※ 本作は青春BLマンガ原作コンテスト用にシナリオ形式で書いています。

《1話:父の恋、俺が止める(はずだったのに)》

◯冒頭ヒキ:夕陽が海面を染める、潮の音が響く静かな浜辺【水曜日の夕方・初夏(五月半ば)】
 
 翠(なんで、こんなことになったんだよ)

 人の気配がない海岸の階段(浜辺に降りるためのコンクリートの段差)に並んで座る、制服の夏服姿の(みどり)凪智(なち)。海岸沿いの道路には、二人の自転車。
 色の薄い凪智の茶髪が、夕陽できらきら光る。
 凪智が手を伸ばして、翠の手をぎゅっと握る。垂れがちの目は、どこか決意したような眼差し。だが、甘さのある綺麗な顔は無表情。

 凪智「ミド先輩。……俺と付き合ってください」

 凪智の声は真剣そのもの。緊張から彼の手には汗が滲み、きゅっと唇を噛む。
 告白された翠は、ハーフアップの黒髪が風でなびく。驚きのあまり、猫目を大きく見開く。思わず、翠の喉からごきゅっと変な音が鳴る描写。

 翠(……は? いやいやいや、なんでそうなる? 俺は父さんたちを別れさせたいだけなんですけど──⁉)

 翠、想定外の出来事により、大混乱の顔。


◯翠の自宅(港町の一軒家)・八畳の居間・食事風景【前日・火曜の夜】

 ローテーブルで、翠と父、弟の三人で食卓を囲む。
 翠は高二の現在、中学の体操服が部屋着。家でもハーフアップの髪型。
 向かいに座る父・(すみれ)はふわふわした茶髪に、優しい目元。その隣に座る小学三年生の弟・(あお)も、菫にそっくりのほんわか雰囲気。口いっぱいにご飯を頬張る。
 翠がテレビに視線を送っていると、菫が緊張した面持ちで口を開く。

 菫「あのさ……二人に紹介したい人がいるんだけど、近々会わせてもいいかな?」
 翠「……は?」

 翠は箸を持ったまま、硬い表情で父の方を向く。菫の隣に座る蒼は我関せず、食事続行。

 翠(待って、母さん亡くなってまだ二年だぞ?)

 翠の心臓はドッドッと激しくなる。
 テレビの音が静かに、部屋に流れる。居間の隅には、小さな仏壇。
 ※遺影には、翠とよく似た猫目の美人──黒髪ストレートヘアの母・(あい)が微笑む。

 翠「相手は」

 不機嫌そうに眉を寄せて訊く、翠。菫は藍の写真の方を見ながら、目元を緩める。

 菫「翠も、蒼も、知ってる人」
 翠「誰? 父さん、こっち来てから仲良くしてる女の人、いなくね?」
 菫「女の人じゃないよ」

 翠へと視線を戻す菫。

 翠「え? 男?」
 菫「うん。ほら、いつも父さんに良くしてくれてる、漁師の……潮田(しおた)さん」

 菫は目を伏せて、恥ずかしそうに言う。翠はぽかんとする。蒼は目を輝かせる。

 蒼「ボク知ってる! あのかっこいいおじちゃん!」

 翠の頭に、漁港でよく菫に声を掛けてくる、筋肉隆々の漁師・潮田が浮かぶ。
 ※潮田は少し伸びたクセのある黒髪を後ろでひとつでまとめる、ワイルドな男前。

 翠「紹介って……あの人なら、もう会ってるじゃん」
 菫「ううん。そうじゃなくて……父さん、潮田さんと付き合ってる」

 動揺のあまり、翠は持っていた箸を落とす。一拍置いて、動揺したようにぷるぷると身体を震わせながら、翠はテーブル上に落ちた箸を拾う。

 翠「は……は? 父さん、何言ってんの。お……男。おとこ同士」
 菫「うん。そうだね」
 翠「いや、そうだねって……こんな田舎で、何してんだよ。てか、母さんのこと愛してんじゃねーのかよ」

