「やあだぁ……」

 駅に着いて、夕暮れがきれいだねーなんて少し話してからいざ解散、というときに突然七海ちゃんの顔が曇った。さっきの快活さはどこへ行ったのか駄々っ子みたいになってしまった。
 また始まった、と瀬川は言う。どうしたのか聞いてみれば、嫌々ながら教えてくれた。
 曰く、遊んで帰るときは必ず“こう”なるらしい。施設の人は優しいけど忙しいし、色々と時間が合わない。それに、自分と同い年の子がいなくて寂しいようだ。
 確かに、今日はショックな出来事もあったし、余計に寂しいのかもしれない。けど、瀬川は突き放すように説得している。さっきまでの態度とは一変して、淡々と話す。
 それに対抗し、七海ちゃんはごねる。

「だって、凪がバイト来ないから、遊べるときは長くいたいんだもん……」
「Liteで話せばいいだろ」
「そうじゃなくって……」

 どうしたものか。思春期の女の子って、結構難しいよな。
 いや、分かるよ。画面越しじゃなくって、文字のやりとりだけじゃなくって、直接話したいんだよな。
 そこまでは分かるんだけど、納得してもらえるような伝え方が思いつかない。
 ううん、と唸る俺を他所に瀬川は七海ちゃんの手を握って目を閉じた。彼女もまた同じことをする。
 数分後、七海ちゃんはいつものように元気に言った。

「……うん、あたし帰るっ。……ひよしん、また遊んでくれる?」
「もちろん、また遊ぼう。新しいことどんどん教えてよ」
「やったー!……二人とも、ごめんなさい。ほんとに寂しかったの」
「もういい。さっきので分かった」
「うんっ」

 さっきの、とはいわゆる……“交信”というやつだろうか。ああやって、お互いの気持ちを共有させた、のかな。
 それにしても……瀬川、なんだか朝より七海ちゃんに対して冷たくないか?
 人混みに消えていく七海ちゃんに小さく手を振っているし気のせいか。気をつけてね!と言う俺に、七海ちゃんは大きく手を振り返していた。
 さて、ここで気まずいタイムがやってくる。
 お互い駅構内に入り、改札を抜けて、同じホームに立つ。隣からイライラムードを作っているやつがいるが、一旦放っておいた。

「……なんで」
「家が君と同じ沿線なので……」
「……時間わけるとかあんじゃん」
「そっちこそ」
「……」
「……」

 俺も瀬川も、ここでバトルしても意味がないと思ったのか無言になる。
 瀬川はスマホを取り出してにらめっこを始めたので、俺は周囲をなんとなく目で追ったりして過ごした。そんなこんなで駅員のアナウンスが流れ、電車が到着した。  
 意外と空いていて帰りまで快適そうだ。ちょうど二人分の席も発見した。

「お、あそこ座ろうよ」
「隣とか嫌すぎ」
「あっ、ハイ」

 そう言うと思ったけどさ。なにも即答しなくてもいいじゃない。
 瀬川はドア側に立って、まだスマホとにらめっこしている。
 しばらく過ごすと、俺の降りる駅が近付いてきた。降りる準備をするようにさりげなく向かい側に立ってみる。
 が、反応なし。ドアが開く前に、またね、と声をかけたがこれもガン無視された。
 とりあえず、まだスタートラインにすら立てていない事が分かった。七海ちゃんがいたからちょっと雰囲気良くなってただけみたい。
 今回も手応えなしか。人込みの中改札を抜けると、ポケットに入れていたスマホが振動する。画面を見た俺は叫びそうになる。
 そこにはLiteへメッセージが来たと言う通知。ただそれだけ。だけど色々必死に堪えて、人がいなさそうな場所へと素早く移動する。
 心臓がバクバクしていた。
 なんでかっていうと、通知に表示されていた名前が“せがわなぎ”だったからだ。
 いつの間に……と驚いたけど、たぶん電話番号検索で登録されていたんだろう。
 開いてみると一言だけ届いていた。

【今日はどうも 七海のことよろしく】

 そのあとには猫がお辞儀するスタンプ。ペコペコと頭が動いている。
 なんだ、こういうの使うなんて可愛いところあるじゃん。

(えーと……どういたしまして……また、なにかあったら)

 と打っている途中に凄まじい量のスタンプが送られてきた。
 既読マークが付いたのに気がついたのか、怒る猫、殴る猫、蹴り飛ばす猫、噛みつく猫などなど、それどこで見つけてくるの?というくらい強そうな物ばかり。
 その後もう一つメッセージが送られてきた。

【代わりにおれにはもう近付くな】

(えっ……?いや、待って、今度また話そうよ、っと)

 返事を送ると【ブロックされています】と表示される。

(ハァ!?んの……クソガキ〜!)

 うがー!と暴れそうになるが大人なので我慢します。
 もう日が落ちそうな中、遊んでいた人、仕事だったであろう人が駅を出入りしている。
 その往来を見ながら喫煙所で一服し、気持ちを落ち着ける。

(……あいつ、何がしたいんだ)

 太一の言うただのイキってるガキ、兼村さんの言う真面目で頑張り屋な子……どっちが本当なんだろう。何を聞いてもはぐらかされるし、正直──。
 いや、これだけは言ってはいけない。ここで見捨ててしまってはミイラ取りがミイラになる。し、同じ土俵に立ちたくない。

(面倒だなんて絶対思わないからさ、本当のこと、話してくれよ、瀬川)

 ふう、と吐いた煙はぷかぷかと宙へ消えていった。

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