《7話:その恋、認めます!(俺たち、すっかり潮田家のもの)》
◯翠の部屋【続・凪智の誕生日(7月下旬・土曜日)・夜】
食事を終え、凪智と部屋に来た翠。箪笥の中を漁ってから「ほらよ」と、ビッグサイズのTシャツやズボン、下着を取り出して渡す。
凪智「ミド先輩……これ」
凪智は自分のサイズに合う衣類を手にして、驚いた顔をする。※表情豊かになってきた凪智。
翠「買っておいた。……凪智がまた泊まるかもって思って」
翠は照れたようにそっぽを向く。
凪智「ミド先輩からの誕生日プレゼントだ」
嬉しそうに、きゅっと衣類を抱きしめる凪智。
翠は「いや! 待て待て!」と凪智の手を掴む。
凪智「どうかしましたか?」
翠「それは誕プレにはならねぇだろ。安物だぞ?」
凪智「いえ。ミド先輩からの初めてのプレゼントなので、プレミアが付きます」
凪智はキリッとした顔をする。
翠は「はぁ」とため息。
翠「本当にそれでいいのかよ」
凪智「?」
翠「誕プレ……用意できてないから、とりあえず言うこと3つ聞いてやろうかと思ったんだけど」
凪智はピクッと反応。目を輝かせる。
凪智「何でもですか?」
翠「あ……あぁ、常識の範囲内でなら」
あまりの反応に、翠は少しだけたじろぐ。
翠(変なことは頼まない……よな? いや、でも待て。俺たち、今日からだけど、本当に付き合うわけで……もしかしたら、身体的接触を求められる可能性もあるのか⁉︎)
翠は脳内で、凪智とキスしたり、身体に触れられたりする妄想をする。一瞬にして全身が熱を帯びたように。※頭がパンクするような、ぼんっと煙が出るような描写。
凪智「ミド先輩……顔赤い。可愛い」
手を伸ばしてくる凪智。頰に手が触れて、ピクッと跳ねる翠。なんとも言えない、変な雰囲気が漂う。翠は緊張して心臓の音がうるさい。
翠「……え、エロいことはナシな」
頬を赤めながら上目遣いする翠。※凪智目線から見る翠が色っぽい。
凪智はゴクっと唾を飲み込む。だが、待てができるわんこの凪智は、パッと手を離す。ペちっと自分の頬を一発叩いてから、片手で顔を覆う。
翠はぽかん。むしろ翠「え?」という感じ。
翠「な、凪智?」
翠が肩に触れようとしたら、凪智が手を下ろす。
凪智「あの……まずは、ミド先輩のお母さんのお墓参りに行きたいです」
翠「母さん……の?」
凪智「ご挨拶、ちゃんとしたくて。さっき、会いに行きますって言ったから」
翠(さっき、母さんの仏壇前にいたのは、そういうことか)
回想。翠が食器を片付けている最中、凪智が仏壇に手を合わしていた様子。
翠「ありがとな。凪智」
凪智「あと……もうひとつ。カワセミ見に行きたいです」
翠「カワセミ?」
凪智「まだ、見つけてないから」
翠「あぁ、たしかに。……じゃあ、初デートは母さんに挨拶からのカワセミ探しの旅って感じか。凪智はいつ暇?」
凪智「明日! 部活ないです!」
やたらと圧が強めの、凪智。物凄くデートがしたい感じに、顔をぐいと近づける。
翠「じゃあ、明日行くか」
凪智「はいっ!」
凪智は元気な声で返事。
そんな凪智がなおさら愛おしく見えてくる翠。
翠(なんか……抱きつきてぇ。抱きついてもいいかな……。いいよな? もう俺、彼氏だし)
翠はたまらなくなって、ギュッと凪智に抱きつく。
凪智は「え? え?」と戸惑う。
翠(どっか遊びに行くとかでもなく、こういう……俺のこと考えてくれてるの、ほんと……嬉しい。可愛くて、優しくて、最高かよ。俺の彼氏)
翠は凪智の胸にしばし顔を埋めてすりすりした後、見上げる。
凪智はもう顔が真っ赤。
いたずら心がむずむずと湧いた、翠。
翠「やっぱ、エロいことしてもいーぞ。お前なら許す」
翠は誘うように目を細める。
凪智は口をぱくぱく。
翠「それで……あと一つは?」
翠が促すように言うも、凪智のヘタレわんこ発動。
