少年は約束通り、佐々木の家へ謝罪に向かった。意味のない謝罪のために購入した菓子折り。参考書二冊は買えた。
頼んでもいないのに迎え出てくれた父親と、佐々木本人に深く頭を下げた。事の経緯と、全て自分が悪い旨を伝え、頭を下げ続けた。事前に事情を聞いていたであろう父親は声を荒げそうになったが、何故か佐々木が止める。もう気にしてないから、と困惑する父親を必死に制止している。
もしここで全て暴露されたら、叱られるのは自分の方だと理解したらしい。まだマシな頭だったか、と少年は思った。最後まで困惑する父親を引っ張って家の中に押し込んだ。
玄関前で立ち尽くす佐々木に、少年は菓子折りを押しつけた。何か言いたげにしていたが、すごすごと家の中へ戻っていった。
弱虫め。
──待ちに待った卒業式。
もうこの酷い学び舎ともお別れだ。別れの歌は口パクで歌った。歌に罪はないが、選曲したニンゲンの首を絞めてやりたくなった。それほど、少年のこころはささくれ立っていた。
何が我が師の恩だ、と腸煮えくり返る思いに至ってしまう。恩をくれた教師なんてここにはいないのだから。
式を終えた皆ははしゃいでしまい、謝恩会行きへのバスへなかなか乗車しない。教師たちは手を焼いていたようだ。
その謝恩会、とかいうものにも少年は疑問を抱いていた。謝恩?何に感謝するんだ。見守ってくれた親?優しく接してくれた教師?共に学び歩んだ級友?
自分はどれも持っていないし、後ろ髪引かれる思いなんて一つもなかった。少年は足早に学校を出る。
アルバイト先へ向かうとサプライズパーティーを開いてくれた。嬉しい半面、これから裏切る行為をするのに、と心が痛んだ。
入学までは短い春休みといった感じで少し時間が空く。その間、必要なものを取り揃えたり、新生活の準備で慌ただしいが、遊んでリフレッシュするニンゲンも沢山いるだろう。
少年は貯めた小遣いで初めて美容室に訪れていた。良くわからなかったけれど相当安く施術してもらえた。
次にコンタクトを探しに出かけた。処方箋、コンタクトとにらめっこをして、気に入ったものを手に入れた。
耳たぶに穴を開けるのは少し怖かったけれど、これまでの事を考えれば痛くも痒くもなかった。
古着屋で新しい服も購入して、帰宅する。取り揃えたものを全部身に付けて、姿見を見る。
そこに映っていたのは、以前とかけ離れた自分だった。
髪は赤く、緩いパーマがかかっていて、瞳は紫色。ピアスを装着し、制服の中身はパーカーだ。完全に彩都の規律に反している。
だけれど、これが少年の描いた逆転そのものだった。“それ”になれた少年は、姿見に額を当てて瞳を閉じる。
顔も忘れた誰彼と同じ土俵に立ってしまったが、もう引き返せないし、戻る気もさらさらない。
戻ったが最後、きっと死ぬしかない。
言い聞かせるように、ゆっくりと口にした。
「……“ぼく”はもう、弱虫なガリ勉“××”じゃない」
瞳を開いて、鏡の前に映る自分にハッキリと言った。
「“おれ”は“瀬川凪”だ」
幼稚で浅はかな考えかもしれない。だが、これが今の彼にとって、自分を守るための盾と矛なのだ。

