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「……あっ、はい?」
肩を叩かれて、数秒固まっていたことに気が付いた。
(首席……?この彩都で?)
日吉は自分の耳を疑った。彩都学院が安全と思った根拠の一つに、進学校であることも含まれていた。
昔からこの地域の中では、一流大学TOP3へ入学を目指す生徒はここへ集結する。そのため、倍率も年々上向きだ。単願を受け付けていないため、滑り止めを多々用意する生徒がほとんどだ。大学受験という大きなふるいへかけられる前に、彼らはこの難関を突破しなければならない。
その彩都を曰く“不良・瀬川凪”が首席入学したと聞いて、日吉は暫く固まっていた。それを見た春川が「びっくりするでしょ?」と笑う。
どうやら彩都学院は、歴代の首席の解答用紙を保管しているらしい。才ある中でも大抵、1、2問は間違いがある。だが、その中でも唯一、瀬川は満点合格を果たしており、誤字の一つもなかったそうだ。
学生時代、興味本位で見た彩都の過去問題は、全く理解できなかった覚えがある。思い出しながら呆けている日吉を置いて、教師陣はまたべらべらと瀬川について話し出す。
入学式で行われた答辞は「がんばりまーす」の一言で終了。初めは出席こそしていたものの、問題行動ばかりで誰にも手に負えない。
ただ、考査だけはどの教科、どんな形式でも必ず満点を叩き出す。
そのため、一時期カンニングを疑う噂が学校中へ流れた。試しに瀬川を隔離し、そこへ教師一人をつける、といった試みをしたが結果は変わらずだった。それからぽつぽつと欠席を繰り返して、三か月ほどで学校へ来なくなったそうだ。
そんな中、また春川が話し出す。今度は少し声を潜めて始めた。
「ここだけの話ですけど……。もし、瀬川が本気を出してくれれば柳緑現役合格、それも首席で入学なんてことになったら、我が校の評判がもっと上がる、って校長が夢見てるようで」
柳緑大学とは、一流大学TOP3の中でも特に人気であり、且つ、最難関と名高い大学である。
多分この彩都にもそこを狙う生徒は多いはずだ。
面倒そうだな、と感じた日吉はとりあえず茶を濁そうと、「かなうといいですねー」などと相槌を打ったが、もちろん微量も思っていなかった。
話を聞くに受かる可能性は高いだろうが、私利私欲のために生徒を利用するなんてとんでもない。するとそのまま春川が「そうだった!」と声を上げた。
「実は日吉先生に、教師一同からお願いがあって」
「? 何でしょう」
「瀬川を学校に来させてもらえませんか」
「……はい?」
「夢ですよ~。あれ、本気なんです。日吉先生、あの浅川から来てるでしょ?だから受け持ちにされたんだと思うんです」
「えぇ……? いや、そんな理由でその子を」
「まだかまだかって圧かけられてて。自分じゃ何もしないくせに……あっ、やべ」
他の教師の指摘に春川は一度口を閉ざした。それからすぐ自分のデスクに戻ると、引き出しをがちゃがちゃやってからこちらへ戻ってきた。その手には何枚かの用紙が握られていて、日吉の鼻先へ突きつけてきた。
春川が言うに瀬川の詳細をまとめた資料だそうだ。
「そういうことで!お願いしま~す!」
ペコペコ頭を下げる春川が再び自分のデスクへ戻ると同時に、他の教師陣もそそくさと逃げていってしまった。
日吉は「あんたら教師辞めたら?」と言いそうになるのを必死に飲み込みながら、仕方なく資料を読んでみることにした。
一枚目に載っていたのは入学以前の情報だった。小・中と平凡な学校に通っている。願書用の写真も添付されていて、この頃はどこにでもいる髪の色、ただただ無表情で映っている。浅川高校の面子がそうであったからか、自然と大柄なのかと思っていたけれど、この写真では線が細い。眉目秀麗という言葉がよく似合う顔立ちで、少し消極的な印象も受ける。この子が将来他人に向かって暴言を吐くようには到底思えなかった。
中学時代はちゃんと登校していたらしく、内申点や出席日数も問題ないし受験資格はあった、などの情報が書かれている。
大抵の学校では、筆記試験と面接がセットの受験形式が多いが、ここ彩都は勉学に特化しているため、珍しいことに面接がない。はい、か、いいえで答えられる軽い面談はするが、その代わり筆記試験に難問が多いため、いくら中学での成績が良くても落ちる子はいる。
だからこそ、この時点では成績だけを見て彼の内面は見破られず、今のような状態に陥っているのだろう。
次を捲ると、一番に写真が目に飛び込んできた。
(あらあら、こりゃまた聞いてたよりも……)
言われていた通りの装いだったが、結構攻めたな、と日吉は思った。暗い赤色に染髪し、紫色のカラーコンタクトを使用しているようだ。装飾品も多々身に付けていた。今度は生徒手帳用の写真らしく、先程とは対照的で不機嫌そうに映っている。
彩都の制服は紺のブレザーに赤いネクタイを締める形式で、その他Yシャツ、カーディガン、セーターと学校規定がある。寒暖差は各々調節してもらうため、夏、冬服等の決まりはない。
ところが、瀬川といったらノンジップパーカーを着ている。ネクタイすら締められない。浅川にもいたいた、と一瞬頬が緩んだがすぐ頭を振った。ここは彩都だぞ、考えを改めようと日吉は小さく溜息をついた。
高校デビューという言葉があるが、それにしても度が過ぎている。そもそも、このように彩都高校は校則も厳しいことで有名だ。それを知って受験したはずなのに、急に違反を起こした理由が分からない。
完全制覇する程の学力がある彼にとってうってつけの場所だろうに。
時系列から察するに、大方カンニングを疑われたことが起因なのでは?と日吉は考えたが、別の何かがあるような気がする。一旦それは忘れることにした。
とにかく、彼と直接会ってしっかり話をしてから、連れ戻し矯正させる。それが今の自分のするべきことだ。
なにも個性を潰したいのではなく、卒業したら自分を好きにカスタマイズすればいい。それまでの我慢だ。と言い聞かせれば納得してくれるかもしれない。
(きっと分かってくれる。俺も、“あの人”のようになるんだ)
恩師との日々を思い出せば、どんな時だってエネルギーが湧いてくる。日吉は早速、瀬川を連れ戻す作戦を練り始めたのだった。
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✿Game on!!✿
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