(ちくしょうっ、全然捕まらない……!)
──件の話し合いまであと五日だ。
瀬川が暴力沙汰を起こしたと聞いた時、耳を疑った。処理が追いつかず呆ける日吉に、そのことを伝えてきた教師は続けた。
曰く、瀬川が鐘森学園の生徒に手を出して、謝罪を求められた。朝早くに校長が瀬川を連れて相手方と話し合いをした結果、停学処分になった。訴訟問題にまで発展しまったらしい。最終的な動きが決定する話し合いはその時点で二週間後。
全員に止められたが、校長室へ走った。ノックもそこそこに飛び込む。普段温厚な日吉が鋭い目つきで登場し、校長は大層驚いていたが、件の流れを途切れ途切れに説明してきた。
騒動の顛末を聞いた日吉は言った。
何か理由がなければそんなことはしないと。確かに素行は悪いが、自分が見てきた限り、誰彼構わず攻撃するような子供ではない。
また、どうして謝罪の場に自分が呼ばれなかったのか。普通、担任も介入するものではないのか。自分へ一任させたのなら余計にだ。納得がいかない。とまくし立てる。
校長は言い淀んだ。瀬川に謝罪の意は無く、一度たりとも頭を下げることはしなかったようで、代わりにやりすぎて首が痛むと漏らす。
そんなのどうでもいいわハゲ!と叫びそうになったが、ほんの少しだけ残っていた理性が制止した。まあまあ、と宥めるその姿が大変腹立たしい。
天才が柳緑に入れれば彩都の評判が上がるなどと言っておきながら、いざその天才が問題を起こすと庇いもしない。本当に私利私欲だけで動いている。
なら、自分も自由に動かせてもらおう。元々、瀬川を連れ戻すために好きに動いていいと判断したのは校長だ。その旨を伝え、返事も聞かずに校長室を出た。
とにかく時間がない。
そうして日吉の奔走は再び始まった──。
とある休日。日吉はGerberaへ来ていた。店は一日臨時休業にして、皆で作戦を練っていた。
ああでもないこうでもないと議論しているうちに七海が言った。
「ねえ、凪ってどこに住んでるの?」
そういえば、と七海と一緒にGerberaメンバーを見た。兼村と九条も顔を見合わせる。ここで、今まで誰も彼の家へ訪れていないことが判明した。
アルバイト先へは皆勤賞で、無断欠勤がないことから様子を見に行くこともなかったし、送迎もしたことがない。しっかり者だから、と勝手に安心している部分があった。もっと見てやるべきだった。兼村と九条はそれぞれそう口にして、悔しそうに肩を落とした。
とりあえず、まずは彼の家へ行ってみることにした。
履歴書に書かれた住所を元に皆で進む。
賑やかな商店街を抜けると、一気に人気のない道に出る。少し歩くとアパートメントが見えた。
お世辞にも綺麗とは言い難い古い建物だった。二階建てで、柱には蔦が回り、近付いて見てみれば所々苔むしている。管理人の手が入っているとは思えない状態だ。
階段はギシギシと音を立てる。もう何度か上り下りすれば壊れてしまいそうである。
203号室が瀬川の部屋だ。インターホンを押してみる。反応はなかった。
「凪ー?いるー?」
「大丈夫か?色々持ってきたぞ」
「瀬川、具合悪いなら言ってよ」
色々声をかけてみるがやはり返答がない。
ここで視線が七海に集まった。もし居留守を使っていたとしても、この距離なら分かるはずだ。彼らが声をかけている最中も七海はずっとうんうん唸っていたが、しょんぼりと答えた。
「……いないよお」
そんな七海を慰めながら、一行はアパートメントを後にする。
「にしてもさ」
来た道を戻りながら九条が言う。
「オレたちって、凪のこと勝手に知った気でいたんだなって、痛感したよ」
日吉の前を歩く彼は、肩をすくめてみせる。兼村も同意した。父親面するなと言われたらしいがそれを後悔しているようだ。
