青々とした一枚のソウキ草の葉に、藤花は唇でそっと触れた。
 細くゆっくり、慎重に霊力を込めた息を吹きかける。藤花の霊力が葉に移った証拠に、葉はじんわりと淡い光を放ち緑部分が透き通っているように見えた。
 光る葉は先端から光の糸を出し、藤花はもう片方の手に持っていた紡錘で糸を巻き取っていく。
 神経を尖らせ、丁寧に、しかし素早く紡錘を駒のように回していく。
 より美しく、より細いしなやかな糸を作ろうと集中した。
 巽の使う、巽のための糸。
 そうして撚糸した糸は透き通ってすら見える真白で、美しい仕上がりに藤花は満足げに頷いた。
 身籠もるために一度巽の陽の気で満たされた藤花の霊力は、更に巽の結界を強固なものにしてくれるだろう。
 それを喜ばしいことだと思う心の片隅で、ほんの僅かに悲しみのような思いを感じ取る。
 顔の痣が消え、白の糸をまた作れるようになり、子まで授かった。これほど幸せなことはないのに、何故悲しいという感情が湧いてくるのか自分でも分からない。
 藤花はその正体不明の感情を吐き出すように小さく息を吐き、また次の糸を撚糸するのだった。

 懐妊が判明してから、黄賀邸はにわかに騒がしくなった。
 義父母はもちろん、屋敷の主人たちが喜びに包まれているが故に使用人たちもどこか浮き足立っている。
 そんな喜びに満ちた屋敷に、藤花の両親からも祝いの文が届いた。
 将来を有望視されていたのに、毒巫女となってしまった娘。希望はないと思っていたのに、黄賀家に嫁入りしただけではなく孫も見せてくれるとは。と、喜びと祝いの言葉が延々と綴られていた。
 そして最後に、祝いの品を朱梨に持っていかせると書かれていた。
 久方ぶりに妹に会えるとなって、藤花自身も浮き足立つ。
 藤花が毒巫女になってしまったのは自分のせいだと言い、この二年一度も会おうとしなかった朱梨。
 先日の結婚式には参列していたが、性急に進められた結婚だったこともあり会話一つする暇もなかった。
 顔の痣も消え、自分のせいだと嘆いていた朱梨も喜んでくれるものと思っていた藤花は、訪ねてきた朱梨の言葉に愕然とした。
「残念、本当に消えちゃったのね。顔の痣」
 皮肉気に笑う朱梨に、藤花は困惑する。残念とは、どういうことだろうか?
「幸せそうで本当に腹立たしいわ。お姉様なんて、もっと不幸でいれば良かったのに」
 藤花にとって、大事な家族である妹。彼女も姉である自分のことを大事に思っているのだと信じていた。故に、朱梨の言葉をにわかには信じられず、藤花はぎこちない笑みを浮かべ問い返す。
「朱梨、どうしたの? 不幸でいればいい、なんて……どうしてそんな酷いことを言うの?」
 もしかすると、なにか嫌なことがあって八つ当たりしているだけなのかもしれない。そう思っての問い掛けだったが、朱梨は可愛い顔を更に歪ませた。
「酷い、ね。確かに私は酷い娘よ。お父様たちがお姉様ばかりを可愛がるから、嫉妬して、いなくなればいいと思って、あの日夜になっても帰らなかったんだから」
「え?」
 朱梨の独白のような言葉が、なにを意味するのか一瞬分からなかった。だが、夜になっても帰らなかったという状況は、藤花が妖魔に襲われ傷を負った日以外ない。
「お姉様のために清水を汲んでくると言えば、お姉様は自分のせいだと思って飛び出してくると思ったのよ。緑子さんも手伝ってくれると言ってくれたし」
「緑子?」
「そうよ? あの人も相当よね? 表では親しい友人として接してるのに、実際はお姉様を蹴落として孝志さんの婚約者の座を奪いたいと思っていたんだから」
「な、にを……」
 次から次へと朱梨の口から出てくる言葉に戸惑い困惑する。
 藤花がいなくなればいいと朱梨が思っていたこともだが、優しかった緑子が自分を蹴落とそうと思っていたなど……。
 信じられない、信じたくない。
 だが、事実毒巫女となってしまった藤花の代わりに、緑子は孝志の婚約者に収まった。
