいと思ってる!」
椛は、なにもケンカがしたいわけではなかった。
それなのに、楓が話を聞こうともしてくれない。
「へ〜、余裕ね。さすがは“最強のあやかし祓いサマ”」
「楓、なんでそんな言い方…。ちょっとおかしいよ。昔の楓は、いつもわたしにやさしい言葉をかけてくれたじゃない…」
すると、楓は嘲るようにニヤリと口角を上げた。
「…昔?ええ、そうよ。そりゃ、やさしくもなるわよ。椛がかわいそうなくらい私より格下だったんだから!」
悔し涙なのか悲し涙なのか、楓の頬には止めどなく涙が伝う。
「でも…、楓はわたしの異能力が開花するのを待っていてくれたんじゃ…」
椛は、喉がキュッと締めつけられて言葉に詰まる。
『焦ることないよ、椛。きっとそのうち、椛も異能が使えるようになるから』
椛が今こうしてあやかし祓いとして活躍できるのは、あの言葉があったからだ。
「この際だから言ってあげる。私、本当は椛が無能のままでいればいいと思ってた。『焦ることないよ』と言ったのも、焦って異能を使えるようになったら困るから」
楓の衝撃的な発言に、椛は理解が追いつかない。
ずっと励みにしていたお守りのような楓の言葉には、まさかそのような意味があったとは知らず。
「椛が異能さえ使えなければ…、私より才能がなければ…!お父さまやお母さまから褒められるのは、ずっと私だったのに!圭吾と結婚するのも私だったのに!」
唇を噛んだ楓がずんずんと歩み寄ってきて、椛の着物の襟を荒々しくつかんだ。
「椛のせいで、私はなにもかも奪われた!…あんたなんかっ、一生無能でよかったのにっ!!」
楓は大声で怒鳴りつけると、その場に力なく泣き崩れた。
ただただ泣き続ける楓に、椛はかける言葉が見つからなかった。
『ごめん』
このひと言さえも、今の楓を傷つけるだろう。
『本当は椛が無能のままでいればいいと思ってた』
あの言葉もきっと楓の本心ではないとはわかっていた。
そうでなければ、無能な椛にあんなやさしい笑みをかけられるはずないから。
妹思いな楓は、椛と同様に異能の開花を今か今かと待っていてくれていた。
それが、椛が思いもよらぬ力だったのが予想外というだけで。
その夜、椛は布団の中で眠れずにいた。
目をつむると、まぶたの裏に涙を流す楓の顔が浮かんだ。
すべての歯車が狂いだしたのは、椛の異能が開花したのがはじまりだ。
できればこの力を放棄したいところだが、異能力を開花した以上、あやかし祓いとして勤めを果たすことが國から義務とされている。
力があるのに隠したり、正当な理由もなくあやかし祓いになることを拒んだ場合は罪に問われる。
つまり、椛の力が周囲に知られている以上は逃れようのない運命で、これから先も楓は椛の後ろ姿を追うこととなる。
「この力さえなければ…」
椛は唇を噛んで、布団の中に潜り込むのだった。
それから数週間後。
西門家は、とある村に派遣で訪れていた。
最近、村周辺であやかしの目撃情報が多く、複数の異能家系と協力して退治するようにと國から要請されたのだ。
最上位家系の西門家の存在に、周囲の異能者たちは圧倒されていた。
「おお。これは西門家の皆さんではありませんか」
そんな声が聞こえて顔を向けると、石井家の当主だった。
「奇遇ですな。石井殿も要請を受けて?」
「ええ。近ごろ、現場はせがれたちに任せることが多かったので、久々に肩慣らしにちょうどいいと思いましてな」
「出ても、中型くらいだそうですからな。おお、圭吾くんもいっしょかね」
石井家当主の後ろには圭吾の姿もあった。
「ご無沙汰しております、西門さま。足を引っ張らぬよう、本日は何卒――」
「なにをかしこまっているんだ。もうすぐ家族になる仲じゃないか」
そう言って、義雄はのんきに笑っている。
椛、楓、圭吾は顔を合わすも、気まずい空気が流れていた。
あれから、椛は何度も義雄に掛け合った。
怒鳴られてもなんとか楓と圭吾の結婚を勧めたが、義雄は最終的に聞く耳も持たなくなった。
来月にはふたりは17歳の誕生日を迎え、椛は圭吾と結婚させられようとしていた。
そのとき、周囲がざわついた。
「お…おい、あれって…」
「…間違いない。天道家だ」
現れたのは、紫黒色の短髪に黒い丸レンズの眼鏡をかけた、一風変わった風貌の男。
