正午を越えた頃、凜は蒼雪の外出を狙って自室を出た。活動している妖怪が少ない時間帯ではあるが、今日はいつにもまして妖怪たちが見当たらなかった。
いずれにせよ、ひと目がないのは凜にとって好都合だ。呪符を片手に携えた凜は、中庭の結界の張られている場所へと向かう。
相変わらずそこには何もなかった。だが手で触れてみると見えない壁が、確かに行く手を阻んでいる。
凜は凍鶴からもらった呪符を取り出し、見えない壁に貼った。呪符に描かれた文字が一瞬赤く輝くと、何もなかったはずの空間に、小さな庵が現れた。
心臓が早鐘を打ち始める。やはり結界は、何かを隠すためのものだった。問題はこの中に、何があるかだ。
凜は震える手で庵の扉に手を掛け、一気に開け放った。
「そんな……」
庵の中には、三人の女と二人の子供がいた。みな頭や尻に獣の耳や尾が生えている。全員妖怪なのだろう。彼女たちは部屋の隅で固まって、震えながら凜を見ていた。
胸を刃で突き刺されたような心地がした。やはり蒼雪は、婦女子誘拐事件の犯人だったのだろうか。多くの妖怪に慕われる妖怪頭でありながら、裏で彼女たちを攫う罪を犯していたなんて、信じたくなかった。今朝や昨夜に見せた柔らかい表情は、すべてまやかしだったというのか。
あまりの事実に目眩がした。凜は頭を抑えながらも、なんとか均衡を保つ。
背後で、艶やかな妖しい声が聞こえた。
「おや、見つかってしまったかい?」
振り向くと、出かけていたはずの蒼雪が、感情の読めない微笑を浮かべて立っていた。その両脇には、瑠風と景一が控えている。
「早かったね。あと少しで準備が整うところだったのだけれど」
「蒼雪……これはどういうことなの!?」
凜は彼を睨みながら声を荒げる。だが蒼雪は、笑みを浮かべたまま答えようとしない。凜は奥歯を噛みしめる。右手の平で小さく雷が爆ぜた。
だがそのとき、庵の中にいた子どもたちが、揃って蒼雪に駆け寄った。
「蒼雪様、待ってた!」
「お菓子ある? おもちゃは?」
「ふふ、もちろんあるよ」
蒼雪が取り出した包みに、二人の子供は「わぁい!」と満面の笑みで跳びはねる。その態度はどう見ても、自分を攫った凶悪犯に対するものではない。
「どういうこと……?」
「ひとまず、中で話そうか」
蒼雪は子供たちの頭を撫でてから、呆然とする凜を庵の中へと引き入れた。
庵の中は八畳ほどの畳の部屋になっており、端には布団が重ねられていた。畳の上に散かった、だるま落としやけん玉などの玩具は、つい先ほどまで子どもたちが遊んでいたのだろう。
凜と蒼雪、景一、少し遅れて瑠風が庵の中へと入り、扉を閉めた。
「結界は改めて張り直しておきました。今日は婚姻の儀の翌日で外の妖怪の受け入れをしていませんでしたから、庵を見た者はいないかと」
「わかった。ご苦労様、瑠風」
蒼雪は瑠風をねぎらった後、凜の方へ向き直る。
「さて、君には僕に聞きたいことが山ほどあるのだろうね」
「もちろんよ。彼女たちは何? ここにいる訳は?」
凜の問いかけに、蒼雪は一転して真面目な顔になる。
「いま帝東を騒がせている婦女子誘拐事件。宵鴉の耳にも届いていただろう。彼女たちはその被害に遭いかけた妖怪たちだ。捕まりそうになったところを、それぞれ自分の力を使って振り切り、僕の屋敷まで逃げてきてね」
「じゃあ、事件の関係者ってこと……!?」
凜は大きく目を見開く。婦女子誘拐事件の被害者は、当然ながら未だに一人も見つかっていない。しかし被害に遭いかけて逃れた者がいるのなら、その証言は捜査の重要な情報源になる。
「なら、彼女たちは犯人を見ているの!?」
「いや、直接は見ていないみたいだね」
身を乗り出した凜に、蒼雪は静かに首を振った。
「彼女たちを捕まえようとしたのは、影のようなものだったそうだ。だから妖怪の力、人間の異能……あるいはそれに類する何かの力によるものだろう」