 それに思い返してみれば……妖魔に襲われたあの日、朱梨が帰ってこないと教えてくれたのは緑子だった。日も落ち、捜索も一度休止するという情報を与えてくれたのも……。
 そして緑子は促すように言ったのだ。
『藤花なら朱梨ちゃんがこんなときどんな場所に隠れるのか分かる? 藤花なら、見つけられるかしら?』
 と……。
 当時の自分はその言葉を聞いた途端、なんの疑いも持たずに結界の外へと飛び出した。
 だが、よく考えてみればおかしいではないか。
 まだ完全に日が落ちきっていないのに、捜索を一度休止することを何故緑子が知っていたのか。そして、朱梨があのようなときに隠れる場所が少し特殊だということを知っているかのような促し方も疑問だ。
 女の子なのに木登りが得意な朱梨は、幼い頃からかくれんぼなどでも木に登り葉に隠れるようにやり過ごす。それを知らない捜索の者たちでは、見過ごしてしまう可能性も大きい。
 『藤花なら見つけられるかしら?』という問いは、逆に言えば『藤花にしか見つけられないのではないかしら?』という風にも聞こえる。
 気付いてしまえば、次から次へと疑問が溢れた。
 否定したいのに、緑子が自分を陥れようとしていたとしか思えない行動ばかりが浮かんでくる。
(ああ、そうよ……あの日、結界の外に飛び出そうとした私に、緑子は『待って!』と一言声を掛けたきり、なにもしなかった)
 追いかけるわけでもなく、強く引き留めるわけでもなく、誰かに引き留めてと頼むこともなく。ただ、一言引き留める言葉を口にしただけ。
 当時は朱梨を助けたい一心だったため、止められなくて良かったと思っていたが……。
 実際は引き留めるつもりがなかったのだとすれば、辻褄が合う。……合ってしまう。
「やっぱり気付いてなかったのね? 馬鹿なお姉様。親友だと思っていた人に裏切られた気分はどう?」
 藤花が不幸に落ちていくのを楽しむかのように、朱梨は歪んだ笑みを浮かべる。そして、追い打ちのように一つの情報を提示した。
「そうそう、そういえば緑子さんもご懐妊したそうよ? もちろん孝志さんの子。お姉様を蹴落とした人は、お姉様が好いていた人と相思相愛になって、子どもも身籠もったってことね。巫女としての霊力だけを求められて結婚したお姉様とは天と地の差。……ねえ、どんな気分?」
 くすくすと笑う朱梨に、藤花はなにも言えなかった。
 朱梨の本性も、緑子に裏切られていたことも、頭を殴られたくらいの衝撃がある。怒りと悲しみが同じくらい沸き立ち、とぐろを巻くように渦巻いている。
 だが、朱梨の言葉の中で一番衝撃を受けたのは別のことだった。
『巫女としての霊力だけを求められて結婚したお姉様』
 そう、自分は巫女としての力を求められて巽に求婚された。藤花自身も痣が消せるという言葉や、また白の糸を作れるようになるという希望からその求婚を受けたのだ。
 そこには何の問題もないと思っていた。
 だが、巽に子ができたことも強い結界を作るための行程の一つのような言い方をされ、どこか不満を覚えた。それが何故なのか分からなかったが、朱梨の言葉ではっきりする。
 自分は、いつの間にか心から巽を好いていたのだ。
 強く、優しく、頼りがいのある夫。男らしさの中に、どこか無邪気さを宿す旦那様。
 そんな彼を、愛しいと思うようになっていたのだ。
 だから懐妊が分かったとき、純粋に喜んで欲しいと思ってしまった。結界のことなど関係なく、巽と自分の間にできた子を……愛しいと思って欲しかったのだ。
 しかし、我が子にすら結界を強くできる要因を口にする巽だ。藤花のことは大事にしてくれているとはいえ、おそらく彼に取って自分は未だに巫女としての価値しかないのだろう。
 その事実が、悲しかったのだ。
 すでに夫婦でありながら、片思いであることを自覚し……辛かった。
「あらぁ? どうしたのお姉様? 好きな人を奪われたのがそんなに辛い? 親友だと思っていた人に裏切られたのがそんなに辛い?」