「どうも、みなさん。本日はよろしくお願いします」
鼻筋の通った整った男前の顔ではあるが、どこか飄々としたうそくさい微笑みのその男を椛は目を細めて見ていた。
男の名前は、天道蒼紫。
最上位家系に君臨し続け、いつしか“神”と呼ばれるようになった一族のひとりだ。
「…天道家か。あそこから縁談の文がくれば、迷うことなくどちらかふたりを嫁に行かせたが」
義雄は小さくつぶやく。
理想としては天道家との繋がりがほしく、その思惑はまだ拭いきれていないようだった。
「とりあえず、手分けして村周辺の森へ入りましょうか。虫程度のあやかしも見逃さないように片っ端から退治してください。くれぐれも、みなさんケガのないように」
集められた異能家系の中ではトップの天道家の蒼紫が仕切ることになったが、どこか気の抜けた挨拶に椛は拍子抜けした。
こうして7つの異能家系が揃い、森に潜むあやかしを一掃することとなった。
「楓!わたしはこっちに行くけど、楓は――」
「…………」
楓はあからさまに椛を無視すると、ひとり森の中へと入っていった。
あの日から、楓とは口を利けていなかった。
明らかに、楓が椛を拒絶していた。
椛は肩を落とし、楓とは反対方向へと進んだ。
さっそく椛はあやかしを滅していく。
印を結ぶ必要のない椛は、その分他よりも速く異能を発動させることができるため、目に入ったあやかしを片っ端から消していった。
飽きがこないように、火、水、土、風、雷、氷、光など、あらゆる異能を順番に使って、力の威力を試していた。
そのとき、近くの茂みで物音がした。
あやかしかと思い、椛はとっさに身構える。
しかし、茂みから顔を出したのは幼い少年だった。
「へ?子ども?」
椛は拍子抜けして、身構えていた腕を下ろした。
「ぼく、こんなところでなにしてるの。今日は森に入っちゃだめだって、村の人から言われなかった?」
「…ご、ごめんなさい。だけど、妹が熱を出して…。どうしても薬草を取りに行きたくて、それで…」
もごもごと話す少年の手には、薬草が握られていた。
「そっか、それなら仕方ないね」
怒られるかもしれないと怯える少年の頭を椛はやさしくなでた。
「でも、この森にはあやかしがいっぱいいるって知ってるでしょ?お姉ちゃんたちは、今そのあやかしを退治してるところなの。心配だから、森の入り口までいっしょについて行くね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
少年が帰り道にあやかしに遭遇するかもしれないし、はたまた他の異能者に会って同じように問い詰められる可能性もあるため、椛が誘導することにした。
森の中を進んでいると、知った顔を見つけた。
それは、圭吾だった。
「…あ、圭吾」
「おお…、椛か」
来月には夫婦になっているかもしれないと思ったら、気まずさで顔を合わせられない。
「も…椛、その子どもは?」
「…ああ、さっきあっちで見かけて。薬草を取りにきてたみたいなの。だから、森を出るまで付き添っていようと思って」
「そうだな。そのほうが安心だな」
圭吾は少年に歩み寄ると、ニッと笑ってみせた。
「心配しなくても大丈夫だぞ。このねーちゃん、バカみたいにつえーから」
「…ちょっ。バカって余計…!」
「なんでだよ?事実だろ?」
椛は圭吾の肩を軽く叩いてみるが、思わずプッと笑ってしまった。
それにつられて、圭吾からも笑い声が漏れる。
久しぶりに、椛は圭吾の顔を見て笑えたような気がした。
それと同時に、やはり圭吾とはこのままの関係でいたいとも思った。
そのとき、また茂みから物音がした。
他にもまだ子どもがいたのかと思いきや――。
「…なんだ、サル?」
目を細める圭吾。
三人の前に現れたのは、尻尾をくねらせるサルだった。
…しかし、なにかがおかしい。
サルにしては異様に体が大きく、近くまでやってくるとクマくらいの大きさがあった。
大型のあやかしともなれば、野放しにしていたら最悪の場合取り憑かれただれかが死ぬことだってある。
「ここって、大型のあやかしもいるの…!?」
「…そんな話は聞いてない!だが、こんなに深い森なら一体や二体いてもおかしくねぇよな」