 動揺している翠はお願いだからそうだと言ってくれよと思いながら、ごくりと唾を呑む。

 菫「もちろん、藍ちゃんのことは世界で一番、愛してるよ」
 翠「じゃあ」
 菫「でもね……好きになっちゃったものは、仕方がないよねぇ」

 菫は、周りに花が飛んでいるようなマイペースな雰囲気で言う。
 翠は大げさに、ガクッと肩を落として片手で顔を覆う。

 翠(マジかよ……)


◯回想:母亡き後の父の書斎・前の家(都会のマンション)【約2年前】

 本棚に並ぶ小説の背表紙には『映画化』の帯。書斎の机に向かう菫は、頭を抱えたまま動かない。

 翠(父さんは何作も映画化された恋愛小説家だ。恋こそが、仕事の原動力になっていたんだろう)

 父の姿を、ドアの隙間から見つめる翠と蒼。二人はきゅっと手を握っている。

 翠(だから、母さんが亡くなってからの父さんはずっと、小説が書けなくなっていた。机に向かっても手が動かなくて、泣きそうだったのを知ってる)


◯回想:海沿いの町【約1年前】

 海沿いの道を走る車に、家族三人。

 翠(この町は母さんと父さんが出会った場所。今はどっちのじいちゃんばあちゃんも住んでいないけど、俺の両親は幼なじみだった)※父方の祖父母は海外。母方は老人ホーム。 

 築50年の古民家の前で潮風に髪をなびかせながら、菫が空を見上げる。翠は蒼の手を繋ぎ、その姿を見る。

 翠(そんな思い出の場所に戻れば書けるかもって……去年、この町に引っ越してきた)


◯回想:翠の自宅

 翠(俺は母さんの分まで、父さんと蒼を支えようと思った)

 翠が台所で料理を作る姿や、洗濯、掃除などする描写。

 翠(生活力のない父さんの代わりに、家事全般を引き受けてきた)


◯回想:現在の家の父の書斎

 菫がパソコンに向かっている姿を見つめる翠。

 翠(たしかに最近よく、編集者さんと電話をしながらパソコンに向かって小説書いてるみたいだ)
 

◯現在:翠の自宅・リビング【火曜の夜】

 翠(でも、父さんが男と恋? ……意味わからん)

 翠は菫の方を見ることができなくて、顔を俯けたまま固まる。

 翠(正直……そんなすぐに受け止められるほど、俺はまだ、大人じゃねぇよ)

 翠は顔を上げ、父に力強い視線を向ける。

 翠「俺はぜってぇ、認めねぇから! 蒼の成長にも悪いっ!」

 箸をばんっと置き、吐き捨てる。部屋に戻ろうと立ち上がるも、廊下に行く前にくるっと向く翠。
 ※世話焼きしっかり者が顔を出す。

 翠「洗い物は俺があとでするから置いとけよ! 父さんが洗うと、いくら皿があっても足りねぇんだから!」

 効果音がつくようにドーンと言い放つ。

 菫「ん、分かった。……ありがと、翠」

 菫は少しだけ、嬉しそうな顔。
 翠はうっとなる。また前を向いて、部屋に戻っていく。
 翠は内心、物凄く焦っている。鼓動の音が早鐘のようにうるさい。二階にある自分の部屋の扉を開けて、ベッドにダイブ。
 枕に顔をうずめる。

 翠「ありえねぇって」

 悔しさと母を想う苦しさが入り混じった感情を胸に、べそをかく翠。ぎゅっと枕を掴む。

 翠(……ただでさえ、女の人でも抵抗あるのに。どうすんだよ。母さん泣くぞ……)


◯少し遠くに海の見える高台の高校・校舎二階のベランダ【翌日(冒頭当日)・水曜日の昼休み】
 
 潮風が届くベランダに立ち、手すりに肘をつく翠。制服はシャツの前を開け、黒Tシャツが見えるように気崩す。
 視線の先は、グラウンドにある三人制バスケットコート。夏服のシャツを脱いだTシャツ姿の男子が数名、バスケ中。女子が黄色い声を上げながら、フェンス越しに群がる。

