《5話:待って、俺のこと好き(じゃなかったのかよ)》

◯5話冒頭:回想・凪智の彼氏ムーブ・学校【6月半ばから6月末】

 翠(手を繋いでからというものの、凪智(なち)は彼氏感をもっと出してくるようになった)

 放課後、凪智が(みどり)の手を繋ぐ。嬉しそうな様子。※凪智に犬の耳としっぽ。
 
 翠(これまで水曜と金曜だけ一緒に食べていた弁当も、毎日)

 スマホで〈毎日お昼食べたいです〉とメッセージが届く。仕方なく凪智の教室に来る翠を見て、教室前で待つ凪智はぶんぶんしっぽを振る。お弁当の袋はカワセミ。
 
 翠(それに、凪智ってば俺の教室にくるなって言ったのに、放課後は部活前にちょっとだけ俺の顔を見て行く)

 HR中の翠の教室の前をわざわざ通る凪智。翠を見て、手を振る。翠は早く行け!と追い払う仕草。
 
 翠(俺は素直じゃないからツンとしてしまうけど、ほんとはちょっと嬉しくもある)

 凪智を見送る翠の顔は、楽しそう。

◯回想・続・凪智の彼氏ムーブ・漁港【放課後】

 翠(それに、俺は思っていた以上に凪智に助けられてる)
 
 漁港で何度も父たちの姿を見かけて、話しかけようとする。だが、できず首を振る翠。翠の肩を抱く凪智。

 翠(凪智は焦らなくていいって言うみたいに、何度もついてきてくれた)

◯現在:漁港【七月上旬・金曜の放課後】

 (すみれ)(うみ)が一緒にいる様子を物陰から眺める、翠と凪智。波止場にいる父たちは手をつなぎそうでつなげない、そんなもどかしい距離感。
 
 凪智「それで、ミド先輩、今日はどうします? 蒼くんはいないようですが」
 翠「あー、(あお)は今日、友達の家行くから遅くなるらしい」
 凪智「じゃあ、今日こそ、ですか?」
 翠「うん。今日こそは……伝えたいよな」

 ぎゅっと握り拳をつくる翠。
 
 凪智「じゃあ、俺が父さんを捕まえます。二人なら、話せますよね?」
 翠「……それなら、いける気がする」
 凪智「分かりました。じゃあ、俺に任せてください」

 凪智は菫と海のいる波止場に向かい、何かを伝える凪智。海だけを連れてその場を離れる。
 すると、菫が翠に気づく。
 「翠、どうしたの?」と聞く菫。翠はおずおずと父の所へ行く。
 
◯漁港の自販機の前に移動【金曜・続き】
 
 菫がりんごジュースの紙パックを2本買って、ベンチに座る翠に差し出す。

 菫「翠は(あい)ちゃんと一緒で、りんごジュースが好きだねぇ」
 翠「父さんもだろ」
 菫「藍ちゃんが好きだったから、僕も飲んでただけだよ」
 翠「俺もだよ」
 菫「あははっ。一緒だったかぁ」

 目元を緩めた菫が、隣に座る。
 
 翠「……あのさ、父さんは母さんのこと愛してるって言ってたじゃん」
 菫「うん。藍ちゃんのことは、きっと僕が死ぬまでずーっと愛してると思うよ。それはこれからも変わらない」
 翠「じゃあ、潮田さんは」
 菫「海?」
 翠「付き合ってるじゃん」
 菫「海は……うん。海のことも、好きだよ」

 菫は手に持つりんごジュースの紙パックをきゅっと掴む。
 
 菫「海は……藍ちゃんがいなくなって、ウジウジしてる僕のことをどーんと受け止めて、前を向かせてくれた……凄い人だから」
 翠「ふぅん」
 菫「翠に話していいのかなぁ……」

 菫は急に口元に手を当て、悩みだす。
 
 菫「いや、話した方がいいよね。ちょっと長くなるんだけど、僕と海が付き合った理由、聞いてくれる?」
 翠「ん? うん」

 菫は深刻そうな顔をして、口を開く。

 菫「まず……僕らの交際は、藍ちゃんたっての願いだったんだよね」

 翠(母さんの願い……?)