椛と圭吾は瞬時に身構える。
椛はすぐに風の異能であやかしを竜巻の中に閉じ込めた。
通常であれば、あやかしはその中で粉々になるはずが、この大型サルのあやかしはまったく効いていなかった。
「…えっ!どういうこと!?」
術が効かないという事態に椛は戸惑う。
「椛、知らないのか!?中には弱点属性の術しか効かないあやかしもいるんだぞ」
「そうなの…!?」
「…お前、本当に実戦派で座学の知識がないんだな」
圭吾はため息をつきながら印を結ぶ。
今度は圭吾が雷の異能であやかしの体を貫くが、それも効果はなかった。
「これもだめかっ…」
舌打ちをする圭吾。
反撃に、あやかしは耳をつんざくほどの声量で雄叫びを上げた。
そのあまりのやかましさに、三人はその場で耳を塞いでうずくまった。
それに驚き混乱したのか、少年が椛のそばから慌てて走り出した。
「うわぁぁぁあ〜…!!」
「…あっ、待って!」
椛が追うが、あやかしのほうが反応が速かった。
あやかしは逃げる少年のあとを追い、その背中目がけて鋭い爪を伸ばす。
しかも運悪く、少年が石につまづいて転んでしまった。
少年を救うには、今すぐにでも異能を発動しなければならない。
だが、弱点属性は不明で、違っていたら効果はなく少年に被害が及ぶ。
しかし、迷っている暇などなかった。
椛は一か八かで火の異能を繰り出した。
「ギャァァァァアアア!!!!」
弱点を突いたのか、あやかしは断末魔の叫びを上げてのたうち回る。
その隙に、椛は少年に駆け寄ると腕の中へと抱きしめた。
「こわかったね。もう大丈夫だよ」
そう言って、椛が安心したのも束の間――。
「危ない、椛!!」
圭吾の声が聞こえて振り返ると、あやかしがもがきながら長くした尾を振り回していた。
ゴムのように伸びた尾はムチのようにしなり、椛と少年を弾き飛ばした。
とっさに椛が庇ったことにより、少年の被害は最小限に留まった。
しかし、椛は体を大木に叩きつけられ、あまりの衝撃にその場で意識を失った。
――椛はゆっくりと目を覚ます。
気がついたら、畳に敷かれた布団の上に横になっていた。
「わたしは…」
むくっと起き上がると、頭にズキンと痛みが走った。
触れると、頭には包帯が巻かれていた。
ぼうっと部屋の中を見回していると、そばに足音が聞こえた。
椛が目を向けると、そこには驚いたように目を丸くする楓が立っていた。
楓はとっさに手にしていた一輪挿しの花瓶を廊下に落としてしまい、生けられて花といっしょに破片が飛び散った。
「お父さま!お母さま!椛が…!」
楓の姿が障子の向こう側に消えてしまい、そのすぐあとに血相を変えた両親がやってきた。
「…も、椛!目を覚ましたのか!」
「ああ、よかった…。本当によかった…」
義雄は鼻をすすり、母の美代子は泣き崩れている。
楓は少し離れたところから眺めていたが、その表情はどこか安堵しているように見えた。
「えっと…、わたし……」
「あやかしの最後の一撃を食らったそうだ。それで、木に頭を強く打ちつけて」
「そう…なんだ」
「運よく圭吾くんがそばにいてくれたからすぐに助けられたが、ずっと意識が戻らないままだったんだ」
椛は病院を退院し、自宅の西門家に戻ってきてもこの10日間眠り続けていた。
「お医者さまからは、このまま目を覚まさないかもしれないと言われて…。生きた心地がしなかったんだから…」
美代子は涙を拭いながら椛の手を取る。
「でも、圭吾さんが助けてくださるなんて、やっぱりふたりは運命の相手なのね。よかったわね、椛」
「そうだな。今回のことで式の日取りが延びたが、椛が心身ともに回復したらすぐにでも式を挙げよう」
椛の白無垢姿を頭に思い浮かべ、義雄と美代子は勝手に盛り上がる。
その後ろで、楓は暗い表情を浮かべていた。
「あ…、あの〜」
そのとき、椛が声を漏らす。
「ん?どうした、椛?」
「お腹でも空いた?それなら、椛の好きなカステラでも切ってこようかしら」
「いや…、そうじゃなくて……」
どこか歯切れの悪い椛の様子に両親は首をかしげる。
そして次の瞬間、この場にいた者たちは全員耳を疑うこととなる。
「…えっと。さっきから言ってる“椛”って、もしかして…わたしのこと?」