翠をぺいっと身体から剥がす。
翠「ん?」
凪智「そっ……その前に、一つだけ言っておきたいことがあるんです!」
そう言ってから、少し沈黙する凪智。引き剥がされた翠は「なんだよ」と、口を尖らせる。
凪智「……えっと」
翠「もう契約関係の恋人じゃねーんだぞ? なんでも俺が受け止めるから、言ってみろよ」
凪智は軽く息を吐いてから「父さんとのことでミド先輩を怒らせたときの……こと、謝りたくて」と言う。
凪智は少し目を伏せる。
凪智「あの時、言えなかった言葉の先……ちゃんと伝えたいんです」
(◯5話の時の回想。※以下は確認のため、会話のみ再掲
翠「付き合おうって言ったの……頼まれたから? 俺がお前に気ぃ許すようになったら、楽だもんな? 説得」
凪智「……えっと」
翠「弁当持って教室来たのも、俺の手繋いだのも──……好きって言ってくれたのも、全部、海さんのため?」
凪智「……違います……でも……」)
◯現在:翠の部屋【続・凪智の誕生日(7月下旬・土曜日)・夜】
凪智「……父さんからミド先輩の説得は頼まれていましたが、説得じゃなかったです。ミド先輩と終わりたくなかった。……ミド先輩に好かれたかった。だから、引き伸ばそうと思って、俺は……」
凪智は、言葉を詰まらせる。
翠「凪智、もういいよ。分かってる」
翠は手を伸ばして、凪智の頬を両手で挟む。
凪智「……でも」
翠「大丈夫だから。もう。凪智が昔から、嫌われたくなくて謝るのも、思い出したし。お前がめちゃくちゃ俺のこと好きなの、もう分かってるから」
翠がくすっと笑うと、凪智は目をぱちくり。
凪智「じゃあ、俺が人前で笑えるようになった理由も覚えて……?」
翠「ん? それは……ごめん。覚えてねぇかも」
翠は凪智の頰から手を離す。
凪智「あ……えっと、話してもいいですか?」
翠「お前が話していいなら」
凪智「じゃあ、話します。……えっと、まず俺は、俺を置いて行った母親から『あんたの笑顔を見るだけで、嫌になる』って言われてから……人前で笑えませんでした」
翠は記憶の中の凪智が、幼い頃から無表情だった理由を知って、ぐっと奥歯を噛み締める。
凪智「でも、ミド先輩があの日『こうやって笑えばいいんだよ』って、お手本を見せてくれて……それから俺、ミド先輩の真似したら笑えるようになりました」
凪智に言われて、ようやく思い出す9歳の夏。
◯回想:凪智の自宅【翠9歳・凪智8歳の夏】
食後、菫と海が話す中、凪智と翠はテレビを見ている。翠はげらげらテレビを見て笑う。凪智が笑わないのを不思議に思う翠。
翠「なち、おもしろくない? テレビ」
凪智「……ううん。おもしろい」
翠「なんでわらわないの?」
凪智「………うまくできない」
翠「んー、じゃあ、ぼくの真似したらいいよ」
凪智「ミドくんの?」
翠「うん! こうやって笑えばいいんだよ」
翠はにこっと笑う。
でも、凪智は上手く笑えない。
だから、何度も、何度もお手本を見せて、繰り返す。
ようやく、ちょっとだけ笑えた凪智。
翠はにかっと笑う。
翠「なちはかわいいから、えがお、すごくにあうよ!」
◯現在:翠の部屋【続・凪智の誕生日(7月下旬・土曜日)・夜】
翠「あー……思い出した」
凪智「思い出しましたか?」
翠「あぁ、それで……お前は、皆の『爽やか王子』になったってことか。俺の真似って……そこから始まってたのかよ」
翠は恥ずかしくなって、口元を手で覆う。
凪智「はい。……でも、前にも言いましたが、ミド先輩の前では演技というか、真似できなかったです。好きすぎて……色々、ボロが出てしまいそうで」
凪智は目を細める。
凪智「それに……ミド先輩の前では、ずっと『ありのままの俺』でいたかったんです。すみません」