 巽との関係を思い表情が暗くなる藤花を見て、楽しそうに嘲笑う朱梨。言っていることは的外れだったが、辛いことは同じなので訂正する気も起きない。
 藤花のことを嫌っているらしい妹は、調子に乗って更に言葉を重ねようとする。
 だが、突然襖の向こう側。廊下の方から声が掛けられた。
「失礼する」
 心なしか硬い、巽の声。いつの間に来ていたのか、彼は断りを入れると返事も聞かず襖を開き客室の中へ入ってきた。藤花のすぐ側へ座り、丸まってしまった肩を抱く。
「朱梨どの、遠いところ祝いに来てくれて感謝する。だが、俺の大事な妻には少々刺激が強すぎる話のようだ。そろそろお帰りになってはいかがだろうか?」
「お義兄様……」
 想定外の巽の出現に、朱梨は明らかに狼狽えた。巽の言葉からは、全てではないだろうが先程の話を聞かれていたことが分かる。悪戯が見つかってしまった子どものように慌てる朱梨は、なにか言い訳でもしようとしているのか目が忙しく泳いだ。
「あ、その……ちょっと揶揄(からか)っただけですわ。姉妹の戯れだと思って下さいまし」
「戯れにしては、俺の大事な妻が落ち込んでいるようだが? ……いいから、もう帰れ」
 苦しい言い訳をする朱梨に、巽は遠回しな言葉を使わずはっきりと告げる。
「っ!」
 朱梨は言葉を詰まらせ、悔しげに歪めた顔を下げると「お暇させて頂きます」とか細い声を放った。
 巽は近くにいた使用人を呼び止め、帰る客人を門まで送るよう指示する。
 そうして客間に二人きりとなると、なんとも言えぬ気まずい沈黙が流れた。
 巽は藤花のことを『俺の大事な妻』と二度も言ってくれた。とても嬉しかったが、その言葉に隠れている意味はあくまで『強い結界を張るために必要な』というものだろう。
 藤花の中の恋心は純粋に喜びたいと思っているのに、片思いでしかないのだと気付いたせいで隠された意味が辛い。
 落ち込み、うなじを見せつけるほどに俯いてしまった藤花に、巽がゆっくりと声を掛けた。
「藤花……お前は今も孝志どのが、好きなのか?」
「……え?」
 まるで想定していなかった言葉に、藤花は頭を傾け巽の顔を見る。横にある彼の顔には、僅かに怒りが垣間見えた。
「先程、朱梨どのが言っていただろう? 孝志どののことを、お前が好いていた人だと。好いた男が他の女と子を作ったことが辛いのか?」
 だから悲しんでいるのか? と言外の言葉も読み取った藤花は、思わず大きな声で「違います!」と告げる。
 孝志への気持ちは、この二年でとうに消えてしまった。今更彼が他の女性とどうなろうと心が揺れることはない。
 だというのに、よりにもよって今心から想っている相手に勘違いされるとは……。それだけは許容できない。
「確かに、二年前まで私は孝志さんのことを好いていました。ですが、この二年会う度に嫌悪され、蔑まれてきたというのに……同じ心を持っているはずがございません」
「では、別に孝志どののことで落ち込んでいたわけではないと?」
「もちろんです!!」
 こればかりは絶対に勘違いして欲しくないという思いから、強くはっきりと頷いた。
 藤花の様子に軽く目を見開いた巽は、「そうか……」と安堵するような息を吐く。
「では、妹や親友に裏切られていたことを知って傷付いたということか」
「あ、確かにそれはそうなのですが……」
「なんだ? 他にも理由があるのか?」
 納得するような巽の言葉に、完全同意しておけばそのまま誤魔化すことも出来たかもしれない。だが、言葉を濁してしまったが故に巽に疑問を与えてしまった。
「いえ、その……大したことでは」
 今更だが誤魔化そうとする藤花を巽は見逃さない。
「大したことではないのに、そのように落ち込むのか?」
「……」
 本当は『大したこと』なのだ。だが、巫女としての自分しか求めていない巽に好いていると伝えるのは、彼の迷惑になるのではないだろうか?