犯人の正体が分からないからこそ、蒼雪は逃げてきた彼女たちをこの庵にかくまい、他者の目に触れないように結界を張ったのだという。
「サトリの瑠風がいるとはいえ、彼も全てを見通せる訳じゃない。だからこそ念には念をと思っていたのだけれど……逆に怪しまれてしまったみたいだね」
蒼雪は苦笑いしながら肩をすくめる。一方の凜は、蒼雪と瑠風を見比べて絶句した。
「瑠風が、サトリ……?」
サトリは昔から、人間の間でも有名な妖怪だ。その最大の特徴は他人の心を読むこと。どれだけ表で隠していようが、サトリの前ではその秘密は隠し通せない。瑠風が何の妖怪かは聞いていなかったが、まさかサトリだったとは。
そして彼がサトリなら、とある仮説が思い浮かぶ。
「じゃあまさか……瑠風は私の事情を、知っていたり……」
「ええ。あなたが宵鴉の命を受け、婦女子誘拐事件の容疑者として蒼雪様を調べていたことは、あなたが屋敷に来た当日に気付いておりました。もちろん、蒼雪様にも共有させていただいています」
瑠風は淡々と凜に言葉を返す。
冷たい汗が額から流れた。瑠風の並べた言葉は全て正しい。その事情を知っていたなら、彼が凜に冷たい態度を取っていたのにも納得がいく。
だが、それ以上に。
「私の事情を知っていたなら、どうして蒼雪はその場で結婚の話を白紙に戻さなかったの……?」
結婚相手と選んだ相手に、ずっと嘘をつかれていたのだ。しかも事件の容疑者だと疑われた上で。普通なら気付いた時点で激怒し、追い出されても仕方がないはず。なのに蒼雪は、それをしなかった。
「それはまあ……昨晩話した通り、僕としても人間と婚姻の儀をする必要があったし。それ以外にも理由はあるけど……今話すのは、ちょっとね」
蒼雪は子どもたちの方にちらと目を向け、何故か頬を染める。そして軽く咳払いした後、言葉を続けた。
「ともかく、これで僕が犯人でないと証明できたかな?」
「ええ……本当に、色々とごめんなさい。罰ならなんでも受けるわ」
凜は深く頭を下げる。命令とはいえ、帝都の東を守る妖怪頭を騙していたのだ。どんな目に遭っても、文句は言えない。
だが蒼雪は、怒るどころか軽く笑った。
「罰なんて与えたりしないよ。その代わり、僕たちに協力してくれないかな」
「構わないわ。何に協力すればいい?」
「もちろん、この事件の真犯人を捕まえるためのさ。彼女たちの件もあって、婦女子誘拐事件については僕たちも独自に調査をしていてね。結果いくつか分かったことがある」
蒼雪たちが調べたところによると、婦女子誘拐事件の現場にはすべて、とある禁術の気配が微かに残っていたという。それは数百年前、まだ妖怪と人間が争いあっていた頃に生み出されたもので、あまりの危険さに使用を禁じられたものだそうだ。
「禁術の名は、霊力源奪取。効果は、他者の霊力源を自分に取り込み、自分を強化するというものだ。犯人は恐らく、この禁術に使うために婦女子誘拐事件を起こしている」
蒼雪の言葉に、凜は顎に手を当てる。
「なんだか少し、私の異能に似ているわね」
「いや、君の異能が奪うのは、体内に生み出された霊力のみだ。一方で霊力源奪取の金術は、霊力を生み出すための見えない臓器である霊力源を奪うんだ」
「あまり違いが分からないのだけれど」
「そうか……まあ霊力源については、普通はあまり意識しないからね」
蒼雪はしばし考えた後に、口を開いた。
「例えば、みかんの木を想像するといい。みかんの実が霊力で、みかんの木が霊力源だ。みかんの実を全て取っても、木が生きている限り、再びみかんの実が生まれる。だが、木を根元から掘り返してしまったら?」
「みかんの木は枯れて、みかんはもうできなくなる?」
「そう。君の異能がみかんの実を摘み取る行為なら、問題の禁術はみかんの木を掘り返すのと同じことだ。生き物が生きていくには、多かれ少なかれ霊力が必要になる。霊力源を奪ってしまえば、奪われた者は生きてはいけない」