 まさかの話に、翠は目をぱちくりさせる。

 翠「どういうこと?」
 菫「藍ちゃんは……学生の頃から腐女子ってやつだったんだ」

 菫の顔はさらに深刻さを増す。
 ※ただし、雰囲気はギャグっぽい感じ。シリアスではなく、笑えるカミングアウト。

 翠「は? ふ……なに、それ」
 菫「男同士の恋愛……ボーイズラブってやつを嗜む女性のこと」
 翠「……え」
 菫「僕と海を題材にして、高校生の頃からずっと漫画描いてた。シリーズもので」
 翠「えっと?」

 翠(やべぇ……頭が追いつかねぇ)
 
 翠の頭の上にはてなマークが大量に浮かぶ描写。
 
 菫「藍ちゃん……僕と付き合ってるはずなのに、学生時代は僕と海を並べて、いつも『尊い』って、涙ぐんでたよ」
 ※学生時代の三人組の描写。

 翠「……へ……へぇ」
 菫「それでね……藍ちゃん、亡くなる前に『私が死んだら、海が菫の恋人になって支えて』って海に頼んでたんだ」
 
 一瞬だけ、目を伏せる菫。

 菫「僕が、恋してないと小説書けないからって」
 翠「待って……母さんの願いの方向性、ぶっ飛んでねぇ?」
 菫「うん。僕もそう思う」
 
 一拍おいて、菫は再び口を開く。深刻な顔は継続中。※ただし、ギャグ寄り。
 
 菫「海も戸惑ったみたいだけど、結局、藍ちゃんの意を汲んでね」

 菫はどこか遠くを眺める。

 菫「『俺がお前の恋人になってやる。それなら、小説また書けるようになるだろ?』って……言ってくれたんだ」
 翠「付き合ってるんだよ……な?」
 菫「うん。藍ちゃんの願いから始まったものだけど……」

 ふっと笑う菫。何かを思い出すかのような顔。
 
 菫「海があまりに世話焼いてくれるから、僕はいつの間にか好きになっていて、本当にまた小説書けるようになってた」
 翠「そっか」
 菫「まぁ、海はどんな気持ちか分からないけどねぇ」
 
 菫は少し悲しそうに、眉尻を下げて翠を見る。翠は「ん?」と眉をよせる。
 
 翠「潮田さん、父さんのこと本気で好きなんじゃねぇの?」
 菫「え? そんなわけ……。海は昔からモテるんだよ? 凪智くんのお母さんもすごい美人さんだったし……僕なんか、ねぇ」

 菫は軽く否定する。

 翠「だって、好きじゃなかったら……恋人になる必要、なくね?」
 菫「そう?」
 翠「うん。いくら母さんに頼まれても、親友のまま支えるだろ。普通」
 菫「え?」
 翠「それに凪智が、潮田さん『手もまだ繋げない』って言ってたって教えてくれたけど」
 菫「えぇ? えええ──? まさか、海が……僕のこと?」

 顔を真っ赤にして動揺する、菫。それを見たら、反対する気にはなれない翠。
 
 翠(あーもう。父さんと潮田さんとのこと、母さんの願いなら……応援するしかないじゃんか)

「えぇ?」と言いながら、紙パックで頬を冷やそうとする初心な父を、翠は優しい目で見る。

 翠(母さん、天国から見てるか? これが……母さんの願いだったんだろ?)

 翠はふっと笑って、ベンチから立ち上がる。

 翠「母さんのこと、絶対に忘れないなら、いいよ」
 菫「え?」
 翠「……母さんのこと、ずっと1番でいてくれるなら」
 菫「忘れないよ! 藍ちゃんは不動の1番!」
 翠「わかった。潮田さん……ううん、海さんとのこと応援する」
 菫「翠……」
 翠「まぁ、振られねぇように、頑張れ。じゃないと、また小説書けなくなりそうだし」
 菫「そ……そうならないようにしたいところだね。翠と蒼の学費のためにも……」

 菫は別れを想像したのか、蒼白になる。

 翠(あーあ。すげぇ、好きじゃん)
 
