(うーん、流石に……擁護できん)
日吉は椅子の背もたれに全体重を預けた。
一学期の期末考査も無事終わり、前期の通知表が生徒の手に渡る時が来た。ちなみに今回も瀬川見守り係をやったが特に問題なく、見事に全て満点だった。
だが、本人にも言って聞かせた通り、内申点はごまかせない。いくらこの成績でも内申がこれではどこにも困惑されること必至だろう。
とはいえ、成人年齢は引き下げられたし、入金・入学してしまえば、学ぶか逃げるかは本人次第で、大学側はそこまで痛手を受けない。勝手に入学して勝手に出ていった人間がいた。それだけだ。
ただ、担任としては、どの生徒も出来るだけ個々の持ち味はアピールしたい。瀬川もその一人だ。このままでは、彼が一番損をする。この先どこへ行くにしろ、素直で思いやりのある、とてもいい子であることを示したい。
瀬川がどの大学を目指しているか、または就職に切り替えるのかまだ知らないが、もし柳緑を選ぶのであればまだ猶予はある。
あそこは割と内申には寛容であり、高校生活三年目の内申に問題がなければ受験資格は与えられる。そう、受験資格は。
結局のところ、この都市で一番大きなふるいから落ちなければいいだけの話。彩都と少し似ている。
もし、瀬川がそこを目指すなら、夏休み明けの二学期から復帰するのが最善だが、色々問題がある。
日吉は眉間をむにむにと揉みながら思い返した。
「──ああ、来ないんじゃなくて来られない、の話ね」
「そ」
とある日、復学の手順を決めるため、日吉は瀬川の最寄り駅にあるファミレスにいた。
クリームのポーション一つを入れてアイスコーヒーをかき混ぜる。徐々に混ざっていく過程を瀬川はじっと見つめていた。飲みたいのかと聞いてみれば撹拌していくのが面白いと返ってくる。やはり着眼点が同年代と違う。
日吉は混ざりきったそれで喉を潤してから、自分の中でも整理していくように話し出す。
瀬川が小・中と凄惨な目に遭い、自分を変えようとしてその見た目になったこと。それを鑑みて、外見に関しての問題は後回しにすることとした。
一年時初期に、三ヶ月と少し登校していたことは事実なのか、来ない理由は?等々問いかけていく。
瀬川はそれらの質問に対し、しっかりキャッチボールしてくれる。もう怒り狂ったり極度に嫌がらない。緊張しているらしく目線は窓の外だが、落ち着いている。
「来られない、が正しい。言ってる通り、三ヶ月……ちょっとは行ってたよ」
「そっか」
「理由は……」
ううんと唸っていたがすぐ口にできないようで、ちょい待ち、と断りを入れてから、クリームソーダを突っつき始めた。
すぐ言えないような内容なのだろう。日吉もまた、コーヒーを含む。瀬川が、少し溶けたアイスクリームを口にした。かろん、氷の溶ける音がして、ぱちん、炭酸の泡が弾けた。ほんのりとメロンの香りが漂う。
自分や周りの服装、少し冷房のきいてきた店内、鳴き出した蝉。夏を感じる。
ぷは、とストローから口を離した瀬川が言う。
「……一つ目。どうしても降りらんねえの、学院前で」
「ん……?どういうこと?」
「降りようとすると……動悸が止まらなくなる。冷や汗かいて、動けなくなる。……平日は毎日、学校行く準備してんだよ。なのに、そのせいで全部水の泡」
「……!」
「そこで降りる、って意思がなきゃ問題ねえんだけど……登校とか考査とかさ、絶対下車しなきゃなんない時に限ってそうなる」
「……」
「何度もトライアンドエラーはやった。けど、実りのない結果でしてね。今もこの有様」
「そっか……」
「二つ目……そうなったきっかけ、だっけ。……外じゃ、ちょっと」
かろん。また氷が溶けた。