「なら、被害者は……」
「恐らくはもう……ね」
蒼雪の顔に影が差した。その表情で全てを察した凜は、奥歯を噛みしめる。
「その禁術に、もっと早く気付いていれば……」
「仕方ないよ。数百年使われていなかった術で、寿命の短い君たちはその気配を知らないだろうから。むしろ僕が、すぐに気付いて対処するべきだった」
蒼雪は凜を慰めつつ、言葉を続ける。
「実はね、犯人の目星はついているんだよ」
「誰なの!?」
凜が必死の思いで問いかけると、蒼雪の顔に深刻そうに影が差した。
「……宵鴉の戸隠。君の元部下だ」
「戸隠さんが……!?」
「うん。前に凜と話していた彼を見たとき、微かに禁術の気配がした。巧妙に気配を隠しているようだったけれど……それでも溢れてしまう程に、何度も術を使っていたんだろうね」
「そんな……」
あり得ない。一瞬そう思ったものの、思い当たる節はあった。
以前会った時、弓達が言っていた。戸隠が最近急に強くなったと。
他人の霊力源を取り込み続けて強くなったというなら、急激な成長も納得できる。加えて彼の家は古くからある呪術師の家系だ。禁術とされた術でも、なんらかの形で情報を得ていたとしてもおかしくはない。
彼はずっと同じ隊で戦ってきた自分の部下。疑いたくない気持ちはある。だがそれができないほどに、材料が揃いすぎていた。
「元々はもう少し確定した情報が手に入ってから話そうとしていたのだけれど、先に君が見つけてしまったし。それに僕たちの情報網だけでは、彼が犯人だという証拠を見つけるのは難しくてね。だから宵鴉の中でも、信頼できる君に頼みたい」
蒼雪は真剣な目で、凜をまっすぐ見つめてくる。
「どうか僕たちに協力して、真犯人に繋がる証拠を集めてほしい。ここにいる妖怪たちを解放し、帝東の平穏を守るためにも」
蒼雪と――それから瑠風と景一に請われた凜は、強く頷いたのだった。
いずれにせよ、ひと目がないのは凜にとって好都合だ。呪符を片手に携えた凜は、中庭の結界の張られている場所へと向かう。
相変わらずそこには何もなかった。だが手で触れてみると見えない壁が、確かに行く手を阻んでいる。
凜は凍鶴からもらった呪符を取り出し、見えない壁に貼った。呪符に描かれた文字が一瞬赤く輝くと、何もなかったはずの空間に、小さな庵が現れた。
心臓が早鐘を打ち始める。やはり結界は、何かを隠すためのものだった。問題はこの中に、何があるかだ。
凜は震える手で庵の扉に手を掛け、一気に開け放った。
「そんな……」
庵の中には、三人の女と二人の子供がいた。みな頭や尻に獣の耳や尾が生えている。全員妖怪なのだろう。彼女たちは部屋の隅で固まって、震えながら凜を見ていた。
胸を刃で突き刺されたような心地がした。やはり蒼雪は、婦女子誘拐事件の犯人だったのだろうか。多くの妖怪に慕われる妖怪頭でありながら、裏で彼女たちを攫う罪を犯していたなんて、信じたくなかった。今朝や昨夜に見せた柔らかい表情は、すべてまやかしだったというのか。
あまりの事実に目眩がした。凜は頭を抑えながらも、なんとか均衡を保つ。
背後で、艶やかな妖しい声が聞こえた。
「おや、見つかってしまったかい?」
振り向くと、出かけていたはずの蒼雪が、感情の読めない微笑を浮かべて立っていた。その両脇には、瑠風と景一が控えている。
「早かったね。あと少しで準備が整うところだったのだけれど」
「蒼雪……これはどういうことなの!?」
凜は彼を睨みながら声を荒げる。だが蒼雪は、笑みを浮かべたまま答えようとしない。凜は奥歯を噛みしめる。右手の平で小さく雷が爆ぜた。
だがそのとき、庵の中にいた子どもたちが、揃って蒼雪に駆け寄った。
「蒼雪様、待ってた!」
「お菓子ある? おもちゃは?」
