「くそ!早く変われっての!」
日吉は車の中で叫んだ。赤から青へ変わるのが、今日はやけに遅く感じる。安全運転なんて言葉は今の日吉にはない。
この日、日吉は校長と瀬川に同行するつもりでいた。事前にその話を校長には通していて、了承も得ていた。なのにも関わらず、校長は瀬川を一人で行かせてしまった。
強く問い質すと、一つに彩都、鐘森間ではなく、瀬川と生徒間でのやり取りを希望したこと。二つに、日吉が出勤する前、校長へ保護者の同行は要らないと瀬川から連絡があったからだ、と。その二つを理由にして、校長は日吉へ声をかけず黙っていた。
特に後者の理由に日吉は納得がいかず、解雇覚悟で怒鳴り散らした。
なぜ引き留めることをしなかったと聞くと、やはり自分相手の取引ではないことが大きかったようだ。
日吉は校長室の扉を蹴って閉めると急いで愛車へと走り、今こうして鐘森へと向かっている。
聞くに、相手は生徒3人とその親が数名。この間にも瀬川は一人戦っている。分が悪すぎる。そう思うと、胸が痛んだ。
なるべく早く着くルートをナビゲーションして車をかっ飛ばす。
結局、昨日まで出会うことは叶わなかった。だからこそ、今日は絶対に手助けをしようと決めていたのに。
「ふざけんなあんのハゲ親父!帰ったら一発殴ってやる!あーはいはい!懲戒免職上等上等!」
あーだこーだと日頃の鬱憤を晴らすように文句のオンパレードを繰り広げながら、戦場、鐘森へ到着した。
駐車をするやいなや、大声で自分の名を呼ばれる。大きく手を振るその姿を見て全力で走った。
声の主とそのまま並走しながら会話をする。
「どこの部屋かとか分かる!?」
「はい!調査済みです!仲間ももう集まってます!」
「休みの日にごめんね!」
「いいえ!……みんな、鬱憤溜まってるんです」
そう言う高橋からは、以前話を聞かせてもらった時のような弱気を感じない。
高橋曰く、あの3人組は校内で好き勝手に動き、被害に遭った生徒は数多くいるようだ。大企業の子息たちに逆らえるわけもなく、皆渋々従っていた。
だが、いつか反旗を翻そうと証拠を残していた生徒たちがいたようで、高橋は彼らと徒党を組んだ。こっそり署名活動なども行い、訴える準備をしていたらしい。
そんな折、瀬川が高橋を助けたことで、その間被害に遭うものはなかった。
まるで自分たちが被害者のように振る舞い学校を休んだり、“他校の生徒”の悪口を吹聴して回っていた。
思惑通り、矛先が鐘森の生徒ではなく瀬川へ向かったからだ。
そんな事態が起こっていたため、生徒手帳を返したあの日、話を聞いた高橋は日吉の助けに応じた。徒党を組んだ生徒たちに自分を助けた瀬川のことを話し、今日、召集をかけてやって来たというわけだ。
「にしてもっ、広いねえ……っ!」
「は、はいぃ、そろそろ近いので……っはあ、歩きましょうか……」
お互いぜいはあいいながら徒歩に切り替える。
「もう少し行くと会議室があって……。あっ、いたいた……!」
高橋が手を振る先、角から何人か顔を出して手招きしている。小走りで近付いていくと、廊下には何十人も生徒が集まっていた。
あらかじめ高橋が日吉とのことを説明していたらしく、すぐ作戦会議が行われた。
「──じゃあ、僕が先導します。日吉先生は後ろから、皆は呼んだら来て」
こくこく頷く生徒たちを見て、日吉は感心する。
各々、提出する証拠、入室のタイミングなどを再度確認する生徒たちはやる気に満ち溢れている。
日吉がいるとはいえ、これから大人に立ち向かうというのに、マイナスな雰囲気は一切感じられない。それだけ高橋にリーダーシップがあり、それを彼らが信用している証拠だろう。
「統率取れてるなあ。高橋君の人柄が良いからだろうね。かっこいいよ」
「やだなー。僕……ううん。僕たち諦めてました。あと少し我慢すれば卒業だし、いいやって」
「……」
「カツアゲされかけたときも、中身取られたってしょうがないんだって思ってて。あの日、瀬川君が助けてくれなかったら、きっと、高校生活ずっとそうやって過ごして……。会ったこともない僕を助けてくれた瀬川君は、すっごくかっこよかったんです!あんな風になりたいなって、あいつらに負けたくないなって……」
喋りすぎちゃった!と高橋は恥ずかしそうに言う。背中を軽く叩いてその気持ちを称賛する。
日吉は、改めて瀬川の影響力に驚いていた。七海の言葉を思い出す。
Gerberaでも活躍した結果、リピーターが増えそこから派生してスタッフも増えた。売上にも人手不足の解消にも貢献している。そして今回もこうやって見ず知らずの人間を助けて、その人に勇気まで与えている。
ただ、日吉は危惧していた。
もし、あの酔っ払いグループに逆恨みされていて、これから仕返しされたら?
今回のように一人でどうにも出来ない事案に巻き込まれたら?どうして頑なに人を頼ろうとしない?どうして一人になろうとする?
色々と思案している間に、高橋がそろそろ……と声をかけてきた。いけない、と心のなかで呟く。
今は、孤独に闘う瀬川を助けることが優先事項だ。真実を聞くのは後でいくらでも出来る。
日吉と高橋はお互い見合って、頷いた。高橋の手がドアノブに触れる。
(待ってろよ、瀬川。絶対に、絶対に助けるから)
その思いを強く持って、日吉は戦場へと足を踏み入れた。