翠「何を謝る必要があるんだよ。凪智の演技じゃない笑顔、時々見させてもらったし……むしろ、演技しないでくれる方が嬉しいというか」
翠は恥ずかしくなって、視線を逸らす。
凪智「ミド先輩のおかげで、俺は今、すごく幸せです。……だから、あの、キスしてもいいですか?」
翠「はっ……?」
凪智「さっき、ミド先輩がエロいことしてもいいって」
翠「いや、タイミングってもんが」
顔を真っ赤にして、視線を泳がせる翠。
だが、凪智は顔をぐいと近づけてくる。
翠の心臓はけたたましく、鳴る。
凪智「今がそのタイミングでは?」
翠「……いや、ちょ、待て」
凪智「待てません」
凪智の唇が、頬に触れる。
口にされると思っていた翠は「へ?」と見上げると、今度は唇にキスが落とされる。
翠(うわ……やわらか)
すぐに離れたので、ドキドキしながら、指で唇に触れようとする翠。しかし、凪智に手を掴まれる。
凪智が「もっとしていいですか」と聞く。答える間も無く、何度もちゅっちゅと軽いキス繰り返される。
最初こそドキドキしたものの、あまりにされるので翠は慣れ始める。
翠(し……しつけぇ)
〜数分後~
ようやく解放された翠。
翠「死ぬ! 息が! 無理!」
翠は息も絶え絶え状態で、呼吸が荒い。
凪智だけ、満足げな顔。※やり遂げたわんこ感。
◯陽の光が射しこむ、翠の部屋【凪智の誕生日の翌朝(日曜日)・朝】
シャッター音が連続して鳴る音で、翠は起床。目を開けると、凪智ががっつりスマホを構えている。
翠「おっ……お前、何して」
凪智「ミド先輩の寝顔を記録してます」
翠「はぁ? ふざけんな! 消せ!」
凪智「動画もありますが、見ますか? 寝てすぐのミド先輩……日付回る前の分ですね。それと、夜中3時のミド先輩。あと、6時の分があります」
翠「何をしてんだよ!」
凪智「愛する彼氏の記録です」
翠「愛って……まだ付き合って二日目」
凪智「愛に時間は関係ありません。あっ……そうだ! ノートも書き変えなきゃです」
凪智は慌てて、前日に着ていたズボンのポケットから小さいノートを取り出す。
表紙にはあの『ミド先輩と潮田家の未来』のノート。
凪智「黒ペン借りますね」
凪智は翠の机の前に行き、椅子に座る。何かを書き出す。
翠はベッドから降りて、凪智の方へ向かう。後ろから覗き込むと、ちょうど表紙は『ミドくん愛の記録(彼氏Ver.)』と書き変えられていた。
翠「凪智……お前って、ほんと俺のこと好きすぎねぇ?」
凪智「当たり前です。今後は旦那Ver.と老後Ver.も作る予定ですよ」
翠「お前ってやつは」
呆れた感じで言うと、凪智がくるっと翠の方を見る。
凪智「嫌いになりますか……?」
翠「なるわけぇだろ。大好きだよ、ばか」
翠は愛おしさが込み上げて、ぎゅっと後ろから凪智に抱き着く。
凪智「俺も大好きです」
凪智は横を向いて、翠の頬にキスをする。そして、頰にすりすり。
翠「あーもう、お前はすぐにちゅーも、すりすりも、したがるよな」
凪智「好きなので」
翠「それ以上はできないヘタレわんこのくせに」
凪智「……成人するまでは清いお付き合いです」
凪智は耳を真っ赤にする。
翠「はいはい。じゃあ、飯にでもするか。愛しの彼氏が飯を作ってやるよ」
翠は凪智から離れて、手をひらひらと振りながら部屋を出て行く。
凪智「……ミド先輩、可愛すぎて死にそう」
はぁと息を吐く凪智。
凪智「色っぽいし、俺、大丈夫かな。でも……我慢しないと。手は出しちゃだめ……。あぁ、だけど……」
凪智は背を丸め、下半身に手を伸ばす。その瞬間、ガチャっと扉が開く。
翠「なぁ、やっぱ凪智、あのさ──」
凪智がズボンのゴムを引っ張るところを、ガッツリ目撃してしまう翠。ひゅっと翠の喉が鳴る。
凪智「あ」
翠「な…………凪智────っ! 俺の部屋で何しようとしてんだ────っ!」
真っ赤になって叫ぶ翠。