 翠「おとこ……おとこ……男……なぁ」

 コートに立つ男子たちを眺めながら、ぶつぶつ呟く翠。その隣には、短く髪を借り上げた親友・桐野(きりの)が座っていて、オレンジジュースの1Lの紙パックをストローで飲む。
 バスケをする男子たちの、ほとばしる汗。Tシャツをめくってチラ見えする腹筋。それを見ながら、翠はうげっと苦々しく顔を顰める。

 翠(父さん……。普通に考えて、ゴリゴリの男なんか、恋愛対象になんねーだろ)
 
 翠「あーもう、わっかんねぇ……」

 翠は両手で頭を抱え、ガシガシと後ろ髪を掻く(ハーフアップの髪なので、首あたり)。

 桐野「さっきから何言ってんだよ、ミド。男、男って、うるせぇ」

 桐野が翠を見上げてくる。

 翠「……あー、男関係で深刻な悩みを抱えてんだ」
 桐野「お前のその、全くなんも隠そうとしない性格、マジで好きだわ」
 翠「男に好かれたくねぇよ」
 桐野「ひでぇ。……んで、何悩んでんだ。まぁた、観光客に女と間違われて話しかけられたとか?」

 にやにやしながら立ち上がる桐野に、肩を抱かれる翠。
 翠は一瞬、ムカついてむすっとする。
 翠は172センチあるものの、目鼻立ちの整った中性的な美形。派手な顔をしているので、パンツスタイルの高身長美女と間違えられて、ナンパされた過去を持つ。
 頭から消し去るように、首を振る。

 翠「いや、今回はマジで笑えねぇよ」
 桐野「そうなん?」
 翠「あぁ。詳細はまぁ……言わねぇけど、俺が女に間違われるほうがマシ」
 桐野「それって、めちゃくちゃ深刻なやつじゃねぇか」
 翠「おう」

 翠は再び手すりに肘をついて「はぁー……」と大きなため息をつく。その時、「キャー」と女子の黄色い声がさらに大きく聞こえる。

 桐野「うわぁ……相変わらず、すげぇギャラリー」

 桐野はバスケットコートを見ながら、ひとくちジュースを飲む。
 翠は「相変わらずって、あれ、いつも?」と、女子の群れを指さす。

 桐野「あー。ミドはいつもスーパーの特売チラシ眺めてるもんな」
 翠「まぁな」
 桐野「あれは、潮田ってやつの取り巻き。バスケ部期待の1年の」

 潮田という名前に、ピクッとする翠。
 
 翠「潮田?」

 翠(昨日も潮田で、今日も潮田かよ……)

 桐野「そ。潮田凪智(しおたなち)。やたらと甘い顔してるくせに、高1で身長185もあるらしいぞ」
 翠「でっか…」
 桐野「しかも、笑顔が爽やかで『爽やか王子』って言われてるらしい。ほれ、あれ」

 桐野が指をさす。指の先には、翠が先ほど見ていた集団の中にいる、高身長の男子。目元が甘いイケメン・潮田凪智(以下・凪智)は、汗をかいた薄茶色の髪を掻き上げるだけで、女子からキャーキャー言われている。
 翠は目を凝らす。

 翠(あいつ……どこかで見たような……。どこでだっけ……)
 
 翠はもんもんとして、口元に手を当てる。ハッとして、目を見開く。

 翠(たしか、あいつは漁港の──)


◯回想:漁港の手洗い場【1年前の春・土曜日の朝※翠は高1、凪智は中3】

 翠が漁港のトイレに行くと、手洗い場で軍手を外した凪智が自分の指先を押さえている。軽く血が滲む。

 翠(毎週土曜の朝は、漁港の朝市に行くのが俺の家の習慣。初めてあいつに会ったのは、去年の春だった)

 翠はポケットから絆創膏を取り出す。
 ※蒼がよく怪我するので、持ち歩いている。

 翠「怪我したのか。よかったら、これ使えよ」

 絆創膏を差し出す翠。
 凪智はぺこっと頭を下げて、受け取るも無言。そのまま、逃げるように立ち去る。

 翠(なんだよ、あいつ。礼も言わずに行くとか、無愛想すぎるだろ)