 翠「ははっ。今度さ……海さん、家連れてきなよ」
 菫「いいの?」
 翠「いいよ。……じゃあ、俺、行く。凪智を待たせてるから」
 
 翠は手を振って立ち去ろうとする。
 背後から菫が大きな声で「ありがとう! 今日の夕飯、僕が作るね!」と言う。

 翠「いや、それはやめて。父さんの料理は食べられたもんじゃねーから、俺が作る!」

 振り返って、笑う翠。

◯漁港・駐車場【同日・続き】

 翠は凪智が海と向かったであろう駐車場の方に、進んでいく。スマホで《話、終わった。今、どこ?》と連絡。普段はすぐ連絡が返ってくるはずの凪智から、返答なし。
 
 翠「えぇ……どこいんだよ」

 きょろきょろ見回して、しばらく探し回っていると、海の車を発見。その前に海と凪智がいるところを目撃。

 翠「な──」

 呼びかけようとした時、不穏な話が耳に届く。

 海「翠くんの説得、どうなってる? ほら、春過ぎに頼んでただろ」
 凪智「……まだ無理そう。でも頑張ってみるよ」
 海「そっか。あー……菫とのこと、やっぱり諦めた方がいいのかな」

 海は大きな手で顔を覆う。

 凪智「諦める必要ないよ、大丈夫。たぶん、もう少しだから」
 
 ぽんぽんと凪智が海の肩を叩く。
 それを目にした翠の表情が曇る。

 翠(え? どういうこと? 凪智は……海さんから、俺の説得を頼まれてた?)

 翠は眉根を寄せて、二人を見つめる。
 すぐに海が「ありがとな」と言って、菫のいる方へ戻っていく。
 凪智はその場に立って、ため息をつく。でも、すぐに翠に気づく。

 凪智「ミド先輩、お話できました……か?」

 いつものようにトテトテと近づいてきて、足を止める。
 凪智が戸惑ったように「ミド先輩……?」と訊く。※翠の表情は暗い。
 
 翠「凪智、お前、海さんに頼まれてたのか? 俺の説得」
 凪智「……え」
 翠「付き合おうって言ったの……頼まれたから? 俺がお前に気ぃ許すようになったら、楽だもんな? 説得」

 つい、きつい言葉で詰め寄る翠。表情も険しくなる。
 
 凪智「……えっと」

 凪智が迷うような顔をする。
 
 翠「弁当持って教室来たのも、俺の手繋いだのも──……好きって言ってくれたのも、全部、海さんのため?」
 凪智「……違います……でも……」

 凪智は何かを隠すように、口ごもる。
 翠は少しだけ、言葉を待つ。でも、凪智は口を開かない。
 詰め寄るように、翠は凪智の胸ぐらを掴む。
 
 翠「でも、何だよ。……言えよ。違うなら、言えるだろ」

 翠の目が潤む。ショックで声が震える。緊張から首筋に汗が伝う。
 
 凪智「……」
 翠「なんで……黙ってんだよ……」
 凪智「……ごめんなさい」
 
 凪智は目を伏せて言う。翠は傷ついたように、眉を上げる。
 
 翠「ふざけんな。お前のこと……」
 
 翠(好きだったのに……。黙ってたら、わかんねぇよ……)

 唇を噛み締める翠。手を離して「もういい」と、立ち去る。涙を拭いながら、走り出す。

 翠(全部、俺だけが舞い上がってたのかよ)
 
 ぽつぽつと雨が降り始める。次第に激しくなる雨。でも、身体が濡れるのも気にせず、翠はひたすら走り続けた。


◯自宅に帰ってから【当日(金曜日)から日曜にかけて】
 
 スマホが震える。手元を見たら、凪智からの着信。翠は無視を決め込む。
 
 翠(今更かよ……)
 
