……会場の選択を、間違えた。

 本来『打ち上げ』といえば、楽しげなイベントのはずなのに。
 ふたりの顔が明らかに、恐怖で固っている。

「れ、玲香(れいか)ちゃん……」
「……れ、玲香?」
 ひきつったままの、(すばる)君と月子(つきこ)の隣では。
 不釣り合いなくらい、看板がキラキラと輝いていて。

赤根(あかね)玲香(れいか)さん……」
 寺上(てらうえ)つぼみ校長が、わたしのフルネームを呼ぶと。
「ここが女子高生たちの『聖域』なのね……」
 なんだか、すごく大袈裟なことをいっている。


「帰るわよ」
「帰りましょう」
「この先は『あの子たち』が、きてからにしましょうか……」

 ……ちょ、ちょっと待ってよ!

 会場については、校長先生におうかがいを立てたはずだ。
 ファミレスとかボーリング場とかは、先生が却下したはずだし。
 茶室と町内会館と映画館は……。
 まぁ、わたしがやめておこうといったけれど……。

「カラオケでいいって、いいましたよね!」
「……えっ?」
「玲香のセンスなの……?」
 あぁ、ふたりのその目は。いったいなにをいいたいの?

「ま、まぁそうね……社会科見学だと思いましょう」
 寺上先生が、観念したようで。
「でも、せめてあのふたりがきてから、はいらない?」
 ただまだ、教師ひとりで入店するのは嫌だといっている。


「なんだか入る前に、閉店の時間になりそうですね!」
 夏緑(なつみ)が相変わらず、不思議なことを口にして。
 陽子(ようこ)が苦笑いをしながらわたしを見る。

「まだ誰かくるんですか?」
 少し生き返った昴君が、わたしに聞くと。
「向こうに、見えるわよ」
 よかった、月子も復活したみたいだ。

 ……めちゃめちゃオシャレをした、響子(きょうこ)先生と佳織(かおり)先生が歩いてくる。

「なんかあの格好、カラオケにはもったいないかも」
「そう? でも持っているものがねぇ〜」
 姫妃(きき)美也(みや)ちゃんが、そんなことをいうのも当然で。
 響子先生は、ターコイズのチェスターコートがかわいくて。
 佳織先生は、キャメルのトレンチコートがきまっているのに。

 でも、振り回しているのはやっぱり……。
「あれ、パンですよね?」
 由衣(ゆい)が、なかばあきれたような声で、ふたりを見た。


「はい! お土産」
「どう? 仲良くなれた?」
 先生たちの笑顔に、夏緑が目を輝かせながらうなずいて。
「よし、じゃぁいくよっ!」
「夏緑、そこのお地蔵さんみたいなふたり、動かして!」
「はい、ウナ君と月子ちゃん。覚悟を決めてはいりましょう!」
 あっというまに打ち解けた三人が、進んでいく。

「赤根さん、ナイスチョイスね」
 もう、寺上先生はちゃっかりしてるんだから……。

 とはいえ、これでどうにか打ち上げをはじめられそうだ。
 そう思ったわたしは、足取り軽く受付に向かったのだけれど……。


 ……わたしは、『この人たち』が『放送部』だということを忘れていた。





 ……えっと、玲香が不貞腐れてしまったので。

「わたしの、出番だ・ねぇ〜・っ!」

 ……って、あれ?
 せっかく、マイクできめてあげたのに。

 お愛想で手を叩いてくれる、夏緑と美也ちゃん以外。
 あとは誰も盛りあがらない……。

「姫妃、うるさい……」
 玲香が、死んだ魚みたいな目でわたしを見る。
 ま、まぁ無理もないよねぇ……。


「いらっしゃいませ」
「会員証は、お持ちですか?」
「……えっ、玲香。会員なの?」
 ちょっと低い声の、響子先生は。
「スタンプとか、貯めてるの?」
 ……パン屋さんとかと勘違いしていただけで、ほぼ無害だった。

「学割ですね?」
「あの、わたしも元・女子高生ですけど!」
 佳織先生が、現実を無視して乱入して。
「まだシニア割引の年齢じゃないわよ」
 寺上校長まで余分なことで張り合いだして。
 玲香の機嫌が、また悪くなってきた。