 〜一週間後の朝市〜

 自販機の近くで凪智を見かけた翠。
 怪我は大丈夫か話しかけようとしたら、目を逸らされて逃げられる。※耳は赤い。

 〜他の日の朝市〜

 50軒ほどある出店の通路で、漁師の潮田と会話しているのを目撃。しかし、翠に気づくなり、無表情に。※この時も耳は赤い。
 

◯現在:ベランダ【五月半ば・水曜日の昼休み】
 
 翠「あいつ……! いつもと全然違うくね⁉」

 大声を上げる翠。
 凪智は翠の視線に気づいたように見上げる。だが、すぐさま凪智は翠を認識するなり、勢いよく顔を背ける。
 
 翠(漁港で潮田さんといたし、親戚の可能性あるよな。あの人のこと、なんか知ってるかも)

 翠はすっと顔を上げる。その瞳には、妙な決意が宿っている。
 
 翠「……なぁ、あいつ何組?」
 桐野「んー、確か、1年5組だったけど」
 翠「さんきゅ。行ってみるわ」

 翠は桐野の腕を肩からどけて、ベランダから教室に戻ろうとする。
 
 桐野「え、ミドが自分から? てか、潮田ならまだ外にいるけど?」
 翠「待ち伏せすんだよ、教室の前で」

 翠は桐野の方を向き直して、にかっと笑う。
 桐野はジュースのストローを口に咥えたまま、ぽかんと翠の背中を見送る。

 桐野「……あいつ、マジで何か企んでんな」


◯1年5組の教室前【昼休み・終わる直前】

 翠は教室前で腕組みして待つ。眉間にはしわ。口はきゅっと閉じている。
 教室を出入りする生徒(男女問わず)が、じろじろと見る。

 女子1「2年の水瀬(みなせ)先輩だよね」
 女子2「ひゃー、顔良すぎ」
 女子1「でも、なんか……怒ってる?」
 
 廊下を通る後輩たちはざわつく。

 翠(……やべ、顔が怖いか)

 翠は腕を戻して、両手で顔をもみもみとマッサージ。
 そこへ、凪智が廊下の向こうから友達と笑いながら、歩いてくる。
 凪智は翠に気づく。一瞬だけ、息を呑むような描写。でも、すぐに友達との会話に戻り、教室に入ろうとする。

 翠「おい、ちょっと待て」

 翠はぐっと凪智の手を掴む。凪智からすっと笑顔が消え、冷めた顔で翠を見る。

 翠(うわ、めっちゃ嫌われてる? 俺……)

 少しだけ躊躇う翠。でも、気を取り直す。

 翠「あのさ、少しでいいから、顔、貸してくんない?」
 凪智「今……ですか?」
 
 凪智の戸惑いの声で、翠ははっとする。翠は周りをきょろきょろすれば、周囲からの目線がこちらを向いていた。
 人目があることを思い出した翠は「あ」と声を漏らしてから、こほんと咳払いをして手を離す。
 ちょうど、チャイムも鳴る。
 
 翠「いや、放課後でいい。今日……暇?」
 凪智「まぁ、今日はバスケ部休みなんで」※水曜・金曜はバスケ部休み

 凪智は無表情で言う。

 翠(こいつ……やっぱり俺の前だけ不愛想なんだよな。でも、仕方がねぇ)

 翠「じゃあ、放課後迎え来るわ。昇降口で待っててくれ!」

 そう言ってひらひら手を振って、立ち去る翠。
 翠の背中を見る凪智の表情は変わらないけれど、耳は真っ赤。ぽそっと「ミド先輩、かわいい」と呟く。
 

◯一年の校舎の昇降口前【同日・放課後】

 律儀にちゃんと待つ凪智。自転車のハンドルを手に、少しだけそわそわしている。ただ、遠巻きに、女子から「潮田くんだぁ」と騒がれる。凪智はふっと笑顔を浮かべ、手を振ってファンサ。
 翠は少し遅れてくるも、ばっちりその光景を見てしまう。※翠も自転車通学。
 
 翠「お前、そんなことすんだな」

 翠が声を掛けると、スンッと凪智の表情が消える。真顔すぎて、翠は「えぇ」と声を出す。

 翠(まぁ、いいか)