「凪からしてみれば、中学の頃から一緒に働いているバイト先の店長、なだけだ」
呟くその背中は、少し寂しそうに見える。でも、と七海が続けた。
「凪は、Gerberaの人たちのこと好きですよ。帰りよく話すけど、店長さんとか、九条先輩のお話多いから」
「ちなみになんて言ってんの?」
「えっ?うーん……」
七海は言葉選びに困っていたようだが、やがて正直に口にした。
「ウザい、とか……」
「……それは、その、普通にショック」
九条は項垂れ、兼村は心なしか萎んでいる気がする。
自分はそれ以上なんだろうなあと日吉も多少ショックを受ける。七海は慌ててフォローした。
「でもっ、それは上辺だけで本心は違うから……」
「その、本心の方を知りたいもんだが」
「……九条先輩には前いいましたけど、やっぱり、いていいのかな、って言うことが多いんです」
「……」
「そこから先は見せてくれない、教えてくれない……。だから、その言葉の本当の意味はあたしにも分かりません」
七海ちゃんは項垂れる。双子故に、分からないことへの不安が日吉たちより強いだろう。皆「大丈夫だよ」と声をかけつつ、捜索を再開した。
商店街に戻り商品を見つつ、それとなく探し人がいることを話したりした。
ここは、TVで特集された店舗がある影響で、遊びに来る人々が多々いるそうだ。今日は休日なこともあり、賑わいを増している。また、最寄り駅は特急電車があったり、様々な路線が交わる所のため、物件も多いらしい。
だから若い子はいっぱいいるよ、と辺りを見ながらコロッケ屋の店主は言った。言われた通りの環境に皆は頭を悩ませた。
とりあえず軽食を取ろう、ということで購入したコロッケを食べながら話し合う。
「髪の色で絞れたらと思っていたんだが……改めて考えると浅はかすぎたな」
「それ、あたしもちょっと考えました!」
「言われてみれば……俺が初めて会ったとき赤だったもんな」
「あたしがひよしんと初めて会った時はもうミント……チョコミントみたいだったんだよ。帽子で見えなかったと思うけど」
「はえっ!?」
「で、そのあとあたしと遊んだ時は紫だった。最新はそれじゃないかなあ」
「えぇ……?傷まないのかな、髪の毛」
「いや傷むでしょー。オレもずーっと金パだけど、一回ブリーチしちゃうともう終わりだよ」
九条は自分の髪を摘んで日吉に見せる。
「あいつすぐ髪染めるんだよなー。髪型だけはこだわりあって変更せず、だけどね」
「……髪型は、昔見かけたやつが相当格好良く見えて、真似してるとか言ってたな」
「へえ……」
でも、と食べ終わったコロッケの包み紙を畳みながら、九条は空を見上げる。
つられて日吉も空を見た。雲一つない晴天だ。
「そういうのは知ってんのに、生活スタイルとか、住んでる場所とかは知らんかったんだなー」
「九条さん……」
「ま、かくれんぼ上手ってことで。食べたら捜索開始しよう。てっちゃん引き続き運転よろしくね☆」
「お前な……そろそろ代われ」
「俺やりましょうか?」
「いや、先生疲れてるだろ。休んどけ」
「そうだよお。ひよしん顔色悪いよ?」
「え……そうかなあ、はは」
確かに、日に日に鏡に映る自分に元気がないのは分かっていた。
平日は教師として働いて、夕方から捜索をする。祝日もろくに休まず探し回っていた。授業にも身が入らず、先生そこさっきやったよ、と毎回指摘が来るようになってしまった。
Gerberaメンバーもそれぞれ空いた時間に探していたし、こうして短時間でも集まって捜索してみたがとにかく捕まらない。
言われてみて脳が反応したのか、少しうとうとしてきた。何度もあくびが出る。
七海の心配そうな顔に大丈夫、とジェスチャーで伝える。でも眠いやーなんて言いながら目頭を押さえて日吉は頭を垂れた。
(もっと頼れよ、瀬川。お前、何隠してる……?)

