眩しい光を感じ、凜は布団の中で顔をしかめながら寝返りをうった。だがすぐ傍に誰かの気配を感じ、おもむろに瞼を開く。
「おはよう、目が覚めたかい?」
蒼雪の顔が、すぐそこにあった。朝の日差しよりも美しい顔に、慈しむような笑みを浮かべて凜を見ている。そして彼の体は――凜と同じ布団に包まっていた。
頭の中が真っ白になる。何故蒼雪が自分と同じ布団で寝ているのか、全く以て覚えていない。
「混乱しすぎだろう。昨日、婚姻の儀をしたのを忘れたのかな?」
「あ……」
言われて徐々に思いだしてきた。昨夜婚姻の儀を済ませた凜と蒼雪は、一つの寝室に通されたのだ。妖怪の基準では、婚姻の儀を終えて初めて、二人は本物の夫婦と見なされるらしい。つまり昨夜は、初夜だったというわけだ。
「ひどいなぁ。昨晩はあんなに積極的に触れてくれたのに」
「……変な言い方しないで」
確かに蒼雪に何度か触れはした。けれどそれは頬に触れたり、手を繋いだりという程度で、いわゆる初夜でするような、濃厚な接触はしていない。
「ふふ。ごめん、からかって」
口を尖らせた凜に、蒼雪は小さく微笑んだ。そしておもむろに、布団の中で凜の手に自分の手を絡めてくる。
「君の手は気持ちいいね。たくさん霊力を吸い取ってくれて。苦しくても、君の手に触れているだけで楽になる」
蒼雪は凜の手を握ったまま、愛おしげにこちらを見つめてきた。
顔がほんのり熱くなる。昨晩から明らかに、蒼雪の態度が変わっていた。身体的な距離は近づき、向けられる眼差しには、以前にはなかった熱を帯びている。からかうような言動は相変わらずだが、それでも昨日の婚姻の儀を経て、彼の中で感情の変化があったと気付くには十分だった。
そしてそれは、凜も同じだった。
蒼雪と繋がった手を意識すると、心臓の鼓動が早くなる。以前は顔を合わせるのも憂鬱だったのに、今では彼と同じ布団で寝ている事さえ、心のどこかで悪くはないと思っているようだった。
布団を出て衣服を整え、蒼雪とともに食事へ向かう。揃って茶の間に入ると、中にいた使用人たちに出迎えられた。
凜は促されて膳の前に座り、ちらと前を見る。正面に置かれたもう一つの膳の前には、いつも通り蒼雪が座っていた。彼は凜の視線に気付くと、ふっと柔らかな微笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでも……」
何だか落ち着かなくて、凜は顔をそらしてしまった。けれども頭に蒼雪の笑みが浮かび、再び頬がじんわり熱を帯びてくる。
「ふふ、初夜は上手くいったようですね」
「初々しくてかわいらしいですわ」
「お幸せそうでよかったです」
端に控えた使用人たちが、ひそひそと囁いている。初夜でなすべきことはしていないが、端から凜たちの反応を見れば、勘違いされてもおかしくはないだろう。
仕方がない。思いをぶつけ合う行為はしていなくとも、凜にとってはそれ以上の幸せを感じたのだ。恐らくそれは、蒼雪の方も同じはず。だからこそ、溢れてしまう感情があるのも無理はないのだ。
味噌汁を一口啜って顔を上げると、再び蒼雪と視線が交わった。
「美味しい?」
「……ええ」
「よかった。たくさん食べてね」
蒼雪が、慈しむような目で凜を見ている。憎まれ口ばかりの蒼雪が、これほど優しい顔をするようになるなんて。そんな一面、今まで全く知らなかった。
とくりと再び胸が高鳴る。こんな顔をする彼が、多くの女や子供を誘拐した婦女子誘拐事件の犯人だとは思えなかった。
――だからこそ、結界を解きに行かなければ。
味噌汁を最後まで飲み干しながら、凜は決意を新たにする。
蒼雪が無実だという自分の予感を証明し、事件の真実を見極めるため。中庭に施された結界を解き、その先に隠されたものを明らかにする。