慌てて手を離す、凪智。
その後、デフォルメ絵で汗ダラダラで正座する凪智(耳としっぽが垂れている)と、ぷんすか怒る翠の図。
◯翠の家の前【同日・朝】
食事を食べ終えた二人は、少しの荷物(お弁当やら)を持って玄関に立つ。
翠(人の部屋で何やってんだよ、バカ)
翠はまだ、ぷんすか怒っている。隣の凪智はソワソワしているのを見て、蒼が翠の服を掴む。
蒼「にいちゃん、なちくんのこと大切にしてあげてね。なちくんなかせたら、ゆるさないから」
見送りの弟に釘を刺されて、翠は「は? ……蒼、お前、どこまで知って……」と少し動揺。
蒼は今度は、凪智の服をくいくいっと引っ張る。凪智は体をかがめて、蒼の高さに。
蒼「なちくん、にいちゃんになかされたらぼくに言ってね。にいちゃんのこと、おこってあげる。……あと、ぼく、なちくんのことおうえんしてるからね」
蒼が凪智の耳元でこそこそ。
凪智「ありがと」
凪智は蒼の頭をよしよしする。
翠「今、なに言ったんだよ」
翠は蒼に軽くつっかかる。蒼はべーっと舌を出して「ないしょだよー」と言う。
翠「そうかよ。じゃあ、行くか。凪智」
凪智「はい」
二人で玄関から外に出る。凪智が手を伸ばしてきて、翠はそれを受け入れる。きゅっと繋ぐ。
菫「車とかに気を付けるんだよ」
海「なんかあったら、電話しろよな。迎え行くから」
翠と凪智が振り返ると、大人たちが手を振る。
先ほどまで握られていなかった父たちの手も、息子たちに感化されて、同じく握られている。
翠(父さんたちの恋を止めようとして始まった、俺たちの関係だけど)
翠はくすっと笑う。
翠(今じゃ、誰かの恋を動かす側になっているのだと思うと……まぁ、悪くはねぇよな)
翠「はーい」
凪智「行ってきます」
前を向き直して、歩き出す二人。
翠(ちなみに、母さんの墓参りからのカワセミ探しの旅は、これからの俺たちの恒例行事になりそうな気がする)
【了】
◯翠の部屋【続・凪智の誕生日(7月下旬・土曜日)・夜】
食事を終え、凪智と部屋に来た翠。箪笥の中を漁ってから「ほらよ」と、ビッグサイズのTシャツやズボン、下着を取り出して渡す。
凪智「ミド先輩……これ」
凪智は自分のサイズに合う衣類を手にして、驚いた顔をする。※表情豊かになってきた凪智。
翠「買っておいた。……凪智がまた泊まるかもって思って」
翠は照れたようにそっぽを向く。
凪智「ミド先輩からの誕生日プレゼントだ」
嬉しそうに、きゅっと衣類を抱きしめる凪智。
翠は「いや! 待て待て!」と凪智の手を掴む。
凪智「どうかしましたか?」
翠「それは誕プレにはならねぇだろ。安物だぞ?」
凪智「いえ。ミド先輩からの初めてのプレゼントなので、プレミアが付きます」
凪智はキリッとした顔をする。
翠は「はぁ」とため息。
翠「本当にそれでいいのかよ」
凪智「?」
翠「誕プレ……用意できてないから、とりあえず言うこと3つ聞いてやろうかと思ったんだけど」
凪智はピクッと反応。目を輝かせる。
凪智「何でもですか?」
翠「あ……あぁ、常識の範囲内でなら」
あまりの反応に、翠は少しだけたじろぐ。
翠(変なことは頼まない……よな? いや、でも待て。俺たち、今日からだけど、本当に付き合うわけで……もしかしたら、身体的接触を求められる可能性もあるのか⁉︎)
翠は脳内で、凪智とキスしたり、身体に触れられたりする妄想をする。一瞬にして全身が熱を帯びたように。※頭がパンクするような、ぼんっと煙が出るような描写。
凪智「ミド先輩……顔赤い。可愛い」
手を伸ばしてくる凪智。頰に手が触れて、ピクッと跳ねる翠。なんとも言えない、変な雰囲気が漂う。翠は緊張して心臓の音がうるさい。
翠「……え、エロいことはナシな」
頬を赤めながら上目遣いする翠。※凪智目線から見る翠が色っぽい。