「ふふ、もちろんあるよ」
蒼雪が取り出した包みに、二人の子供は「わぁい!」と満面の笑みで跳びはねる。その態度はどう見ても、自分を攫った凶悪犯に対するものではない。
「どういうこと……?」
「ひとまず、中で話そうか」
蒼雪は子供たちの頭を撫でてから、呆然とする凜を庵の中へと引き入れた。
庵の中は八畳ほどの畳の部屋になっており、端には布団が重ねられていた。畳の上に散かった、だるま落としやけん玉などの玩具は、つい先ほどまで子どもたちが遊んでいたのだろう。
凜と蒼雪、景一、少し遅れて瑠風が庵の中へと入り、扉を閉めた。
「結界は改めて張り直しておきました。今日は婚姻の儀の翌日で外の妖怪の受け入れをしていませんでしたから、庵を見た者はいないかと」
「わかった。ご苦労様、瑠風」
蒼雪は瑠風をねぎらった後、凜の方へ向き直る。
「さて、君には僕に聞きたいことが山ほどあるのだろうね」
「もちろんよ。彼女たちは何? ここにいる訳は?」
凜の問いかけに、蒼雪は一転して真面目な顔になる。
「いま帝東を騒がせている婦女子誘拐事件。宵鴉の耳にも届いていただろう。彼女たちはその被害に遭いかけた妖怪たちだ。捕まりそうになったところを、それぞれ自分の力を使って振り切り、僕の屋敷まで逃げてきてね」
「じゃあ、事件の関係者ってこと……!?」
凜は大きく目を見開く。婦女子誘拐事件の被害者は、当然ながら未だに一人も見つかっていない。しかし被害に遭いかけて逃れた者がいるのなら、その証言は捜査の重要な情報源になる。
「なら、彼女たちは犯人を見ているの!?」
「いや、直接は見ていないみたいだね」
身を乗り出した凜に、蒼雪は静かに首を振った。
「彼女たちを捕まえようとしたのは、影のようなものだったそうだ。だから妖怪の力、人間の異能……あるいはそれに類する何かの力によるものだろう」
犯人の正体が分からないからこそ、蒼雪は逃げてきた彼女たちをこの庵にかくまい、他者の目に触れないように結界を張ったのだという。
「サトリの瑠風がいるとはいえ、彼も全てを見通せる訳じゃない。だからこそ念には念をと思っていたのだけれど……逆に怪しまれてしまったみたいだね」
蒼雪は苦笑いしながら肩をすくめる。一方の凜は、蒼雪と瑠風を見比べて絶句した。
「瑠風が、サトリ……?」
サトリは昔から、人間の間でも有名な妖怪だ。その最大の特徴は他人の心を読むこと。どれだけ表で隠していようが、サトリの前ではその秘密は隠し通せない。瑠風が何の妖怪かは聞いていなかったが、まさかサトリだったとは。
そして彼がサトリなら、とある仮説が思い浮かぶ。
「じゃあまさか……瑠風は私の事情を、知っていたり……」
「ええ。あなたが宵鴉の命を受け、婦女子誘拐事件の容疑者として蒼雪様を調べていたことは、あなたが屋敷に来た当日に気付いておりました。もちろん、蒼雪様にも共有させていただいています」
瑠風は淡々と凜に言葉を返す。
冷たい汗が額から流れた。瑠風の並べた言葉は全て正しい。その事情を知っていたなら、彼が凜に冷たい態度を取っていたのにも納得がいく。
だが、それ以上に。
「私の事情を知っていたなら、どうして蒼雪はその場で結婚の話を白紙に戻さなかったの……?」
結婚相手と選んだ相手に、ずっと嘘をつかれていたのだ。しかも事件の容疑者だと疑われた上で。普通なら気付いた時点で激怒し、追い出されても仕方がないはず。なのに蒼雪は、それをしなかった。
「それはまあ……昨晩話した通り、僕としても人間と婚姻の儀をする必要があったし。それ以外にも理由はあるけど……今話すのは、ちょっとね」
蒼雪は子どもたちの方にちらと目を向け、何故か頬を染める。そして軽く咳払いした後、言葉を続けた。
「ともかく、これで僕が犯人でないと証明できたかな?」
「ええ……本当に、色々とごめんなさい。罰ならなんでも受けるわ」