 週末はすべて凪智からの連絡はすべて無視する、翠の描写。ベッドの上でスマホ放置。勉強しながら、横目でスマホを見て放置。電源を切る、など。

◯ 学校・2年3組・翠の教室から廊下【翌週の月曜日・昼休み】

 外はザーザーと雨模様。翠が俯き加減で教室から出ようとしたら、凪智が教室のドアのところで待ち伏せ。

 凪智「ミド先輩」
 
 翠は顔を上げる。凪智が目元を赤くして、翠を見下ろしている。

 凪智「ミド先輩、あの──」
 
 翠は凪智を無視して、廊下に出る。歩き出したら、凪智に腕を掴まれる。

 凪智「ミド先輩」
 翠「痛ぇから、離せよ」
 凪智「すみません」

 さっと手を離す、凪智。
 無視して歩き出す翠、とことこついてくる凪智。
 
 翠(……なんで、ついてくるんだよ。別にお前……もう俺に用はないだろ)
 翠(海さんのことは……解決したんだから。俺は必要ねぇだろ)

◯学校・人のいない階段【続・昼休み】
 
 階段を下りる前に、翠はくるっと振り返って「お前、もう俺の前に現れんな」と言い放つ。
 凪智は大きく目を見開く。口を開きかけて、閉ざす。何も言えず、ぺこっと頭を下げて降りていく。

 翠(何も言わずに降りていくとか……なんなんだよ。何か言い返せよ、馬鹿)
 翠(って……俺、自己中すぎだろ)

 翠は「はぁ」とため息をこぼして、階段に座る。
 顔を伏せて、拳を握る翠。ぼそっと「俺、ほんと最低だ…」とこぼす。

 
◯学校・階段下・凪智視点【続・昼休み】

 凪智は踊り場でいったん、足を止めて振り返る。だが、翠は顔を伏せている。凪智は何も言えずに、立ち去る。階段を降りたあと、廊下の隅に移動してスマホを取り出す。
 メッセージアプリを開いて《ミド先輩、ごめんなさい。俺》とまで打ちかけて、指を止める。

 ──お前、もう俺の前に現れんな。

 翠の言葉を思い返して、凪智はぐっと唇を噛む。打ち込んだ文字をすべて消し、スマホをポケットにしまう。

 凪智(……ミド先輩に、これ以上は嫌われたくない)

 凪智は肩を落として、とぼとぼと自分のクラスの方へと向かう。

◯学校・2年3組・翠の教室【7月下旬・終業式の日・放課後】
 
 凪智と喧嘩別れ?をしてから、一週間と少し。立ちあがって、机の中の荷物をリュックに詰め込んでいる翠。桐野が紙パックのジュースを飲みながら、やってくる。

 桐野「ミドさ、潮田とどうなんてんの?」

 急に話を振られて、翠は「なんだよ」と不機嫌な顔。

 桐野「いや、なんか最近、お前ら一緒にいるとこ見ねぇし」
 翠「桐野に関係ねぇだろ」
 桐野「まぁそうなんだけどさぁ、捨てられたわんこっぽくて心配になってさ」
 翠「捨てられたわんこ……?」
 桐野「そ。潮田の爽やか王子感はどこへやら。すっかりしなびたわんこ」
 翠「それが俺のせいって言いたいのかよ」
 桐野「いや、別にそうじゃねぇけど。明日から夏休みだろ。そのままでいいんかなーって」
 
 翠が黙っていると、桐野はジュースを飲み干す。

 桐野「まぁ、あんま長引かせんなよ。じゃ、よい夏休みを」

 ひらひらと手を振って、教室を後にする桐野。
 ひとり教室に残された翠は、自分の席の前で立ったままリュックのチャックに手を伸ばす。

 ──捨てられたわんこ。
 ──すっかりしなびたわんこ。

 翠「あいつ……なんでそんなこと、なってんだよ」

 最近ずっと顔を合わせておらず、凪智を視界にも入れていなかった翠。
 翠の頭に浮かぶ凪智は、顔は無表情なことが多いのに、いつもぶんぶんしっぽを振ってやってくる姿。
 そして、最後に翠が目にした凪智は目元が赤かったことを思い出す。
 
 翠(俺のせいで……? ほんとに……?)

 たらりと、首筋に汗が伝うのを感じながら、翠は窓の外に視線を向けた。
 梅雨は明けたはずなのに、戻り梅雨のように空は薄墨のような雲に覆われていた。