凪智はゴクっと唾を飲み込む。だが、待てができるわんこの凪智は、パッと手を離す。ペちっと自分の頬を一発叩いてから、片手で顔を覆う。
翠はぽかん。むしろ翠「え?」という感じ。
翠「な、凪智?」
翠が肩に触れようとしたら、凪智が手を下ろす。
凪智「あの……まずは、ミド先輩のお母さんのお墓参りに行きたいです」
翠「母さん……の?」
凪智「ご挨拶、ちゃんとしたくて。さっき、会いに行きますって言ったから」
翠(さっき、母さんの仏壇前にいたのは、そういうことか)
回想。翠が食器を片付けている最中、凪智が仏壇に手を合わしていた様子。
翠「ありがとな。凪智」
凪智「あと……もうひとつ。カワセミ見に行きたいです」
翠「カワセミ?」
凪智「まだ、見つけてないから」
翠「あぁ、たしかに。……じゃあ、初デートは母さんに挨拶からのカワセミ探しの旅って感じか。凪智はいつ暇?」
凪智「明日! 部活ないです!」
やたらと圧が強めの、凪智。物凄くデートがしたい感じに、顔をぐいと近づける。
翠「じゃあ、明日行くか」
凪智「はいっ!」
凪智は元気な声で返事。
そんな凪智がなおさら愛おしく見えてくる翠。
翠(なんか……抱きつきてぇ。抱きついてもいいかな……。いいよな? もう俺、彼氏だし)
翠はたまらなくなって、ギュッと凪智に抱きつく。
凪智は「え? え?」と戸惑う。
翠(どっか遊びに行くとかでもなく、こういう……俺のこと考えてくれてるの、ほんと……嬉しい。可愛くて、優しくて、最高かよ。俺の彼氏)
翠は凪智の胸にしばし顔を埋めてすりすりした後、見上げる。
凪智はもう顔が真っ赤。
いたずら心がむずむずと湧いた、翠。
翠「やっぱ、エロいことしてもいーぞ。お前なら許す」
翠は誘うように目を細める。
凪智は口をぱくぱく。
翠「それで……あと一つは?」
翠が促すように言うも、凪智のヘタレわんこ発動。
翠をぺいっと身体から剥がす。
翠「ん?」
凪智「そっ……その前に、一つだけ言っておきたいことがあるんです!」
そう言ってから、少し沈黙する凪智。引き剥がされた翠は「なんだよ」と、口を尖らせる。
凪智「……えっと」
翠「もう契約関係の恋人じゃねーんだぞ? なんでも俺が受け止めるから、言ってみろよ」
凪智は軽く息を吐いてから「父さんとのことでミド先輩を怒らせたときの……こと、謝りたくて」と言う。
凪智は少し目を伏せる。
凪智「あの時、言えなかった言葉の先……ちゃんと伝えたいんです」
(◯5話の時の回想。※以下は確認のため、会話のみ再掲
翠「付き合おうって言ったの……頼まれたから? 俺がお前に気ぃ許すようになったら、楽だもんな? 説得」
凪智「……えっと」
翠「弁当持って教室来たのも、俺の手繋いだのも──……好きって言ってくれたのも、全部、海さんのため?」
凪智「……違います……でも……」)
◯現在:翠の部屋【続・凪智の誕生日(7月下旬・土曜日)・夜】
凪智「……父さんからミド先輩の説得は頼まれていましたが、説得じゃなかったです。ミド先輩と終わりたくなかった。……ミド先輩に好かれたかった。だから、引き伸ばそうと思って、俺は……」
凪智は、言葉を詰まらせる。
翠「凪智、もういいよ。分かってる」
翠は手を伸ばして、凪智の頬を両手で挟む。
凪智「……でも」
翠「大丈夫だから。もう。凪智が昔から、嫌われたくなくて謝るのも、思い出したし。お前がめちゃくちゃ俺のこと好きなの、もう分かってるから」
翠がくすっと笑うと、凪智は目をぱちくり。
凪智「じゃあ、俺が人前で笑えるようになった理由も覚えて……?」
翠「ん? それは……ごめん。覚えてねぇかも」
翠は凪智の頰から手を離す。
凪智「あ……えっと、話してもいいですか?」
翠「お前が話していいなら」