 迷惑だけならまだしも、それが原因で嫌われてしまったら立ち直れそうにない。
 だから躊躇っていたのだが、巽は追求を止めるつもりがないようだ。
「藤花、話してくれ。俺はお前に笑顔でいて欲しい」
 抱いている肩を撫でながら優しく懇願してくる巽に、藤花は根負けするように話し出す。
「……落ち込んでいたのは、私が旦那様を心からお慕いしていると気付いたからです。巫女の力を求められているだけなのだから、同じ思いを返して貰えることはないと分かっているのに」
 直接顔を見て言えず、俯きながら話す。
 だが言葉にしてしまうと、自分はなんて我が儘なことを言っているのだろうと恥ずかしくなった。
 慌てて笑顔を作り巽へ向ける。言い訳のようになってしまうかもしれないと感じながら、言葉を重ねた。
「あ、ですが無理にお心を得たいと思っているわけではございませんから! 巫女として、妻として大事にして頂いているだけで十分幸せなので!」
 だから気にしないで欲しい、嫌わないで欲しいと願いながら、藤花は巽の様子を伺う。
「……旦那様?」
 本心を伝えたことで困らせ、渋い顔くらいはしているかと思ったのだが、巽は藤花の肩を抱いていない方の手で目元を覆って項垂れていた。
 まさか、自分が思っていた以上に困らせているのではないかと藤花が焦りはじめたとき、巽は唸るように言葉を紡いだ。
「すでに妻なのだから、恋情を抱いたところでなんの問題もないだろう? なぜ俺の心を求めないなどという話になるのだ?」
 話し、目元を覆う手を下げた巽は幾分恨めしげに藤花を見つめる。
 藤花は困惑しながらも求められるままに理由を答えた。
「え? 子ができたと知ったとき、私の糸が旦那様の霊力にもっと馴染むようになるとお喜びになっていらっしゃったではありませんか。私に巫女の力だけを求めていたから出た言葉ではないのですか?」
「それか……」
 藤花の答えを聞き、巽は力なく項垂れる。重いため息を吐いてから、顔を上げ真っ直ぐ藤花を見た。
「俺の伝え方が悪かったのか……ともかく、その言葉の前に子は俺と藤花の絆だと言っただろう? 子はもちろん喜ばしいし、なにより、俺は藤花との絆が強くなったことを嬉しいと思ったんだ」
「え?」
「確かに初めはお前の巫女としての力が欲しくて求婚した。だが、すぐに清らかで可愛い藤花を好きになった。……愛しいと、思ったんだ」
 驚く藤花に、巽は柔らかな笑みを浮かべて懐から何かを取り出す。
 差し出されたそれを受け取り、巾着に入っているものを見た藤花は目を丸くして巽を見上げた。
「遅くなってすまない。だがやっとできた。藤花を何者からも守ってくれるよう霊力を込めた守り水晶だ」
「旦那様……」
 守り水晶は、結界師が妻となる女性に贈る――少し違うが、近年帝都で流行している結婚指輪のようなものだ。
 つまりは、婚姻の証。
 そんな守り水晶を渡しながら告げられた愛しいという言葉が、じんわりと藤花の心へ届いて行く。
(旦那様が、私を好いている? 愛しいと、思って下さっている?)
