「鏡よ鏡、この世で最高の権力者は誰か?」

 鏡は答えた。

「覇王様、この世で最高の権力をお持ちのお方は、あなた様です」

 最強じゃあ!

 アトランティス大国の王、富裸豚(ふらとん)覇王(はおう)が宮殿・王座の間で体を震わせて吠えた。世界一の権力を手にした彼に恐れるものは何もなかった。

 昼食にギンザメのフライやムニエルなどを堪能して黄金の茶を飲んでいると、侍従が(かたわ)らで(かしこ)まった。

「覇王様、日光浴のお時間でございます」

「うむ」

 富裸豚は愛らしいミニブタが描かれたビーチパンツに着替え、その上に黄金のマントを纏って、海中移動船に乗り込んだ。

 海底都市国家であるアトランティス大国は太平洋の海底下に築かれた世界最大規模の領土を持つ国家で、世界最先端の技術を数多く持つ技術立国でもある。人工太陽に照らされたスマートシティが点在し、人々の食生活は工場で栽培される野菜や、同じく工場で飼育される魚や家畜などで賄われている。重労働はロボットが担い、定型化された事務作業はコンピューターが自動処理を行うため、人間は創造性が必要な仕事にだけ集中することができる。その結果、世界で突出した生産性を実現し、世界最大のGDPを誇っている。
 更に、強力な軍備による防衛力によって、侵略を狙う野蛮な国々に睨みを効かせている。その軍備はロボット技術とICT技術、AI技術が融合した高度なもので、兵隊と呼ばれる人間は存在しない。

「覇王様、あと1分で海面に到着いたします」

 侍従が耳元で囁いた。

 すると、マッサージを受けて微睡(まどろ)んでいた富裸豚が目を開けた。

        *

「太陽の光は気持ちが良いのう」

 一日1回海面に浮かぶ人工島で日光浴をするのが富裸豚の日課だった。その人工島は可動式の上、高度なステルス技術で守られ、他国のレーダー探査から逃れることができるものだった。しかも、特殊な透明化技術により、上空から肉眼で見ても人工島も人間も見えないようにしているのだ。上空から見えるのは海だけなのだ。

「この砂浜に寝そべると極楽じゃ」

 ホワイトヘブン・ビーチの純白の砂を上回る世界一キメ細かい砂のサラサラとした感触が富裸豚のお気に入りだった。その上、エステシャンから日焼け止めクリーム塗布マッサージを受けて最高に気持ちよくなった富裸豚は、ゴールデンアイズという名前のカクテルを楽しむことにした。指を鳴らすと、ほとんど間を置かず、侍従が(うやうや)しく運んできた。いつでも飲めるように常にバーテンダーが待機しているのだ。

「うまい!」

 一口飲んでニンマリしていると、沖に波しぶきが見えた。それに気づいた侍従と護衛隊に緊張が走った。富裸豚は常に狙われており、いつ暗殺者が現れてもおかしくないのだ。護衛隊長はすぐに指示を出して臨戦態勢に入ったが、「シャチに乗った犬が」とその姿を一番先に確認したのは富裸豚だった。彼の視力は8.8だった。

 猛スピードで近づいてきた巨大なシャチが人工島の砂浜に気づいたのか、急ブレーキをかけた。その瞬間、反動で飛び上がった犬が見事なひねり技を決めて着地した。前方伸身宙返り3回ひねりだった。

 シライ2か! 
 満点!

 富裸豚が砂浜に世界最高点を記した。

「名犬フランソワ参上!」

 富裸豚の前でひざまずいた。

「何奴?」

 護衛隊長がレーザー銃を向けた。その瞬間、フランソワは飛び上がり、後方伸身宙返り4回ひねりを決めた。
  
 シライ!

 富裸豚がまたも満点をつけた。

「怪しいものではございません」

 にじり寄る護衛隊長を手で制した。

「日本から海を渡ってやってまいりました」

 ロープで縛られた状態でプールの排水溝に吸い込まれたフランソワは下水道に流され、その後、太平洋に到達した。そこでウミガメに出会い、海中を甲羅に乗って東へ進んだ。ウミガメが呼吸のために浮上した時、偶然イルカに出会い、フランソワは背ビレにつかまって更に東進した。そのイルカをシャチが襲ったが、フランソワは間一髪難を逃れてシャチの背にまたがった。そして、富裸豚が日光浴をしている人工島に辿り着いたのだ。

「下水道の中を、そして、太平洋の海中を、どうやって生き延びてきたのだ」

 フランソワは答えず、自らの首のあたりを指差した。

「まさか⁉」

 富裸豚は驚きの余り口が全開になったが、目は一点を見つめていた。

「なんで犬にエラが……」

 フランソワは不敵に笑った。

「環境変化に即応したのです」

 ダーウィンの進化論……、

 富裸豚は天を仰いでから、誰もが知る有名な言葉を口にした。

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残ることができるのは変化できる者である」

御意(ぎょい)

 フランソワが、かしづいた。

 ん? 
 それにしても、

 富裸豚の頭にもう一つの疑問が浮かんだ。

「ロープはどうした?」

 フランソワはロープでぐるぐる巻きにされてプールに放り込まれたのだ。

「縄抜けの術を使いました」

「縄抜け? もしかして、お主は忍者か?」

「伊賀の出身にございます」

 フランソワが前足の肉球を合わせた瞬間、目くらましが炸裂し、姿を消した。

「出会え、出会え!」

 護衛隊長が声を荒げると、隊員たちは右往左往バタバタと走り回ってフランソワを探した。しかし、その姿を見つけることはできなかった。

 少しして目くらましの煙が晴れると、フランソワの姿が見えた。富裸豚の太鼓腹の上にちょこんと座っていた。