 小さくため息をこぼして、凪智を見上げる。

 翠「行くぞ」
 凪智「はい」

 二人で校門に向かって、自転車を押して歩き出す。


◯漁港近くの海岸・冒頭の夕陽が海面を染める静かな浜辺【同日・夕方】

 海岸につくと、凪智が砂浜に向かおうと階段を降りようとする。翠は「おい」と声をかける。
 
 翠「……砂浜とか、洗濯大変だろーが。ここでいい」
 凪智「はい」

 無表情なまま返事をするも、嬉しそう。犬の耳と尻尾が出ている感じ。
 ただし、翠は見ておらず、階段に腰を下ろす。
 凪智も少しだけ遠慮気味に、距離を開けて座る。
 しばし、沈黙。波の音がする。
 少しだけ緊張しているように、翠が膝の上で両手をきゅっと握る。
 
 翠「潮田さ……漁師の潮田さんと、親戚かなんか?」
 凪智「え?」
 翠「ほら、よく土曜の漁港の朝市でお前、見るし。前に二人が話してるの見た」

 翠は凪智の方を見る。凪智は垂れ気味の目をちょっと大きく開く。でも、すぐに戻す。
 
 凪智「……父です」
 翠「は?」

 翠は想定外の回答に驚いて、ぱちぱちと瞬きする。
 脳裏に浮かぶ、潮田と目の前の凪智は似ていない。身長はどちらも高いが、潮田はワイルド。凪智は甘く爽やかな顔。
 
 凪智「潮田海(しおたうみ)……のことですよね」
 翠「たぶん?」
 凪智「それ、俺の父です」
 翠「え、ちょ、待って。じゃあ……俺の父さんの恋の相手って……お前の父親⁉」

 翠が大声をあげると、凪智も「恋……?」と、訊き返す。その表情は初耳というように、変わらない無表情。
 翠は仲間がいた! と、前のめりになる。
 
 翠「お前も、驚くよな! マジで、そうなんだよ。急に付き合ってるって言われてさぁ。男同士って意味わかんなくね? いや、父さん、母さんと結婚して子ども二人いるだろ! って」

 ぺらぺらと圧強めに喋る翠。対照的に、考え込むように何も言わない凪智。翠が話し終えると凪智は「……それは困りますね」と、同調してくれる。
 翠はぱあっと顔を明るくする。凪智は自分だけに無表情だったが、急に仲間意識が芽生える。