凜は深く頭を下げる。命令とはいえ、帝都の東を守る妖怪頭を騙していたのだ。どんな目に遭っても、文句は言えない。
だが蒼雪は、怒るどころか軽く笑った。
「罰なんて与えたりしないよ。その代わり、僕たちに協力してくれないかな」
「構わないわ。何に協力すればいい?」
「もちろん、この事件の真犯人を捕まえるためのさ。彼女たちの件もあって、婦女子誘拐事件については僕たちも独自に調査をしていてね。結果いくつか分かったことがある」
蒼雪たちが調べたところによると、婦女子誘拐事件の現場にはすべて、とある禁術の気配が微かに残っていたという。それは数百年前、まだ妖怪と人間が争いあっていた頃に生み出されたもので、あまりの危険さに使用を禁じられたものだそうだ。
「禁術の名は、霊力源奪取。効果は、他者の霊力源を自分に取り込み、自分を強化するというものだ。犯人は恐らく、この禁術に使うために婦女子誘拐事件を起こしている」
蒼雪の言葉に、凜は顎に手を当てる。
「なんだか少し、私の異能に似ているわね」
「いや、君の異能が奪うのは、体内に生み出された霊力のみだ。一方で霊力源奪取の金術は、霊力を生み出すための見えない臓器である霊力源を奪うんだ」
「あまり違いが分からないのだけれど」
「そうか……まあ霊力源については、普通はあまり意識しないからね」
蒼雪はしばし考えた後に、口を開いた。
「例えば、みかんの木を想像するといい。みかんの実が霊力で、みかんの木が霊力源だ。みかんの実を全て取っても、木が生きている限り、再びみかんの実が生まれる。だが、木を根元から掘り返してしまったら?」
「みかんの木は枯れて、みかんはもうできなくなる?」
「そう。君の異能がみかんの実を摘み取る行為なら、問題の禁術はみかんの木を掘り返すのと同じことだ。生き物が生きていくには、多かれ少なかれ霊力が必要になる。霊力源を奪ってしまえば、奪われた者は生きてはいけない」
「なら、被害者は……」
「恐らくはもう……ね」
蒼雪の顔に影が差した。その表情で全てを察した凜は、奥歯を噛みしめる。
「その禁術に、もっと早く気付いていれば……」
「仕方ないよ。数百年使われていなかった術で、寿命の短い君たちはその気配を知らないだろうから。むしろ僕が、すぐに気付いて対処するべきだった」
蒼雪は凜を慰めつつ、言葉を続ける。
「実はね、犯人の目星はついているんだよ」
「誰なの!?」
凜が必死の思いで問いかけると、蒼雪の顔に深刻そうに影が差した。
「……宵鴉の戸隠。君の元部下だ」
「戸隠さんが……!?」
「うん。前に凜と話していた彼を見たとき、微かに禁術の気配がした。巧妙に気配を隠しているようだったけれど……それでも溢れてしまう程に、何度も術を使っていたんだろうね」
「そんな……」
あり得ない。一瞬そう思ったものの、思い当たる節はあった。
以前会った時、弓達が言っていた。戸隠が最近急に強くなったと。
他人の霊力源を取り込み続けて強くなったというなら、急激な成長も納得できる。加えて彼の家は古くからある呪術師の家系だ。禁術とされた術でも、なんらかの形で情報を得ていたとしてもおかしくはない。
彼はずっと同じ隊で戦ってきた自分の部下。疑いたくない気持ちはある。だがそれができないほどに、材料が揃いすぎていた。
「元々はもう少し確定した情報が手に入ってから話そうとしていたのだけれど、先に君が見つけてしまったし。それに僕たちの情報網だけでは、彼が犯人だという証拠を見つけるのは難しくてね。だから宵鴉の中でも、信頼できる君に頼みたい」
蒼雪は真剣な目で、凜をまっすぐ見つめてくる。
「どうか僕たちに協力して、真犯人に繋がる証拠を集めてほしい。ここにいる妖怪たちを解放し、帝東の平穏を守るためにも」
蒼雪と――それから瑠風と景一に請われた凜は、強く頷いたのだった。