 そのあとも先生たちが、『飲み放題』のグレードで迷惑行為並みに悩み出して。
 月子が落ち着かないからとまた帰ろうとして。
「ちょっと狭いので、部屋変えませんか?」
 海原君が、いつもみたいに空気を読まなくて。
 おまけに由衣と陽子が、勝手に食べ物を注文しはじめたもんだから……。

 玲香が、部屋に入るなり真っ先にマイクをつかんで。

「もう、イヤ〜!」

 思わず、絶叫していた。


「……もう知らない。このあとは姫妃が仕切って」
「ちゃんと機嫌直してくれるならオッケー!」 
 そうやって、安請け合いで、返事をしたのだけれど。


 ……わたしもすっごく、後悔した。



海原(うなはら)君も月子も、はじめてなん・だ・よ・ね?」
 嫌がるふたりを、まずはドリンクバーに連れていく。
「ほら! いっぱいあるよっ!」
「そうね、仕方がないわ……」
 あぁ、よかった。
 月子が、ようやくあきらめてくれたんだと、思ったら……。

「ねぇ姫妃……お盆はどこ?」
「えっ?」
「人数分運ぶのに、不便じゃない……」
「ちょっと待ってっ! なにするつもり?」
「とりあえず『お(ひや)』でしょ? あとおしぼりはどこ?」
「あの、ここ。カラオケだからさ……」
「なによ?」
「人数分の、お水はいらないよ?」

「……あの、波野(なみの)先輩?」
「なぁ・に? 海原君?」
「ドリンクバーなのに、ソフトクリームがあるんですけど?」
 あのさ、そこはね!
 盛りあがるとこ・な・の・っ!


「紅茶が、ティーバックなのね……」
「そ、そうだねぇ〜」
「ティーポットは、借りられるかしら?」
 お願い。は、恥ずかしいし。
 それに店員さんを、これ以上困らせないであげて……。

「ちょっと! アンタなにこれっ!」
 えっ? 説明中なのに、なんで由衣がくるわけ?
「氷多めっていっただろ?」
「これは入れすぎ! 飲み物ないじゃん! ちゃんと姫妃ちゃんに聞きなよ!」
 ちょっと……超初心者にやらせないでさ、自分でやってくれないかな?

「ねぇ、ビールのおかわりまだ〜?」
 えっ、佳織先生。もう三杯目飲んだの?
「海原くん、高校生がアルコールを運ぶのは、コンプライアンス的にどうなの?」
三藤(みふじ)先輩、僕もそう思ってたんですよ。でもさっき波野先輩が運んでたんで」
 えっ? わたしなの?
 わたしはさ、ただ黙らすために運んだだけだから。
「あの波野先輩。その辺カラオケ屋さんって、どうなんですか?」
 どうかわたしに、聞かないでもらえないかな……。

「ねぇ姫妃、緑茶とコーヒーが、同じ場所から出てくるのはどうしてなの?」
 そんなの、お店の都合じゃダメ?
「波野先輩。僕、こっちじゃないほうのコーラがいいんですけど……」
 どっちもわたし飲まないから、どうでもいいんだけど……ダメかな?
「ウナ君! メロンソーダじゃなくてグレープソーダがいい〜」
 ちょっと! 新入りなんだからくつろいでないで自分で運んでよ!
「ええっ? 波野先輩、ドリンクのボタンと中身が違うんですけど?」
 店員さんに……いってもらえないかな?
「それに姫妃、このボタン、ちょっと汚れすぎよ……」
 わたし、月子みたいな(しゅうとめ)とか、いらないからさ……。

「姫妃、寺上先生が番茶がいいんだって……」
 な、なんで美也ちゃんまで? いつもなら自分でやってません?
「響子先生がね、誰かのハンカチにこぼしちゃって。洗ってくるからお願いっ!」
「えっ……」
 それ、わたしのハンカチ。
 しかもめちゃくちゃお気に入りのやつなんですけど……。


 人には限界って、あるんだ。

「あれ? どしたの?」


 ……ようやく戻った、その部屋で。


 わたしは、玲香の手からマイクを奪うと。

「もう、い・や・っ〜!」



 ……思いっきり、絶叫した。