何故なら自分は――帝都の治安を守る、宵鴉なのだから。
「おはよう、目が覚めたかい?」
蒼雪の顔が、すぐそこにあった。朝の日差しよりも美しい顔に、慈しむような笑みを浮かべて凜を見ている。そして彼の体は――凜と同じ布団に包まっていた。
頭の中が真っ白になる。何故蒼雪が自分と同じ布団で寝ているのか、全く以て覚えていない。
「混乱しすぎだろう。昨日、婚姻の儀をしたのを忘れたのかな?」
「あ……」
言われて徐々に思いだしてきた。昨夜婚姻の儀を済ませた凜と蒼雪は、一つの寝室に通されたのだ。妖怪の基準では、婚姻の儀を終えて初めて、二人は本物の夫婦と見なされるらしい。つまり昨夜は、初夜だったというわけだ。
「ひどいなぁ。昨晩はあんなに積極的に触れてくれたのに」
「……変な言い方しないで」
確かに蒼雪に何度か触れはした。けれどそれは頬に触れたり、手を繋いだりという程度で、いわゆる初夜でするような、濃厚な接触はしていない。
「ふふ。ごめん、からかって」
口を尖らせた凜に、蒼雪は小さく微笑んだ。そしておもむろに、布団の中で凜の手に自分の手を絡めてくる。
「君の手は気持ちいいね。たくさん霊力を吸い取ってくれて。苦しくても、君の手に触れているだけで楽になる」
蒼雪は凜の手を握ったまま、愛おしげにこちらを見つめてきた。
顔がほんのり熱くなる。昨晩から明らかに、蒼雪の態度が変わっていた。身体的な距離は近づき、向けられる眼差しには、以前にはなかった熱を帯びている。からかうような言動は相変わらずだが、それでも昨日の婚姻の儀を経て、彼の中で感情の変化があったと気付くには十分だった。
そしてそれは、凜も同じだった。
蒼雪と繋がった手を意識すると、心臓の鼓動が早くなる。以前は顔を合わせるのも憂鬱だったのに、今では彼と同じ布団で寝ている事さえ、心のどこかで悪くはないと思っているようだった。
布団を出て衣服を整え、蒼雪とともに食事へ向かう。揃って茶の間に入ると、中にいた使用人たちに出迎えられた。
凜は促されて膳の前に座り、ちらと前を見る。正面に置かれたもう一つの膳の前には、いつも通り蒼雪が座っていた。彼は凜の視線に気付くと、ふっと柔らかな微笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでも……」
何だか落ち着かなくて、凜は顔をそらしてしまった。けれども頭に蒼雪の笑みが浮かび、再び頬がじんわり熱を帯びてくる。
「ふふ、初夜は上手くいったようですね」
「初々しくてかわいらしいですわ」
「お幸せそうでよかったです」
端に控えた使用人たちが、ひそひそと囁いている。初夜でなすべきことはしていないが、端から凜たちの反応を見れば、勘違いされてもおかしくはないだろう。
仕方がない。思いをぶつけ合う行為はしていなくとも、凜にとってはそれ以上の幸せを感じたのだ。恐らくそれは、蒼雪の方も同じはず。だからこそ、溢れてしまう感情があるのも無理はないのだ。
味噌汁を一口啜って顔を上げると、再び蒼雪と視線が交わった。
「美味しい?」
「……ええ」
「よかった。たくさん食べてね」
蒼雪が、慈しむような目で凜を見ている。憎まれ口ばかりの蒼雪が、これほど優しい顔をするようになるなんて。そんな一面、今まで全く知らなかった。
とくりと再び胸が高鳴る。こんな顔をする彼が、多くの女や子供を誘拐した婦女子誘拐事件の犯人だとは思えなかった。
――だからこそ、結界を解きに行かなければ。
味噌汁を最後まで飲み干しながら、凜は決意を新たにする。
蒼雪が無実だという自分の予感を証明し、事件の真実を見極めるため。中庭に施された結界を解き、その先に隠されたものを明らかにする。
何故なら自分は――帝都の治安を守る、宵鴉なのだから。