凪智「じゃあ、話します。……えっと、まず俺は、俺を置いて行った母親から『あんたの笑顔を見るだけで、嫌になる』って言われてから……人前で笑えませんでした」
翠は記憶の中の凪智が、幼い頃から無表情だった理由を知って、ぐっと奥歯を噛み締める。
凪智「でも、ミド先輩があの日『こうやって笑えばいいんだよ』って、お手本を見せてくれて……それから俺、ミド先輩の真似したら笑えるようになりました」
凪智に言われて、ようやく思い出す9歳の夏。
◯回想:凪智の自宅【翠9歳・凪智8歳の夏】
食後、菫と海が話す中、凪智と翠はテレビを見ている。翠はげらげらテレビを見て笑う。凪智が笑わないのを不思議に思う翠。
翠「なち、おもしろくない? テレビ」
凪智「……ううん。おもしろい」
翠「なんでわらわないの?」
凪智「………うまくできない」
翠「んー、じゃあ、ぼくの真似したらいいよ」
凪智「ミドくんの?」
翠「うん! こうやって笑えばいいんだよ」
翠はにこっと笑う。
でも、凪智は上手く笑えない。
だから、何度も、何度もお手本を見せて、繰り返す。
ようやく、ちょっとだけ笑えた凪智。
翠はにかっと笑う。
翠「なちはかわいいから、えがお、すごくにあうよ!」
◯現在:翠の部屋【続・凪智の誕生日(7月下旬・土曜日)・夜】
翠「あー……思い出した」
凪智「思い出しましたか?」
翠「あぁ、それで……お前は、皆の『爽やか王子』になったってことか。俺の真似って……そこから始まってたのかよ」
翠は恥ずかしくなって、口元を手で覆う。
凪智「はい。……でも、前にも言いましたが、ミド先輩の前では演技というか、真似できなかったです。好きすぎて……色々、ボロが出てしまいそうで」
凪智は目を細める。
凪智「それに……ミド先輩の前では、ずっと『ありのままの俺』でいたかったんです。すみません」
翠「何を謝る必要があるんだよ。凪智の演技じゃない笑顔、時々見させてもらったし……むしろ、演技しないでくれる方が嬉しいというか」
翠は恥ずかしくなって、視線を逸らす。
凪智「ミド先輩のおかげで、俺は今、すごく幸せです。……だから、あの、キスしてもいいですか?」
翠「はっ……?」
凪智「さっき、ミド先輩がエロいことしてもいいって」
翠「いや、タイミングってもんが」
顔を真っ赤にして、視線を泳がせる翠。
だが、凪智は顔をぐいと近づけてくる。
翠の心臓はけたたましく、鳴る。
凪智「今がそのタイミングでは?」
翠「……いや、ちょ、待て」
凪智「待てません」
凪智の唇が、頬に触れる。
口にされると思っていた翠は「へ?」と見上げると、今度は唇にキスが落とされる。
翠(うわ……やわらか)
すぐに離れたので、ドキドキしながら、指で唇に触れようとする翠。しかし、凪智に手を掴まれる。
凪智が「もっとしていいですか」と聞く。答える間も無く、何度もちゅっちゅと軽いキス繰り返される。
最初こそドキドキしたものの、あまりにされるので翠は慣れ始める。
翠(し……しつけぇ)
〜数分後~
ようやく解放された翠。
翠「死ぬ! 息が! 無理!」
翠は息も絶え絶え状態で、呼吸が荒い。
凪智だけ、満足げな顔。※やり遂げたわんこ感。
◯陽の光が射しこむ、翠の部屋【凪智の誕生日の翌朝(日曜日)・朝】
シャッター音が連続して鳴る音で、翠は起床。目を開けると、凪智ががっつりスマホを構えている。
翠「おっ……お前、何して」
凪智「ミド先輩の寝顔を記録してます」
翠「はぁ? ふざけんな! 消せ!」
凪智「動画もありますが、見ますか? 寝てすぐのミド先輩……日付回る前の分ですね。それと、夜中3時のミド先輩。あと、6時の分があります」
翠「何をしてんだよ!」
凪智「愛する彼氏の記録です」
翠「愛って……まだ付き合って二日目」
凪智「愛に時間は関係ありません。あっ……そうだ! ノートも書き変えなきゃです」
