その後、呂嗚流とフランソワは眠りについたが、その間もHONDAジェット・エリートは順調に飛行を続け、無事、日本に到着した。
羽田空港には特別仕様のリムジンが出迎えていた。どこかの大統領専用車のような分厚いドアと防弾ガラスを装備していた。そして、2台の大型バイクが先導し、リムジンの後方では補助席付きの超大型バイク2台に乗った屈強そうな男たちが睨みを効かせていた。
美家に着くと、フランソワは車から降り、低い位置にある自分専用のチャイムを肉球で押した。
「あら、フランソワ」
お手伝いの軽子が驚くような声を出した。そしてすぐに、「お嬢様~」と大きな声で呼んだ。
少しして鉄製の門が開き、リムジンと4台のバイクが美家の敷地に迎え入れられた。
そして3分後、玄関に着いた。
椙子が純白のミニドレス姿で玄関の前に立っていた。相変わらず綺麗だった。それでも、いつものような輝きを放っていなかった。
「心配したのよ」
いきなり抱き上げられた。竜巻に巻き上げられてから眠れなくなって食事も喉に通らなくなったのだという。
「申し訳ございません」
連絡しなかったことを詫びると、「元気でいてくれたらそれでいいのよ」と笑みを返してくれたが、抱き上げられた途端、思い切り鼻を抓られた。
「キャイン」
思わず大きな鳴き声を出すと、今度は尻尾を強く引っ張られた。レオタードと水着を奪ったお仕置きだった。
「早く返しなさい」
強く睨まれたが、返せるわけはなかった。竜巻に巻き上げられた時に吹き飛ばされてしまったのだ。今頃は海に浮かんでいるかもしれないし、まだ空に漂っているかもしれない。もしかしたら誰かの手に渡って、フリマに出されているかもしれない。とにかく手元にはないのだ。
「ごめんなさい」
謝ったが許してくれそうになかった。目に怒りの炎が燃えていた。
ヤバイ!
次はどこを抓られるのかと恐怖に震えた時、救世主が現れた。呂嗚流が登場したのだ。顔をキリッと引き締めてリムジンから降りてくると、椙子様の表情が変わった。
「まあ~、あなたは露見呂嗚流様……」
その途端、恋に落ちたようだった。僕は放り出され、危機を脱した。
*
次の日の朝、新緑の木々に囲まれたプールサイドに呂嗚流が立っていた。黄金のシルク糸でR&Rと刺繍された水着姿で華麗に飛び込むと、続いてやってきた椙子様も飛び込んだ。そして呂嗚流に追いつくと、キスを交わした。
木の陰から見ていた僕はショックで倒れそうになった。ご主人を奪われたことに加えて、呂嗚流から相手にされなくなる恐怖を感じたからだ。
しょんぼりとしていると、軽子が近寄ってきた。
「諦めなさい。でも、私がいるから大丈夫よ」
椙子様の代わりに主人になってあげるという。
「いや、それはちょっと……」
首を振ると、表情が変わった。
「せっかく優しくしてあげているのに」
目が吊り上がると、いきなり持ち上げられた。
プールに落とされる!
恐怖を感じた僕は、彼女の手からするりと抜けて背後に回り、彼女の膝を押した。すると、カクンとなって慌てた様子の軽子は両手をグルグル回して落ちないように踏ん張ったが、抵抗もかなわず腹打ちをするように落ちていった。
「助けて~、泳げないの」
顔をひきつらせた軽子が両手をバタバタ動かしていた。
あっ、沈む、
頭が見えなくなった時、物凄いスピードで泳いできた呂嗚流が潜った。
大丈夫かな?
心配になって見守る中、二人が同時に浮き上がった。呂嗚流は軽子を背後から抱えるようしていた。
良かった……、
安堵の息を吐くと、軽子も水を吐き出した。結構な水の量だった。
これで安心だ、
ホッとして力が抜けたが、その時、「フランソワ―!」と掴みかかるような声が聞こえた。プールサイドに手をついた軽子が鬼のような形相で睨みつけていた。
殺される!
怖くなって逃げ出そうとした。しかし、足を動かしても前に進まなかった。
宙に浮いていた。
何かにガシッと掴まれて、地面から遠ざかっていた。
えっ、
何?
なんなの?
恐る恐る見上げると、翼開長が3メートルはあろうかと思われる大鷲の姿が目に入った。
鷲にさらわれた?
東京で?
ウソだろ?
なんで?
困惑と恐怖が広がる中、呂嗚流の声が聞こえた。
「鷲と共に去りぬ!」
呆けたような顔で手を振っていた。