 翠「だよな! だよな! だからさ、協力してくんねぇ?」
 凪智「……?」

 真顔で凪智が首を傾げる。

 翠「だからぁ、俺の父さんとお前の父さん別れさせんの!」

 翠の発言にピンとしない表情の凪智。

 凪智「……なんで?」
 翠「なんでって! 男同士とか意味わかんねーだろ!」
 凪智「……そうですか」

 テンションの違いに、翠はハッとする。バツが悪そうに眉尻を下げる。
 
 翠「そうじゃねぇの……?」
 凪智「はぁ」
 翠「あれ、いや、たしかにまぁ、そういう恋愛はあるのは分かってるよ」

 翠は後ろめたい感情から、髪をいじる。

 翠「理解したいとは思うけど……父親となると受け入れられねぇんだわ。お前は違う……?」
 凪智「俺は父が幸せなら別に……って感じなので」
 翠「そっか」

 しゅんと肩を落とす翠。
 
 凪智「でも、別にいいですよ。協力するの」
 翠「マジ?」

 翠はまた、ぱあっと明るくなる。
 
 凪智「ただし、条件があります」
 翠「条件……?」

 翠が聞き返すと、凪智が手を伸ばして、翠の手をぎゅっと握る。※冒頭と同じ。どこか決意したような目。ただし、無表情。

 凪智「ミド先輩。……俺と付き合ってください」

 翠のハーフアップの黒髪が風でなびく。目を大きく見開くと同時に、ごきゅっと喉が鳴る。
 手は繋がれたままで、凪智の顔が少しだけ近づく。

 翠「……は?」
 凪智「どうですか」

 凪智は真顔だけど、耳は赤い。※翠は気が動転していて、気づかない。
 
 翠「いやいやいや、なんでそうなる? 俺は父さんの恋を止めたいだけなんだけど!」
 
 いきなりの告白に、ドン引きする翠。顔は困惑。

 凪智「付き合ってくれるなら、なんだってします」
 翠「なんでそんな食い気味なんだよ! お前、みんなの『爽やか王子』じゃねぇのかよ!」
 
 凪智は少しだけ、翠から距離を取る。だが、手は離さない。ちょっと俯く。
 翠は戸惑う。汗がダラダラ。

 翠(もしや……こいつ、俺が好き?)
 翠(いやいや、ないない。男同士だ)

 否定したい気持ちから、首を振る。だが、反応的にそう思えて、翠は恐る恐る口を開く。
 
 翠「……お前、俺のこと好きなのか?」
 凪智「はい」
 翠「いや、即答⁉」

 翠が叫ぶと、凪智はちょっとだけ、きりっとした顔になる。
 
 凪智「ずっと好きでした」
 翠「……は? え? えぇ?」

 真剣な顔で見てくる凪智に、固まる翠。
 翠の頭の中には、はてなが飛び交う。

 翠(こいつ、俺のこと苦手だったんじゃなかったのかよ──!)
 
 凪智「父さんたちを別れさせるまででいいです」
 翠「別れさせる……まで?」
 凪智「どうですか」
 翠「う……」

 凪智がじっと見てくることで、翠は断りづらくなる。その視線から目を逸らしづらくて、苦い顔をする翠。

 翠(無表情なのに、なんでこんなに犬みたいに『待ってます』感あるんだよ?)

 いつも翠から目を逸らしていたのはずの凪智が、全く目を逸らさない。
 
 翠(てか、耳としっぽついてねぇ? 幻覚か?)
 ※凪智に耳と尻尾がある描写。尻尾をふりふり。
 
 凪智「……駄目ですか」

 もう一押し、というように凪智のやたらとイケメンな顔が近づく。※ ただし、無表情。
 翠はごくりと唾を飲む。
 
 翠「わっ……わかったよ! わかったから、顔近づけんな!」
 凪智「ほんとですか」
 翠「でも、確実に約束は守ってもらうからな。父さんたちを別れさせる! いいな? あと、手、離せ!」

 真顔で「はい」と返事をしながら、翠の手をようやく、放す凪智。

 翠「じゃあ、もう帰るぞ! 夕飯作んねぇと!」

 翠は勢いよく立ち上がる。けれど、足元がふらつく。凪智に支えられる。

 翠「わ、悪い。じゃあ、もう俺は行くから!」
 凪智「はい」

 翠は逃げるように、背を向ける。背中には凪智の視線が刺さる。
 自転車にまたがって、ちらっと凪智を見る。凪智は動かず、翠を見ている。無表情のはずなのに、やはり『待てをしている犬』のよう。翠は慌てて目を逸らす。

 翠(俺は今日、やばいやつに絡んでしまったのかもしれない)

 首筋を汗が流れる。
 翠は自転車を漕ぎ始め、その場を後にする。


◯海岸・凪智視点【同時刻】

 凪智は、翠の背中が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くす。

 凪智「……ミド先輩が、俺の恋人」

 噛み締めるようにぽつりと呟いた声は、陽が沈んでいく海の波音にかき消される。
 今度は無表情でなく、清々しく満足げな笑み。達成感が滲む。


〇翠の自宅・自分の部屋・翠視点【同日・帰宅後・水曜の夜】

 帰宅した翠は、自分の部屋に入るとドアを閉めるなり、ずるずると床に座り込む。

 翠「あぁぁぁ……なんであんなことを受け入れたんだぁ」

 顔を手で覆う。ただ、その手のひらに凪智の温もりが残っている気がして、翠はさらに頭を抱えた。

 翠(やばい。父さんの恋、俺が止めるはずだったのに)

 叫びたくなる気持ちを必死に抑えて、翠はぎゅっと目を閉じる。

 翠(爽やか王子ならぬ、無表情王子が彼氏になるってなんだよ──!)