 届いた思いは藤花の心を満たし、すぐに溢れる。温かな喜びの感情は、涙となって溢れ出た。
「ありがとう、ございますっ……私も、旦那様を愛しております」
 泣きながらもはっきりと伝える。
 巽は藤花の涙を指で拭いながら、「お前は嬉し泣きが多いな」と心安らぐような声音で苦笑していた。

「これが、旦那様の紋ですか?」
 涙が落ち着いた頃、守り水晶を改めて見ていた藤花が呟く。
 守り水晶の中には、結界師個人個人で違う紋が刻まれる。それぞれの霊力によって変わるらしく、誰かと同じになることはないのだそうだ。
「ああ、珍しいだろう? 流水紋とは」
「はい……」
 結界師の霊力は、基本的に守りを目的とするためか籠目や麻の葉、あとは七宝など守りの意味が強い紋が元になっているものが多い。
 だが、巽の紋は水の流れを意味する流水紋だ。厄を流す魔除けとしての意味もあるため守りの意味もなくはないが、結界師としては珍しい。
(でも、それよりも気になるのは……)
「私、この紋に見覚えがあるのですけれど……」
 二年前までずっと持っていた、試作品だからと貰った守り水晶。幼い頃に見知らぬ少年から貰った水晶に刻まれた紋と、全く同じだったのだ。
 結界師にしては珍しい流水紋。そして、枝藤が共に描かれている。ここまで一致するということは……。
 藤花は巽の顔を見上げ、幼き日のおぼろげな記憶と重ねた。
「あの守り水晶を下さったのは、旦那様だったのですか?」
 問い返す藤花に、巽は少々ばつの悪そうな笑みを浮かべる。
「そうだ。あのとき俺は名乗らなかったからな、気付かなくても仕方がないか」
 確かにあのとき巽は名乗らなかった。というか、互いに名乗ってはいなかった。
 あれは、糸練りの巫女の素養があるからと【つむぎ館】へ異動する少し前のことだ。
 結界を作る練習をしていた少年と出会い、巫女になるために【つむぎ館】へ行くことになったのだという話をした。
 そのとき母に呼ばれて、少年には藤花の名前を知られた。
 そして、試作品に作ったという守り水晶に藤花の名前と同じ藤があるからと、少年は藤花が立派な巫女になれるようにとその水晶をくれたのだ。
(まさか、あのときの少年が旦那様だったなんて……)
 驚き、すぐには言葉が出ない。だが、湧き上がる感情はやはり喜びだった。
「……私は、ずっと前から旦那様に守られていたのですね」
 愛した人との縁が、自分が思っていたよりもずっと前から繋がっていたことが嬉しい。
 だが、巽の方は少し複雑なようだった。
「守り水晶を渡したのは偶々だったが、藤花を守ることが出来て本当に良かった。……だが、守り水晶ではなく俺が側にいられれば、妖魔の気を受け痣が残ることもなかっただろうと思うとやりきれない思いがある」
「そんな! あの水晶がなければ私は死んでいました。……それに、このようなことを口にするのはどうかとも思いますが」
 藤花は一度言葉を切り、悪いことを口にするかのような気分で話す。
「妖魔の気を受けて顔に痣ができたからこそ、旦那様と再び会い、こうしてあなたの妻となれたのだと思います」
 だから、気に病むことなど一つも無いのだと笑む藤花に、巽は自然な仕草で顔を近づけ唇を奪った。
「確かに痣がなければ、今頃お前はあのふざけた男の妻になっていたのかもしれないしな」
 ふざけた男とは、もしや孝志のことだろうか? と疑問を口にする前にまた唇が重ねられる。
 まるで独占欲をぶつけられているような口づけに、藤花は驚きつつも喜びを感じた。それほどに思われているのだと、実感出来たから。
 いつもより少しだけ強引な巽の口づけを、藤花は受入れるように彼の背に腕を回した。