凪智は慌てて、前日に着ていたズボンのポケットから小さいノートを取り出す。
表紙にはあの『ミド先輩と潮田家の未来』のノート。
凪智「黒ペン借りますね」
凪智は翠の机の前に行き、椅子に座る。何かを書き出す。
翠はベッドから降りて、凪智の方へ向かう。後ろから覗き込むと、ちょうど表紙は『ミドくん愛の記録(彼氏Ver.)』と書き変えられていた。
翠「凪智……お前って、ほんと俺のこと好きすぎねぇ?」
凪智「当たり前です。今後は旦那Ver.と老後Ver.も作る予定ですよ」
翠「お前ってやつは」
呆れた感じで言うと、凪智がくるっと翠の方を見る。
凪智「嫌いになりますか……?」
翠「なるわけぇだろ。大好きだよ、ばか」
翠は愛おしさが込み上げて、ぎゅっと後ろから凪智に抱き着く。
凪智「俺も大好きです」
凪智は横を向いて、翠の頬にキスをする。そして、頰にすりすり。
翠「あーもう、お前はすぐにちゅーも、すりすりも、したがるよな」
凪智「好きなので」
翠「それ以上はできないヘタレわんこのくせに」
凪智「……成人するまでは清いお付き合いです」
凪智は耳を真っ赤にする。
翠「はいはい。じゃあ、飯にでもするか。愛しの彼氏が飯を作ってやるよ」
翠は凪智から離れて、手をひらひらと振りながら部屋を出て行く。
凪智「……ミド先輩、可愛すぎて死にそう」
はぁと息を吐く凪智。
凪智「色っぽいし、俺、大丈夫かな。でも……我慢しないと。手は出しちゃだめ……。あぁ、だけど……」
凪智は背を丸め、下半身に手を伸ばす。その瞬間、ガチャっと扉が開く。
翠「なぁ、やっぱ凪智、あのさ──」
凪智がズボンのゴムを引っ張るところを、ガッツリ目撃してしまう翠。ひゅっと翠の喉が鳴る。
凪智「あ」
翠「な…………凪智────っ! 俺の部屋で何しようとしてんだ────っ!」
真っ赤になって叫ぶ翠。
慌てて手を離す、凪智。
その後、デフォルメ絵で汗ダラダラで正座する凪智(耳としっぽが垂れている)と、ぷんすか怒る翠の図。
◯翠の家の前【同日・朝】
食事を食べ終えた二人は、少しの荷物(お弁当やら)を持って玄関に立つ。
翠(人の部屋で何やってんだよ、バカ)
翠はまだ、ぷんすか怒っている。隣の凪智はソワソワしているのを見て、蒼が翠の服を掴む。
蒼「にいちゃん、なちくんのこと大切にしてあげてね。なちくんなかせたら、ゆるさないから」
見送りの弟に釘を刺されて、翠は「は? ……蒼、お前、どこまで知って……」と少し動揺。
蒼は今度は、凪智の服をくいくいっと引っ張る。凪智は体をかがめて、蒼の高さに。
蒼「なちくん、にいちゃんになかされたらぼくに言ってね。にいちゃんのこと、おこってあげる。……あと、ぼく、なちくんのことおうえんしてるからね」
蒼が凪智の耳元でこそこそ。
凪智「ありがと」
凪智は蒼の頭をよしよしする。
翠「今、なに言ったんだよ」
翠は蒼に軽くつっかかる。蒼はべーっと舌を出して「ないしょだよー」と言う。
翠「そうかよ。じゃあ、行くか。凪智」
凪智「はい」
二人で玄関から外に出る。凪智が手を伸ばしてきて、翠はそれを受け入れる。きゅっと繋ぐ。
菫「車とかに気を付けるんだよ」
海「なんかあったら、電話しろよな。迎え行くから」
翠と凪智が振り返ると、大人たちが手を振る。
先ほどまで握られていなかった父たちの手も、息子たちに感化されて、同じく握られている。
翠(父さんたちの恋を止めようとして始まった、俺たちの関係だけど)
翠はくすっと笑う。
翠(今じゃ、誰かの恋を動かす側になっているのだと思うと……まぁ、悪くはねぇよな)
翠「はーい」
凪智「行ってきます」
前を向き直して、歩き出す二人。
翠(ちなみに、母さんの墓参りからのカワセミ探しの旅は、これからの俺たちの恒例行事になりそうな気がする)
【了】


